上 下
1 / 15

プロローグ(エインスボルト王配視点)

しおりを挟む


 【泡沫からの華々たち】というタイトルの小説(ライトノベル)があった。
 三部構成からなるそれはアニメ化されるほど人気で、電子書籍のサイトトップに売上第一位とあったから「たまには異なるテイストのも読むか」とダウンロードしたもの。

 華々たち、とあるようにこの本は短編集のようなものになっていて、三人の虐げられている低位貴族の令嬢たちが恋愛し、上位貴族、はては王族から助けられて幸せに暮らしました、というストーリーが基本。


 第一部の主人公、シャーロット・デンバー子爵令嬢は幼い頃に両親が事故死し、爵位は父方の叔父に一時的に移る。
 そこでシャーロットに爵位を譲りたくない叔父夫婦があの手この手でシャーロットを虐げ、何とか難関校であるセントラル・ヴェリテ学園に入学できたシャーロット。

 先祖代々受け継がれる手作りクッキーのレシピ。
 それで作ったクッキーを仲良くなった生徒に配りつつ、皆に馴染めるようになった頃、シャーロットは五人の令息と出会う。
 シャーロットは、その中のひとりであるエリック・アンダーソン侯爵令息と恋に落ちた。

 エリックの揺れる恋心、シャーロットの献身、令息の婚約者である第一王女とのやり取りを経て、第一王女は身を引いて伯爵と結婚し、シャーロットはエリックと結ばれ、幸せに暮らしましたとさ、と物語は閉じる。


 第二部の主人公、ミーナ・ウェーバー男爵令嬢は実家が貧困家庭だった。
 ギリギリ、セントラル・ヴェリテ学園に入学し、勉強しつつ実家を立て直してくれる結婚相手を探すのだがなかなか見つからない。

 そんなとき、図書室で彼女はゲオルグ第二王子と恋に落ちた。
 ゲオルグには婚約者であるジャネット・グェンジャー侯爵令嬢がいる。ミーナとゲオルグはいけないことだと分かっていてものめり込んでいき、事実を知ったジャネットが激高した。
 ミーナを、友人たちと共に苛烈な虐めを始めたのだ。ミーナにとっては酷く辛く、しかし相手は高位貴族。耐えねば実家など吹き飛んでしまう、と耐え忍んでいたところ、事情を知ったゲオルグが証拠を揃え、ジャネットを断罪して婚約破棄。

 元々王位は王太女である第一王女のため、ゲオルグは特に問題なくミーナの男爵家に婿入り。手腕を発揮して男爵領は持ち直し、ふたりで手を取り合い益々発展させていった…と物語は閉じる。


  ―― ではこうだ。

 第一部の結末は、伯爵と第一王女が結婚することは変わらないがシャーロットは国際犯罪者として魔塔へ収監された。
 エリック含め、交流した令息たちはシャーロットが作った禁薬入りのクッキーを日常的に食べていたため後遺症が酷く、魔塔で治療中。

 …小説の通りにしていれば、彼女が禁薬を使用したクッキーを食べさせているなんて誰も気づくことができなかった。
 だからある意味、不幸中の幸いなのだと義兄であるオルフェウス様は言っていた。


 第二部の結末は、ミーナは退学の上、領地に追放。
 ゲオルグ様とジャネット様は仲睦まじく、こちらが苦笑いするほどのラブラブカップルだ。

 …聞けば、小説とは異なりミーナはジャネット様に「ゲオルグの愛人として一緒に迎え入れて欲しい」と直談判したらしい。
 ゲオルグ様とミーナはたしかに図書室で出会ったけど、そこで互いに一目惚れということはなく、ゲオルグ様がミーナに付き纏われていたという。
 その付き纏いとミーナの言葉巧みな誘導の結果、学園にいた低位貴族の子息たちはミーナとゲオルグ様が恋人同士だって勘違いしたらしい。ゲオルグ様がめっちゃ怒ってた。

 小説と異なるといえば、ゲオルグ様がジャネット様を溺愛していることだろうか。
 小説のゲオルグはジャネットとは政略的な結婚である、と語っていたから…多少の情はあれど、あそこまでなることはなさそうな印象だった。


 今のところ、あの小説の一部が現実になっている。二度あることは三度あるというだろう。おそらく第三部もあるということだ。
 第一部と第二部の間は数年、第二部と第三部の間はたしか十年以上時間が空いている。あと、第三部だけは主な舞台がここエインスボルト王国じゃなくて、別の国の話だった。

 …たしかうちの国にいる竜人が関わっていた上に死に戻りの要素もあったような。

 ふくふくとしたほっぺたに食べかすをつけながら、もきゅもきゅと美味しそうに乳幼児向けに作った僕の手作りお菓子を食べる我が子を眺める。
 …この光景が消えて、過去に戻されたら嫌だなぁ。

「おかーり!」
「ごめんね、エヴァン。もうないんだ。また明日、おやつの時間ね」

 僕の言葉を理解しているかそうでないのか、きゃっきゃと食べかすだらけの手でペタペタと僕の手に触る。
 侍女たちが慌てて濡れタオルを持ってくるのをありがたく受け取りながら、我が子のふわふわした髪を撫でた。

 ……ちょっと、調べてみようかな。




 ―― それから、二十四年後。


「お母様、お父様。お兄様とわたくしに力を貸して欲しいの」

 真剣な表情で訴えてきた娘のツェツィが、一通の手紙を差し出してきた。
 宛名はツェツィ、差出人は隣国ヴァット王国王妃。ツェツィの学友だ。とある事情により国元に呼び戻されてセントラル・ヴェリテ学園を卒業しないまま退学することになったけれど。

 ヴァット語で書かれた手紙の内容はごく一般的な、ありふれた世間話や近況報告。
 便箋の縁に文字のようなデザインが書き込まれており、一見するとただの絵柄の一部だ。

 ―― だがそれは現在では失われた言語と呼ばれるベガルド語で。救いを求める言葉が記されている。


 ツェツィは僕の影響を受けてか、王女というか令嬢にしては珍しく考古学を好んでいた。
 ヴァット王国王妃も過去から現在まで広く分布していた言語学を専攻しており、トゥイナーガが尊敬する人物だと語っていたとも聞いている。
 サイン本をあげたらものすごく喜んでいたと、ツェツィも嬉しそうだったのを覚えている。

 フィーに視線を向ければ、彼女はにこりと微笑む。
 これは問題ない、ということ。

「…うん、分かったよ」
「お父様!」
「ツェツィの大切なお友達ですものね」
「で?具体的に何をすりゃいいんだ?」
「そこをみんなで考えるの!」
「ちょ、ちょっと…資料とってくる」

 立ち上がって自室へ向かう。
 …まあ、まさか二十四年も間が空くとは思ってもみなかったけど、準備しといて損はなかったということだ。


 ツェツィに助けを求めてきたのはヴァット王国王妃、ステファニー・ヴァット。
 ヴァット王国元クォンタム子爵、現クォンタム伯爵のご令嬢。

 ―― 第三部の主人公であり、一国の滅亡を誘うステファニー・クォンタムだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...