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第一部ヴァルキュリャ編  第三章 ロンダーネ

ASMR(自立感覚絶頂反応)

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 どーするっっ?! どーしたらいいっ?!
 ゴンドゥルを呼ぼうっ それしかないっ!!
 俺がそう思いかけた時だ。
 耳元で囁くように重低音が聞こえた。


『策を試す、耳を塞いで100数えてくれ』
 
 
 ビクゥウッッ!!
 
 ビックリして思わず耳を塞いでいた。
 アセウスも同じ反応を見せている。
 ジトレフかっっ! あの遠距離通話の魔法!
 コレ、いきなりはキッッツいっっ!!
 耳のすぐ後ろに誰かの顔があるような感覚、未だになんだか余韻でゾワゾワするッ。
 あの野郎何考えてンだっ、とジトレフを睨むと、ジトレフは長剣を胸の前に立てて掲げ直立していた。
 ふぁ?!
 ヒポグリフは、間合いの外で立ち尽くしたまま動かない。
 こちらに向かっていた二体も、いつの間にか地面に降り、立ち止まっていた。

 な、なな、何が起こってる?
 そういや、策がなんたらって、えと、100数えるんだっけ?
 耳に被せた両手で、改めてしっかり耳を塞ぐと、俺は数を数え始めた。
 ジトレフも、ヒポグリフも、アセウスにも、動きはない。
 時が止まったかのように静止した世界で、木々の葉だけが静かに揺れていた。

 48、49、50、51……あっ。
 ヒポグリフが足をたたみ地面に腹這いになった。
 頭をうずめ静かに目をつむっている。
 向こうの二体も、地面にうずくまったり、横たわったりしているようだ。
 これは、まさか。
 俺とアセウスはジトレフの方へ駆け寄ろうとした。
 すると、塞いでいるはずの耳元でまた低いイケボが響いた。


『上手くいったが眠りが浅いと困る。耳は塞いだまま撤退してくれ』


 ぞわわわっっ
 いや、これ、まぢ気持ち悪いっっ
 思わず一瞬手をはずしちまった。
 ジトレフは? て聞きたかったけれど、自分の声がこんな風に相手に聞こえるかと思うと気色悪すぎて言えなかった。
 アセウスも同じなのか、何か言いたげな顔のまま、さっきまで居た林の方へと進む向きを変えた。
 ジトレフは剣を掲げたまま、ヒポグリフへの警戒は保ちつつ、俺たちに続くように後退し始める。

 岩陰へと入ってやっと、ジトレフは掲げていた剣をさやにおさめた。
 俺とアセウスはそれを見て、誰に言われるでもなく耳を塞ぐ手をはずしていた。
 言葉はない。木々の葉擦れだけが聞こえている。
 俺達は共に荷物袋を回収して、一気に崖上へと急いだ。
 崖上から、カエデの場所へ戻り、そこから眠っているヒポグリフを確認する。
 その後、始めの滝の場所まで戻ったところで、アセウスが足を止めた。

 
「ハァ、ハァ、もう、ここまで来れば、ハァ、大丈夫だよな?! 何したんだ、ジトレフ。すげーけど、ハァ、ハァ、説明してくれよ」

 
 正直、ここまでの全速力で、俺とアセウスの息は完全に切れていた。


「休憩、ハァ、やり直すか。ハァ、ハァ。ここはヒポグリフに、来られてるけど、ハァ、さすがに少し休まないと、ハァ、ハァ、俺無理」


 今度は獣皮を引く余裕もなく、俺は草が絨毯になりそうなところに仰向けに寝転んだ。
 

「どーだろ。ハァ、ハァ、俺は、もう少し進んでからって言うなら、ハァ、頑張るけど」

「……息が整うまで休もう。水も補充しておきたい」


 ジトレフの返事を待って、アセウスは獣皮を広げて敷いた。
 二人はそこに腰掛けて、水筒の水をあおっている。
 ゴクッゴクッとのどの鳴る音が聞こえて、俺もめっちゃのどが渇いていたが、水筒が空なことを思い出した。
 ハァ、ハァ、っっくっそ~っっ
 後で、湧き水浴びる程飲んでやるっ。
 俺が雨上がりのミミズみたいに渇きという現状を受け入れていると、


「水を汲んでくる。水筒を預かろう」


 ジトレフが立ち上がった。
 アセウスも続いて立ち上がる。


「俺も行くよ」

「皆して同じことをする必要はない、休める時は休んだ方が良い」

「……。サンキュ、ジトレフ」


 アセウスが水筒を手渡し座り直すのを見て、俺も身体をひねって荷物袋から水筒を取り出した。
 差し出されたジトレフの手に手渡す。


「ハァ、ハァ、悪ぃ、ハァ、サンキュ」

「ついでだ」


 それから、ジトレフが汲んできてくれた清水を飲んで、俺はのどの渇きを潤した。
 はぁ……なんでだろ。水を飲んだだけで、息のしんどさもぐっと楽になる。


「で、何をしたんだって?」


 目を軽く閉じて呼吸を整えていると、立てた膝に腕をかけてアセウスが聞いた。
 俺にじゃあない、ジトレフにだ。
 でも、俺は答えていた。


「音だろ?」
 

 ジトレフは少し驚いたような顔をしてから頷いた。
 

「あぁ、人間の耳には聞こえないが、動物には聞こえるらしい音を作って流した」


 ピンポン、正解だ当たってた



 

  
 
 
 
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