【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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モブ令嬢イェーレ

01. シナリオが狂った日

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 デビュタントを迎える年の誕生日には、真名を教えられる。
 そのタイミングで前世を思い出した私は、頭を抱えそうになった。そんな感情の機微を感じ取ったのだろう、お母様が私の顔を覗き込んできた。


「あら、どうしたのエレンちゃん」
「…いや、ちょっとビックリしただけ」
「それならいいけど。さ、今日はご馳走よ~」


 そう言って、お母様は食堂へと私を誘った。
 私よりも楽しそうなその様子に呆れつつ、私も後を追う。


 美味しい夕食とデザートを食べ終わり、寝る支度をして部屋に戻る。
 寝る前に、ふと鏡を覗き込んだ。


 イェーレ・シャナトリス・ライズバーグ。ライズバーグ辺境伯爵であるお父様の娘にして、竜騎士を目指す令嬢。
 両頬に雀斑そばかす、暗い藍色の髪に紅蓮の瞳。にっこり微笑んでみたつもりだが、鏡の中にいる私はにこりとも笑わない。一言で言えば無。

 乙女ゲーム「紅乙女べにおとめの幻想曲~ファンタジア~」のモブ令嬢だ。
 そして、隠しキャラルートのサポートキャラでもある。


 ……イヤほんとに?マジで?
 なんでよりにもよってこのキャラなのか。




 私ことイェーレは、人形令嬢にんぎょうれいじょうと影で呼ばれるほどに表情が作れず、いつも無表情。理由は心因性によるものだ。

 この国の建国神話に出てくる邪神と似たような組み合わせの色合いを持つ私は周囲から忌避されやすいもので、幼い頃にライズバーグ領以外の貴族から心無い言葉を浴びせられた。
 幼い頃に「早く死ねばいいのに」「ライズバーグ辺境伯夫妻もおかわいそうに」「ライズバーグ辺境伯子息との婚約?あのご令嬢と親戚になるのは嫌だ」等など。
 …私が心無い言葉を言われるのはいい。でも、家族のことを悪く言われたのは嫌だった。
 聞けば、私が生まれたときライズバーグ領以外の貴族から「不吉な色合いだから早く殺すように」と言われたそうだ。お父様がお酒に酔って愚痴っていたときにこっそり聞いたことがある。

 それから、私は表情がうまく作れなくなった。
 家族や騎士団のみんなは心配してくれたけど、笑わなくちゃと思えば思うほど笑えなくなって、今ではほとんど表情が作れない。
 もうだいぶ慣れたけど。


 まあ、転生してしまったものはしょうがない。
 前世の記憶が蘇ったからといって、竜騎士を目指す志がなくなったわけじゃない。
 それに、隠しキャラルートは発生条件が難しいのでそうそう自分の出番はないだろう。
 目的に向かって精進しながら進めばいいのだ。



 そうは思っていても、子どもの言葉というのはまっすぐすぎて心を抉られる。

 今日はデビュタントの年を迎えた子どもたちを招待した王宮での晩餐会。
 夜会のようにドレスコードがあって立食形式を取っているが、開始時刻は夕方4時から7時まで。ダンスもない。
 目の色を誤魔化すための魔道具で作られたメガネをかけているが、それがとんでもなく野暮ったくてドレスにちょっと合わない。だから精神的に未熟な子どもからのからかいが多くて辟易した。

 いちいち相手にするのも面倒だったので、立ち入って良いとされている王宮自慢の庭に逃げた。
 すでに親しい子たちには挨拶済みだから問題はないでしょ。


 さすが王宮自慢とだけ言われている庭で、季節の花々が植えられ、丁寧に管理されている様子が見て取れた。
 日本製の乙女ゲームだからか、花々は日本と同じ。今の季節はウィステリアが見事だ。大きな藤棚が作られており、そこかしこに幻想的な魔道具の照明が設置されている。

 藤棚の下に設置されているベンチに腰掛けながら、ぼんやりと見上げる。
 すると目の端にふわふわと見慣れた光が映った。そちらに視線をやって、表情筋が動かないけど笑う。


「お散歩?」
『あ、エレンだ』
『エレンひさしぶりー!』
『おめでとうエレン!』
「ありがと」


 精霊たちだ。
 契約をしていない精霊とは普通触れ合うことはできないが、私は特殊仕様なので野良の精霊たちとも会話したり触れ合うことができる。


『フィーネげんき?』
「お母様なら元気だよ。元気すぎて困ってるぐらい」


 お母様が精霊族なんだよね。
 しかも、ヴェラリオン皇国の皇女だった人で、現在のヴェラリオン皇帝の妹君。
 つまり、私の体の中には精霊族の血が流れているので、こういったことができるのだ。
 お母様がヴェラリオン皇族だったというのはあまり知られていない。お母様が若い頃にやらかしたこともあるけど、警備上の問題もあるそうで。


 …まあ、その話は置いといて。
 今日はこの後どうしようか。こっそり帰ろうかな。いつでも帰っていいって言われてるし。
 ため息をつくと、スッとメガネが抜き取られた。見上げれば精霊たちがキャッキャとそれで遊んでいる。


『おもしろーい!こっちから見てもなにもかわらないのに、こっちから見ると色がかわるよ』
『にんげんってへんだよねー。色にこだわるんだもん』
『じゃしんはもういないのにねー』
「こら…ちょっとそれがないと帰れないから返して」


 一応、ここのエリアは開放されているから誰でも来れる。
 この状態で誰かに来られるとまた騒がれそうで、それが嫌だった。

 文句を垂れる精霊たちからメガネを受け取ろうとしたそのとき「君、」と声をかけられて思わず振り返ってしまった。


 照明の明かりでキラキラと輝く金髪に、驚いたように見開かれた新緑の瞳。
 一瞬、あのゲームのパッケージが脳裏に浮かんだ。センターにいた攻略対象者のひとりで、この国の王太子であるレオナルド・プレヴェドだ。
 あのパッケージの絵よりは少し幼いものの、成長すればあのイケメンになるのは明らか。

 ……あー。めんどくさい人に見られた。
 王族なんて、建国神話を信奉してる筆頭じゃん。
 でもこういうとき表情が出ないっての便利でいいな。嫌な顔しても大丈夫ってことじゃん。

 精霊が心配そうにしてメガネを返してくれた。
 メガネで遊ぶのに夢中になって、人が近づいてきたのに気づかなかったらしい。

 メガネをかけて、練習してきたカーテシーをする。


「王太子殿下へエレヴェド神の加護があらんことを」
「…あ、ああ。すまない。頭を上げてくれ。…邪魔をしてしまっただろうか?ひとりで喋っているのを見かけて、どうしたのかと」
「……精霊魔法を少々嗜んでおりますので、精霊と話しておりました」
「そうだったのか」


 許可をもらったので顔を上げる。
 すると、やや頬を赤くした王太子がそこにはいた。どこかに顔を赤くする要素あった?それとも走ってきたのか。


「君の名を教えてくれないか」


 まっすぐ、私を見てそう聞いてきた王太子に内心舌打ちをする。
 私、別に攻略対象者と仲良くしたいわけじゃないんだよ。騎士団の息子キャラうちの兄様隠しキャラ従兄弟殿は別だけど。あれは不可抗力親族だから。
 でも王族からの要望に応えないわけにもいかない。あーーーめんどくさい。


「……イェーレ・ライズバーグと申します」
「イェソンの妹君か!イェソンにはよく世話になっている」
「左様でございますか」


 兄様は側近兼護衛候補として、王太子のそばにいるからね、知ってるよね。
 クソデカため息を吐きたくなるのを我慢して、カーテシーをする。足つりそう。次から男装してっちゃダメかな。男性だと胸に手を添えてお辞儀する感じだから楽そう。


「申し訳ありませんが、もう家に帰る予定でしたので、失礼させていただきたく」
「え、あ、ま、待ってくれライズバーグ嬢!」
「なにか」


 早く帰りたいんですけど。そんな気持ちが声の感じから出ちゃったかもしれない。
 若干怯んだ様子を見せた王太子は、すぐ持ち直すとひとつ深呼吸して、私を真っ直ぐ見つめてきたと思ったら顔を真っ赤にして叫んだ。





「俺、いや、わ、私の婚約者になってくれないか!!」
「え、嫌です」




 ―― このやり取りがシナリオを狂わせることになったのだと知ったのは、レオが卒業する間際のことだ。



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