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悪役令嬢エリザベス
22. 新たな地へ
しおりを挟む数カ月後。
馬車が止まり、ドアが開けられる。
普通、開いた先には御者が脇に控えているのだが、見えたその姿にエリザベスは思わず笑って手を伸ばした。同乗していた学友が息を呑んだのがわかる。
差し出されていたその手と重なり、エリザベスはゆっくりとタラップを踏んで馬車から降り立った。
「迎えは皇都ではなくて?」
「早く会いたかったから来てしまったんだよ」
『エルはせっかち』
『しんぱいしょー!』
周囲の精霊たちの声に苦笑いを浮かべたイェルクに、エリザベスは笑う。
ここはヴェラリオン皇国とプレヴェド王国の国境にある検問所。
ヴェラリオン皇国への入国審査が終わったあと「第一皇子殿下がお待ちかねです」と笑いながら告げてくれた所長の言葉は、皇都で待っているとのことだと思っていたのに、彼はこの検問所の詰め所で待っていたのだ。
エリザベスには精霊の声も姿も見聞きできるが、一緒に来た者たちはそうではない。
精霊いわく、何度も体を重ねた正式な番は精霊魔法に適正はなくとも見えるようになるのだという。
ここヴェラリオンは精霊族が治める国。自然と、精霊の数も多い。
プレヴェドの王都から1ヶ月ほどかけて共にやってきた馬車や荷車から、迎えに来てくれたヴェラリオン側が用意した馬車、荷車へと荷物を載せ替えていく。
これから、2週間ほどかけて皇都へと向かう。
エリザベス以外にも3名、ヴェラリオン皇国にあるシェーゼリス学院に通うことになった者がいる。平民の男女がふたり、子爵の息女がひとり。エリザベス含めいずれも事前試験を突破し、シェーゼリス学院に通うことを許された面々だ。
募集にあたり、資金面で躊躇しやすい平民や下位貴族については奨学金を出すことで応募しやすくしたのだ。提案はヴェラリオン皇后である。
将来的な借金にはなるとはいえ、シェーゼリス学院で学べることはとても多い。市民権も得やすいということもあって、平民階級からの応募は多かった。
逆に、貴族階級からの応募がほとんどなかったのは未だ他国に子どもを行かせるのは…と戸惑う親が多かったからだろう。その辺りは、平民階級の方が度胸があるとも言える。
そんな中、エリザベスと同じ魔術学科2年として在籍していたピネア・ロンド子爵令嬢は自ら応募した稀有な存在だ。
ロンド子爵領自体が貧しく、土地も起伏が激しいせいで農業もしにくい。放牧で収入は得ているものの、子爵家自体も貴族としての体裁をなんとか保っているという状況だと言う。
そんな環境のロンド子爵領をなんとかしたい、と立ち上がったのはピネアだ。
彼女は精霊魔法と相性が良いということが判明したため、本場のヴェラリオン皇国で精霊魔法をきちんと学び、領地に役立てるのが目的で応募したらしい。
そんな面々と、多少の護衛を連れてやってきたヴェラリオン皇国。
ここからは護衛や馬車等はヴェラリオン皇国の騎士団が担当し、送ってきてくれた王国の騎士団たちは、入れ替わりにヴェラリオン皇国からの留学生たちを護衛して王都に帰っていく。
「エレン」
出立前、エリザベスは護衛としてついてくれていたイェーレへと声をかけた。学友を見送りたいと志願し、彼女自身が高位貴族を護衛できる第二種階級の資格を持っていたこともあり、同行を許されていたのだ。
馬に鐙を乗せて準備をしていたイェーレは振り返り、わずかに瞳を細める。後ろでひとつにまとめられた、貴族子女にしては短い髪が風に揺れる。
「エリザベス。お元気で」
「……寂しいわ」
「文通をしましょう。お手紙出しますし、私も遊びに行きます。ヴィクトリアと一緒に」
「そう…そうね。絶対よ」
イェーレは、ヴェラリオンには渡らない。
所属が竜騎士団だということもあるし、何より彼女は王太子妃になるので簡単には動けなくなってしまったという事情もある。
そう。イェーレは(なんと幼い頃からの)レオナルドからの求婚をようやく受け入れて、レオナルドの婚約者となったのだ。まだ在学中ということもあり、結婚はイェーレの卒業後となっている。
王国初、というか全世界で歴史上初の武闘派王妃となるかもしれない。
ヴィクトリアも、次期竜騎士団を担うであろうイェソンと結婚することになったため、国から出ることはあまりないだろう。彼女はイェソン、イェーレの母であるフィーネ同様、辺境領地を管理しなければならない。
彼女とは王都を出立する前に、すでに別れを済ませてきた。
「エル、エリザベス泣かせたら連れ戻すからそのつもりでね」
「そんなことは生涯ない…けど、エレンもレオに泣かされたらこっち来るといい。匿ってあげるよ」
「そうね。エリザベスに匿ってもらうわ」
エリザベスは学院卒業後、そのままイェルクと結婚することになっている。
結婚前の準備で一度プレヴェドには戻るものの、その後はヴェラリオンで暮らすことになるだろう。
イェルクは皇帝になるつもりはないようで、弟皇子に任せるそうだ。「リズが皇后になりたいなら頑張るけど」とは言われたものの、エリザベスは皇后になることが目的ではない。
結婚後、イェルクは臣籍降下し公爵位を賜る予定だという。
「エレン、わたくし、あなたと友達になれて本当に良かったわ」
いつも思う。
イェーレが前世の記憶からエリザベスのことを思い出してくれなかったら。エリザベスがあの中庭で泣くことを、イェルクに伝えていなければ。イェーレがエリザベスの味方でなければ。
きっと、エリザベスはこの場には立っていなかった。
イェーレは目を瞬かせると、照れたように微笑む。
「私も、エリザベスと友達になれて本当に良かった。勇気を出してシナリオとは違う行動を起こしてよかった」
文通もするし、何よりイェーレは竜騎士だ。ドラゴンで飛べば数日で着く。
永遠の別れではないが、いつも一緒にいた友人がいないのは寂しいもの。
出立の笛が響く。
イェーレはすっと姿勢を正すと、敬礼した。ひらりと馬に飛び乗る。
エリザベスはイェルクに肩を抱き寄せられ、王都に戻っていくイェーレたちを見送る。イェーレは、振り返らなかった。
「行こうか」
「はい」
シェーゼリス学院にて、第一皇子の婚約者として過ごすエリザベスと、一緒に来たピネア・ロンド子爵令嬢が騒動に巻き込まれるのはまた別の話のこと。
学院卒業後に臣籍降下したイェルクと結婚し、エリザベスはバッハフェルト公爵夫人としてヴェラリオン皇国ではおしどり夫婦として名を知らない者はいないとされるほど有名になったという。
Fin.
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