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一章 笠原兄弟の恋愛事情 前編 ~笠原伊澄視点~

   兄と弟(7)

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 さて。雪音の彼女を紹介すると言いながら、俺にいきなり「片想いしてる」なんて言ってきた伊織と、俺は腹を割ってきちんと話し合わなくてはいけないのだが……。
「へー♡ じゃあ深雪はその後、小日向先輩や日高さんと上手くやってるんだ♡」
「うん。まあ……。元々翼ちゃんは俺達の関係に言うほど否定的じゃなかったし。俺が二人のことを本気で好きだって言ったら、〈そういう恋もあるのかもね〉って。今は声を掛けてくる男子と積極的に遊びに行ったりして、次に好きになれる人を探してるみたいだよ」
「あは♡ やっぱり小日向先輩って肉食系♡ ま、僕はそういう自分の欲望に素直な子の方が好感持てちゃうけどね♡」
「日高さんには時々嫌味を言われたりするけど、俺の気持ちは理解してくれたみたい。何かすっかりやさぐれキャラみたいになっちゃってるけど、前みたいにあからさまに俺に敵意を向けてくるようなことはしなくなったし、俺や頼斗とも普通に話してくれるようになったよ」
「そりゃまあ、大好きな頼斗を思いっきり引っ叩いたんだから、ちょっとは気分もスッキリしたんじゃない? 日高さんって諦め悪そうだから、まだ頼斗のことは好きそうだけど♡」
「多分まだ好きなんだと思う。頼斗には結構辛辣だもん」
「頼斗も災難だよね♡ しつこい女に惚れられて♡」
 伊織の奴。あからさまに俺のことを無視して、深雪と楽しそうにお喋りなんかしていやがる。
『お前が俺をここに連れて来たんだから無視とかすんなよ』
 と言いたい。
 それにしても、深雪が雪音や頼斗と付き合っていることを知っている人間が学校にいるのかよ。それって大丈夫なわけ? 深雪の口振りからして特に大きな問題は無さそうだけど。
 でも、頼斗の方はちょっと大変そうだな。自分に惚れてる女に深雪との関係を知られちまって。
 一体どういう経緯で深雪との関係を知られることになったのかは知らないが、頼斗のことを好きな女も、自分が惚れてる男が男を好きだと知ったら堪ったもんじゃないよな。そりゃ腹を立てて頼斗を引っ叩くくらいはしたくなるだろうし、恋敵が男じゃ諦めるにも諦められないってもんだろ。
 そんな日高って女のことを「諦め悪そう」とか「しつこい女」と言ってしまう伊織もどうなんだろうか。諦めが悪いのは伊織も一緒だと思う。
「はぁ……」
 俺の知らない世界の話ばかりが出てくる会話についていけない俺が、つまらなさそうに溜息を吐くと
「ところで伊澄さん。伊澄さんってまだ美沙さんと付き合ってるの?」
 深雪と伊織の二人には好きに喋らせておくことにした雪音が、ようやく俺に声を掛けてきた。
 今更になってナチュラルに話し掛けてくる雪音には正直ちょっとムッとしたが、深雪と伊織の会話にはついていけないし、伊織は俺の存在を無視する方向らしい。俺が退屈しているとわかっているからこそ、雪音は気を利かせて俺に話し掛けてきたんだろうから、俺も邪険にすることはできなかった。
 実際退屈してるしな。話し相手がいてくれた方がいいっちゃいい。
「ああ。そうだけど」
 雪音の質問に素直に答えてやった俺は、ちょっと驚いた顔になる雪音に
「長くない? そろそろ一年になるじゃん」
 と言われた。
 いやいや。まだ一年だろ。
 確かに、俺も伊織ほどではないが、あまり彼女と長続きする方じゃないから、一年近く付き合っている彼女は今回が初めてだったりする。
 でも、今の彼女とは気が合うのか、一緒にいる時間が心地好くて、知らない間に付き合い始めて一年が過ぎようとしているって感じだ。
 多分、このまま高校生活が終わるまでは付き合い続けるんじゃないかと思っているし、高校を卒業した後も、何だかんだと彼氏彼女のままでいるんじゃないかと思っている。
 浜野美沙。それが今俺が付き合っている彼女の名前だ。
「別に一年は長くねーだろ。俺の周りには中学の時からずっと同じ女と付き合っている奴もいるし。彼女をころころ変えるよりも、一人の女と長く付き合ってる方が楽だしな」
「へー……そういうものなんだ。ちょっと意外」
「何で?」
「だって、伊澄さんってモテるじゃん。せっかくモテるなら、いろんな子と付き合ってみたいと思っているのかと思ってた」
「俺はお前と違ってあちこち手を出すような真似はしたくねーんだよ。元カノが多いと何かと面倒臭いだろうが」
 何という暴言だ。雪音は俺のことをそんな奴だと思っていたのかよ。心外にもほどがある。
 俺はそれなりに付き合う相手を選んでいるし、ちゃんと好きって気持ちがあるから付き合っているんだ。一回きりの使い捨てにするつもりで女と付き合っているわけじゃない。
 たまたま上手くいかなくなって別れることもあるだけで、最初から別れる前提で付き合っているわけでもない。
「それもそうだね。ちなみに僕はあちこち手を出していたわけじゃなくて、あちこちから手を出されていたんだけど」
「結局ヤったら同じだろ」
「否定はしない」
「はぁ……」
 よくもまあ悪びれもせず……って感じだが、雪音はこういう奴だよな。
 多分、初体験が半ば強引に奪われてしまったから、セックスというものに対して特別な感情がないというか、「誰でもいいや」みたいに思うようになってしまったんだろうな。だから、彼女も作らなかったんだと思う。
 でも、そんな雪音にも今は付き合っている彼女がいる。
 彼女と言っても男だし、何なら自分の兄ちゃんになった奴ではあるが、雪音にも人並みに人を好きになることができるのだと知り、俺はホッとしている部分がある。
 こいつは下手すると一生誰のことも好きにならないんじゃないかと、俺は心配していたからな。深雪と出逢い、深雪を好きになったことで、雪音の女遊びが終わったことも良かったと思っている。
「でも、そっかぁ……。伊澄さんは相変わらず美沙さんと上手くやってるのかぁ…………残念」
「は⁉」
 おいこら。それはどういう意味だよ。人に彼女のことを聞いてきておいて、俺がまだ美沙と付き合っていることがわかると「残念」だと? 喧嘩売ってんのか?
「だって、伊澄さんが美沙さんと付き合ったままじゃ、伊織の恋が報われないじゃん」
「あのなぁ……」
 そういう事かよ。雪音は俺が美沙と付き合うより、俺に伊織と付き合って欲しいわけか。
 まあ、雪音が俺より伊織の味方につくのは仕方がない気もする。でもなぁ……。
「伊織は俺の弟なんだけど?」
 いくら雪音が伊織の味方をしたところで、俺が自分の弟と付き合うわけないだろ。
「僕も深雪の弟だけど?」
「お前の場合は実の兄弟ってわけじゃねーじゃん。お前に兄ちゃんができたのだってつい最近の話だし。俺とは状況も立場も違う」
「そうかなぁ?」
「そうだろ。本当の家族だし、正真正銘血の繋がった兄弟だぞ。お前とは一緒にならねーよ」
「むぅ……」
 俺が伊織のことを「弟だから」と言えば、雪音も自分が深雪の弟であることを口にしてくるだろうとは思っていた。
 だが、今言ったように俺と雪音では同じ兄弟でも全く違う。兄弟に対する考え方、価値観、概念というものが全然違っていると思う。
 こう言っちゃなんだけど、雪音は深雪のことを俺の前では自分の兄ちゃんだと言っているが、本当のところは深雪のことを自分の兄ちゃんだなんて思っていないと思う。
 そもそも、兄弟になる前に偶然街で出逢い、深雪のことを最初から恋愛対象としてしか見ていない雪音に、深雪を自分の兄ちゃんだと思えるはずがないんだ。そこが俺とは根本的に違う部分だと思うんだよな。
 最初から恋愛対象として深雪を意識していた雪音と、俺の弟として生まれてきた伊織を、自分の弟として受け入れた俺とでは、兄弟の感覚というものが全く違う。
「伊織、可愛いと思うんだけどなぁ……」
 あくまでも伊織は自分の弟としか見られない俺に、雪音は拗ねたように唇を尖らせながらそう言った。
「だったらお前が深雪と別れて伊織と付き合ってやりゃいいだろ」
 伊織が可愛いことは俺も知っている。でも、それだけの理由じゃ伊織を恋愛対象としては見られない。俺の方こそ、無理なことを言ってくる雪音に拗ねてやりたかった。
「それは無理。だって、僕の好きな人は深雪だもん」
 俺からの反撃にそんな言葉を返してくる雪音は、俺にも好きで付き合っている彼女がいることを忘れているんじゃないかと思う。
 言っとくけど、お前が今俺に言っていることってそういう事なんだけどな。俺に「美沙と別れて伊織と付き合え」って言っているようなものなんだけどな。
 同じことを俺から言われて、「僕は好きな人がいるから無理」という言い分が通るのであれば、俺だって「彼女がいるから無理」ってなるだろ。
「え~? じゃあ深雪はまだ慧の好きな子知らないの?」
「う……うん。どういうタイミングで佐々木に聞けばいいのかがよくわからなくて……」
「そうなんだ。でも、頼斗は知ってるでしょ?」
「そりゃまあ知ってるけど……。でも、言ったところでお前にはわかんねーだろ? お前、佐々木には会ったことあるけど、佐々木以外のうちの学校の男子に会ったことねーじゃん」
「あ、そっか。そうだったね♡」
「ったく……」
 俺と雪音が話している間も、伊織は深雪や頼斗相手に俺の知らない人間の話で盛り上がっていた。
 俺のことは依然として無視を決め込むことにしているらしい。どうやら相当腹を立てている様子である。
「はぁ……」
 またしても溜息を零してしまう俺は、どうやって伊織の機嫌を直してやろうか……とか、やけくそ気味に俺のことを好きだと言ってきた伊織と、どういう話をするべきなのかを考えることで頭がいっぱいになっていった。


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