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ユーリ視点

02.読んでいたラノベの世界に異世界転移とか定番すぎやしませんか

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 ディックの試験勉強に付き合いながら、僕も図書館で翻訳の仕事を進める。
 貸出履歴が多い外国語の本を選びとって、翻訳して出版してもらう…というのを繰り返していた日々の中。

 ちょっと、いやかなりの変化があった。

「ごきげんよう、ユーリ」

 うとうとしかけていた意識が急浮上する。
 王立図書館にある中庭には、木陰のちょうどよい位置にベンチがある。昼休憩がてらそこに座ってうたた寝していたら話しかけられた。
 ペン、ペン…どこしまったっけ!?
 わたわたと慌てる僕と少し距離を開けて座った彼女は、にこりと微笑んだ。

「お気になさらず。お昼はもう食べられましたか?」
「……い、いや…たた食べて、ない。です」
「わたくし、ユーリと一緒に食べようと思ってお弁当を持ってきているのです。ぜひ一緒に食べましょう?」

 彼女の傍に立っている侍女さんがスッとお弁当箱を差し出すと、彼女経由で流れるように僕に手渡された。
 彼女を見てもにこにことしているばかり。もうこの流れはここ数週間起きていることだ。
 諦めて、お弁当箱を開く。最初の頃に渡されたものよりはシンプルになり、見慣れたおかずになったそれらにホッとしながら、食べることにした。

「……いただき、ます」

 一口食べただけで、家で食べてるようなものとは違う。なんというか、数段美味い。
 料理する人や食材や調味料のレベルがもう違うんだろうなぁ。これ義父さんや義母さん、ディックにも食べさせたい…。
 彼女も彼女で、隣で弁当を広げて食べている。その傍では、侍女さんと護衛さんが控えていて、異様な光景だ。


 なんでこうなったかって?僕だって知りたい。
 僕を翻訳者トゥイナーガ(こちらの世界の人はトミナガの発音が難しかったようだ)と知った上で声をかけてきたと思ったら、あれよあれよという間に僕に弁当を渡すようになってきたから。
 そして彼女は本来であれば僕なんかが話して良い存在じゃない。
 なぜなら、彼女はこの国の王女、フィーネ第一王女なのだから。

 本当になにがどうしてこうなった。内心ため息を吐きながら、弁当を食べる。美味い。

 ふと王女殿下に視線を向ければ、彼女は食べる手を止めていた。
 ぼんやりと弁当を眺めているその様子はいつもと異なる。僕は先ほど見つけたペンとメモをとった。

『具合でも悪いのですか?』
「…あ、違うの。最近の学園内での出来事がちょっと…ね」
『話すだけ話してみてはいかがでしょうか?僕は関係者ではありませんし』
「…誰にも話さないと、約束してくださる?」
『なんなら誓約書でも書きますか?』

 そこまで伝えれば、王女殿下は可笑しそうに笑ったあと、ぽつぽつと話してくれた。

 王女殿下には同年代の侯爵令息の婚約者がいること。
 その婚約者が最近、ひとりの低位貴族の令嬢に熱を上げていること。その婚約者だけでなく、他にも数名の高位貴族の子息が彼女を囲っていること。

 ……ん?なんか、覚えのある構造だな…?
 婚約者がエリックっていう侯爵令息…つまり、王女殿下が婚約者で、王女殿下の名前はフィーネで、囲われているのが低位貴族の令嬢で……あ。

『差し支えなければ、そのご令嬢の名を教えていただけますか』
「家名は教えられないけど。シャーロット、という方よ」

 低位貴族に該当する準男爵、男爵、子爵なんてこの国にかなりの数がいるから、名前被りも多い。だから王女殿下も名前だけは教えてくれたのだろう。
 でも、それだけで十分だった。


 この世界に来る前に読んでたラノベだ。『泡沫からの華々たち』っていう、よく分からんタイトルの。
 よく利用している電子書籍の販売サイトのランキングで売上一位を取っていて、宣伝文句に「アニメ化決定!」とあったから、普段とは異なるテイストも読んでみるかと思って買ったやつ。

 華々たち、とあるようにこの本は短編集のようなものになっていて、三人の虐げられている低位貴族の令嬢たちが恋愛し、上位貴族、はては王族から助けられて幸せに暮らしました、というストーリーが基本。

 第一部の主人公、シャーロット・デンバー子爵令嬢は幼い頃に両親が事故死し、爵位は父方の叔父に一時的に移った。この国では爵位の継承は実力主義。だから、次期当主はシャーロット、または叔父の息子であるベリエント、または親戚の誰かになる。
 そうは言っても、叔父はせっかく手元に転がり込んだ地位、息子に継がせたいと考えていた。だからシャーロットを家族総出で虐げて、彼女に実力を出させないようにするのだ。

 シャーロットはそんな状況の中で隠れながら必死に勉強し、この国で最難関と言われるセントラル・ヴェリテ学園の入学試験をなんとか受験して、合格した。一度合格が出れば、家の事情がどうであれ必ず入学する義務を負う。
 叔父夫婦は悔しさを滲ませながら、それでも早く退学してくればいいと無一文で彼女を送り出した。
 そこで、シャーロットは様々な出会いを経て、ひとりの愛する男子生徒を見つけるといった流れだ。

 シャーロットに好意を抱く男子生徒は五人。
 グリフェルド・ヴォーガン伯爵令息、ポリウス・レグニア伯爵令息、アレフガルド・ピーコック侯爵令息、エリック・アンダーソン侯爵令息とモーリス・クライツ公爵令息。
 そこから最終的に選ばれるのはエリックなのだが、エリックには婚約者がいた。

 それが目の前の、フィーネ・エインスボルト第一王女。
 世間一般の悪役みたいな立ち位置ではなく、婚約者がいるけれどシャーロットも愛しい、とエリックの想いが揺れる様を目立たせるための当て馬のような存在だ。
  悪役令嬢等ではなく、エリックのために身を引く優しき王女。

 ―― そうか、ここ、ラノベの世界か。
 いや、それでも全く一緒ということはないだろうけど。だって、主人公に好意を抱く描写はあれど王女殿下が話したようにベタベタと囲っている描写はなかったし。

「…ユーリ?」
『少し考え事をしてました。王女殿下はどうなさるおつもりで?』
「そうね…もう少し、様子を見ようかと思っているわ。わたくしは外国語が特に苦手だから…わたくしの婚約者は四ヵ国語以上話せるのが前提なの」

 国民なら知ってる話だ。
 フィーネ王女殿下は次期女王とも言われているが、立太子されていない。その最たる理由が「外国語がほとんど話せない」ということ。政治、経済、帝王学等はあっという間にものにしたというのに、外国語だけは身につかなかったそうだ。
 …面白いのに、言語って。そう思うのは僕だけだ、というのはディックから散々聞かされてるから分かってるので、伝えない。
 最低が四ヵ国語か…あれ。僕が翻訳した言語って、いくつだっけ?

「…ひい、ふう、みい、よう、いつ、む…」
「ユーリ?」
「……あ、十二ヵ国か」

 それに今翻訳してるものも加えると十三になるな。我ながらチートだと思う。
 弁当を食べきった。はあ、美味しかった。

「ご…ちそうさま、でした。あの、これおおお礼…」

 毎回お弁当もらってるのも悪いし、なにかお礼した方がいいかな…と最近ではお菓子をお礼に渡している。
 その場で食べないのは毒見があるからだというのは理解してる。最高級の食材を使ってるわけじゃないし、もしかしたら王宮に戻ったら捨てられてるかもしれないけど…まあ、僕ができる謝礼といえばこれぐらいしかないから。一応、毎回前回のお菓子の感想を言われてるから食べてくれてるとは、思う。

 今日はマドレーヌだ。元の世界にあったあの形を再現するにはなかなか大変だった…と思っていたときだった。
 ガシッと王女殿下に両手を掴まれ、え、なんで!?ちょ、顔近い近い近い!!
 がしゃん、と膝から何かが落ちた。あ、弁当箱。

「そうだわ、ユーリがいるじゃない!」
「ひぇ、えぅあ!?」
「ユーリ、お願いがあるの。今まで翻訳した本の原稿をいくつか持ってきてほしいの。いつ頃までに準備できる?」
「う、ぅ……へ、編集長にははは話して、許可が…もらえれば、……すぐに」
「そうね、わたくしからも話を通しておくわ。明後日の十時にこの図書館の前で待っていて。会って欲しい人がいるのよ」

 会って欲しい人って何!?話の脈絡がなくてわからない!!

 ぱ、と手が離される。
 あんなに王女殿下に近づいたのも、触れたのも初めてだ。とても良い匂いがした。まだドキドキしてる。
 …落としたと思われる弁当箱や手に持っていたラッピングしてあったマドレーヌは、いつの間にか回収されてた。

 王女殿下は「それじゃあまた明後日に」と侍女さんと護衛さんを引き連れて颯爽と去っていった。
 その背を見送って、緊張しっぱなしで上がっていた肩が下りる。

「……編集部、行くかぁ」

 生原稿なんて何に使うんだろう。



 無事に原稿を借りて、迎えた当日。
 所用を済ませたあとに馬車に乗せられ王宮に連れてこられて混乱する僕は何がどうなっているのかわからないまま庭園に連れて行かれて。

 そして、ひとつ前の話の冒頭に戻るのだった。

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