7 / 20
本編
第六話 美人の凄みって怖いよねって話。
しおりを挟む
後日、ウォレス様から魔導具に記録された内容をかいつまんで聞いたミランは「そうですか」と淡々と返したという。
一緒に聞いていたリオルから「そういえば」と前置きがあった上で、ミランからのお願いを聞いた私はちょっと看過できなかった。
ローグレードとハイグレードは学舎が分かれているため、滅多に別グレードの生徒が入ることはない。というか、お互いのグレードの生徒から発行された許可証がないと入れないようになってる。
まあ、衝突を防ぐといった意味合いでは許可証はあると防波堤にはなるよね。
さて、私とリオルはひしひしと周囲からの驚きと蔑視がないまぜになった視線を受けつつ、堂々とハイグレード学舎内を歩いていた。
もちろん、許可証はあるよ。目立つように胸元につけてる。
特に、ハイグレードの生徒から発行される許可証には誰が発行したのかひと目でわかるようになっている。意匠にその家紋が刻まれているからだ。
私にいちゃもんをつけようと口を開いた奴が、その家紋を見て口を閉ざす。そりゃそうだ。
私たちの目的地は三学年のハイAクラス。
近づかんとこ、と思っていたクラスに私たちが足を運んだのには理由がある。
ガラッとドアを開けて「たのもー!」と言えば、一斉に教室内の視線が私たちに向けられた。
「呼ばれてやってきました、ローグレード一学年Aクラス所属のメディアです!」
「同じくローグレード一学年Aクラス所属、リアムです。お待たせしました、」
「「ツェルンガ殿下、グランツ様」」
室内がしんと静まり返った。
そう。私たちを呼び出したのはミラン。
そして、ユリウス・ツェルンガだ。許可証を発行したのもユリウス。
まあ、ツェルンガ皇国の意匠がついた許可証持ちにちょっかい出す奴はいないよね、うん。
ああいった手合のものを防ぐために、許可証はグランツ伯爵家じゃなくてユリウスの家にしたんだろう。
静まり返った室内に、動く人物がふたり。
それはもちろん、ミランとユリウスだ。
「遅いぞ、リオル、メディア嬢」
「迎えに行けたら良かったんだが。悪いな」
「いえ、ハイグレード学舎に入れることなど滅多にありませんから。とても良い経験をさせていただきました」
リオルがにこりと微笑んで答えた。
そうね、良い経験だね。ローグレードよりもハイグレードの方が忌避感強いとは思わなかったわ。
でも、この教室内からはさほどハイグレード学舎内を歩いていたときほどの痛い視線は一部以外は感じない。むしろ…。
「もう、この場から動かすことも敵わない。私では与える魔力が合わないのか、僅かしか受け取ってくれずどうしようもなかったのだ。どうか協力してもらえないだろうか」
そう言って、ユリウスが案内したのは教室の端っこにある鳥かごだ。そこそこ大きいものの、持ち運べるサイズ。
日差しが入らず、なるべく暗い位置に置かれているのはこのかごの中にいる存在に配慮したものだろう。
かごの底でぐったりとしているそれは、小鳥型の闇の精霊だ。毛艶も悪く、ボサボサとしていて明らかに弱っているのがわかる。
私とリオルはこの精霊を助けるため、ユリウスから依頼を受けてこの場にやってきたのである。
◇◇
「俺のクラスに、弱った闇の精霊がいる」
リオルから聞いたあとに改めてミランに尋ねると、渋い表情のままそう答えた。
なんでも野良精霊だったのだが、なまじ実力があるハイAクラスの生徒数名によって捉えられたとのこと。
捉えられた精霊は子どものように大暴れした。
それに手を焼いたある生徒は、光魔法を思い切りこの子に当てた。
…よくあるファンタジー設定同様、この世界も例に漏れず属性の相関関係がある。
同程度の力であれば火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は火に弱いといった風に。
光と闇は相殺されるが、一方の力が強ければ押し負ける。
ミランについていたミストいわく、野良の闇の下級精霊だそう。
それなら子どものように暴れるのもわかる。下級精霊は基本、精神的に幼い。だから人間たちも契約するのは中級以上としている。
ミランも見ていて気分がいいものではなかったので、どうしたものかと手をこまねいたのだが、ユリウスが見かねて下級精霊を保護し始めた。
鳥かごから解放しようにも、捉えたのは別の生徒。
かごには魔法がかかっており、本人でないと解放できない仕組みになっていた。そしてその本人はユリウスの説得にも応じず、周囲の高貴な身分の生徒が有耶無耶にして受け流すばかり。
下級精霊というのは基本、自由なものだ。
自由を制限された闇の下級精霊は、日に日に弱っていった。
このクラス唯一の闇属性であるユリウスが魔力を与え続けて、かろうじて生きている状態だけど、あまり魔力をもらってくれないらしい。
まあ、相性とか、本人の気分とか考えがあるから。
日陰に置かれたかごの前にしゃがみ込む。
かごの床に伏せる目の前の子は、ゆるゆると瞳を開けた。
私を視認して、ゆっくりと体を起こそうとするのでかごの隙間から指を入れて、精霊に触れた。
触れれば口に出さずとも意思疎通できるから。
―― おうさま
―― くるしい、たすけて、おうさま
「メディ」
ぎゅ、と反対の手を握られて我に返る。
リオルが困ったような表情をして首を横に振った。私が何をしようとしたのか、気づいたらしい。
…そっか。この教室ごと、闇に取り込んで数日その中で過ごしてもらうのはダメか。
かごを壊したい。私なら壊せる。
けど、それだと私が何者だとなる。
…人間のふりをしているから、それ相応の実力でなければならない。
「リオルも魔力を送ってくれる?そのあと、場所を移そう。ここだとこの子に良くないみたいだから」
「いいよ」
お互い、かごの隙間から指を入れる。
かろうじて触れる位置にいた精霊にそっと魔力を流し込んでいくと、精霊からホッとしたような感情が流れ込んできた。
―― うれしい
―― あったかい
リオルも感じられたのだろう、ギュッと唇を噛む様子が見えた。
……本当。人間って、愚か者はとことん愚かだ。
ある程度流し込めば、精霊は幾らか元気になったようだった。
力はないが、伏せていた体をよろよろと起こすようになった。
その様子を見たユリウスはホッと安堵の表情を見せたから、よほどこの精霊のことが気になっていたんだと思う。
「ゆ、ユリウス!」
そんなとき、様子を見ていただろう生徒が声をあげた。
声の主を見れば ―― まあ、予想はついていたけど、アルスだ。
一方、ユリウスと隣にいるミランは冷たい眼差しでアルスを見る。びくりと体を震わせたアルスに、サッと周囲にいた男子生徒数名が庇うように立ち位置を変えた。
…ねーえ。なんで、そこにジャックがいるの。
まるで、取り巻き代表のような第三王子のフィリップが、ユリウスに告げる。
「その鳥かごはジャックがアルスに贈ったものだ。勝手に持っていくのはいかがなものか」
「精霊が弱っているにも関わらず、放置し、かごを開けないビュエラ殿の方がいかがなものかと思うが。だから私は保護し、このクラスに持ち込んだのだ。皆には許可を得ている」
「だ、だってその子は闇の精霊だよ!?あんなに大暴れした乱暴者なんだから、かごから出したらもっと暴れるじゃん!」
あぁん??
何言ってんだ主人公。
「そんなの、」
「あなた方が無理やり捉えたからでしょう。どんな精霊でも無理やり囚われるのは嫌だと思いますが?」
思わず口を出しかけたとき、ミランが淡々と答えた。
ちら、と私を見て、体の後ろで組んでいた手を軽くひらひらと振っている。
…口出しするなってことか。リオルもポンポンと私の背を叩いたから、我慢しろってことなんだろう。
正体表せば一発なのに。
む、と口を噤んで、見守る。
「ミランだって精霊持ってるじゃないか!」
「持ってる?ヤディール殿は精霊に対してモノ扱いされるのか」
「そんなつもりじゃ、」
「それに私のことを名で呼ばないでいただきたい。あなたとそこまで仲が良い覚えはありませんから」
「ミラン!お前アルスに向かって何ていう物言いだ!!」
アルスを冷たく突き放すミランに、ジャックが噛みつく。
ミランの視線がジャックについと向けられる、とジャックはたじろいだ。
…ミランってさぁ。結構、美人なんだよね。
ゲーム中では主人公と絡みがほぼないからか立ち絵が他の一般モブと同じ影だけだったんだけど、実際のミランは美人だ。
性格とか諸々歪んでたら、そういったものが顔や雰囲気に出るから「美人」とは言えなくなる。でもミランにはミストが傍にいたから、さほど歪んでいない。
まあつまりはなんて言いたいかというと、美人の凄みって怖いよねって話。
「あなたに対する物言いであれば失礼に当たるでしょうが、ヤディール殿であれば問題にならないでしょう。私はグランツ伯爵家の嫡子。例え彼が高貴なる誰かの恋人であろうが愛人であろうが、ヤディール殿の立場はヤディール男爵家次男殿ですから。…それに、ここはハイグレード三学年Aクラスです。そもそも一学年のヤディール殿は場違いでしょう?」
そうなんだよなぁ。
ここ、三学年のAクラス。
アルスは一学年だから、用事があってもそうそう来ない場所だ。
ただこのクラスには攻略対象であるユリウスとジェーン公爵令嬢、その他諸々がいる。
そういえば、ジェーンはどこだろうと視線を巡らせていると、教室の隅の方にいた。
男女のご友人方と一緒にこの騒動を見ているようだが、嫌悪の視線を向けてる……アルスたちの集団に向けて。
おや?
この前は、仲良くみんなで食事していたように見えたけど。
「ひ、ひどい…僕はただ、話に来てるだけなのに」
「ご自分のクラスにもご友人はいるでしょう?上級クラスの生徒と交流する場合は、手紙で日時と場所を指定して交流すべきです。そもそも上級クラスのある階層に来るにも許可証は必要ですが、その許可証は?ないでしょう。第三王子殿下も用もないのに上級クラスには来ないでいただきたい」
「な、そのローグレードの闇属性の生徒らは許可しているくせに俺は拒むというのか!?」
おいコラ第三王子。私たちを指差すんじゃねぇ。
人を指差すんじゃありませんって習わなかったんか?ん?
ユリウスが、呆れたようにため息を吐いた。
「…彼らはきちんと私の許可証をつけている。つまり、ここに来ることを私が許可している。もちろん、この教室に来てもらうことはあらかじめクラスメイトたちにも確認して了承をもらっている」
フィリップが慌てたように周囲を見れば、自分が思っていた以上に冷たい眼差しが向けられているのに気づいたんだろう。
ぐ、と言葉に詰まって、やや後ずさった。
そのとき、ぴぃ、と弱々しい声が聞こえた。
思った以上に聞こえたのか、教室内にいる人間全員の視線が私たちの手元にある精霊に向けられる。
パチン、と誰かが扇子を大げさに閉じた音が響く。
「ツェルンガ皇子殿下、グランツ様。長々と話に付き合う必要はありませんわ。その子を早く」
「それもそうだな。ありがとう、カリスタ嬢。では、フィリップ殿。失礼する」
「あ、」
アルスの手がユリウスに伸ばされた。
ユリウスが、嫌悪の表情を浮かべる。
「…名を呼んで良いと、許可した覚えはない。以後、気をつけるように。行こう、グランツ殿、リオル殿、メディア嬢」
あらま。なんか、この前と随分状況が違うな。
まあそんなことより、今は目の前のこの子をどうにかせねば。
ユリウスとミランのあとに、リオルと私は続く。
教室を出る前にふとジェーンの方を見てみたけど、扇子で口元を隠しているからか表情は分からなかった。
…助け舟を出してくれたのかな。そうだといいな。
一緒に聞いていたリオルから「そういえば」と前置きがあった上で、ミランからのお願いを聞いた私はちょっと看過できなかった。
ローグレードとハイグレードは学舎が分かれているため、滅多に別グレードの生徒が入ることはない。というか、お互いのグレードの生徒から発行された許可証がないと入れないようになってる。
まあ、衝突を防ぐといった意味合いでは許可証はあると防波堤にはなるよね。
さて、私とリオルはひしひしと周囲からの驚きと蔑視がないまぜになった視線を受けつつ、堂々とハイグレード学舎内を歩いていた。
もちろん、許可証はあるよ。目立つように胸元につけてる。
特に、ハイグレードの生徒から発行される許可証には誰が発行したのかひと目でわかるようになっている。意匠にその家紋が刻まれているからだ。
私にいちゃもんをつけようと口を開いた奴が、その家紋を見て口を閉ざす。そりゃそうだ。
私たちの目的地は三学年のハイAクラス。
近づかんとこ、と思っていたクラスに私たちが足を運んだのには理由がある。
ガラッとドアを開けて「たのもー!」と言えば、一斉に教室内の視線が私たちに向けられた。
「呼ばれてやってきました、ローグレード一学年Aクラス所属のメディアです!」
「同じくローグレード一学年Aクラス所属、リアムです。お待たせしました、」
「「ツェルンガ殿下、グランツ様」」
室内がしんと静まり返った。
そう。私たちを呼び出したのはミラン。
そして、ユリウス・ツェルンガだ。許可証を発行したのもユリウス。
まあ、ツェルンガ皇国の意匠がついた許可証持ちにちょっかい出す奴はいないよね、うん。
ああいった手合のものを防ぐために、許可証はグランツ伯爵家じゃなくてユリウスの家にしたんだろう。
静まり返った室内に、動く人物がふたり。
それはもちろん、ミランとユリウスだ。
「遅いぞ、リオル、メディア嬢」
「迎えに行けたら良かったんだが。悪いな」
「いえ、ハイグレード学舎に入れることなど滅多にありませんから。とても良い経験をさせていただきました」
リオルがにこりと微笑んで答えた。
そうね、良い経験だね。ローグレードよりもハイグレードの方が忌避感強いとは思わなかったわ。
でも、この教室内からはさほどハイグレード学舎内を歩いていたときほどの痛い視線は一部以外は感じない。むしろ…。
「もう、この場から動かすことも敵わない。私では与える魔力が合わないのか、僅かしか受け取ってくれずどうしようもなかったのだ。どうか協力してもらえないだろうか」
そう言って、ユリウスが案内したのは教室の端っこにある鳥かごだ。そこそこ大きいものの、持ち運べるサイズ。
日差しが入らず、なるべく暗い位置に置かれているのはこのかごの中にいる存在に配慮したものだろう。
かごの底でぐったりとしているそれは、小鳥型の闇の精霊だ。毛艶も悪く、ボサボサとしていて明らかに弱っているのがわかる。
私とリオルはこの精霊を助けるため、ユリウスから依頼を受けてこの場にやってきたのである。
◇◇
「俺のクラスに、弱った闇の精霊がいる」
リオルから聞いたあとに改めてミランに尋ねると、渋い表情のままそう答えた。
なんでも野良精霊だったのだが、なまじ実力があるハイAクラスの生徒数名によって捉えられたとのこと。
捉えられた精霊は子どものように大暴れした。
それに手を焼いたある生徒は、光魔法を思い切りこの子に当てた。
…よくあるファンタジー設定同様、この世界も例に漏れず属性の相関関係がある。
同程度の力であれば火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は火に弱いといった風に。
光と闇は相殺されるが、一方の力が強ければ押し負ける。
ミランについていたミストいわく、野良の闇の下級精霊だそう。
それなら子どものように暴れるのもわかる。下級精霊は基本、精神的に幼い。だから人間たちも契約するのは中級以上としている。
ミランも見ていて気分がいいものではなかったので、どうしたものかと手をこまねいたのだが、ユリウスが見かねて下級精霊を保護し始めた。
鳥かごから解放しようにも、捉えたのは別の生徒。
かごには魔法がかかっており、本人でないと解放できない仕組みになっていた。そしてその本人はユリウスの説得にも応じず、周囲の高貴な身分の生徒が有耶無耶にして受け流すばかり。
下級精霊というのは基本、自由なものだ。
自由を制限された闇の下級精霊は、日に日に弱っていった。
このクラス唯一の闇属性であるユリウスが魔力を与え続けて、かろうじて生きている状態だけど、あまり魔力をもらってくれないらしい。
まあ、相性とか、本人の気分とか考えがあるから。
日陰に置かれたかごの前にしゃがみ込む。
かごの床に伏せる目の前の子は、ゆるゆると瞳を開けた。
私を視認して、ゆっくりと体を起こそうとするのでかごの隙間から指を入れて、精霊に触れた。
触れれば口に出さずとも意思疎通できるから。
―― おうさま
―― くるしい、たすけて、おうさま
「メディ」
ぎゅ、と反対の手を握られて我に返る。
リオルが困ったような表情をして首を横に振った。私が何をしようとしたのか、気づいたらしい。
…そっか。この教室ごと、闇に取り込んで数日その中で過ごしてもらうのはダメか。
かごを壊したい。私なら壊せる。
けど、それだと私が何者だとなる。
…人間のふりをしているから、それ相応の実力でなければならない。
「リオルも魔力を送ってくれる?そのあと、場所を移そう。ここだとこの子に良くないみたいだから」
「いいよ」
お互い、かごの隙間から指を入れる。
かろうじて触れる位置にいた精霊にそっと魔力を流し込んでいくと、精霊からホッとしたような感情が流れ込んできた。
―― うれしい
―― あったかい
リオルも感じられたのだろう、ギュッと唇を噛む様子が見えた。
……本当。人間って、愚か者はとことん愚かだ。
ある程度流し込めば、精霊は幾らか元気になったようだった。
力はないが、伏せていた体をよろよろと起こすようになった。
その様子を見たユリウスはホッと安堵の表情を見せたから、よほどこの精霊のことが気になっていたんだと思う。
「ゆ、ユリウス!」
そんなとき、様子を見ていただろう生徒が声をあげた。
声の主を見れば ―― まあ、予想はついていたけど、アルスだ。
一方、ユリウスと隣にいるミランは冷たい眼差しでアルスを見る。びくりと体を震わせたアルスに、サッと周囲にいた男子生徒数名が庇うように立ち位置を変えた。
…ねーえ。なんで、そこにジャックがいるの。
まるで、取り巻き代表のような第三王子のフィリップが、ユリウスに告げる。
「その鳥かごはジャックがアルスに贈ったものだ。勝手に持っていくのはいかがなものか」
「精霊が弱っているにも関わらず、放置し、かごを開けないビュエラ殿の方がいかがなものかと思うが。だから私は保護し、このクラスに持ち込んだのだ。皆には許可を得ている」
「だ、だってその子は闇の精霊だよ!?あんなに大暴れした乱暴者なんだから、かごから出したらもっと暴れるじゃん!」
あぁん??
何言ってんだ主人公。
「そんなの、」
「あなた方が無理やり捉えたからでしょう。どんな精霊でも無理やり囚われるのは嫌だと思いますが?」
思わず口を出しかけたとき、ミランが淡々と答えた。
ちら、と私を見て、体の後ろで組んでいた手を軽くひらひらと振っている。
…口出しするなってことか。リオルもポンポンと私の背を叩いたから、我慢しろってことなんだろう。
正体表せば一発なのに。
む、と口を噤んで、見守る。
「ミランだって精霊持ってるじゃないか!」
「持ってる?ヤディール殿は精霊に対してモノ扱いされるのか」
「そんなつもりじゃ、」
「それに私のことを名で呼ばないでいただきたい。あなたとそこまで仲が良い覚えはありませんから」
「ミラン!お前アルスに向かって何ていう物言いだ!!」
アルスを冷たく突き放すミランに、ジャックが噛みつく。
ミランの視線がジャックについと向けられる、とジャックはたじろいだ。
…ミランってさぁ。結構、美人なんだよね。
ゲーム中では主人公と絡みがほぼないからか立ち絵が他の一般モブと同じ影だけだったんだけど、実際のミランは美人だ。
性格とか諸々歪んでたら、そういったものが顔や雰囲気に出るから「美人」とは言えなくなる。でもミランにはミストが傍にいたから、さほど歪んでいない。
まあつまりはなんて言いたいかというと、美人の凄みって怖いよねって話。
「あなたに対する物言いであれば失礼に当たるでしょうが、ヤディール殿であれば問題にならないでしょう。私はグランツ伯爵家の嫡子。例え彼が高貴なる誰かの恋人であろうが愛人であろうが、ヤディール殿の立場はヤディール男爵家次男殿ですから。…それに、ここはハイグレード三学年Aクラスです。そもそも一学年のヤディール殿は場違いでしょう?」
そうなんだよなぁ。
ここ、三学年のAクラス。
アルスは一学年だから、用事があってもそうそう来ない場所だ。
ただこのクラスには攻略対象であるユリウスとジェーン公爵令嬢、その他諸々がいる。
そういえば、ジェーンはどこだろうと視線を巡らせていると、教室の隅の方にいた。
男女のご友人方と一緒にこの騒動を見ているようだが、嫌悪の視線を向けてる……アルスたちの集団に向けて。
おや?
この前は、仲良くみんなで食事していたように見えたけど。
「ひ、ひどい…僕はただ、話に来てるだけなのに」
「ご自分のクラスにもご友人はいるでしょう?上級クラスの生徒と交流する場合は、手紙で日時と場所を指定して交流すべきです。そもそも上級クラスのある階層に来るにも許可証は必要ですが、その許可証は?ないでしょう。第三王子殿下も用もないのに上級クラスには来ないでいただきたい」
「な、そのローグレードの闇属性の生徒らは許可しているくせに俺は拒むというのか!?」
おいコラ第三王子。私たちを指差すんじゃねぇ。
人を指差すんじゃありませんって習わなかったんか?ん?
ユリウスが、呆れたようにため息を吐いた。
「…彼らはきちんと私の許可証をつけている。つまり、ここに来ることを私が許可している。もちろん、この教室に来てもらうことはあらかじめクラスメイトたちにも確認して了承をもらっている」
フィリップが慌てたように周囲を見れば、自分が思っていた以上に冷たい眼差しが向けられているのに気づいたんだろう。
ぐ、と言葉に詰まって、やや後ずさった。
そのとき、ぴぃ、と弱々しい声が聞こえた。
思った以上に聞こえたのか、教室内にいる人間全員の視線が私たちの手元にある精霊に向けられる。
パチン、と誰かが扇子を大げさに閉じた音が響く。
「ツェルンガ皇子殿下、グランツ様。長々と話に付き合う必要はありませんわ。その子を早く」
「それもそうだな。ありがとう、カリスタ嬢。では、フィリップ殿。失礼する」
「あ、」
アルスの手がユリウスに伸ばされた。
ユリウスが、嫌悪の表情を浮かべる。
「…名を呼んで良いと、許可した覚えはない。以後、気をつけるように。行こう、グランツ殿、リオル殿、メディア嬢」
あらま。なんか、この前と随分状況が違うな。
まあそんなことより、今は目の前のこの子をどうにかせねば。
ユリウスとミランのあとに、リオルと私は続く。
教室を出る前にふとジェーンの方を見てみたけど、扇子で口元を隠しているからか表情は分からなかった。
…助け舟を出してくれたのかな。そうだといいな。
190
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる