犬友

有馬 優

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最終話 みんなの楽しいチワワ御殿

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 執事の黒井とメイドのアリアを倉庫に閉じ込めたチワワとその飼い主たち。ホッとしたものの、

「実はさ・・・。」

と、二人を倉庫に閉じ込めた黒太郎さんが言った。

「黒井の上着の内側には、びっしりと食事用のナイフが隠されていたよ。チワワも私達も実は命の危険があったんだ。」

みんなはそれを聞いて腰が抜けてしまった。すると横から、

「メイドのアリアのスカートの中には、ガーターベルトにホルダーがあって包丁が隠してあったわ。映画みたいよ。もう殺意バリバリね。」

と、幸子さんが言った。二人には、ただ単にチワワやチワワを愛する人たちが気に入らないのではなく、憎悪にかられたような明確な殺意があったのだ。

「私達、そんな殺されそうなほど憎まれることはしていないわ。チワワを愛している仲間なだけなのに。確かにこのチワワ御殿は豪華だけど、鳴海さんが一生懸命作ったものだし。」

恵理子さんが泣きそうな声で言った。そうだ、この御殿にもチワ友にも悪意なんてない。

「とりあえず、殺意があったということで警察を呼ぼうかと思うのだけど、ここの主がいないのでは困ったわね。」

幸子さんが言った。幸子さんの足元ではチワワのチハナちゃんがきちんと座っている。まるで手を添えるように、チハナちゃんは幸子さんの足に前足をそっと置いている。心なしか微笑んでいるように見える。

「チハナちゃんは幸子さんが大好きなんだね!」

私は思わずチハナちゃんの前にかがんだ。と、いきなりチハナちゃんが吠え始めた。吠えている方向は門の方だ。

「どうしたの?」

門の方へ目を向けると、一台のタクシーが止まって人が降りてくるところだった。

「鳴海さんだ!」

皆がザワザワと喜びの声を上げた。チワワは遠吠えを始めた。

「皆、無事!?無事なの?」

タクシーの運転手がトランクを降ろしているが、それを放って鳴海さんが皆の方へ走ってきた。皆も・・・といっても人間もチワワも、鳴海さんのほうへ走っていくものだから、地響きがして砂埃が舞った。

「鳴海さんこそ、よく無事で!」

皆が涙声の中、鳴海さんと麻耶がしっかりと抱き合った。麻耶は私達がチワバターだった時に、たった一人で鳴海さんに連絡を取ろうと頑張っていたのだ。

「ありがとう、麻耶ちゃん。麻耶ちゃんのメールがなかったら、私は危険な地域へガイドに騙されて連れて行かれて殺されていたかもしれない。命の恩人よ。」

麻耶は恥ずかしそうに笑う代わりに、にっこり笑って拳をキュッと握って見せた。鳴海さんと麻耶を囲んで、皆が集まった。こんなことがあった、あんなことがあったなどとそれぞれが口々に言うものだから、全く収集がつかない。奈良の春海さんがそこへ冷静な声を上げた。

「執事の黒井とメイドのアリアを確保して倉庫に閉じ込めてあります。二人は凶器を持っていて、明らかな殺意があります。みんなの安全のためにも、警察を呼んだほうが良いと思われます。」

鳴海さんはハッとすると、走り寄ってきたシロコやクロコの頭をなでながら、

「そうね、それが一番最初ね。」

と携帯電話を手にした。

警察が来ると、倉庫に閉じ込められている黒井とアリアをパトカーに乗せ、事情を聞くために鳴海さんも同行することになった。鳴海さんが留守の間の話のために、幸子さんも同行した。

「ごめんね、せっかくの休暇に御殿に来てもらったのに。」

鳴海さんは幸子さんに頭を下げた。

「何言ってるの。悪いのはあの執事とメイド。鳴海さんはめいっぱい私たちをもてなしてくれて、感謝しているのよ。この事件、活躍したのは私達チワ友とチワワよ。この御殿のおかげで日本全国に散らばっていたチワ友が集まって、皆で力を合わせて、すごい大冒険しちゃった。」

幸子さんは鳴海さんにそっとウインクした。

「犬友って最高。」



 鳴海さんと幸子さんが警察に行っている間、私達は食事の用意をし始めた。さすがにお腹が空いてきていた。朝一番で作戦を開始してから、全く何も食べていない。

「あー、前はコックさんが居て最高の料理がバンバン出てきていたのにねぇ。自分達で作るとは。」

楠木さんがため息をついた。確かに、今すぐご飯が食べたいほどお腹が空いているのに、夢のような料理の数々を私達やチワワにまで作ってくれたコックさんはいない。執事の黒井が私達がいなくなったと思って帰してしまったのだ。

「落胆したものでもないですよ。」

黒太郎さんがキッチンから叫んだ。私達がキッチンに行ってみると、キッチンの冷凍室や冷蔵室にはぎっしりと食材が詰まっている。冷蔵庫なんてものではなく、それぞれが温度管理された食材の部屋なのだ。

「これだけあれば、大抵のものは出来る!」

黒太郎さんが鼻息荒くして、

「僕はピザ釜を作って、焼きたてのピザを作るよ。肉もたくさんある。バーベキューならすぐに皆食べられるじゃないか!さぁ、野菜もどんどん切って!」

と言うと、皆ワッと湧いた。黒太郎さんがピザ釜を作っている間、私はピザ生地を作った。麻耶はピザソースやバーベキューソース、肉の解凍などをした。野菜もザクザク切っていく。ミーコさんと番長のお姉さんはバーベキューセットの用意。炭も探し出した。

「ねぇ、ごはんも炊かないと!お稲荷さんとかも作ろう!」

「チワワのご飯も作るわ!」

口々に皆が言うと、手分けして作業に取り掛かった。チワバターとして森に潜伏していた時もチームワークで乗り切ったが、今の空腹も皆で乗り切るのだ。

 やがて夕闇が迫ってきた。

「ピザ、焼けたよー!」

黒太郎さんが言うと、春海さんがピザを切り分けた。ピザを焼き続ける黒太郎さんの口に、麻耶がお稲荷さんを押し込む。

「麻耶ちゃん、お肉も食べたいな。」

と黒太郎さんが言うと、麻耶は肉を焼いている私と番長のお姉さんのところへ来て、霜降りのお肉を取り分けていった。

「ちょっと、それすごくいいとこなんだけど。」

と、私が麻耶に言うと、春海さんが肉を焼いている私の口にピザを押し込んだ。私は口をフガフガさせながら笑ってしまった。

 皆が賑やかに食事をしていると、一台のタクシーが御殿の門に止まった。

「鳴海さんと幸子さんだ!」

麻耶が叫んで門へ走った。皆は一斉に手を振った。

「お帰りなさい!」

すっかり夜になってしまい、屋外ライトが照らされた中でのバーベキュー。頭上には月が出ている。チワワはすでにご飯を食べて屋外ドックランで遊んでいる。

「お帰りなさい。ほら、手作りピザだよ。」

黒太郎さんが鳴海さんにピザを渡した。すると、鳴海さんが涙ぐんで、

「ごめん、もっとスタッフは厳選すべきだった。せっかくの皆の休暇をこんな危険な目にあわせて、本当にごめんなさい。明日はコックを呼び返すから、せめてゆっくり・・・」

とそこまで鳴海さんが言ったところで、黒太郎さんがピザを口に突っ込んだ。

「これで充分。コックさんもメイドも要らない。犬友は、力を合わせて何でもできる。一緒にご飯の仕度をして、一緒に食べよう。一緒にお茶の仕度をして、一緒にオヤツをしよう。チワワも一緒にね。」

鳴海さんがウンウンと涙を拭きながら、口をピザでいっぱいにしながら頷いた。



 朝日が森に囲まれたチワワ御殿を照らし始めた。チワワもチワ友も、全員が疲れきって眠っている。眠りに着く前には、それぞれが自分のチワワに向かって言っていた。

「すごく頑張った。たくさん一緒に冒険したね。」

しかし、チワバターとして一緒に森で話をした時のようには、もう話は通じない。寂しいような、これが本来だと思うのか。疲れてスヤスヤ眠るチワワをなでるだけだった。やがて陽も高くなった頃、やっとみんなは起きてきた。

「朝食と昼食の間かな。ブランチだ。」

と、黒太郎さんが言うと、

「じゃあ、私はパンを焼くわ。」

「私はベーコンエッグを焼くよ。」

「私はサラダを。」

「ミルクティーとコーヒーを用意するね。」

と、皆はサクサクと用意にかかった。

「チワワたちもブランチと、それから日向ぼっこかな?」

鳴海さんはチワワたちにご飯を用意すると、ドックランへ放した。昨日までの疲れが残っているチワワは日向ぼっこを決め込んでいる。我が家のガリレオコンビも桃子ちゃんとリリーちゃんと一緒に日向ぼっこだ。

「ねぇ、テーブルを外に出したの。今日はテラス席。」

敦子さんがひよこちゃんを抱っこしながら言った。チワワ達が楽しんでいるのを眺めながら食事をして、皆で昨夜までの冒険の数々を話し合った。

「最初はもうどうしようかと思ったけど、皆で力を合わせれば小さなチワワだってすごいことができるのよね。」

ミーコさんがそう言って、

「そうだ!皆で森へ行かない?」

と立ち上がった。

「えー、また森に行くの?」

楠木さんが悪夢を思い出すように言った。

「悪夢なんかじゃない。私達の勇姿の足跡よ!」

そこで食事の後片付けをすると、皆はなんとなく集まって、フェンスの下の穴までやってきた。

「すごく小さい。でもここをみんなで通ったんだね。雨が降ったりして、色々トラブルあったのに、よくこのフェンスを越えることができたよ。」

ミーコさんが穴をなでるようにしゃがんだ。そこから森へは、もうチワワではないので穴はくぐれないから門を開けて行った。地面にはたくさんのチワワの小さな足跡が残っている。森を歩いていくと、木立の中に黒太郎さんと春海さんと一緒に作った森のテントがあった。

「なんて小さいのだろう。あの時は肉球で完璧なまでに作ったと思ったのに、ただの枝と草の山だわ・・・。」

そばには、チワバターだったミーコさんが水を汲んできた入れ物が転がっている。これ一つ運ぶにも大変だった。葉っぱの上には、木の実などの食料がちょっぴり残っている。皆、胸の辺りがジンジンと熱くなってきた。水を汲んだ場所や食料を求めて走った場所、作戦会議で雷子さんを中心に座っていた場所、全てがとても小さい。

「チワワと一緒に、チワワになって乗り越えたんだね。こんな経験は本当にないよね。」

涙が込み上げてきた。

「ところで、雷子さんの正体って何者?すごいカリスマと指令力だったよね。ねぇ、麻耶、雷子さんに聞いてみてよ。」

私は麻耶を肘でつついた。ずっと聞いてみたいことだった。色々ありすぎて聞く機会を逃してしまったけれど、ぜひ雷子さんの正体が知りたい。何しろ森から御殿に戻るまで、とても普通のチワワとは思えなかった。

「雷子さん、あなたの正体を教えてよ。」

麻耶が雷子さんに言った。すると雷子さんは後ろ足でポリポリと耳をかいて、知らんぷりを決め込んだ。

「普通のチワワですよ。」

雷子さんが答える代わりに、飼い主の関根さんが柔らかい笑顔で言った。あの特殊な状況下が見せた幻だったのだろうか?奇跡だったのだろうか? 普通のチワワの仕草の雷子さんを見ていると、なんだかガッカリしてしまった。すると、雷子さんが振り返って、

「ぱちっ。」

とウィンクしてみせた。いや、ウィンクしたと見えただけかもしれない。

「麻耶、雷子さんは何て言っているの?」

私が麻耶に聞くと、麻耶は困ったように首をかしげて、

「おかしいのよ。雷子さんの声が聞こえないの。シロコやクロコの声も犬の吠える声しか分からない。」

と言う。あれほどリアルにチワワたちとの通訳をしてくれていたのに、全く言葉が分からないというのだ。

「不思議ね。これもチワワ御殿の不思議かもしれないね。なかなか体験できない、映像を繰り返し見るように見返すことすらできない、この時限りの個々の記憶にしか残らないからこそ貴重なのよね。」

私達にとって大冒険になったことは、森の霧のように向こうに霞んでいる。でも、チワワと犬友と一緒に行動してきて、ちょっとずつ自分に自信がついたような気がしていた。私は隣で森のテントを眺めていた鳴海さんに向き直り、

「ありがとう、鳴海さん。ありがとうチワワ御殿を実現してくれて。また誘ってくれる?」

と、鳴海さんの手を取った。

「うん!」



 その後、私達は再びバスに乗って駅へ降り、それぞれの家へと日本全国に散っていった。今生の別れじゃないから、涙で別れは言わない。犬友は笑顔で手を振って分かれた。

そして鳴海さんは、私達が明けたフェンスの穴を今もそのままにしていると聞いた。私はそれからもずっとチワワ御殿の招待状を待っている。
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