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第二章

第3話 友は「クソ喰らえ」と言い切った

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「君は馬鹿だったんだねぇ」
「ぐうの音も出ない正論」

 数日後、ペベルから見舞いに来たいと連絡があったので了承したところ、開口一番にそう言われた。
 いや、まあ、馬鹿だったのは本当だけどさ。

「はい、お見舞いの果物」
「ありがとう。うまそうだな」
「そりゃ、うちの特産品だからね。うまい以外は言わせないよ」

 控えていた侍従に、ペベルからもらった柑橘系とブドウが入った入ったカゴを渡す。
 食事のデザートになるだろうな。ベルント領から生産される果物は高品質で、甘くてうまい。高値で取引されるのも納得といったレベルだ。

「ルイーゼ嬢は?」
「今は勉強の時間だ。もう少ししたら戻って来ると思う」

 あれから、ルルは基本俺の部屋にいるようになった。
 さすがに就寝時と勉学の時間は移動するが、俺と同じように部屋にこもって本を読んだりしている。最近は家庭教師から刺繍を学び始めたようで、ドロテーアのサポートを受けながらチクチクと一生懸命刺繍を刺していた。
 マルクスも休憩時間と称して俺の部屋に日に何度か来て、一緒にお茶してる。
 そんなマルクスも今は執務中で、ここにはいない。

 ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けながら、はぁとペベルはため息を吐いた。

「君が疲れた様子なんて見せてなかったから、私も気づかなかったよ」
「まあ、人前では化粧してたからなぁ。それでごまかせてたんじゃないか?」
「他人事すぎやしないかい?君自身のことだろう?」
「うーん、今回言われるまで自覚がなかったから実際他人事というか…」

 俺の回答に、ペベルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 俺自身、体に異常なんて感じてなかったから普通にしていただけなんだよなぁ…。
 その辺、主治医の爺さんからチクチク言われている。もっと自分のことに気を配れ、体に感じた些細な疑問も気にしろ、と。

「…で?単なるお見舞いってだけじゃないだろ」
「心外な。心底君を心配して来たというのに。まあ、他の用事もあるのは否定しないけどね」

 ちら、と侍従に視線を向けたのが分かったので「その柑橘のやつ食ってみたいから切ってきてくれないか」と侍従に頼んで、彼を退出させる。
 パタンとドアが閉じられ、部屋に誰もいなくなったタイミングでペベルはぎしりと椅子の背もたれに寄りかかった。

「宰相殿から私経由で君に伝えろと連絡があったよ。早く後妻を見繕え、と」
「俺、絶賛療養中なんだが?」
「だからなんだろうねぇ。でも君が過労死寸前までいかずに耐えていたのだとしても、遅かれ早かれ言われていたと思うよ」

 懐から出された手紙を受け取って、サイドボードにあるペーパーナイフで封を切る。
 几帳面な文字は、公爵代理時代に何度も見て覚えた。文章の内容のクセの強さも。


 ―― 貴族は結婚し、子をより多くもうけることを法律で義務付けられている。

 親の魔力保有量が多いと、総じて魔力保有量が多い子が生まれやすいことが分かっているからだ。
 それでも、聖女・聖人と呼べるほどの魔力保有量を持って生まれる子は少ない。
 …俺の両親は、父親が魔力量がそこそこ多い人だった。マルクスも一般的な貴族よりは多いほうだろう。だが俺みたいに、突発的に高い保有量を持つ子どもが生まれることがある。

 カティはどちらかというと一般的な魔力保有量に近かった。多くもなく、少なくもなく。
 結婚前に何度か魔力保有量が多い女性を勧められたことがあったし迫られもしたが、このときにはもう既にカティと添い遂げることを決めていたし、何より俺のサポートをできる、といった点ではカティが群を抜いていた。
 俺も周囲を説得したりはしたが、カティの努力があったからこそ結婚できたのだと思う。


 そして伴侶が死亡し、次なる子が望めなくなったとき。
 後夫・後妻を迎え入れるべし、と法律にきっちりと記載があるんだ。愛する夫・妻を亡くした俺たちに対して慈悲がない。
 ただ一応猶予期間はあって、5年間はやもめ状態で良いことになっている。だがその5年の間に必ず再婚しなくちゃいけない。

 …今の結界石によるモンスターからの襲撃に備えるという体制を維持するためには、魔力持ちの数は少しでも多く維持しなきゃならない。
 庶民は日常生活を送れる程度の魔力保有量しかないのが普通だから。
 神殿側も協力はしてくれるが、結界石に魔力を補充できる神官の数が多いわけでもない。

 もう、カティが亡くなって3年。
 2年以内に後妻を迎え入れなければ強制的に国が選んだ女性と結婚することになる。
 婚約期間のことも考えれば実質、あと1年しかない。

 ……ゲームのヴォルフガングは、どうしたんだろうか。
 後妻がいた、とかそういう描写はどこにもなかったが…。
 公爵家の権力を使ってどうこうしたのか、国と取引したのか。

「…つーか、なんでお前経由なんだよ」
「私と君が仲が良いのは知れ渡ってるからねぇ。それに、弟君にも話しはしてあったようだけど、けんもほろろと言った状態だったらしいよ」
「あいつ一言も…お前は伝えるんだな」
「そりゃ、義務だからね。正直この結婚制度はクソ喰らえだと思ってるけども」

 手紙から視線を上げる。
 肩をすくめたペベルは、腕を組んで口を尖らせた。

「聖人である君の子どもに期待するのは、まあ分かるよ。実際ルイーゼ嬢も多そうだからね。聖女・聖人に及ばずとも高位貴族は皆それ相応に高い魔力を持っているから、我々に期待するのも分かる。政略もあるだろう。…でも、どうしても受け入れられないんだよ、私は」
「それ、俺が聞いてもいいやつか?」
「……うん。そうだね。少し、聞いてくれないか」
「今は暇だからな。いいぞ」

 珍しくしおらしい様子を見せたペベルにそう答えれば、ペベルは苦笑いを浮かべた。

「私はね、家族以外の妙齢の女性が苦手なんだよ。正直言って夜会は欠席したいといつも思ってる。君の傍に常にいたのはまあ、別な理由が主なんだけど、女性避けという打算もあったんだ」
「俺、女性避けになってたのか…」
「……直接的に言わないと分からないようだから言わせてもらうけど、君の顔立ち整ってるからね?男の私から見てもいい男だよ。君は弟君の方が、と言うけど弟君より君の方が見た目麗しい。学院生時代もそうだったけど、君は綺麗すぎて近寄りづらい印象があるんだ」

 え、そうなの?
 自分で鏡を見てもまあ、整ってはいる方ではあるなぁとは思ったことがあるが、覚えてない。マルクスとかの方がイケメンだろどう考えても。
 でもそれを言うと話が拗れそうになりそうだから黙り込む。微妙そうな表情を浮かべる俺にペベルは笑いながら、話を続けた。

「学院生時代にね、ちょっと女性集団からあられもない行為を受けてしまって、それから苦手なんだ」
「え?」
「ちなみに、そこから助けてくれたのが君だよ」
「は?」

 そんな覚え一切ないんだが!?
 女性集団に囲われてあられもない行為って、襲われそうになったってことか?そんなところを俺が助けた??

 混乱する俺にペベルはちらりと周囲を窺うと常に付けていた腕輪を外してサイドテーブルに置く、と同時にドロンと視界を覆うぐらいの煙が広がった。
 なんだ!?と思っているうちに煙が晴れていく。


 ―― 椅子に座っていたのは文字通り狐の顔をした黒狐の獣人だった。

 獣人ってのは、大体が人族と同じ体で構成されている。
 大体が頭頂部付近に獣耳を持ち、尻尾がある種族は尻尾がある。もちろん、人族の耳はない。
 顔つきだって人族と同じだ。

 だが目の前に座ってるのは、大きさはペベルそのまま、二足歩行の動物の狐の顔を持った獣人だった。
 ふわふわの毛並みに「はわ」と思わず呟けば、獣人 ―― ペベルはふふ、といたずらが成功したとばかりに笑う。

「君の驚いた顔が見れて嬉しいよ!」
「獣人だったのか!?」
「そうさ。我が家系は狐の獣人の血を薄く引いていたのだけれども、私だけ先祖返りしてしまったようでね…その影響か、私は動物の狐にもなれるのさ」

 動物の黒い狐。
 女性集団に囲まれていたところを俺が助けた……あ。あのときか。

 俺の表情の変化にペベルは瞳を細めて「思い出したかい?」と笑う。

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