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本編
2 〜 第二王子リーンハルト
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バチス枢機卿は、深く、深くため息を吐いた。
バチス枢機卿の目の前にいるのはここギルディア王国の第二王子であるリーンハルト・ロディ・ギルディア。
リーンハルト自身もまた、深くため息を吐いて頭を抱えた。
「……王がすまない」
「……いいえ。もはや、無視できないほどの影響力となってしまったのでしょう」
マオとエリスの二柱が不調のために派遣された眷属は、いつの間にか「問題がある聖女のために眷属が派遣された」ということにすり替わっていた。
それを積極的に推し進めたのはどこの誰か、リーンハルトにはすでに目処が立っている。
だが決定的な証拠はない。だからリーンハルトもどう対抗するかと考えていた中での、今回の事件だ。
治水の女神エリスが遣わした聖女マキへの傷害事件。
ヴァイスは神の眷属であるため、人を害するために力を振るうことはできない。
だからマキが暴徒に襲われたときにヴァイスはマキを守れず、ヴァイス自身も怪我を負った。彼の右目やボロボロの鱗がそうだ。
マキにも護衛騎士がついていたものの、多勢に無勢、更には仲間であったはずの神殿騎士からも襲撃に遭い守りきれなかった。
結果、彼女は瀕死の状態に陥り、5日経った今日になってようやく目を覚ますほどまで回復した。
聖女たる彼女がなぜ襲われたのか。
思わずリーンハルトが呟く。
「テーバイ公爵令嬢がエリス様ではなく、グエルナフ様から加護を授かり大瘴気を浄化してしまったから、民衆から人気が出るのも仕方がないでしょう。しかも、1ヶ所につき1日足らずで」
返ってきたバチス枢機卿の言葉に、リーンハルトは思わず唸った。
大瘴気は、国内に10ヶ所ほど点在していた。
ギルディア王国は他国に比べると、国土面積は小さく山に囲まれている。
マキが生まれ育った地球と比較するのであればイギリス本土ぐらいの広さだと考えればいい。日本の本土ぐらいの広さだ。
ただ、ギルディア王国の形は島国のそれではなく、どちらかというとフランスのような四角い形に近い。
ギルディア王国の王都は、ちょうど国の中心に位置している。
東にあるウィンスター領に1ヶ所、南にあるトルバ領に2ヶ所、西にあるサヴェル領とポーラ領に1ヶ所ずつ、北にあるユーゲン領に3ヶ所。
大瘴気が初めて発生したのはユーゲン領で、時間も経っているため3ヶ所も発生しており困窮し始めていたところだった。
マキがエリスの眷属であるヴァイスの力を借りたとしても、本来与えられるべき加護の力に比べれば劣る。
加護の力であれば1ヶ所につき1~2日程度だが、マキとヴァイスの場合は3~4日かかってしまった。
マキがユーゲン領にかかりきりだった間に、残る他領の7ヶ所はオレリア・テーバイ公爵令嬢があっという間に除去してしまったのだ。
移動に高価であるとされる転移の魔道具を使ったのも要因だっただろう。それでも、オレリアの大瘴気の除去は正に聖女と呼ぶに相応しい活躍だったと、新聞は書き立てていた。
対して、マキはどうか。
初めにそんな書き出しで始まった新聞の出版社は、探ればテーバイ公爵家の息がかかっているところだった。
リーンハルトは知っている。
テーバイ公爵家は権力に執着している筆頭貴族であった。裏では色々と悪どいこともしているという噂だが、証拠がない。
あの公爵家で唯一常識的な考えを持つのは、嫁いできたテーバイ公爵夫人だけだった。
公爵も、嫡子である子息も、神聖力を持っている息女のオレリアも、皆公爵家がこのギルディア王国を真に支配している家門であり、王家など傀儡でしかないと思っている。
事実、王はテーバイ公爵に頭が上がらない。
テーバイ公爵の資金力、政治力、人脈が圧倒的だからだ。
もしテーバイ公爵がこの国を抜けるとなったら、この国は崩壊すると王は本気で信じている。
「…ガムエル卿。眷属様からのお言葉は確かなのだな」
「ええ。望む者を受け容れると」
リーンハルトは考え込むように瞳を閉じた。
それから数秒後、決意を秘めた瞳を開いて、バチス枢機卿に伝える。
「神託を公示してくれ」
「承知いたしました」
本来ならばこういう指示は王がすべきだが、王や兄である王太子はすでにマオとエリスを望んでいない。
だから第二王子であるリーンハルトが指示を出す。
退室したバチス枢機卿を見送り、リーンハルトは再び深い溜息を吐いた。
姿勢良く腰掛けていたソファからずるずると尻をずらして、姿勢悪く腰掛ける。
額に指先を当て、顔を覆う。側近がこの部屋に控えているが、彼はリーンハルトと同じ志を持つ者だ。
誰もリーンハルトを咎めない。
しばらくリーンハルトは黙り込んでいたが、ぽつりと側近であるヴェルナールに聞いた。
「…ヴェルはどっちだ?」
「は?何をほざいてるんですか。私のエリス様への信仰心をお疑いに?」
「いやお前はそういうやつだったな、そうだよな…。荷物をまとめておけ」
「もうすでに終わっております。あなたなんか放って今すぐにでも移動したいところです」
「お前のエリス様に対する行動力は好ましいよ。少しは私にも発揮してほしいところだが、まあいい。明日、マキ様が移動される。私たちも合わせて行こう」
リーンハルトの言葉に「承知しました」とヴェルナールは答える。
マオとエリスに見放されたこの国は、もう終わりだ。
あとはマオとエリスの導きのまま、新天地に向かうだけ。
マオとエリスの夫婦神を、主神として望む者たちだけで。
バチス枢機卿の目の前にいるのはここギルディア王国の第二王子であるリーンハルト・ロディ・ギルディア。
リーンハルト自身もまた、深くため息を吐いて頭を抱えた。
「……王がすまない」
「……いいえ。もはや、無視できないほどの影響力となってしまったのでしょう」
マオとエリスの二柱が不調のために派遣された眷属は、いつの間にか「問題がある聖女のために眷属が派遣された」ということにすり替わっていた。
それを積極的に推し進めたのはどこの誰か、リーンハルトにはすでに目処が立っている。
だが決定的な証拠はない。だからリーンハルトもどう対抗するかと考えていた中での、今回の事件だ。
治水の女神エリスが遣わした聖女マキへの傷害事件。
ヴァイスは神の眷属であるため、人を害するために力を振るうことはできない。
だからマキが暴徒に襲われたときにヴァイスはマキを守れず、ヴァイス自身も怪我を負った。彼の右目やボロボロの鱗がそうだ。
マキにも護衛騎士がついていたものの、多勢に無勢、更には仲間であったはずの神殿騎士からも襲撃に遭い守りきれなかった。
結果、彼女は瀕死の状態に陥り、5日経った今日になってようやく目を覚ますほどまで回復した。
聖女たる彼女がなぜ襲われたのか。
思わずリーンハルトが呟く。
「テーバイ公爵令嬢がエリス様ではなく、グエルナフ様から加護を授かり大瘴気を浄化してしまったから、民衆から人気が出るのも仕方がないでしょう。しかも、1ヶ所につき1日足らずで」
返ってきたバチス枢機卿の言葉に、リーンハルトは思わず唸った。
大瘴気は、国内に10ヶ所ほど点在していた。
ギルディア王国は他国に比べると、国土面積は小さく山に囲まれている。
マキが生まれ育った地球と比較するのであればイギリス本土ぐらいの広さだと考えればいい。日本の本土ぐらいの広さだ。
ただ、ギルディア王国の形は島国のそれではなく、どちらかというとフランスのような四角い形に近い。
ギルディア王国の王都は、ちょうど国の中心に位置している。
東にあるウィンスター領に1ヶ所、南にあるトルバ領に2ヶ所、西にあるサヴェル領とポーラ領に1ヶ所ずつ、北にあるユーゲン領に3ヶ所。
大瘴気が初めて発生したのはユーゲン領で、時間も経っているため3ヶ所も発生しており困窮し始めていたところだった。
マキがエリスの眷属であるヴァイスの力を借りたとしても、本来与えられるべき加護の力に比べれば劣る。
加護の力であれば1ヶ所につき1~2日程度だが、マキとヴァイスの場合は3~4日かかってしまった。
マキがユーゲン領にかかりきりだった間に、残る他領の7ヶ所はオレリア・テーバイ公爵令嬢があっという間に除去してしまったのだ。
移動に高価であるとされる転移の魔道具を使ったのも要因だっただろう。それでも、オレリアの大瘴気の除去は正に聖女と呼ぶに相応しい活躍だったと、新聞は書き立てていた。
対して、マキはどうか。
初めにそんな書き出しで始まった新聞の出版社は、探ればテーバイ公爵家の息がかかっているところだった。
リーンハルトは知っている。
テーバイ公爵家は権力に執着している筆頭貴族であった。裏では色々と悪どいこともしているという噂だが、証拠がない。
あの公爵家で唯一常識的な考えを持つのは、嫁いできたテーバイ公爵夫人だけだった。
公爵も、嫡子である子息も、神聖力を持っている息女のオレリアも、皆公爵家がこのギルディア王国を真に支配している家門であり、王家など傀儡でしかないと思っている。
事実、王はテーバイ公爵に頭が上がらない。
テーバイ公爵の資金力、政治力、人脈が圧倒的だからだ。
もしテーバイ公爵がこの国を抜けるとなったら、この国は崩壊すると王は本気で信じている。
「…ガムエル卿。眷属様からのお言葉は確かなのだな」
「ええ。望む者を受け容れると」
リーンハルトは考え込むように瞳を閉じた。
それから数秒後、決意を秘めた瞳を開いて、バチス枢機卿に伝える。
「神託を公示してくれ」
「承知いたしました」
本来ならばこういう指示は王がすべきだが、王や兄である王太子はすでにマオとエリスを望んでいない。
だから第二王子であるリーンハルトが指示を出す。
退室したバチス枢機卿を見送り、リーンハルトは再び深い溜息を吐いた。
姿勢良く腰掛けていたソファからずるずると尻をずらして、姿勢悪く腰掛ける。
額に指先を当て、顔を覆う。側近がこの部屋に控えているが、彼はリーンハルトと同じ志を持つ者だ。
誰もリーンハルトを咎めない。
しばらくリーンハルトは黙り込んでいたが、ぽつりと側近であるヴェルナールに聞いた。
「…ヴェルはどっちだ?」
「は?何をほざいてるんですか。私のエリス様への信仰心をお疑いに?」
「いやお前はそういうやつだったな、そうだよな…。荷物をまとめておけ」
「もうすでに終わっております。あなたなんか放って今すぐにでも移動したいところです」
「お前のエリス様に対する行動力は好ましいよ。少しは私にも発揮してほしいところだが、まあいい。明日、マキ様が移動される。私たちも合わせて行こう」
リーンハルトの言葉に「承知しました」とヴェルナールは答える。
マオとエリスに見放されたこの国は、もう終わりだ。
あとはマオとエリスの導きのまま、新天地に向かうだけ。
マオとエリスの夫婦神を、主神として望む者たちだけで。
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