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本編

プロローグ 〜 山岳の神マオ

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 水鏡に映し出されたその光景を見て、彼女は表情をストンと落とした。
 その様子にビクリと、彼は体を震わせる。
 しばらく黙り込んでいたかと思うと、水鏡から目を離さないまま震える声をかけた。

「これが、これがお前の望みか」
「ちっ、違う!!」

 彼は、彼女をからかうのが趣味といっても過言ではない。
 絶対に言葉にしないが、傍から見れば「好きな子に悪戯するいじめっ子」である。

 だが今回はマズかった、とだけ言えよう。
 彼女がわざわざ異世界から招聘しょうへいした女性が、瀕死のこんな状態になってしまっているのだから。

 この女性には彼女が加護を与えるはずだった。
 ところが、彼が力ずくでそれを邪魔した。彼女の力を無理やり最低限にまで封じ、女性に力を与える余裕をなくさせた。
 辛うじて、女性と彼女の繋がりが切れていなかったのだけは幸いだろう。

 代わりに俺が加護を与えてやれれば良かったんだが、いかんせん相性がいいのは彼女だけだ。
 俺とは相性が悪い上、俺の聖者・聖女を探そうにも俺自身も邪魔されぬようにと封印されてしまったのだからどうにもならなかったと言える。

 あの女性は彼女の眷属である白蛇くんと協力して、時間がかかりながらも大瘴気を払い続けた。
 だがそれはすべて、彼があの小娘に力を与えてしまったことで崩れてしまった。

 ぎろり、と彼女が彼を睨みつけた。
 子羊のように震え、床に膝をついた彼は彼女に縋り付く。

「違う、違うんだ!ただ、ただ君に振り向いてほしくて、ほんの少しだけ邪魔しただけだ!彼女の生命を脅かそうだなんて思ったことはない!!」
「…はは、愚かだなぁ」

 傍観していたのに思わず呟いてしまった。そんなの、あの国の人間をよく見ていればこうなることは分かるのに。
 嘲笑われたと理解した彼が俺を睨む。

「貴様に何が分かる!!」
「もう良い」

 彼女がポツリと呟いた。
 ぱ、と彼が彼女を見上げた瞬間、顔の色味が消えた。

 彼女は無表情で、侮蔑の色を浮かべた瞳で彼を見下みくだす。

「お前がこの国を守るがいい。最高神からの許可も得た」
「いや、いやだ、行かないで…っ!」
「お前が起こしたことだ。最後まで責任をもって、この国を守っていくのだ。それはお前しかできないこと。お前が見放せばこの国は死ぬ。正当な理由もなく国を見放した神がどうなるか、知っているだろう?」

 ガタガタと震える彼をもはや彼女は見ていなかった。
 代わりに、水鏡に再び映った眷属が聖女の扱いに憤っている様子を見てふと笑う。

 それから彼女は、水鏡から視線を外し、天井を見上げた。
 やれやれと傍観していた俺は立ち上がると、彼女の隣に立つ。

「宣誓する。明日、我が聖女マキが出国した時点でギルディア王国は我が庇護から外れ、グエルナフの庇護に入る」
「宣誓する。明日、聖女マキが出国した時点でギルディア王国は我が庇護から外れ、グエルナフの庇護に入る」
『治水の女神エリス、山岳の神マオ。その宣誓、たしかに聞いた』

 この場にいないはずの最高神の言葉が響く。
 最高神は裁判を司る神にして、この惑星を設計した神。この神の前で宣言したものは宣言した本神が取り消さない限りは永劫に続く誓いになる。

「悪かったな、マオ。お前にまで迷惑をかけてしまって」
「しゃーないだろ。同じ船に乗ってたんだから」
「これからも、だろう?行くぞ」

 未だに彼女―― エリスに縋り付いていたグエルナフは、エリスに強く振り払われた。
 転がるグエルナフの表情が、絶望に染まる。

 俺は一度足を止め、そんなグエルナフの顔を覗き込んでやった。
 意地悪く笑っているだろう。そういう自覚はある。


「お前が選んだ聖女と、お前を選んだ民共と無事にあの国で暮らせるといいな。太陽の神グエルナフ殿」


 言って満足したので、先を歩くエリスを追いかける。

 俺はこいつより気になることがあるのだ。
 エリスの眷属の白蛇くん。
 人間への興味がなくなっていたはずの彼が、聖女に興味を持った。
 その聖女が大怪我を負ったとき、白蛇くんもまた大怪我をしたのだがその理由が面白い。

 きっとエリスは彼に選択肢を与えるだろう。
 エリスを主と仰ぎ、千年忠実に仕えてきた彼は果たしてどちらを選ぶのか。


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