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モブ令嬢イェーレ

13. 第二王子ざまぁwwとか思ってたら *

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 エリザベスをエスコートしながら、事前に知らされていた休憩室に足を踏み入れた。
 そこは一般客 ―― まあ、つまりは王族が招待した人間以外 ―― は入れないエリアだ。かしましい連中でも入れない。

 室内に備え付けられたソファに腰掛けたエリザベスがため息を零す。それから、ぽっと顔が赤くなって両手で頬を抑えている。ふふ、やっぱりエルとのダンスは良かったんだ。
 ぱ、とエリザベスがこちらを見て驚いたような表情を浮かべている。なんだろう。

 …あ、防音かけなきゃいけないんだった。


『お願い、この部屋から音が漏れないようにしてくれる?』
『いいよ!』
『ねえエレン!いつものアレやって!』
『好きだねぇ。いいよ』


 なんでかしらないが、精霊たちがお気に入りらしい。
 指をパチンと鳴らすと、彼らがキャッキャしながら部屋に防音の結界を掛けてくれた。ありがたや。
 エリザベスも魔法がかかったことには気づいたのか、首を傾げていたので防音の結界であることは伝えた。

 いやー、それにしても…。


「積極的でしたね、エル」
「…やり過ぎなのではなくて?」
「そうですか?すでに婚約破棄に関する噂は社交界に流れていましたから、真実味が出てよかったと思いますが」


 あの場にいた、あの騒動が聞こえた連中はこう思っただろう。

 イーリス第二王子とエリザベス・フェーマス公爵令嬢の婚約は破棄されていたのだと。そして、最近学園内で仲睦まじい様子を見せていたレアーヌ・ダンフォール伯爵令嬢と婚約を結び直すのだと。


 ―― 乙女ゲームの第二王子ルートのシナリオなら、あの場はエリザベスを断罪する場だった。

 それほどエリザベスは権力を使用してレアーヌを、ダンフォール家を追い詰めた。僅かな領地を持つだけの一伯爵家が、外交を担当し、広大な領地を持つ公爵家に逆らえるはずもない。
 だがそれは第二王子によって暴かれた。設定によると、本来であればこの舞踏会のあと、別室で場を設けてエリザベスに罪を申し渡し、婚約破棄をする予定だったらしい。つまりは第二王子の暴走である。やっぱりバカはバカだった。
 親であるフェーマス公爵夫妻もレアーヌの動向には気が気でなかったらしく、エリザベスを止めることはなかった。
 第二王子暗殺未遂の容疑にかけられることもあるけど、あれは確か攻略対象者のひとりバレス商会の子息であるコナー・バレスルートのハッピーエンドのときだけだ。暗殺未遂の容疑にかけられたのはフェーマス公爵家。物的証拠はないものの、状況証拠が揃いすぎてフェーマス公爵家は爵位剥奪の上、国外追放だったな。全ルートのエリザベスのその後の中で、一番悲惨な末路。コナーとあんま関係なかったのに、なぜかそういうサブストーリーがあってビビった記憶がある。

 エリザベスは、一番いいルート(ヒロインにとっては第二王子ルートのバッドエンド)で第二王子と仮面夫婦で一生過ごすことになっていたから、婚約破棄できて良かったと心の底から思うよ。

 あ、そうだ。


「ヴィクトリア嬢についてですが、エルがエリザベスをダンスに誘った際にと発言したのでそれで概ね察したようです。その場に残った王太子殿下と私に対して『本当だったのですね』と聞いてきて、王太子殿下が意味深に笑うだけで答えたので」
「そうなのね」
「これから王太子殿下方がいらっしゃるので詳細はそちらから説明があるとは思いますが、今夜、王子バカに婚約破棄の話が伝えられるはずです。王家あちらの事情も解消したようなので」


 今日の舞踏会は、もうあとはご自由にって感じですでに王族が裏に引っ込んでるはずだ。
 そこで第二王子は伝えられるだろう。エリザベスとはすでに婚約破棄していること。第二王子の有責であるということを。


「あー、でもそんなことより、たぶん、これからエリザベスはエルに慣れないといけないですよ。精霊の気質はご存知ですか?」
「たしか…慈しみ深いというか、一旦懐に入れると甘いというか。よっぽどのことがない限り、契約後に裏切ったりすることはないと聞いたことがあるわ」
「ええ。それは精霊を始祖に持つヴェラリオン皇族も同じです。なのでがんばってください」
「え?」


 私がもう、そうしたくて仕方ないのを我慢してる状態なのだから、エルはもう歯止めが効かなくなるだろう。
 エリザベスが何か言葉を発しようとしたその瞬間、部屋にノック音が響く。返事をすれば、兄様がエルを連れてきたところだったようなので、風の精霊にお願いしてエリザベスの入室許可の声を外に届ける。

 そこからはもう、私は蚊帳の外だ。兄様は見張りですでに部屋の外である。


「エリザベス、僕と結婚してほしい。共にヴェラリオン皇国で生きてほしい。いらない苦労もかけるかもしれないけれど、僕は君にそれを押し付けることなく、共に乗り越えていきたい。好きなんだ、エリザベス。ずっと、ずっと君のことが好きだった」


 まーなんと熱烈なプロポーズ。
 皆さん、これが初恋を拗らせてストーカー紛いまでした男のプロポーズですよ。ねぇエリザベス、エルの瞳の奥、ドロドロになってない?大丈夫?病んでない?あ、エリザベス顔真っ赤にしちゃってるからこれなってても気づかないわ。

 エリザベスが、昼休みの中庭でエルがいなくなるときにちょっと名残惜しそうにしていたのを暴露してみたり、ご飯を一緒に食べたいというのを過大解釈してからかってみれば、エリザベスは顔を真っ赤にしたまま大慌てで私の名を呼ぶ。

 そんなエリザベスが可愛くて内心ニヤニヤしていると、ココン、と短いノックがされた。
 …このノック音は、緊急であることを示すためだ。耳を澄ませば遥か向こうから誰かが誰かを諌めながらこちらに向かってきている。エルも、遅れてエリザベスも何かがこちらに向かってきていると気づいたようだ。
 
 エリザベスと目が合う。頷いて、バルコニーへと通じる窓を指差した。


「行って」
「すまん、イェソン!」


 兄様が部屋に飛び込んできたと思うと、素早くバルコニーへと向かう。
 姿を隠してそこから飛び降りるか、別の部屋に移動するつもりだろう。


「僕がここにいると厄介なことになりかねない。慌ただしくて悪いけど、また明日ね。エリザベス」
「え、ええ…また明日」


 彼らが出ていった後すぐ、窓を閉めて鍵を掛け、カーテンを閉める。
 あまり事態が飲み込めていないエリザベスの隣に移動して、ソファに腰掛けた。


「…エレン?一体どうしたの?」
「ええ、厄介事がこちらに来ています。エリザベス、あなたは気分を悪くして休んでいて、ここには誰もこなかったエリザベスと私しかいなかった、いいですね?」


 念を押してそう言えば、エリザベスは神妙な顔でこくりと頷いてくれた。
 精霊たちに、防音結界を解除する合図を送る。すると精霊たちはすぐさま解除してくれた。
 それからさほど間を置かずに廊下の足音と喧騒がより近くなり、バンと乱暴にドアが開けられる。


「エリザベス嬢!!」


 はーー。ほんっっとに厄介事しか持ち込まないな、このクソ王子が!!
 ズカズカとこちらに勢いよく来る第二王子の前に立ちふさがる。忌々しげに睨みつけてくる第二王子に睨み返したいところだが、そんなことをしたらこちらが問題になるから抑えた。


「どけ!私はエリザベス嬢に用がある。部屋から出ていけ!」
「未婚の女性とおふたりにするとでも?」
「私とエリザベス嬢は婚約者だ!!」

「もうエリザベス嬢は関係ないだろう、イーリス」


 ちげーだろ!と思わず叫ぼうと口を開いたその瞬間に聞こえてきた声に、口をゆっくりと閉じた。
 第二王子が振り返ったその先、部屋の入り口には近衛兵を連れた殿下がいる。本当は呆れ返っているだろうに、そんなものをおくびにも出さない。
 殿下の視線が第二王子から逸れたので、ほんの少しだけ体の位置をずらす。


「エリザベス嬢、今日の夜会での様子からして察していただけたと思うが、イーリスと君の婚約が破棄された。慰謝料に関する事柄は後日改めてフェーマス卿にお伝えする」
「…そうですか」
「エリザベス嬢、君はなぜそんなに冷静なんだ!?君だって知らなかっただろう!」


 エリザベスに詰め寄ろうとした第二王子の前に、再び立ちふさがる。第二王子の顔が醜く歪んだ。
 睨みつけられても別に怖くはない。こんなもの、モンスターに比べれば赤子のようなものだ。


「…もう随分前から婚約破棄は事実だと思っておりました」
「なんだと?」
「だって、殿下。半年以上前からわたくしのことを邪険にし始めましたし、何よりダンフォール嬢に真名を呼ぶことを許しましたわよね?」
「は…?なにを言って、」
「わたくし、3ヶ月前のあの空き教室で、見てしまいましたの。あなた方が真名を呼び合って、キスをしているところを」


 淡々とエリザベスがそう告げれば第二王子の顔色が青くなった。
 うーん、あんなに噂流れてたしね。というかやっぱりエリザベス、あの光景見てたのか…。
 乙女ゲームとしてのスチルではすごく綺麗だったけど「結局は浮気者じゃねぇか!」って思ってた記憶がぼんやりとあるので、たぶん今も昔も感想は変わらない。

 殿下が静かに入室すると、近衛騎士も静かについてきた。
 動きが洗練されている。うーん、私もああなりたい。


「そ、んなことは、ない。断じて、そんなことは…見たのは君だけなら、証言に信憑性はないじゃないか」
「そうですか…では半年以上もわたくしを蔑ろにした理由をお聞かせいただいても?」
「忙しかっただけだ…君も、私が兄上のため、国のために外交について学び歩いていることは知っているだろう」
「学び歩いている、なぁ」


 ふ、と嘲笑した殿下が腕を組む。あ、そんな表情もいいかもしれない。
 第二王子が恐る恐る振り返ったその先で、殿下は軽蔑の眼差しを第二王子に向けていた。


「エリザベス嬢、君、イーリスから最後になにか贈られたのはいつだ?」
「前シーズンの夜会が最後ですわ。ドレスと、アクセサリーを…」


 あの横領の件か。
 それじゃあ、援護してやらないと。


「ああ、そういえばダンフォール嬢、城下町におでかけになる際は毎回新しいドレスにアクセサリーをつけられていましたね」


 実際に見たことがある。
 私の部屋からは寮に出入りする人間が窓から見えるんだけど、休みの日にウキウキと出かけるレアーヌの様子が見えたんだ。
 寮に持ち込む私服やドレス類は、保管できる場所も考えるとそう多くはない。なのに、レアーヌは毎回新品のドレスを身にまとい、アクセサリーもそれに合わせてコロコロ変わっていたのには遠目でも分かった。


「王家では婚約者との交際費として予算をつけてあって、目的外の利用は厳しく禁じられている。半年ほど前からそこから支出されるようになってね。私や両陛下は、ああ、イーリスがエリザベス嬢になにか贈っているのか、と思っていたのだが…どうやらそうではなかったようだ」


 こちらからは第二王子の表情は伺えないが、手が小刻みに震えている。図星か。
 殿下が腕を緩め、右手を振る。上に向けられた手のひらに、サッと近衛騎士から差し出された書類が渡された。やだ、言葉もなく意思疎通できんのカッコいい。
 書類に目を通しながら、殿下が告げる。


「予算の不正使用も婚約破棄の理由のひとつだが、不貞がでかいな。このままでは外交官など任せられん。さっきは逃げ出したから言いそびれたがイーリス、お前は当面の間自室にて謹慎処分。追って、細かい処分は連絡する。これは決定事項でここに陛下のご捺印がある」
「わ、私は不貞などしていない!」
「この期に及んで何を言う。エリザベス嬢の前だから明言は避けるが、俺が知らないとでも思ったか」


 あれ、殿下が「俺」って言った。普段「私」なのに。素はこっちか。
 第二王子ががくりと床に膝をついた。廃嫡とまではいかないだろうけど、もう良縁は恵まれないだろうな。
 近衛騎士に立たされて連行されていくイーリス第二王子の背がとても小さく見えたのは気のせいじゃないと思う。



 その後、国王陛下も入室されたのと入れ替わりに私は殿下と一緒に廊下に出た。無関係だからね。
 部屋の中では、陛下からエリザベスに謝罪の言葉を述べられているだろう。陛下の顔色が少し悪かったのは、やっぱり第二王子バカのせいかな。


「イェーレ嬢。明日僕の執務室に来てもらえないだろうか?今日、あの場で話してくれた証言の記録をきちんと残したい」
「承知いたしました。何時頃にお伺いすればよろしいでしょうか」
「そうだね…14時に。可能であれば、そのままティータイムに付き合ってもらえると嬉しいのだけど」


 ふ、と微笑んだ殿下の笑顔が眩い。あと心臓に悪い。ドッてなったよドッて。
 少し間をおいて了承すれば、殿下は嬉しそうに笑った。ねぇ殿下、周囲に一応、近衛騎士がいるんですが。すごく生暖かい目でこっち見てるんですけど!もしかしてバレてるんじゃないですかねぇ殿下!!

 そう思った、次の瞬間視界が回った。「エレン!?」「ライズバーグ嬢!」と殿下や近衛騎士の焦った声が聞こえたけど、そっちを見れない。
 気が抜けたら反動が来たかもしれない。ヤバい。

 レアーヌが可哀想、助けてあげなきゃいけなかったのに。いやんなわけねぇ、エリザベスの方が可哀想だろうが!いや、でもあのときのレアーヌは静かに悲しみを表していた。彼女に協力してあげなければ、彼女が望む男を充てがわなければ、彼女が望むことを叶えなければならない。


 だって彼女はの愛し子だから!


 ―― ふと、意識が浮上した。

 舌が絡み合うのが気持ちよくて、気づけば夢中で貪っていた。慎ましい胸を揉まれているけど、もどかしい。直接触ってほしい。ああ、早く、早くこれを私に…?


「ふ、ぇ…?」
「…は、エレン…?」


 至近距離で頬を染め、潤んだ瞳と目が合ってぎょっとした。
 いつの間にか殿下の上に跨って、ソファに押し倒している。殿下の首元は緩められていて、鎖骨まで見えている状態だ。よく見れば殿下の首筋に赤い痕がある。え、ちょっとまって私何やらかした!?
 ひとまず殿下の上からどかねばと上体を起こした瞬間、硬い何かがちょうどクリトリスをグリっとえぐった形になってしまいビリッとした感覚に体が跳ねる。思わず下を見て、体中の熱が顔に集中した、と言っても過言ではないぐらいに、顔が熱くなった。
 殿下が気まずそうな声で「……すまん」と呟く。


「いや、はい、あの、生理的な反応だろうから」
「俺は君以外に勃たない」
「は?」
「…エレンに惚れて、プロポーズして、口説くと言っただろう?その後、そういった関係の教育も受けたが勃たなかったんだ。エレンを想像すれば勃った。父上からは『重症だな』と笑われたよ」


 なん、な、なんですと。
 何か言わねばと思うけど、口を開いても声が出ない。出ても「あ」とか「う」しかない。


「……そろそろ、限界だから退いてもらえると助かるんだが」
「っ、あ、は、はい!」


 慌てて殿下の上から退く。私はどうやら、ソファの上に殿下を押し倒していたらしい。立ったまま周囲を見渡せば、先ほどまでエリザベスといた休憩室と似たような構造だ。恐らく、隣の部屋だろう。
 しかし、廊下で目が回ってから記憶がない。何で殿下を押し倒してたんだ。

 ノック音が響く。慌てて身だしなみを整えると、殿下が許可した。
 入ってきたのは廊下で一緒にいたはずの近衛騎士だった。


「あ、ライズバーグ嬢。ご気分はいかがですか?」
「…だ、大丈夫です」
「フェーマス嬢がお帰りになられるそうです。体調に問題があるようでしたら、こちらでお送りする手筈を整えますが…」
「いえ、私もそろそろ戻らねばなりませんので、私も帰ります…殿下」


 ソファに腰掛けたままだった殿下が私を見上げる。ほんの少し疲れた様子で「また明日」と笑って手を軽く振ってくれた。
 殿下に一礼して、部屋を出た。未だに心臓がドキドキしていて、煩い。ていうかあの騎士にバレてない?バレてないよね!?
 
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