ぽっちゃり精霊王は推しを幸せにしたい

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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本編

第六話 美人の凄みって怖いよねって話。

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 後日、ウォレス様から魔導具に記録された内容をかいつまんで聞いたミランは「そうですか」と淡々と返したという。
 一緒に聞いていたリオルから「そういえば」と前置きがあった上で、ミランからのお願いを聞いた私はちょっと看過できなかった。


 ローグレードとハイグレードは学舎が分かれているため、滅多に別グレードの生徒が入ることはない。というか、お互いのグレードの生徒から発行された許可証バッジがないと入れないようになってる。
 まあ、衝突を防ぐといった意味合いでは許可証はあると防波堤にはなるよね。

 さて、私とリオルはひしひしと周囲からの驚きと蔑視がないまぜになった視線を受けつつ、堂々とハイグレード学舎内を歩いていた。
 もちろん、許可証バッジはあるよ。目立つように胸元につけてる。

 特に、ハイグレードの生徒から発行される許可証バッジには誰が発行したのかひと目でわかるようになっている。意匠にその家紋が刻まれているからだ。
 私にいちゃもんをつけようと口を開いた奴が、その家紋を見て口を閉ざす。そりゃそうだ。

 私たちの目的地は三学年のハイAクラス。
 近づかんとこ、と思っていたクラスに私たちが足を運んだのには理由がある。

 ガラッとドアを開けて「たのもー!」と言えば、一斉に教室内の視線が私たちに向けられた。

「呼ばれてやってきました、ローグレード一学年Aクラス所属のメディアです!」
「同じくローグレード一学年Aクラス所属、リアムです。お待たせしました、」

「「ツェルンガ殿下、グランツ様」」

 室内がしんと静まり返った。

 そう。私たちを呼び出したのはミラン。
 そして、ユリウス・ツェルンガだ。許可証バッジを発行したのもユリウス。
 まあ、ツェルンガ皇国の意匠がついた許可証バッジ持ちにちょっかい出す奴はいないよね、うん。
 ああいった手合のものを防ぐために、許可証バッジグランツ伯爵家ミランの家じゃなくてユリウスの家ツェルンガ皇国にしたんだろう。

 静まり返った室内に、動く人物がふたり。
 それはもちろん、ミランとユリウスだ。

「遅いぞ、リオル、メディア嬢」
「迎えに行けたら良かったんだが。悪いな」
「いえ、ハイグレード学舎に入れることなど滅多にありませんから。とても良い経験をさせていただきました」

 リオルがにこりと微笑んで答えた。
 そうね、良い経験だね。ローグレードよりもハイグレードの方が忌避感強いとは思わなかったわ。
 でも、この教室内からはさほどハイグレード学舎内を歩いていたときほどの痛い視線は一部以外は感じない。むしろ…。

「もう、この場から動かすことも敵わない。私では与える魔力が合わないのか、僅かしか受け取ってくれずどうしようもなかったのだ。どうか協力してもらえないだろうか」

 そう言って、ユリウスが案内したのは教室の端っこにある鳥かごだ。そこそこ大きいものの、持ち運べるサイズ。
 日差しが入らず、なるべく暗い位置に置かれているのはこのかごの中にいる存在に配慮したものだろう。
 かごの底でぐったりとしているそれは、小鳥型の闇の精霊だ。毛艶も悪く、ボサボサとしていて明らかに弱っているのがわかる。
 私とリオルはこの精霊を助けるため、ユリウスから依頼を受けてこの場にやってきたのである。


 ◇◇


「俺のクラスに、弱った闇の精霊がいる」

 リオルから聞いたあとに改めてミランに尋ねると、渋い表情のままそう答えた。
 なんでも野良精霊だったのだが、なまじ実力があるハイAクラスの生徒数名によって捉えられたとのこと。
 捉えられた精霊は子どものように大暴れした。
 それに手を焼いたある生徒は、光魔法を思い切りこの子に当てた。

 …よくあるファンタジー設定同様、この世界も例に漏れず属性の相関関係がある。
 同程度の力であれば火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は火に弱いといった風に。
 光と闇は相殺されるが、一方の力が強ければ押し負ける。

 ミランについていたミストいわく、野良の闇の下級精霊だそう。
 それなら子どものように暴れるのもわかる。下級精霊は基本、精神的に幼い。だから人間たちも契約するのは中級以上としている。
 ミランも見ていて気分がいいものではなかったので、どうしたものかと手をこまねいたのだが、ユリウスが見かねて下級精霊を保護し始めた。
 鳥かごから解放しようにも、捉えたのは別の生徒。
 かごには魔法がかかっており、本人でないと解放できない仕組みになっていた。そしてその本人はユリウスの説得にも応じず、周囲の高貴な身分の生徒が有耶無耶にして受け流すばかり。

 下級精霊というのは基本、自由なものだ。
 自由を制限された闇の下級精霊は、日に日に弱っていった。
 このクラス唯一の闇属性であるユリウスが魔力を与え続けて、かろうじて生きている状態だけど、あまり魔力をもらってくれないらしい。
 まあ、相性とか、本人の気分とか考えがあるから。


 日陰に置かれたかごの前にしゃがみ込む。
 かごの床に伏せる目の前の子は、ゆるゆると瞳を開けた。
 私を視認して、ゆっくりと体を起こそうとするのでかごの隙間から指を入れて、精霊に触れた。
 触れれば口に出さずとも意思疎通できるから。

 ―― おうさま
 ―― くるしい、たすけて、おうさま

「メディ」

 ぎゅ、と反対の手を握られて我に返る。
 リオルが困ったような表情をして首を横に振った。私が何をしようとしたのか、気づいたらしい。
 …そっか。この教室ごと、闇に取り込んで数日その中で過ごしてもらうのはダメか。

 かごを壊したい。私なら壊せる。
 けど、それだと私が何者だとなる。
 …人間のふりをしているから、それ相応の実力でなければならない。

「リオルも魔力を送ってくれる?そのあと、場所を移そう。ここだとこの子に良くないみたいだから」
「いいよ」

 お互い、かごの隙間から指を入れる。
 かろうじて触れる位置にいた精霊にそっと魔力を流し込んでいくと、精霊からホッとしたような感情が流れ込んできた。

 ―― うれしい
 ―― あったかい

 リオルも感じられたのだろう、ギュッと唇を噛む様子が見えた。

 ……本当。人間って、愚か者はとことん愚かだ。

 ある程度流し込めば、精霊は幾らか元気になったようだった。
 力はないが、伏せていた体をよろよろと起こすようになった。
 その様子を見たユリウスはホッと安堵の表情を見せたから、よほどこの精霊のことが気になっていたんだと思う。

「ゆ、ユリウス!」

 そんなとき、様子を見ていただろう生徒が声をあげた。
 声の主を見れば ―― まあ、予想はついていたけど、アルスだ。
 一方、ユリウスと隣にいるミランは冷たい眼差しでアルスを見る。びくりと体を震わせたアルスに、サッと周囲にいた男子生徒数名が庇うように立ち位置を変えた。

 …ねーえ。なんで、そこにジャックお前がいるの。

 まるで、取り巻き代表のような第三王子のフィリップが、ユリウスに告げる。

「その鳥かごはジャックがアルスに贈ったものだ。勝手に持っていくのはいかがなものか」
「精霊が弱っているにも関わらず、放置し、かごを開けないビュエラ殿の方がいかがなものかと思うが。だから私は保護し、このクラスに持ち込んだのだ。皆には許可を得ている」
「だ、だってその子は闇の精霊だよ!?あんなに大暴れした乱暴者なんだから、かごから出したらもっと暴れるじゃん!」

 あぁん??
 何言ってんだ主人公コイツ

「そんなの、」
「あなた方が無理やり捉えたからでしょう。どんな精霊でも無理やり囚われるのは嫌だと思いますが?」

 思わず口を出しかけたとき、ミランが淡々と答えた。
 ちら、と私を見て、体の後ろで組んでいた手を軽くひらひらと振っている。
 …口出しするなってことか。リオルもポンポンと私の背を叩いたから、我慢しろってことなんだろう。
 正体表せば一発なのに。

 む、と口を噤んで、見守る。

「ミランだって精霊持ってるじゃないか!」
?ヤディール殿は精霊に対してモノ扱いされるのか」
「そんなつもりじゃ、」
「それに私のことを名で呼ばないでいただきたい。あなたとそこまで仲が良い覚えはありませんから」
「ミラン!お前アルスに向かって何ていう物言いだ!!」

 アルスを冷たく突き放すミランに、ジャックが噛みつく。
 ミランの視線がジャックについと向けられる、とジャックはたじろいだ。

 …ミランってさぁ。結構、美人なんだよね。
 ゲーム中では主人公と絡みがほぼないからか立ち絵が他の一般モブと同じ影だけだったんだけど、実際のミランは美人だ。
 性格とか諸々歪んでたら、そういったものが顔や雰囲気に出るから「美人」とは言えなくなる。でもミランにはミストが傍にいたから、さほど歪んでいない。

 まあつまりはなんて言いたいかというと、美人の凄みって怖いよねって話。

「あなたに対する物言いであれば失礼に当たるでしょうが、ヤディール殿であれば問題にならないでしょう。私はグランツ伯爵家の嫡子。例え彼が高貴なるの恋人であろうが愛人であろうが、ヤディール殿の立場はヤディール男爵家次男殿ですから。…それに、ここはハイグレード三学年Aクラスです。そもそも一学年のヤディール殿は場違いでしょう?」

 そうなんだよなぁ。
 ここ、三学年のAクラス。
 アルスは一学年だから、用事があってもそうそう来ない場所だ。
 ただこのクラスには攻略対象であるユリウスとジェーン公爵令嬢、その他諸々がいる。

 そういえば、ジェーンはどこだろうと視線を巡らせていると、教室の隅の方にいた。
 男女のご友人方と一緒にこの騒動を見ているようだが、嫌悪の視線を向けてる……アルスたちの集団に向けて。

 おや?
 この前は、仲良くみんなで食事していたように見えたけど。

「ひ、ひどい…僕はただ、話に来てるだけなのに」
「ご自分のクラスにもご友人はいるでしょう?上級クラスの生徒と交流する場合は、手紙で日時と場所を指定して交流すべきです。そもそも上級クラスのある階層に来るにも許可証は必要ですが、その許可証バッジは?ないでしょう。第三王子殿下も用もないのに上級クラスには来ないでいただきたい」
「な、そのローグレードの闇属性の生徒らは許可しているくせに俺は拒むというのか!?」

 おいコラ第三王子。私たちを指差すんじゃねぇ。
 人を指差すんじゃありませんって習わなかったんか?ん?
 ユリウスが、呆れたようにため息を吐いた。

「…彼らはきちんと私の許可証バッジをつけている。つまり、ここに来ることを私が許可している。もちろん、この教室に来てもらうことはあらかじめクラスメイトたちにも確認して了承をもらっている」

 フィリップが慌てたように周囲を見れば、自分が思っていた以上に冷たい眼差しが向けられているのに気づいたんだろう。
 ぐ、と言葉に詰まって、やや後ずさった。

 そのとき、ぴぃ、と弱々しい声が聞こえた。
 思った以上に聞こえたのか、教室内にいる人間全員の視線が私たちの手元にある精霊に向けられる。

 パチン、と誰かが扇子を大げさに閉じた音が響く。

「ツェルンガ皇子殿下、グランツ様。長々と話に付き合う必要はありませんわ。その子を早く」
「それもそうだな。ありがとう、カリスタ嬢。では、フィリップ殿。失礼する」
「あ、」

 アルスの手がユリウスに伸ばされた。
 ユリウスが、嫌悪の表情を浮かべる。

「…名を呼んで良いと、許可した覚えはない。以後、気をつけるように。行こう、グランツ殿、リオル殿、メディア嬢」


 あらま。なんか、この前と随分状況が違うな。
 まあそんなことより、今は目の前のこの子をどうにかせねば。

 ユリウスとミランのあとに、リオルと私は続く。
 教室を出る前にふとジェーンの方を見てみたけど、扇子で口元を隠しているからか表情は分からなかった。
 …助け舟を出してくれたのかな。そうだといいな。
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