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モブ令嬢イェーレ
03. 王太子の宣言
しおりを挟む案内された先は、あの庭園にある藤棚だった。
そこにある長椅子にはすでに殿下が座っている。こちらに気づいたようで、スッと立ち上がった。
連れてきてくれたおふたりはスッと会話の内容が聞こえない位置まで下がった。殿下の護衛騎士も同じぐらいに下がっている。
挨拶をしようとすれば「いや、そこまで畏まらなくていい」と言われたので兄様も私も正式な挨拶を中断する。
「突然すまない」
「お話があるとお伺いしましたが…」
「直接、君に謝罪したくてね…。先日は不躾だった。申し訳ない」
王族だから頭を下げることはない。でも目線を下げて、申し訳なさそうな表情を浮かべているのを見れば反省しているのは分かった。
ここで謝罪を受け入れないほど、狭量ではないつもりだ。
「承知いたしました、殿下」
そう答えれば、殿下は安堵の表情を浮かべた。
ゲームでもそうだったけど、殿下は聡明な方だ。なんであんな突拍子もない行動に出たのかは不明だけど。
コホン、と軽く咳払いをした兄様は、真剣な表情で殿下を見つめた。
「殿下、ひとつだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「なぜ妹に婚約の申し出を?両陛下から”殿下たっての願い”だとはお知らせいただきましたが、納得がいきません。殿下自身のお気持ちで申し出られたのか、それとも殿下が政略をお考えに「私自身の気持ちだよ」…え?」
殿下からの食い気味の回答に兄様が素っ頓狂な声を上げる。私も目を丸くした。
だって、ねぇ。
自慢じゃないけど私、容姿はそこまで良くないのよ。
良くも悪くも、私はお父様に似た。お父様は言っちゃ何だけどどこにでもいる人。たぶん、竜騎士団長じゃなかったら「え?誰だっけ?」っていうぐらいには凡庸な顔つきをしてる。
対してお母様は美人だ。ヴェラリオン皇国では求婚者は引く手数多だったらしい。兄様はお母様似。ここまで言ったら分かるね?
まあ、兄様は一応攻略対象者だからね。仕方ないね。
攻略対象者の妹がモブってどういうことってのはあるけど。
……いやいや現実逃避しちゃったよ。
だから、なんでそんな凡庸な私に?しかも政略目的じゃなくて??
混乱する私と兄様とは対照的に、殿下はまっすぐ私を見つめながら告げる。
「一目惚れなんだ。君が、精霊と戯れているのを見てから」
「おぅ…ヒトメボレとかマジか…」
「(エレン、口調)」
「…」
「今の君の表情の崩れなさを見てもそれは変わらない。君の本来の色を見ても変わらない。君はあの場から離れようとしていたから、咄嗟に言ってしまったんだ。性急過ぎたのは分かっている」
たぶん、前世の私だったら思いっきり顔が引きつってる。無表情バンザイ。
よりにもよって王族に目の色を見られてるし。なにこれ、脅し?
そんな私の心情をどこで察したのか、殿下は苦笑いを浮かべた。
「色については誰にも言っていないよ。君がその眼鏡をかける理由も分かるから」
「…ありがとうございます?」
首を傾げながらそう言えば、殿下は笑った。
ほんのりと頬を染めて笑うその様はほんと画面映えすると思う。うん。
不意に殿下は真剣な面持ちになる。そうしてじっと、私を見つめてきた。
「ライズバーグ嬢にお願いがある」
「…はい」
「今後、私たちはクルーゼ学園に入学するだろう?私がその学園を卒業するまで、どうか君を口説かせてほしい」
「……は?口説く?誰を」
「エレン以外いないと思うな~」
思わずぼやいた独り言に兄様が突っ込んできた。
は?殿下が?私を口説く?
クルーゼ学園を卒業するのは一般的には18歳だ。
私は今年10歳、殿下と兄様は11歳。問題なければ殿下も兄様も18歳で卒業するだろう。
「これから7年も私を口説くとか時間の無駄では?」
「無駄じゃないよ」
「いや、いやいや無駄でしょ。この前の晩餐会見た?原石揃いだったのにそっち捨ててこっち来るとかあり得「エレン、口調」……先日の晩餐会に参加されたお嬢様方のほうがよろしいかと。身分、教養、容姿いずれも揃っている方がいたのでは…」
「……ふっ、ふふ…」
どこが面白かったのか、殿下が肩を震わせて笑う。
くっそ…前世の口調が抜けない…!人前では出さないようにお母様から特訓を受けたからある程度は大丈夫だけど、気を抜くと出る。
しかし、笑顔の殿下ってほんとイケメン…王族はきれいな人が多いけど、さすがメイン攻略対象者。
ただまあ、私の好みは前世からがっしり体型の人なので、恋愛対象からはちょっと外れる。
「こういう場であれば私の前でその話し方でも問題ないよ」
「え、マジですか」
「殿下、あまり甘やかさないでください。エレン、母上に言われたこと忘れたのか」
……忘れてません。ええ、忘れてませんとも。
というかあの地獄を忘れろという方が無理。
あのときのことを思い出して思わずきゅっと口を噤むと殿下が微笑んだ。
「これから口説くんだから、それくらいいいだろう?お義兄様?」
「ふっざけんな誰がお義兄様だこの野郎」
「兄様、人のこと言えない」
私の指摘に兄様は苦虫を噛み潰したような表情をして、殿下に「……失礼しました」と渋々とお辞儀した。
ふふ、兄様もうちの騎士団に揉まれて育ってきたからか、もともと口調は悪かったんだよね。
そういえば、兄様ルートでは攻略前は丁寧な、紳士的な騎士って感じなんだけど、好感度アップするとこういうガサツでヤンチャな部分も出てくるから「そこがいい!!」って萌えてた友人がいたな…。もう名前も覚えてないけど、元気にしてるかなぁ。
「まあ、とにかくよろしく頼むよ。ライズバーグ嬢」
「………よろしくお願いします」
差し出された手を、渋々と握る。
私は剣を握り、竜を操縦するため手の皮が厚い。ご令嬢のようなふんわりとした柔らかい握り心地は得られないだろう。
それなのに、目の前の殿下は嬉しそうに笑っている。
攻略対象キャラにこんな一面があったとは…と内心感心して、ふとした考えが頭を過ぎった。
……もしかしてこの世界って、ゲームの基になった世界なんじゃ。
あのゲームはこの世界の「もしも」を表したもので、あの晩餐会の日、私が我慢してあの場に居続けたり、体調不良と言って帰っていたら殿下とは出会わなかっただろう。
そうだったら、殿下はシナリオ通りクランク嬢と婚約していたと思う。家格で言えばフェーマス公爵家にもご令嬢はいるけれど、まだデビュタント前の年齢だ。それに政治的なバランスを考えても、中道を進むクランク侯爵家と縁を結ぶのは妥当だし。
手を離す。
殿下がちょっと寂しそうな表情を浮かべていたが、スルーすることにした。
私はヒロインではない。
きっと、ヒロインであるレアーヌ・ダンフォールが現れれば殿下の興味はそちらに移るだろう。それまでの6~7年耐えなければいけないけど、まあ基本的に私は領地にいるからすぐに飽きるでしょ……とこのときの私は、見誤っていたのだ。
ええ。ええ。
お察しの通り、殿下は飽きなかったし、諦めなかった。
最初の1年ぐらいは、1ヶ月に一度届く手紙だけだった。
日常を綴った他愛もないもので、正直最初はなんて書けばいいか分からなかったけど、慣れれば話題は事欠かなかった。
殿下は博識なので、普通にペンフレンドとしてなら面白い。文中に交じる私への愛を語るのはやめてほしいけど。
手紙のやり取りを続けて2~3年経った頃。一度、殿下がうちの領地に視察に来た。
滞在する数日間、お相手することにいつの間にかなっていたんだけど、殿下は仕事の時間以外はたいてい私と一緒にいた。
ニコリとも笑わない私と一緒にいても詰まらないだろうに、殿下はいつも微笑んでいた。
「お前のタイプなんなの?」
「お父様だけど、まあ無理だから筋肉がそれなりについてて良識がある人」
「ふーん。じゃあ殿下は対象外なわけだ」
「そうだね」
王都に戻られた殿下の手紙の文字が時々変な格好になっていた。
兄様いわく、剣術を本格的に始めたらしく筋肉痛らしい。殿下でも筋肉痛になるんだ…ってちょっと笑えた。
15歳頃は、第二種昇格試験の準備で私は王都のタウンハウスにいた。
第二種は上位貴族の護衛もできる資格のため、実力はさることながら教養も求められる。辺境まで家庭教師を呼ぶのは憚られたので、私が王都に来たのだ。
資格試験を受ける、と聞いていたからか、殿下からの接触は少なかった。人の多い王都だから、噂が出ても困るだろう。
手紙のやり取りだけは続けて、稀に兄様への届け物、として殿下と会うぐらいだった。
「この前殿下と手合わせしたんだけどさー、ちょっと油断したら負けたわー」
「護衛騎士のくせに。てかあんな細身の殿下に負けたの?」
「服に隠れてるけど、脱げばすげーぞ。文武両道って殿下のことを指すんだな…ってちょっと思った」
この頃、兄様は第一種に合格して正式に殿下の護衛騎士になっている。
16歳で、第二種資格に合格して正規の竜騎士となった。
竜騎士団への所属は卒業後からになっているので、雑用と訓練への参加ぐらいしかないけど、楽しい。
試験や訓練に明け暮れていたからか顔の雀斑が酷くなったけど、兄様に用事があって、という形でタウンハウスに遊びに来た殿下は「それも可愛い」と笑う。
この頃には殿下の背はすっかり高くなって、少し見上げなければ視線が合わない。細身っちゃ細身だけど、心なしか体格もしっかりしてきたような…?
精霊たちから『レオナルド、すごくエレンのことが好きなんだね』『エレンがおくったお手紙、だいじにしまってるよ!』『この前は読み返して、しあわせそうに笑ってた』とか余計な情報を聞いた。顔が熱い。
そして、7年目。
私がクルーゼ学園に入学し、殿下や兄様が卒業する年である。
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