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ツェツィーリア視点

01. 彼が見た夢って

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 ―― 奪われた。

 俺の腕の中で冷たくなっていく、俺の番。
 エヴァン様にもご協力いただいてなんとか助けられる手はずが整って、ようやく君を助けられると思ったのに。

 どうして。
 どうして。
 どうして。

「ステフ、ステフ……目を、目を開けてくれ。俺を呼んでくれ」

 俺の運命。
 俺の、俺だけの番。

 俺がもう少し早く成人できていれば。
 俺がもう少し早く助けに来れれば。
 俺がもう少し早く、早く、早く!

 ―― ああ。もう、彼女は、いない。

「……グランパス卿、もうここから出ないとバレてしまう。王妃殿下を連れて出ましょう」

 彼女が収監されていた地下牢に案内してくれた男が俺に声をかける。
 そうだ。彼女の骸だけでも、連れ帰らないと。

 ―― 彼女を死に追いやった者共は、呑気に暮らしているというのに?



 ………殺す。
 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
 俺の運命の番を陥れた者を、蔑ろにした者を、見て見ぬふりをした者を、侮蔑した者を、皆、皆、皆!



「グランパス卿?……グランパス卿!!」



 ―― お前らは、滅ぶべき存在だ。



『―― ということが起きかねないよ、シェルジオ。エンスボルトの兄妹に相談しなさい』





「―― という、夢を…見ました」

 グランパス卿から話を聞いて欲しいと先触れがあり、お兄様の応接室に招いて事情を聞いたところ、真っ青な顔の彼からそのような答えが返ってきた。
 思わずお兄様と顔を見合わせてしまう。


 だって、その夢は昔お父様が語っていた【泡沫からの華々たち】というタイトルの小説の内容とほぼ同じだったから。


 わたくしはツェツィーリア・アルタイル・エインスボルト。
 フィーネ女賢王、ユーリ王配の第二子にして第一王女。兄にエヴァン第一王子を持つ。

 エインスボルト王国では、王族や貴族の継承は長子や男子に限ったことではなく、次代を繋ぐに相応しい能力を持った者とするといった珍しい国家だ。
 王兄オルフェウス伯父様、王弟ゲオルグ叔父様はお母様が相応しいと太鼓判で、周囲にも認められていた。

 ただ、お母様が女王となるためには絶対的に足りないものがあった。
 わたくしには理解できないのだけれど、外国語が一切理解できないのだそう。
 隣国のヴァット語は、エインスボルト語とだいぶ似た発音が多いからなんとか覚えられたそうだけれど、要人との会話すらできないレベルだとか。
 そんなお母様が見つけたのが、ユーリお父様。

 人見知りで吃りがち。
 家族以外では口頭で話すよりも文章で書く方が意思疎通しやすい…という、我が親ながらなんとも不思議な方。
 けれどもお父様はあらゆる言語に通ずる、ものすごい方だった。
 失われた言語ですら理解できるため、お祖父様と失われた言語であるベガルト語を解読した功績もあるし、我が国に他国で発行された書籍の翻訳本をいくつも出した。
 おそらく、市井の方々には「トゥイナーガ」と言ったほうが通じるでしょう。元はただの平民だったそうだから。


 さて、そんなお父様だけれど、わたくしたち王家の家族と、お父様方のお祖父様、お祖母様、ディック叔父様しか知らない事実がある。


 お父様は異世界人なのだそうだ。
 チキュウという惑星の、ニホンという法治国家で学生として暮らしていたとか。
 魔法や魔物といったものは物語上にしかない環境で、文明レベルはこちらより遥かに上。

 お父様があちらの世界にまだいた頃のときに、読んだことがある物語が先程の【泡沫からの華々たち】というタイトルの小説。
 三部構成からなるこのお話に似た事件が、過去にあったらしい。わたくしたちが生まれる前の話だから、詳しくは知らないけれど。
 そして、その話のうちの第三部が、わたくしたちの世代に該当するそうで。お兄様も、わたくしも、そして友人のステファニー様も話に出てきていたらしい。

 そして、お兄様の部下でもある目の前の竜人族であるシェルジオ・グランパス卿も。

 物語の中で、ステファニー様はグランパス卿の恋人であり、運命の番だった。けれど運命の番であることを認識する前に、ステファニー様は国元に強制的に呼び戻され、恋人がいる王太子と王命で結婚してしまう。
 その後、恋仲の王太子とご令嬢を破局させたとあらぬ誤解を受けステファニー様はありとあらゆる嫌がらせを受けた挙げ句、冤罪をかけられ ―― 帰らぬ人となった。
 なんとかステファニー様を助けようと忍び込んだグランパス卿は、目の前で死んでしまった番を抱きかかえたまま竜人としての力を暴走させ、ヴァット王国を壊滅させ……ステファニー様の時間が、死んだ日の一年前に巻き戻る。

 そこからステファニー様は、冤罪を回避するために動きだす…というのが話の流れらしい。

 …正直ね。聞いたときは「なにそれ」って思ったのよ。それはお兄様も同じ。
 けれど、実際にステファニー様はこちらに留学してきて、グランパス卿と恋仲になった。婚約直前に王命により国に呼び戻され、彼女は現ヴァット王と結婚し、現在は王妃となっている。

 彼女が帰国するなり結婚したと聞いてびっくりしたと同時にゾッとした。物語とほぼ同じ流れになっていると。
 友人であるステファニー様が、酷いことをされるの?と。

「…それは、ずいぶんとしんどい夢だな」
「ええ…」

 憔悴した様子のグランパス卿。
 それはそうよね…成人したのはつい先日。未成人の竜人・獣人に取り付けられる、番認識器官の阻害魔道具を外した後、ステファニー様からわたくし宛に送られてきたハンカチから「番の匂いがする!」と騒いでいたのだから、きっと、ステファニー様が運命の番なのでしょう。
 その運命の番の死に目に立ち会う夢だなんて……ああ。夢の内容はやっぱりあの話と一致しすぎてるわ!

「グランパス卿」
「はい」
「【泡沫からの華々たち】という話、ご存知?」
「…?いえ、知りませんが…なんでしょうか」

 なるほど。グランパス卿が異世界の記憶を持っていたのかとも思ったけど、彼の目は困惑しかない。
 嘘は言っていない様子でもあるし…彼が転生者あるいは転移者というわけではなさそうね。

「その、夢の最後にあった声に心当たりはないのか?」
「ありません。しかし…その」
「なんだ」
「…その声は、実は名ではなく真名を呼んだのです。私の真名は両親と妹ぐらいしか知らず、我が家では儀礼時以外では真名は呼ばない方針なので、真名が漏れたとも考えにくいですね」

 ……やだもう。
 考えられるのって、あの御方じゃないの。
 お兄様も察したらしい。頭を抱えている。
 グランパス卿は分からないだろうけど……なんとなく、まだ言ってはいけない気がするわ。

「…真名の件はいったん置いておこう。だがそれを信じるならば、現状ステファニー王妃の状況は非常に悪いんじゃないか?ツェツィ、なにか知ってるか」
「ステファニー様が急に国元に戻されてご結婚されたと聞いて、きな臭いと思ってお母様にお願いしてこっそり調べてたのだけれど…”真実の愛”に横槍を入れた悪女、お飾り王妃、ですって」

 そう言った途端、バキンとなにか折れた音が聞こえた。
 音の方を見ればグランパス卿が座っていた椅子の肘掛けが砕かれていた。

 ……嘘でしょう、あれ、木材の中では最も硬いとされるオークの木よ?
 素手で握り潰したの?本当に?

 わたくしたちの反応に気づいたのかハッと我に返ったグランパス卿の顔からみるみる血の気が引いた。

「も、申し訳ありません!!」

 椅子から飛び退いて、床に平伏す。
 まあ…第一王子の応接室の調度品を破損させたのだから、その反応も当たり前か。
 お兄様も呆気にとられていたけれど、やがて肩を揺らし。

「ふ、は、ははははは!!」

 盛大に、笑った。
 そんなお兄様の声にびくりと体を震わせたグランパス卿だけれど、まだお兄様からの許しはないから顔を上げることはない。

「はは、あ~…良い、大丈夫だ。さすが竜人族とでもいうべきか、それとも我が国最高峰の武力を持つお前だからというべきか」
「……本当に、申し訳ありませんでした」
「良い。顔を上げろ。グランパス家の応接室の家具もそろそろ古くなったろう?ついでに一式やるよ」
「ご配慮、痛み入ります」

 この応接室の家具もそこそこ年数が経ってるのに。
 まあ、本当にグランパス家の応接室の家具が古いかどうかなんてわたくしも、お兄様も知らないけど。

 お兄様の許しを得たので、グランパス卿が元の位置に戻る。

「…さて、シェルジオ。まずは結論から言ってお前の話を信じ、我々は行動しよう」
「殿下…!」
「何、その夢で告げた御方に少しばかり心当たりがあるからな。…だが我々から勝手に動くわけにはいかん。ステファニー王妃から救いを求める声がない限り」

 それはそうなのよね。
 今、ここで勝手にステファニー様を助け出すべく動き始めてしまうと、内政干渉だと言われてしまいステファニー様が届かない場所に軟禁されてしまう可能性もある。
 今はまだ静観し、彼女から助けを求める声を引き出す必要があるわ。

 外遊にかこつけて会いに行ってもいいけれど、ふたりきりで会うのは難しいでしょう。
 手紙も検閲されている可能性が高い…けれど、方法がないわけじゃないわ。

「お兄様、グランパス卿。彼女の言葉を引き出す役目は、わたくしにお任せくださる?」
「妙案でもあるのか」
「ふふ…ねえグランパス卿。ステファニー様が専攻されていたのって、なんだったか覚えていて?」
「はい、言語学を専攻されていました」
「……ああ。なるほど。ベガルド語を使うのか」
「ご明察ですわ」

 現在は解読できるようになった、一度は失われたベガルド語。
 それを復活させたのはお父様とお祖父様。わたくしは考古学での遺跡調査を行う過程で、ステファニー様は言語を研究するという過程でそれぞれベガルド語を履修していた。
 言語学って、とっても面白いのに履修する方は少なく、さらに古代語や現在使われない言語等を学ぼうという方はさらに一握り。そんな一握りしか受講しない授業を、わたくしとステファニー様は履修していたのよ。

 ベガルド語は一見すると、何かの文様に見える文字だ。
 あの国で手紙を検閲する者の中にベガルド語を履修している者なんていないと思うけど…念のため、便箋の縁にデザインのように簡単な文章を組み込んでみましょうか。
 ステファニー様からのお返事次第では、隠れてやりとりが出来るわ。

「ステファニー王妃と接触できるようになるまでは、辛いだろうがお前も堪えてくれ」
「はい」
「ステファニー様にお贈りする魔石でもお探しになるのはいかが?事が全て終わったらお渡しできるでしょうし」

 たしか、竜人族・獣人族の運命の番の場合は、条件付きではあるけれど婚姻無効が可能なはず。
 今のうちにプロポーズに使うであろう魔石を準備しておくのは悪いことではないわ。

 魔石は、ダンジョンから採れる宝石のような輝きを持つ物。
 元々、ダンジョン内にある鉱石にダンジョン内に漂う魔力が蓄積されて変化したものらしいので見た目は宝石とほぼ変わりはない。
 竜人族は、その魔石をプロポーズに使うと言われている。
 わたくしの提案にグランパス卿は「そうですね、そうします」とようやく微笑んだ。

「……バーデンベルグに行くのか?」
「そのつもりです。あそこは良質の魔石が採れますから」
「あー、その、なんだ…採り尽くすなよ?」
「そんなことしませんよ」
「嘘つけ。この前やらかしそうになって、バーデンベルグ男爵から泣きの一言が入ったぞ」
「それは…申し訳ありません。夢中になるとどうにも…」

 ……そういえば、普通は六人以上のパーティーで入るのが推奨されてるバーデンベルグのダンジョンで、単身二十五階層までクリアした猛者がいるって話、グランパス卿だったような。

 お兄様は盛大なため息を吐くと「ひとりで潜るな。絶対にフロイスと行け、いいな」と告げた。
 スピネル様をお目付け役にするのね。彼ならきっとグランパス卿が暴走しても大丈夫でしょう。とてもいい考えだわ、お兄様。

 …そうだわ、グランパス卿と一緒にバーデンベルグのダンジョンに潜るのはとても大変でしょうから、何か贈って差し上げなければ。

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