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本編

第五話 お任せあれ!

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 結論から言おう。
 てっててーん。ミランが仲間になった。

 私とリオルが声をかけたときはバリバリ警戒心を見せていたミランだったけど、水の中級精霊が私たちに信頼を寄せていることに気づいてからは早かった。
 この子が信頼してるなら、私らは悪い人間(精霊)ではないとのこと。
 お互い名前呼びOKになった。ちょろいな。

 精霊は「ミスト」と名をもらったようだ。良きかな。
 精霊王としては、精霊たちが良い相棒を見つけてくれるのが嬉しい。

「僕は平民だからよく分からないけど…、ビュエラ様はミラン先輩の婚約者なんですよね」
「いわゆる政略結婚だ。我が家は三世代前に功績によって叙爵された新興貴族だが、羽振りがいい。ビュエラ侯爵家は血筋が古いが、昨年の水害で甚大な被害を被り、援助がほしい。嫡子である俺の婿として、三男のジャック様が婿入りする代わりに無償で支援する契約だった」

 あら。過去形。
 話していくうちにミランの表情が険しくなっていく。
 頬杖をついて、トントンとテーブルを指で叩きそうなものだが、やはり貴族だからか姿勢は正しく、行儀が悪いといえるのは足と腕を組んで座っているぐらいか。

 そういえば、ゲームの設定集では、リオルが唯一逃げられるのがジャックとの結婚だった。リオルは次男扱いで、ミランが嫡男なのは変わらなかった。
 ビュエラ侯爵が伯爵位も持っていて、結婚後はジャックがそれを継ぐ予定だったらしい。
 現実では伯爵家嫡男であるミランに婿入りする形だったようだけど…そこはなんだか、同じ「伯爵」になるという意味では、ゲームと現実で似通ってるんだな、と思う。

「…もう見限ってるんですか?」

 察したリオルが問う。
 ミランは盛大なため息を吐いて「そうだな」と答えた。

「でも政略的な意味合いも含む婚約なら、そんなあっさりと解消も白紙も破棄もできなさそ~」
「メディア嬢のくせに察しがいいな」
「にゃにおう!?」
「……父上は、上昇志向が強いお方だからな。目の前に動かぬ証拠を並べ、我が家に取り込めば悪影響を及ぼすと突きつけなければ動かんよ」

 ぽつりとそう零れたミランの言葉に、ゲームの設定と十数年前に見た光景を思い出す。
 グランパス伯爵がリオルを誘拐同然で引き取っていく設定。それは防げたけど、そのとき地団駄を踏んで悔しがってる伯爵を、こっそりミランが見ていたのを私は見てる。
 顔を歪めて、涙を溢してたまるか、なんて表情で。

 あの権力欲に塗れたグランパス伯爵が、実際にジャックたちのあの光景を見てもなんとも思わないだろう。
 むしろ「取り入れ!」とミランに発破をかけそうだ。

「…ありきたりな言葉になりますけど、貴族も大変なんですね」
「まぁな。そういった面ではお前らが羨ましいよ」

 リオルの問いに苦笑いしながら、ミランはそう答えた。
 ミストも苦笑いしてる。



 ………うん。
 まあ、いいか。


「ミラン先輩」
「なんだ」
「もし、その証拠が揃えられるなら、婚約破棄なりなんなりできる?」
「……メディア嬢。何を考えてる?」
「メディ?」

 ふふ。

「私を誰だとお思いか?」

 リオルとミランが顔を見合わせる。
 にんまりと私は笑って、胸を張った。

「だいじょーぶ!ミラン先輩は、婚約が解消なり破棄なりされたあとのことを考えて!お任せあれ!」

 ミランは知らないだろうけど、私は闇属性の精霊。
 そして、リオルも知らない、私は精霊王。

 そもそも精霊は不実が大っ嫌いなんだよ!クソが!!


 ◇◇


 しっかり神様にも了解をとった。
 リオルにも「ミラン先輩のためだから!」と危ないことはしない約束をした。

 精霊たちに協力してもらい、証拠集めを進める。
 私含め、精霊は心や魂が綺麗な人間を好む。不貞なんて、精霊にとっては嫌悪の対象だ。
 幸いにもミランはミストが傍に居たおかげか、魂や心の歪みが少ない。多少歪んではいるが、それは許容範囲内だ。
 人も精霊も、完璧な子なんていないからね。


 授業中、精霊がふわりとやってきて、グッと親指を立てた。
 どうやら決定的な場面を確保できそうらしい。
 うん。授業中なんだけどな。思わず遠い目になった。

 す、と手を挙げる。
 この時間の担当教師が気づいて「どうした」と嫌そうな表情を浮かべたので、口元に手を添えながら、具合が悪そうに。

「……すみません、あの、具合が悪いので、医務室…行っていいですか…」
「……はぁ。さっさと行け」
「僕が付き添って良いでしょうか」
「ああ、ああ。早く行け」

 しっしっ、と犬猫を追い払うような仕草をする教師にイラッとするけど我慢。
 …よし、今夜あたりあの教師が悪夢を見るようにけしかけるか。

 リオルに支えられながら、具合が悪そうにしつつ教室を出る。
 途中、フランソワが「大丈夫?」と小さく声をかけてくれたのでひらりと手を振って答えた。
 騙してる形になってるけど、まあ、ごめん。

 廊下を歩いて周囲に誰もいないことを確認し、演技を止めた。
 リオルは精霊が見えるから、合図をしてきた精霊にも気づいてくれていた。だから、フォローのために一緒に出てきてくれたのだと思う。

「ごめんね、リオル」
「大丈夫だよ。後でフランソワに授業内容を聞こう」
「うん。あとは任せていい?」

 頷いたリオルを見て、ふ、と息を吐く。
 するとあら不思議。ふわりと私の体が精霊態に戻った。
 人間態は重力に縛られるから重いんだよなぁ。こう考えると、精霊態って物理法則無視するから不思議。
 まあ、魔法やら精霊やらいるファンタジー世界だからあんまり科学とか物理では解明できない部分も多いだろうけど。

 リオルが闇魔法を使って、私の身代わり人形を作った。
 一応、彼には人形と一緒に医務室までいった事実を作ってもらうためだ。
 でもめっちゃ精巧な人形~~、ここまで精巧な見た目作るの難しいのに。さすが私の推し。

「気をつけて」
『楽しみにしてて。あ、あとそれ医務室に置いたら授業に戻ってて大丈夫だよ』

 私を呼びに来た精霊と一緒に、ばびゅんと現場に飛んでいく。
 結界が張られていなければ、精霊は重力も壁も意味をなさない。まあ、結界なんてあっても私が誰にも気づかれずにぶち破れるからな!


 案内された現場は、空き教室のひとつだった。
 認識阻害の魔法をかけてからニュ~っとドアから顔を出せば、熱烈なキスシーンに思わず顔が歪んだ。
 誰と誰かって?ジャックとアルスだよ。あとね、なんでかテオドールが傍に椅子を置いて、そこに座ってふたりの行為を眺めてる。

 しっかりと抱き合いながら、恍惚とした表情でお互い舌を絡ませている。
 背中に回っていたジャックの手がするすると下がっていき、アルスの臀部を掴んだ。

 ……いや。これ以上実況したくないわこれ。
 あのゲーム、全年齢対象だったからこんな展開ないはずですが?やっぱここ似た世界ってだけなのかな。
 っていうかテオドール、お前なんでここにいる?

 神様、というか教会から借りてきたカメラ機能を持った高性能の魔導具で録画開始しながら、見たくもない濡れ場を見ることになった。
 この魔導具、常に魔力供給しないと録画してくれないんだよ~~~、もうちょっと改善して。この場にいたくない。

「あぁ、んっ、テオ、テオもぉ!」
「ふふ、おいでアルス。ジャック。彼の後ろを解して上げなさい」
「はい」

 アルスがズボンと下着を脱ぎながら、テオドールの膝の上を跨いで向かい合わせになって座ると、テオドールと濃厚なキスを始めた。
 ジャックはしゃがみ込んで、アルスの尻に顔を……わぁ(自主規制)

 案内してくれた精霊もドン引いてる。
 帰りたい。

 精霊と暇つぶしに会話したいところだけど、認識阻害の魔法は音まではカバーしきれない。
 防音魔法を展開してもいいけど、そうすると魔導具が音を拾えない。
 ミランが自由になるためには会話も重要になるかもしれないから、この濡れ場を余すことなく録画・録音するしかないのだ。
 終わったら甘いものたらふく食べよう。
 あと神様にも愚痴ろう。さすがにリオルには愚痴れないわこれ。

「あ、っも、もぅいれてェ…!ほしい、ほしいの!」

 前も後ろもぐっしょぐしょになったアルスが請う。
 テオドールの腹付近なんかアルスが出したものでぐちゃぐちゃだ。ねぇ、このあとも授業あるんだけどお前どうすんのそれ。

 震えてる精霊を懐に入れて、静かに、なが~~くため息を吐いた。

「あっ、あ、んぅ、ヒッ!」
「アルス、アルス…っ」
「かわいいねアルス。もっと気持ちよくなろうか」
「あーッ、それ、だめ、だめェ!」

 ガツガツと腰を振るジャック。
 テオドールにしがみついて嬌声をあげるアルス。
 恍惚とした表情で、自分のナニとアルスのナニをこすり合うテオドール。

 カオス。

 ただひたすら、無になりながら録画を続けた。
 ジャックの不貞の証拠を撮るだけのつもりが、テオドールの変態的な趣味も撮ってしまった。
 ピロートークで決定的な言葉も言ってたのも撮れたからいいんだけど。
 でもどうしようこれ。リオルやミランに見せられないわ。まず神様に見せるか。


 事が終わった瞬間、速攻で神様のところまで飛んで相談した。神様も記録された内容を見て無になった。

「…えー。まだ、リオルやミランって、青少年の範疇だよね?」
「この国では未成年だからそうだねー」
「……これは見せられないかなぁ」

 がんばったねよしよしとぎゅっとされて頭を撫でられた。うぅ、神様優しい。

 当面主人公と攻略対象者たちと顔を合わせたくない。いやまあ校舎違うから私たちは大丈夫だけど、これを見せたあとのミランが心配だ。
 だってミランは貴族だし、成績も優秀だからあいつらと同じクラスなんだ。

 でもこれは重要な証拠になる。
 グランツ伯爵だって、これを見たら手をひこうとするだろう。
 …王太子と目される第一王子の愛人に、許可をもらっているであろうとはいえ、手を出してるのだから。
 いや、でもあいつのことだから「第一王子に取り入るチャンス!」とかになる?
 分からん。ミランだったらわかるかもしれないけど、これをミランに見せたりするのは嫌だし、口頭で伝えるのも…う~~~ん。

「…これは私から話そう。メディフェルアはおなごだ。おなごの口から語られるのもしんどいだろう」
「まあ、見目が男性の神様の方が聞いてもらいやすいですよね…」
「見目って…いや、まあそこはいいか。会える算段を取り付けてくれるかい」
「りょーかいです。私はこのまま、具合が悪いから早退して寮に戻りまーす」

 あとから聞いたら、案内してくれた精霊もあそこまで事が起こるとは思っても見なかったらしい。
 親密そうだったから、キスのひとつでも撮れれば、と思ったそうだ。…いやまあ、私もそう思うよ。
 あ、リオルにもう早退して寮に戻るって伝えといてくれない?いいの?ありがと。


 一旦、医務室に戻ってリオルが作った人形と入れ替わる。
 リオルはいない。人形置いたら戻るようにあらかじめ伝えていたしね。

 部屋に戻ったとき、医務教諭がいたのは確認している。
 カーテンをそっと開けると、音に気づいた彼はこちらに視線を向けた。

「…すみません、寮に戻ってもいいでしょうか……」
「あぁ…なんだ、顔色がやっぱり悪いな。これを持って部屋に戻りなさい。担任には伝えよう」
「ありがとうございます」


 具合悪そうに背筋を丸めながら、教諭から受け取った早退許可証を持って寮に向かって歩く。

 二つ上のミラン先輩から聞いた話では、前任者は闇属性の生徒が来たら医務室から追い出していたし、こういう授業時間内に歩く許可証なんかも渡さなかったという。
 この教諭は、闇属性に対して若干嫌そうな雰囲気は出すが、それだけだ。
 ちゃんと手当てしてくれるし、会話もしてくれる。
 この学園にいる教師の中にはあからさまに会話しない、無視するなどの輩もいるから、比較的闇属性の子らからも人気はあるらしい。
 人気、といっても 話している中で「あの医務教諭はまだいいよね」という程度だけど。


 はー。とにかく疲れた。
 今日は部屋に帰ったらもう寝よう。

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