彼が選んだ結末は

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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番外編

爬虫類は苦手だったのだけど(聖女マキ)

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 私は意を決してこの世界に転移したけど、諸々の事情でエリス様から加護が与えられなかった。
 なんでも、エリス様が私に加護を与えるのを邪魔する神がいるらしい。
 夫である山岳の神マオ様の反応もないことから、恐らくマオ様も何らかの事情で手助けできない状況なのだろうと、ギルディア王国の神殿で一番偉いというバチス様は言った。

 不安になる中、私は何らかの事故で記憶喪失となり、倒れているところをバチス様たちに拾われたということになり、見習い神官としてここで働いている。


 ある日、エリス様と会話(念話、というらしい)することができた。
 エリス様から事情を聞けてホッとしたけれど「加護が与えられないため、我が眷属を派遣する」と伝えられて首を傾げる。
 眷属って、なんだろう?聞く前に、エリス様は余力がなくなったようで沈黙してしまった。

 翌日。
 事情を知っているルミナさんに聞いてみたところ。

「眷属様は、一柱につき一匹仕えている動物のことね」
「動物…」
「たくさん神様がいるうちの何柱かは人間を眷属にしているらしいけど…不老になるから、人間の方が耐えられなくて長く続かないらしいわ」
「エリス様の眷属様はどのような方なのでしょうか?」
「白蛇よ。お名前は伝わってないわ…眷属様が姿を現すときって言い方が悪いけど、聖者・聖女側に問題があるときで、そういう事例ってほとんどないからあまり資料がないのよねぇ…」

 聖者・聖女側に問題がある、と言われてウッとなる。
 するとそんな私に気づいたのか、ルミナさんは慌てて「今朝、エリス様から神託があってエリス様側の問題で派遣するって明言されたから大丈夫」と言ってくれた。
 それなら少し安心だけど…白蛇かぁ。
 爬虫類は苦手なんだけど…大丈夫かな。


 その日の午後、大神殿内に併設されている、地球で言う病院代わりに人々の怪我の手当てをしている聖堂。
 そこで手当ての補佐をしていた私は、訪れていた人々が「蛇だ」「白蛇様だ!」という騒ぎが聞こえて手を止めた。
 列が分かれ、その真ん中をスルスルと白い蛇が移動してくる。
 ポカンとしていると、その白蛇は私の足元まで来て頭を持ち上げた。

 赤い瞳がじぃとマキを見つめる。
 意外と円な瞳で可愛いなと思ってしまって、思わず手を差し伸ばした。
 白蛇は頭を私の手に擦り寄せた。

 え、ちょ。
 なんか可愛いんですけど。

 思わず私も撫で返してたら、その様子を見た誰かが「聖女様だ」と呟いた。
 たった一言、それが伝播するのは一瞬。

 群衆というのは恐ろしいとこのとき初めて思った。

 私に向かって数多の人が押し寄せ、神官が「奥へ!」と叫んだ声に私の体は反射的に動いた。慌てて白蛇を抱きかかえて聖堂の奥に駆け込んで、ドアを閉める。
 あの場に残された神官が「落ち着いてください!落ち着いて!」と叫ぶ声が聞こえるが、それよりも「聖女様!」「お助けください!」と呼ぶ群衆の声が大きい。

「…すまない。出方を考えれば良かったな」

 低く、落ち着いた声に思わず白蛇を二度見した。
 可愛いな、なんて思ってしまった相手からめっちゃイケボが出てきたんだから無理もないでしょう。

「僕は尊き御方、治水の女神エリス様の眷属。名をヴァイスという」
「…日下部…いえ、マキです。よろしくお願いします、ヴァイス様」
「ヴァイスでいい。当面は君の相棒だからね」
「はい、ヴァイス」

「何の騒ぎですか!?」

 バタバタとマクスさんを含めた他の神官が現れた。
 私の手から肩にスルスルと上がっていった白蛇 ―― ヴァイスを見て、一部の神官は悲鳴を上げた。
 悲鳴と言っても、恐れから来るものじゃなくて、心底驚いてという感じのようだ。
 マクスさんも驚いたような表情を浮かべ、急いで来たためかずり落ちたメガネのブリッジを人差し指で押し上げた。

「…マキ見習い神官。急ぎ、大神官様のもとへ参りましょう。他の者は、聖堂にいる方々に発表は後日改めてすると言ってなんとか宥めてください」

 急ぎ足でマクスさんと共に、バチス様がいる執務室へと向かう。
 途中、騒ぎを聞きつけてか廊下の向こうから歩いてきたテーバイ様たちが、私の肩にいる白蛇を見て驚愕の表情を浮かべているのを見かけ、軽く頭を下げて通り過ぎる。

 なんとなく、嫌な予感がしてほんの少し振り返れば、彼女たちの中でテーバイ様だけが無表情でこちらを見ていることに気づいてしまって、背筋が震えた。


 執務室にいたバチス様も、突然のヴァイスの登場に大いに驚いていた。
 一応、エリス様から眷属が来るという話は聞いたらしいんだけど、それが今朝だったようで。
 まあ「これから眷属いくからよろしく」って言われてその日のうちに来るとは思わないだろう。

「エリス様が聖女に加護を付与できないということは正直に伝えてくれ。そのため、眷属である僕が聖女を補佐するために来たと。眷属であるゆえ、尊き御方の加護には力及ばず時間はかかるが、僕とマキが力を合わせれば大瘴気についても払うことができると」
「承知いたしました」

 そのやり取りを聞いて、大丈夫だろうかと一抹の不安が過る。
 胸元で握り込んだ手に、無意識に力が入っていたらしい。ヴァイスがすり、と頭を私の頬に寄せた。


「大丈夫」
「…ありがとうございます」


 手の力が、少しだけ抜けた。


---------- >


 聖女としてまずは最初に大瘴気が発生しているユーゲン領へと向かうことが決まって、準備を進めていたところ、部屋がノックされた。
 ルミナさんが準備で部屋を出ていってからしばらく経っていたので、ルミナさんかと思ってろくに確認もせず「はい」とドアを開けてしまったのが良くなかったと思う。

 ドアを開けた先に立っていたのは、テーバイ様だった。
 背後にいつも一緒にいるご令嬢方はいない。

「…テーバイ様」
「もうすぐ出立されるとお聞きしまして。ほんの少しだけ、お時間いただけないでしょうか?」

 にこりと微笑むテーバイ様に、一瞬躊躇したが頷いて、体をドアの横に移動させた。
 断る理由もなかったし、何より断ったら嫌な予感がした。
 入ってきた彼女の背を見つめながら、ほんの少しだけドアを開けてその場から離れる。
 …何か、騒ぎがあったときに廊下に聞こえるように。
 ヴァイスも不穏な空気を察知したのか、部屋に置いていたクッションの上から素早く私の肩に登ってきた。

 お茶でも、と準備をしようとしたけどテーバイ様は「お構いなく」と微笑んだ。
 長居するつもりはないとさっき言っていたなと思い出したので素直に頷いて、彼女に椅子を進め、自分はベッドに腰掛ける。

「あの、何か…?」
「なぜ、あなたが聖女なの?」
「え?」
「なぜ、あなたにエリス様の眷属でいらっしゃるヴァイス様が?ねぇヴァイス様。本来ならわたくしではなくて?」
「……何を言っている?」

 うふふ、とテーバイ様がうっとりと笑う。
 だがその目が笑っていないことに気づいてしまい、背筋を震わせた。
 私の肩にいるヴァイスは心底呆れたような声色で答えてるけど、やや警戒しているのが分かる。

「だって、その女には神聖力がひとかけらもありません。生活魔法すら使えないというじゃありませんか。瘴気を払うには神聖力が必須です。ということは、大瘴気を払うのはすべてヴァイス様のお力ということになります。わたくしでしたら、瘴気を払うことは可能ですからヴァイス様のご負担になりませんわ」

 …実は私が見習い神官になるにあたって、能力検査が行われていた。
 神聖力は先天性のもので、後天的につくことはほとんどないらしい。
 このときの結果は「神聖力なし、魔素との適合は薄い」という非常に稀な結果になったと聞いている。

 この世界は空気中に魔素が普段からあるため、赤子の、それこそ母親のお腹の中にいる頃から魔素に触れている。
 そのため魔素との適合、すなわち魔法を扱うことは、その能力の程度はあれど生活魔法は難なく使える。
 だけど私は異世界人だ。地球に魔素なんてものはなかったから、今まで一切触れてこなかった。
 今後この世界に住んでいくうちに体が馴染むだろうから、将来は生活魔法くらいは使えるようになるだろうとはバチス様から言われているけど、現時点では何の力もないに等しい。

 そんな無力な女である私よりも、神聖力を持っている自分の方が相応しいのだとテーバイ様は言っている。
 神聖力がないことや魔素の適合が薄いことに関しては私はそのとおりだと思ってるので黙っていると、ヴァイスが深くため息を吐いた。
 ゆらり、とヴァイスが頭を揺らす。

「僕の力は、尊き御方から器であると認められた者を介してしか発現できない。残念ながら君は器ではない」
「なっ、そこの女は器だと!?」
「そうだと言っている。証拠に、彼女の額に尊き御方の御印がある。尊き御方は今、聖女に加護を与える余力はないが、器であると知らせる御印をつける力はあったのだから。額を見せろ、マキ」

 実際にはこの世界に来る直前、エリス様が何者かに邪魔される前だったので印をつけられた時期は違うけど、まあ嘘も方便だよね。
 私は口を噤んで、言われた通りに前髪を上げてその額を晒した。
 額には、エリス様からもらった花の模様の印がある。何の花かは聞いてないので分からないけど、蓮の花みたいだと思っている。
 テーバイ様は私の額を見て悔しそうに顔を歪めている。

「聖者、聖女は神々から認められるほど美しいと評されております!その女はどう見てもそんな部分はございません!!我がギルディア王国の恥となります!!そして何より、エリス様が不調な今、神聖力が一番高いわたくしがヴァイス様と共に払うのが最善ですわ!!」
「美醜や神聖力の有無で神々が加護を与えると決めているのか。愚かしい。それに、僕はお前に名を呼ぶことを許していない」

 ヴァイスはそう言い捨てると、私の肩から下りた。
 床に下りた瞬間にはまばゆい光を発し、思わず目を瞑る。
 輝きが収まった頃に、テーバイ様が「ヒッ」と悲鳴を上げた。その悲鳴につられて私も目を開くと、目の前にある光景にぽかんと口を開けた。

 この部屋いっぱいになるほどの巨大な白蛇がとぐろを巻いている。
 いつの間にかそのとぐろの中心に私がいて、白蛇はその巨大な口を開いて怯えるテーバイ様に近づきながら、心底冷えるような声色で告げた。


「お前と話すことなどない。不愉快だ」


 テーバイ様は顔色をなくし、脱兎のごとく部屋から飛び出していく。
 ふしゅるる、とヴァイスが不機嫌なときに出す音が部屋に響いた。

「なんだあの小娘は!」
「うーん…テンプレなワガママお貴族様ですかね。自分こそが一番!みたいな」
「この国は器に関する教育すらしていないのか。バチスに問い質さねばならん!」
「…器って、誰にでもなれないとは聞いてたけど…そういえば具体的な理由って何?」

 器となる人間はそうそういない、とは聞いていたが、そもそも器とは。
 首を傾げると、苛立たしげな様子だったヴァイスは少し落ち着いたようだった。

「あの小娘にも言ったが、器とは神の力を媒介する存在だ。神々の力は強大過ぎるための緩衝材と思えばいい」
「つまり、エリス様などの神々の力は熱湯だから、一回、器の人間に力を移してちょっと冷まして丁度いい温度にするってこと?」
「…面白い例えだが、そうだな。その理解で正しい。そのまま神々が思うままに力を振るえば、原初の時代のようになる。海は常に荒れ、嵐が吹きすさび、山が火を吹き、地が震える」

 器は神々の力をいったん受け容れる存在。
 強すぎるその力を器の体内で和らげ、行使しても問題ないレベルにまで落とす。その落とす度合いは器側の人間の力量による。
 ヴァイス曰く、最近器になったばかりのトリヴィア公国の聖者はまだ制御に慣れていないため、力を絞りすぎて時間がかかっている状態らしい。
 丁度よい力加減にできれば、大規模な瘴気も半日程度で払えるとのことだった。

「適性と…力を受け容れるのに条件があるだったよね」
「全部で4つある」

 神によって力の性質が違うのでその相性がひとつ。
 神の力を受け容れられる体質であることがひとつ。
 健康体であることがひとつ。

「今回、尊き御方の力の性質とその受け容れられる体質がマキだった、ということだ。…あの小娘も素質はあるが、相性が良いのは尊き御方ではない。相性が良い他の神から加護を得られればあの小娘も聖女となれるだろうが…今回のように、遠方まで捜索を手を回しても器がいない場合だけだ。よほどのことがない限り、あのような小娘は選ばれないだろう」

 暗に性格が悪い、と言っているようだ。テーバイ様はヴァイスにそこまで言わせるほど嫌われてしまったみたい。
 4つある、と言っていて最後のひとつは言っていないのだけど、やっぱり性格なんだろうな。
 もともと、眷属は問題がある聖者・聖女につくというし。

 でも、彼女にも聖女の素質はあると聞いて、やっぱり神聖力を持つだけあるのだなと思う。
 …それよりも。

「ねぇ、ヴァイス」
「…なんだ」
「体の大きさを変えられるんだね。ビックリした…」
「まあ、そのぐらいは。図体がデカければ、大抵の人間や動物は怯むからな…ああ、すまない。もとに戻るか」
「え、ちょ、ちょっとまって!」
「え?」

 真綿で包むような力加減で私を守るように、私の周りにぐるりとヴァイスの体がある。
 見上げれば赤い瞳がこちらを見下ろしていた。
 閉じた口から見える牙は鋭く、かぶり付かれたら一溜まりもないだろう。口のサイズも私を一口で飲み込めそうな大きさだ。
 だから、テーバイ様が逃げたのも分かる。

「も、もう少しだけそのままでいてもらってもいい?」
「…?別に構わないが、どうした」
「…な、なんとなく」

 でも、私は安心したのだ。
 その大きな口が私の方に向けられていても、怖くなくて。
 もちろん、ヴァイスが怒りを私に向けていないというのもあるだろうけど。

 目の前にある、白くてキラキラしている鱗に触れて、そっと撫でてみる。
 いつもと同じひんやりとしたその感覚に思わずホッとしていると、ずいとヴァイスがいつものように頭を寄せてきた。
 大きくて思わずビックリしたけど、図体が変わってもヴァイスはヴァイスなんだなと思って思わず笑いが溢れた。

「…あの小娘が言っていた美醜云々は気にするな。そもそも神によって趣向が異なるし、何より器の素質が重要だから。それにマキは元は悪くない」
「それって今は綺麗じゃないってことだよね?…ふふ、でもありがとう」



 たぶんもう、その頃には心惹かれていたのだと、思う。
 はっきりと自覚した頃には白蛇だろうが、人の姿だろうがヴァイスが傍にいてくれるだけで嬉しかった。

 ボロボロと涙が零れる私をその身で囲い、隠しながら暴力に耐えるヴァイスに「もうやめて」と言えば、彼は「嫌だ」とだけ返した。
 ついにはその巨体が倒されて、私が引きずり出されても、片目を失ってもヴァイスは諦めなかった。
 庇護する民に危害を加えてはならないという制約上、ヴァイスはただ私のもとに来ようとしたけれど、暴徒と化した民衆に阻まれてしまい。
 とうとう力尽きて地に伏せるヴァイスを見て、殴られ蹴られの痛みで遠のく意識の中、ヴァイスに手を伸ばしながらこう願ったのだ。


 ―― どうか、彼のそばで死ねますように、と。



「結局、叶っちゃいそうなんだよなぁ」
「何がだ?」

 白蛇姿のヴァイスはスルスルと木登りして、手の届かないところにあった赤い果実をポトポトと落としていくのを籠で受け取る。
 その作業をしながらふと、思い出したのだ。

「ヴァイスのそばで死にたいなって願ったこと」
「ああ、それなら確かに叶いそうだな」

 …嬉しそうな声で言っちゃって。
 蛇だから表情が分からないけど、ヴァイスは結構声色で感情が分かる。

 木から下りてきたヴァイスにしゃがみ込んで手を差し伸べれば、いつものように私の肩まで登る。

「どうせなら、死ぬ前にやりたいことをやろう。マキは何がしたいんだ?」
「今は無理だけど、他の国に旅行に行ってみたいな~」
「そうだな。もう少し落ち着いたら行こう」

 神殿側の協力を得られれば、ヴァイスと一緒に移動しても差し支えないだろう。
 今度は、ヒノモト公国の管轄にある離島の瘴気を払いに行かなければ。人が住んでいないからか、瘴気が溜まってしまったようでそろそろ危ない。
 それが終わったら、もう一度国内をチェックして…問題がなければ行こう。
 まあそもそもここを離れるためにも半年も船旅が必要だから、まずは船に慣れないと駄目かな。

「マキ、そろそろ作り始めないと」
「そうだった!」

 ヴァイスが採ってきてくれたこの果実でケーキを作らなければ。
 今日はあの子の誕生日。
 あの子が帰ってくる前にやっておかないと、サプライズの意味がなくなってしまう。

「ヴァイスも手伝ってね!」
「やれることは少ないが、もちろんだ」

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