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本編
7 ~ 聖女マキ
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夜も更けた時間帯。
お披露目の宴が終わり、化粧などを落として風呂に入って、となるとこの時間になってしまった。
お披露目の宴の間、ヴァイスはいつもの白蛇の姿でマキの傍にいた。
いつもだったら何かしら喋ってくれるのだが、今夜のヴァイスは黙り込んだまま。
公主がヴァイスに「話がしたい」と呼び出したタイミングで休憩を促され、そのとき「リーンハルト殿たちがバルコニーにいる」と耳打ちされたのだ。
リーンハルトとヴェルナールは、神殿外の人間では最も信頼できるふたりだった。
だからこそマキはヴァイスが眷属を辞めるという話をしたのだ。
どうして、彼がそういう決断に至ったのか分からなかったから。
ふたりに相談して正解といえば正解だった。
周囲から見て、ヴァイスもマキも双方に好意を抱いていることは丸わかりだったらしい。知らぬは本人ばかりといったところだ。
部屋の中、ベッドのサイドボードの上にあるヴァイスの寝床。
やや固めのクッションが置かれたそこがこの部屋でのヴァイスの定位置だ。
今もそこに、とぐろを巻いている。
意を決して、マキはベッドに腰掛けてヴァイスへと視線を向けた。
「ヴァイス」
ゆっくりと、ヴァイスの頭が上がる。
マキが手を伸ばせば、ヴァイスはその手を伝ってマキの傍へと這っていった。
するするとベッドの上にヴァイスがおりて、マキを見上げる。
「私、ちゃんとあなたの口から理由が聞きたい。どうして眷属を辞めるの?」
リーンハルトたちからも聞いているし、風呂に入る前にルミナやマクスにも聞いた。
特にルミナとマクスは「気づいてなかったんですか」と目を丸くしていたぐらいに、ヴァイスは周囲を牽制していたのだという。
それをマキは、エリスから派遣されたヴァイスが、期待された力を持つことが出来なかったマキを哀れに思って守ってくれているものだと思っていたのだが、実際は違っていたようだ。
だがそれは周囲の話であって、マキはヴァイス自身からはっきりと理由を聞いていない。
マキが大瘴気を払いきれなかったことが原因ではないと、エリスもヴァイスも言っていた。
ではなぜ眷属を辞めるのか。エリスの眷属のままでいた方が力も振るうことができる。
ヴァイスがエリスを心から崇拝しているのは知っている、だから解せないのだ。
マキの傍にいるために、辞めるという彼の判断が。
ヴァイスはしばらく静かにマキを見つめていた。
マキも辛抱強く口を閉ざし、ヴァイスの言葉を待つ。
すると、根負けしたのだろう。
ヴァイスが口を開いた。
「…尊き御方にお伝えしたとおり、君の傍にいたいから」
「どうして?」
「君の生きていく様を、傍で見ていたいんだ。君が幸せになるのを見届けたい」
「…一緒に、幸せになってくれないの?」
びくりとヴァイスの体が揺れた。
マキが手を伸ばせば、ヴァイスは恐る恐るその頭をマキの手に擦り付ける。
「私は幸せになるならヴァイスと一緒がいい」
「眷属の力をお返しすると、僕はただの白蛇になる。人の姿をとることも、こうやって会話することもできなくなるから」
「ねぇヴァイス。それなら今のうちにちゃんと言葉で伝えてほしい」
マキはヴァイスの穏やかな、低い声が好きだ。
最初は可愛らしい白蛇から発せられた声とのギャップに驚いたものの、今では心地よいと思っている。
それがもう明日には聞けなくなるのなら、せめてその声で、ヴァイス自身の気持ちをマキに明かしてほしかった。
「人の姿の方がいいか?」
「どっちでもいいよ。私、白蛇も人の姿も好きだから」
さらっと伝えてしまったが、仕方ない。
ヴァイスは少し悩んだ上で、人の姿をとることにしたようだった。
マキの目の前に、白銀の短髪に赤い瞳の隻眼の青年が現れる。
何度見てもヴァイスの人の姿は人並み外れた容姿だ、いつもマキは思わず見惚れてしまう。
男らしい、ごつごつとした手がマキの頬にそえられる。
ひんやりとしたその手がわずかに震えているのは緊張しているのかもしれない。
ヴァイスでも緊張することがあるのだなと思うと、外見はイケメンなのに可愛らしいとも思ってしまう。
「君が好きだ、マキ。この世界に来てくれてありがとう。ずっと傍にいさせてくれ」
「私もヴァイスが好き。その姿も、蛇の姿も、どんな姿でも…ずっといっしょにいて」
自然とお互いの腕が伸びて、抱きしめ合う。
嬉しかった。
ヴァイスと同じ気持ちであることが分かって、泣きたいぐらいにマキの胸中は嬉しさで満ちる。
地球に帰れないと承知した上でこちらに来た。
それでも時折寂しく、怖くなる。
マキは一般的な女性だった。働いて、時々ウィンドウショッピングとかをしたり、友達と飲みに出かけたりする、どこにでもいる女性だった。
仕事をしながら恋人を作って、いずれは結婚して家庭を持って…という将来を漠然と考えていた、ただの女性だった。
それが今や一柱に仕える聖女である。
これからマキは、ヒノモト公国で治水の女神エリスの聖女として活動していく。
ここはまだ大瘴気は発生していないが、小規模な瘴気は発生しているとのことなのでそれを払いに行くだろう。
そのとき、ヴァイスが傍にいないのは嫌だった。
だからマキは、ヴァイスのその決断が嬉しかった。
例えただの白蛇であっても、ヴァイスはヴァイスだから。
お互いの体が少し離れ、唇が重なったのは自然なことだろう。
けれどふたりはその先には進まず、ベッドで互いを抱きしめたまま横になった。
「蛇になったら、意思疎通ができるか試してみるか」
「言葉が分からなくなるかもしれないね。何か絵とかでやり取りしてみようか」
「それがいいかもな。文字が読めなくなる可能性が高いだろうし…」
「ふふ、今度は私がヴァイスを守ってあげるからね」
「…そうだな。ああ、エリス様に巨大化する力だけ残してもらうように願おうかと思う。それなら君の盾になれるだろう?」
「うーん。大きいヴァイスもカッコいいけど…傷つくのは嫌だなぁ」
「そのときは看病してくれ」
「うん」
お披露目の宴が終わり、化粧などを落として風呂に入って、となるとこの時間になってしまった。
お披露目の宴の間、ヴァイスはいつもの白蛇の姿でマキの傍にいた。
いつもだったら何かしら喋ってくれるのだが、今夜のヴァイスは黙り込んだまま。
公主がヴァイスに「話がしたい」と呼び出したタイミングで休憩を促され、そのとき「リーンハルト殿たちがバルコニーにいる」と耳打ちされたのだ。
リーンハルトとヴェルナールは、神殿外の人間では最も信頼できるふたりだった。
だからこそマキはヴァイスが眷属を辞めるという話をしたのだ。
どうして、彼がそういう決断に至ったのか分からなかったから。
ふたりに相談して正解といえば正解だった。
周囲から見て、ヴァイスもマキも双方に好意を抱いていることは丸わかりだったらしい。知らぬは本人ばかりといったところだ。
部屋の中、ベッドのサイドボードの上にあるヴァイスの寝床。
やや固めのクッションが置かれたそこがこの部屋でのヴァイスの定位置だ。
今もそこに、とぐろを巻いている。
意を決して、マキはベッドに腰掛けてヴァイスへと視線を向けた。
「ヴァイス」
ゆっくりと、ヴァイスの頭が上がる。
マキが手を伸ばせば、ヴァイスはその手を伝ってマキの傍へと這っていった。
するするとベッドの上にヴァイスがおりて、マキを見上げる。
「私、ちゃんとあなたの口から理由が聞きたい。どうして眷属を辞めるの?」
リーンハルトたちからも聞いているし、風呂に入る前にルミナやマクスにも聞いた。
特にルミナとマクスは「気づいてなかったんですか」と目を丸くしていたぐらいに、ヴァイスは周囲を牽制していたのだという。
それをマキは、エリスから派遣されたヴァイスが、期待された力を持つことが出来なかったマキを哀れに思って守ってくれているものだと思っていたのだが、実際は違っていたようだ。
だがそれは周囲の話であって、マキはヴァイス自身からはっきりと理由を聞いていない。
マキが大瘴気を払いきれなかったことが原因ではないと、エリスもヴァイスも言っていた。
ではなぜ眷属を辞めるのか。エリスの眷属のままでいた方が力も振るうことができる。
ヴァイスがエリスを心から崇拝しているのは知っている、だから解せないのだ。
マキの傍にいるために、辞めるという彼の判断が。
ヴァイスはしばらく静かにマキを見つめていた。
マキも辛抱強く口を閉ざし、ヴァイスの言葉を待つ。
すると、根負けしたのだろう。
ヴァイスが口を開いた。
「…尊き御方にお伝えしたとおり、君の傍にいたいから」
「どうして?」
「君の生きていく様を、傍で見ていたいんだ。君が幸せになるのを見届けたい」
「…一緒に、幸せになってくれないの?」
びくりとヴァイスの体が揺れた。
マキが手を伸ばせば、ヴァイスは恐る恐るその頭をマキの手に擦り付ける。
「私は幸せになるならヴァイスと一緒がいい」
「眷属の力をお返しすると、僕はただの白蛇になる。人の姿をとることも、こうやって会話することもできなくなるから」
「ねぇヴァイス。それなら今のうちにちゃんと言葉で伝えてほしい」
マキはヴァイスの穏やかな、低い声が好きだ。
最初は可愛らしい白蛇から発せられた声とのギャップに驚いたものの、今では心地よいと思っている。
それがもう明日には聞けなくなるのなら、せめてその声で、ヴァイス自身の気持ちをマキに明かしてほしかった。
「人の姿の方がいいか?」
「どっちでもいいよ。私、白蛇も人の姿も好きだから」
さらっと伝えてしまったが、仕方ない。
ヴァイスは少し悩んだ上で、人の姿をとることにしたようだった。
マキの目の前に、白銀の短髪に赤い瞳の隻眼の青年が現れる。
何度見てもヴァイスの人の姿は人並み外れた容姿だ、いつもマキは思わず見惚れてしまう。
男らしい、ごつごつとした手がマキの頬にそえられる。
ひんやりとしたその手がわずかに震えているのは緊張しているのかもしれない。
ヴァイスでも緊張することがあるのだなと思うと、外見はイケメンなのに可愛らしいとも思ってしまう。
「君が好きだ、マキ。この世界に来てくれてありがとう。ずっと傍にいさせてくれ」
「私もヴァイスが好き。その姿も、蛇の姿も、どんな姿でも…ずっといっしょにいて」
自然とお互いの腕が伸びて、抱きしめ合う。
嬉しかった。
ヴァイスと同じ気持ちであることが分かって、泣きたいぐらいにマキの胸中は嬉しさで満ちる。
地球に帰れないと承知した上でこちらに来た。
それでも時折寂しく、怖くなる。
マキは一般的な女性だった。働いて、時々ウィンドウショッピングとかをしたり、友達と飲みに出かけたりする、どこにでもいる女性だった。
仕事をしながら恋人を作って、いずれは結婚して家庭を持って…という将来を漠然と考えていた、ただの女性だった。
それが今や一柱に仕える聖女である。
これからマキは、ヒノモト公国で治水の女神エリスの聖女として活動していく。
ここはまだ大瘴気は発生していないが、小規模な瘴気は発生しているとのことなのでそれを払いに行くだろう。
そのとき、ヴァイスが傍にいないのは嫌だった。
だからマキは、ヴァイスのその決断が嬉しかった。
例えただの白蛇であっても、ヴァイスはヴァイスだから。
お互いの体が少し離れ、唇が重なったのは自然なことだろう。
けれどふたりはその先には進まず、ベッドで互いを抱きしめたまま横になった。
「蛇になったら、意思疎通ができるか試してみるか」
「言葉が分からなくなるかもしれないね。何か絵とかでやり取りしてみようか」
「それがいいかもな。文字が読めなくなる可能性が高いだろうし…」
「ふふ、今度は私がヴァイスを守ってあげるからね」
「…そうだな。ああ、エリス様に巨大化する力だけ残してもらうように願おうかと思う。それなら君の盾になれるだろう?」
「うーん。大きいヴァイスもカッコいいけど…傷つくのは嫌だなぁ」
「そのときは看病してくれ」
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