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本編
8 ~ 治水の女神エリス
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翌日、約束の時間。
エリスがヴァイスがいる場所に降り立つ。
向こうからは突然、光が現れて人の形を成したと見えるだろう。
人型のヴァイスが待っていた場所はヒノモト公国大神殿の礼拝堂だった。
ここにはエリス、マオの神像があり、普段は民たちがエリスたちに祈りを捧げるための場所だ。
昨日の場所はそうそう入って良い場所ではないため、ここを選んだのだろう。
おや、とエリスは目を瞬かせた。
ヴァイスの隣にマキが立っており、ふたりの手は繋がれている。
「良かったなぁヴァイス。思いが通じ合ったな?」
「はい」
照れたように微笑むヴァイスを見るのは初めてだ。
エリスは腕を組み「それで」と続ける。
「どうするのだ?」
「暇を希望することは変わりありません。ただ、ひとつ望みがあるのですが」
「言うてみよ」
「白蛇の体の大きさを自在に変えられる能力だけ残してほしいのです。いざとなったとき、この身をマキの盾としたいので」
ヴァイスの望みにエリスは面食らった。
てっきり、人型の姿のままにしてほしいと言い出すかと思ったのだ。
白蛇のままでは会話もできない、意思疎通も難しい。
それならば人の姿となって、人の番として生きていくのが、思いが通じ合った男女の望みだろうと。
エリスの困惑が伝わったのか、マキがヴァイスに寄り添ったまま告げる。
「私、ヴァイスなら人でも蛇でも問題ないって気づいたんです。蛇の姿の方が一緒にいる期間が長かったですし。それに、ヴァイスが蛇の方が私を守りやすいからって」
「マキは良いのか?」
「はい」
そう、微笑むマキの瞳には嘘偽りはない。
ふむとエリスは考える。
地球とも違う、他の銀河系にあるとある惑星はとある創世神が精霊族やら獣人族やらを作っていたようだが、この惑星は人類ほどの知能を持った生き物は他にいない。
だから白蛇に戻ったヴァイスとマキが番うのは、周囲の理解を得られないだろう。
「子は望んでおらんのか?蛇になると会話もできんぞ」
「ほしいとは思いますけど…養子という手がありますので、そこまで気にしていないんです。会話の件は昨日話し合って、色々探っていくことに決めました」
「…そうか」
ヴァイスとマキが目を合わせ、互いの手が離れる。
ボンと煙を立ててヴァイスの姿が隠れたかと思えば、見慣れた白蛇の姿になっていた。
するするとヴァイスがエリスの足元に寄る。
エリスはしゃがみ込むと、頭を持ち上げたヴァイスと目を合わせた。
「それがお前の選択か、ヴァイス」
「はい」
「…そうか。分かった」
エリスがヴァイスの頭に手をかざす。
すると、ふわりと背後から抱きしめられるような形でエリスの手に誰かの手が重ねられた。
可視化していないが、感覚からしてマオだろうとエリスは当たりをつける。
―― もし、ヴァイスが白蛇でマキの傍にいると選択した場合なんだけど、ちょっと俺も力使っていい?
昨夜のその言葉を思い出し、ふとエリスは笑った。
「ヴァイス。そなたはマオや妾にとっては子も同然だ。どうしようもないなにかがあったときはそれぞれ一度だけ頼ることを許そう」
「…! ありがとうございます!」
「この時をもって、ヴァイスは妾の眷属から外れる。千年にも長きにわたる務め、大義であった」
エリスの手のひらから光が発せられ、ヴァイスが光に包まれる。
そのエリスの光に混じってマオの光も入っているのに、ヴァイスは気づくだろうか。
ヴァイスから、エリスが与えていた眷属としての力が淡い水色の光球となってふわりと出てきた。
そこからヴァイスの望み通り、体の大きさを自在に操る力だけ抽出した小さな光球をヴァイスに戻す。
ひとつ、ふたつ、そしてマオからみっつめ。
少々大盤振る舞いだが、我が子同然のヴァイスの門出だ。
それに事前に最高神にも許可を得ている。これぐらいであれば、世界の均衡を崩すことはないだろうとお墨付きだ。
光が収まり、白蛇の姿のままのヴァイスが現れる。
心配だったのだろう、マキは思わずといった様子で駆け寄ってきて「ヴァイス!」と声をかけた。
隻眼のままのヴァイスが、ゆっくりとマキの方へ頭を向ける。
「マキ」
「…え?」
「ん?どうした」
「ヴァイス、喋ってる」
「…え、通じてる?」
混乱するふたりがエリスを見て、エリスは立ち上がりながら微笑んだ。
「妾とマオからの餞別だ、ヴァイス。そなたには妾からふたつ力を授けた」
ひとつ、体の大きさを変化させることができる力。
ひとつ、人と会話できる力。
「そして最後のひとつはマオから。年に一度、一日だけそなたが人型として過ごせるようにしたそうだ。それ、やってみせよ」
エリスに言われるまま、ヴァイスが頷く。
するといつものとおりボンと煙と音を立てて、ヴァイスは蛇から人へと変身することができた。
両手をまじまじと眺めるヴァイスに、マキが寄り添う。
蛇の姿で一生を過ごすと覚悟していたから余計に嬉しいのだろう、ヴァイスはマキの手を握り、その手を撫ぜた。
「年に一度だ。次は来年の今日になる」
「ありがとうございます、エリス様、マオ様」
「ありがとうございます!」
幸せそうに笑い合うふたりを見て、エリスは満足げに頷いた。
この力は望まれていないかもしれないとは思ったが杞憂だったらしい。
戻ったら「俺が言ったとおりだろ?」と胸を張るマオの姿が目に浮かんだ。
エリスがヴァイスがいる場所に降り立つ。
向こうからは突然、光が現れて人の形を成したと見えるだろう。
人型のヴァイスが待っていた場所はヒノモト公国大神殿の礼拝堂だった。
ここにはエリス、マオの神像があり、普段は民たちがエリスたちに祈りを捧げるための場所だ。
昨日の場所はそうそう入って良い場所ではないため、ここを選んだのだろう。
おや、とエリスは目を瞬かせた。
ヴァイスの隣にマキが立っており、ふたりの手は繋がれている。
「良かったなぁヴァイス。思いが通じ合ったな?」
「はい」
照れたように微笑むヴァイスを見るのは初めてだ。
エリスは腕を組み「それで」と続ける。
「どうするのだ?」
「暇を希望することは変わりありません。ただ、ひとつ望みがあるのですが」
「言うてみよ」
「白蛇の体の大きさを自在に変えられる能力だけ残してほしいのです。いざとなったとき、この身をマキの盾としたいので」
ヴァイスの望みにエリスは面食らった。
てっきり、人型の姿のままにしてほしいと言い出すかと思ったのだ。
白蛇のままでは会話もできない、意思疎通も難しい。
それならば人の姿となって、人の番として生きていくのが、思いが通じ合った男女の望みだろうと。
エリスの困惑が伝わったのか、マキがヴァイスに寄り添ったまま告げる。
「私、ヴァイスなら人でも蛇でも問題ないって気づいたんです。蛇の姿の方が一緒にいる期間が長かったですし。それに、ヴァイスが蛇の方が私を守りやすいからって」
「マキは良いのか?」
「はい」
そう、微笑むマキの瞳には嘘偽りはない。
ふむとエリスは考える。
地球とも違う、他の銀河系にあるとある惑星はとある創世神が精霊族やら獣人族やらを作っていたようだが、この惑星は人類ほどの知能を持った生き物は他にいない。
だから白蛇に戻ったヴァイスとマキが番うのは、周囲の理解を得られないだろう。
「子は望んでおらんのか?蛇になると会話もできんぞ」
「ほしいとは思いますけど…養子という手がありますので、そこまで気にしていないんです。会話の件は昨日話し合って、色々探っていくことに決めました」
「…そうか」
ヴァイスとマキが目を合わせ、互いの手が離れる。
ボンと煙を立ててヴァイスの姿が隠れたかと思えば、見慣れた白蛇の姿になっていた。
するするとヴァイスがエリスの足元に寄る。
エリスはしゃがみ込むと、頭を持ち上げたヴァイスと目を合わせた。
「それがお前の選択か、ヴァイス」
「はい」
「…そうか。分かった」
エリスがヴァイスの頭に手をかざす。
すると、ふわりと背後から抱きしめられるような形でエリスの手に誰かの手が重ねられた。
可視化していないが、感覚からしてマオだろうとエリスは当たりをつける。
―― もし、ヴァイスが白蛇でマキの傍にいると選択した場合なんだけど、ちょっと俺も力使っていい?
昨夜のその言葉を思い出し、ふとエリスは笑った。
「ヴァイス。そなたはマオや妾にとっては子も同然だ。どうしようもないなにかがあったときはそれぞれ一度だけ頼ることを許そう」
「…! ありがとうございます!」
「この時をもって、ヴァイスは妾の眷属から外れる。千年にも長きにわたる務め、大義であった」
エリスの手のひらから光が発せられ、ヴァイスが光に包まれる。
そのエリスの光に混じってマオの光も入っているのに、ヴァイスは気づくだろうか。
ヴァイスから、エリスが与えていた眷属としての力が淡い水色の光球となってふわりと出てきた。
そこからヴァイスの望み通り、体の大きさを自在に操る力だけ抽出した小さな光球をヴァイスに戻す。
ひとつ、ふたつ、そしてマオからみっつめ。
少々大盤振る舞いだが、我が子同然のヴァイスの門出だ。
それに事前に最高神にも許可を得ている。これぐらいであれば、世界の均衡を崩すことはないだろうとお墨付きだ。
光が収まり、白蛇の姿のままのヴァイスが現れる。
心配だったのだろう、マキは思わずといった様子で駆け寄ってきて「ヴァイス!」と声をかけた。
隻眼のままのヴァイスが、ゆっくりとマキの方へ頭を向ける。
「マキ」
「…え?」
「ん?どうした」
「ヴァイス、喋ってる」
「…え、通じてる?」
混乱するふたりがエリスを見て、エリスは立ち上がりながら微笑んだ。
「妾とマオからの餞別だ、ヴァイス。そなたには妾からふたつ力を授けた」
ひとつ、体の大きさを変化させることができる力。
ひとつ、人と会話できる力。
「そして最後のひとつはマオから。年に一度、一日だけそなたが人型として過ごせるようにしたそうだ。それ、やってみせよ」
エリスに言われるまま、ヴァイスが頷く。
するといつものとおりボンと煙と音を立てて、ヴァイスは蛇から人へと変身することができた。
両手をまじまじと眺めるヴァイスに、マキが寄り添う。
蛇の姿で一生を過ごすと覚悟していたから余計に嬉しいのだろう、ヴァイスはマキの手を握り、その手を撫ぜた。
「年に一度だ。次は来年の今日になる」
「ありがとうございます、エリス様、マオ様」
「ありがとうございます!」
幸せそうに笑い合うふたりを見て、エリスは満足げに頷いた。
この力は望まれていないかもしれないとは思ったが杞憂だったらしい。
戻ったら「俺が言ったとおりだろ?」と胸を張るマオの姿が目に浮かんだ。
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