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第一部ヴァルキュリャ編 第三章 ロンダーネ
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コングスベルからローセンダールへ帰還した日の翌日は、空気の乾いた、とても良い天気だった。
「次の目的地ロンダーネまでは、魔山もある荒廃した地域なんだろ?」
「タクミさんやホフディの話だと、そんな感じだねー。ヤクモみたいな現地案内人もいないし、装備や食料は十分に用意して行こう」
「そうだよなぁー。オーネ家がカール一家みたいに頼りがいのある一族なら良いけど。ヨルダール家みたいなクソだったら、行き帰りの間全部手荷物で賄わなきゃなんねぇもんな」
居間のローテーブルを囲んで、俺とアセウスは共にストレッチに勤しんでいた。
アセウスが「カール一家ってっ、勝手に名前付けてんなよっ」と吹き出して笑う。
ソルベルグ一家って言いにくいんだもん。
意図せず笑わせたのが、ちょっと嬉しい。
「準備を万全にしていって間違いはないが、そんなに気負う必要はないぜー」
仕事に一区切りついたのか、転移の部屋からタクミさんが戻って来た。
壁際の棚の前で手を伸ばしている。
置いてあった黒い石板と細い棒を手に取ると、テーブルに加わった。
「いいか?」
タクミさんのその一言が合図みたいなもんだった。
俺もアセウスもストレッチを止め、テーブルへと向き直る。
「ここがローセンダールだとして、ロンダーネはここ」
ガリガリッと先の尖った細い棒で石板をひっかくと、黒い表面に白い跡が残った。
おおっ! 紙の代わりか。
「魔物の棲家があるといわれる《悪魔の谷》がここで、魔物の総本山、《喰らうものの家》がここ」
黒い石板の左下に小さい丸、右上に大きな円、そしてその二つを結ぶ直線を挟んで二つのバツ印が上下に書かれた。
小さい丸がローセンダール、円がロンダーネ、下のバツが悪魔の谷だ。
そして、上のバツが喰らうものの家、俗に言う「魔山」だ。
「それで、今回使う魔法陣はここにある」
タクミさんがグリグリッと二重丸を書いた場所は、大きな円の内側、下半分の部分だった。
「確かにロンダーネの周りは物騒な場所が多い。普通に行ったら危険極まりない旅路になるだろう。正直魔山の周りには俺は近づいて欲しくないね。でも、魔法陣がロンダーネの町の中にあるから、俺の転移魔法で町の中を訪ねる分には関係ないんだ」
「タクミさんさまさまだ」
満面の笑みで答えるアセウス。
タクミさんは満足そうに微笑んで、細い棒を手放した。
黒い石板の横に、コロコロと棒が転がった。
「町の中なら、どんな町でも宿屋や食堂、店があるだろう。本来なら何も心配は要らない、手ぶらで行っても良いくらいなんだが……。ロンダーネは町全体が山にあるんだ」
「「山?」」
「山の頂が町になってるって言ったらいいかな」
「それって、珍しい、よね?」
「普通に不便だからなー。しかも、町の中心部は、大きな木の生い茂った森の中らしい。だから、町の中とはいえ、何が起こるか分からない。他の町と同じには考えない方がいいな」
「林の中なら獣だって……いるよな、普通に」
「場所的に魔物もいるかもしれない。実際、特別な用のある人間以外、ロンダーネへの転移を依頼してきた奴は居ないよ。……だからといっては安直かもしれないが、町の人も余所者には冷たいかもしれない」
今回はヤクモみたいに案内してくれる人はいないし、オーネ家の屋敷を探すところから始まる。
いや、それ以前に安全な宿を探すところからか。
タクミさんの客達は大概がリピーターで、現地に知り合いとか拠点があるらしい。
宿の情報は貰えなかった。
客達の人脈に期待するには期間が短過ぎた、とタクミさんは詫びた。
こういう手探りの旅は初めてではないけど、久し振りだ。
やっぱり、ちょっと気が引き締まる。
「そーゆー意味で他の町に滞在するのとは違う。でも警戒さえ忘れなければ、旅慣れた《冷たい青布》の二人なら問題ないさ。タイミング良く有能な《冷たい青布》がもう一人加わったしな!」
良く分かった。
タクミさんがジトレフの側についた訳が。
そーは言ってるが、心配だったんだろ?
タクミさんの「天使ちゃん」に何か万一のことが起こるのが。
魔物に狙われた話はしたしな。
オッダと同じことがロンダーネで起こったら。
魔物の総本山のすぐ近くで起こったら。
「……正直心強いわ」
俺じゃあ足りねぇもん。
「エルドフィンはジトレフのこと買ってるもんなー。戦ってるとこ見たことないのに、わかる奴にはわかるってやつですかね! 強いって言われてるのは分かってても、俺はいまいち分かんねー」
「そーなんだ?」
見てんだよ。俺は。
しかもメタクソ助けられてるんだよ、危ねぇとこを。
言ってやりたいが、言えない。
知りたくて仕方がないって訴えてる、タクミさんの目が気まずい。
「お前だって見たことくらいあるだろ? ホフディんとこの中庭で」
「え、あんなの一瞬じゃ……」
「違うことに気を取られて見てなかったんだよ、お前が。あれで十分分かるわ」
「……そ……かな。……そーかも」
アセウスをやっと黙らせて、俺のイライラは少し軽くなった。
タクミさんはまだ「え? なんのこと? 知りたい教えて」って目で見てくる。
やれやれだょ。
「あいつはヤベーです。味方だったらほんとに、最強ですよ。絶対敵には回したくない奴です」
「……そーなんだ。で、そのジトレフは?」
あっさり相槌を打つと、タクミさんは探すように周囲を見回した。
その視線を余所に、俺とアセウスは、示し合わせたようにお互いの顔を見合わせていた。
「次の目的地ロンダーネまでは、魔山もある荒廃した地域なんだろ?」
「タクミさんやホフディの話だと、そんな感じだねー。ヤクモみたいな現地案内人もいないし、装備や食料は十分に用意して行こう」
「そうだよなぁー。オーネ家がカール一家みたいに頼りがいのある一族なら良いけど。ヨルダール家みたいなクソだったら、行き帰りの間全部手荷物で賄わなきゃなんねぇもんな」
居間のローテーブルを囲んで、俺とアセウスは共にストレッチに勤しんでいた。
アセウスが「カール一家ってっ、勝手に名前付けてんなよっ」と吹き出して笑う。
ソルベルグ一家って言いにくいんだもん。
意図せず笑わせたのが、ちょっと嬉しい。
「準備を万全にしていって間違いはないが、そんなに気負う必要はないぜー」
仕事に一区切りついたのか、転移の部屋からタクミさんが戻って来た。
壁際の棚の前で手を伸ばしている。
置いてあった黒い石板と細い棒を手に取ると、テーブルに加わった。
「いいか?」
タクミさんのその一言が合図みたいなもんだった。
俺もアセウスもストレッチを止め、テーブルへと向き直る。
「ここがローセンダールだとして、ロンダーネはここ」
ガリガリッと先の尖った細い棒で石板をひっかくと、黒い表面に白い跡が残った。
おおっ! 紙の代わりか。
「魔物の棲家があるといわれる《悪魔の谷》がここで、魔物の総本山、《喰らうものの家》がここ」
黒い石板の左下に小さい丸、右上に大きな円、そしてその二つを結ぶ直線を挟んで二つのバツ印が上下に書かれた。
小さい丸がローセンダール、円がロンダーネ、下のバツが悪魔の谷だ。
そして、上のバツが喰らうものの家、俗に言う「魔山」だ。
「それで、今回使う魔法陣はここにある」
タクミさんがグリグリッと二重丸を書いた場所は、大きな円の内側、下半分の部分だった。
「確かにロンダーネの周りは物騒な場所が多い。普通に行ったら危険極まりない旅路になるだろう。正直魔山の周りには俺は近づいて欲しくないね。でも、魔法陣がロンダーネの町の中にあるから、俺の転移魔法で町の中を訪ねる分には関係ないんだ」
「タクミさんさまさまだ」
満面の笑みで答えるアセウス。
タクミさんは満足そうに微笑んで、細い棒を手放した。
黒い石板の横に、コロコロと棒が転がった。
「町の中なら、どんな町でも宿屋や食堂、店があるだろう。本来なら何も心配は要らない、手ぶらで行っても良いくらいなんだが……。ロンダーネは町全体が山にあるんだ」
「「山?」」
「山の頂が町になってるって言ったらいいかな」
「それって、珍しい、よね?」
「普通に不便だからなー。しかも、町の中心部は、大きな木の生い茂った森の中らしい。だから、町の中とはいえ、何が起こるか分からない。他の町と同じには考えない方がいいな」
「林の中なら獣だって……いるよな、普通に」
「場所的に魔物もいるかもしれない。実際、特別な用のある人間以外、ロンダーネへの転移を依頼してきた奴は居ないよ。……だからといっては安直かもしれないが、町の人も余所者には冷たいかもしれない」
今回はヤクモみたいに案内してくれる人はいないし、オーネ家の屋敷を探すところから始まる。
いや、それ以前に安全な宿を探すところからか。
タクミさんの客達は大概がリピーターで、現地に知り合いとか拠点があるらしい。
宿の情報は貰えなかった。
客達の人脈に期待するには期間が短過ぎた、とタクミさんは詫びた。
こういう手探りの旅は初めてではないけど、久し振りだ。
やっぱり、ちょっと気が引き締まる。
「そーゆー意味で他の町に滞在するのとは違う。でも警戒さえ忘れなければ、旅慣れた《冷たい青布》の二人なら問題ないさ。タイミング良く有能な《冷たい青布》がもう一人加わったしな!」
良く分かった。
タクミさんがジトレフの側についた訳が。
そーは言ってるが、心配だったんだろ?
タクミさんの「天使ちゃん」に何か万一のことが起こるのが。
魔物に狙われた話はしたしな。
オッダと同じことがロンダーネで起こったら。
魔物の総本山のすぐ近くで起こったら。
「……正直心強いわ」
俺じゃあ足りねぇもん。
「エルドフィンはジトレフのこと買ってるもんなー。戦ってるとこ見たことないのに、わかる奴にはわかるってやつですかね! 強いって言われてるのは分かってても、俺はいまいち分かんねー」
「そーなんだ?」
見てんだよ。俺は。
しかもメタクソ助けられてるんだよ、危ねぇとこを。
言ってやりたいが、言えない。
知りたくて仕方がないって訴えてる、タクミさんの目が気まずい。
「お前だって見たことくらいあるだろ? ホフディんとこの中庭で」
「え、あんなの一瞬じゃ……」
「違うことに気を取られて見てなかったんだよ、お前が。あれで十分分かるわ」
「……そ……かな。……そーかも」
アセウスをやっと黙らせて、俺のイライラは少し軽くなった。
タクミさんはまだ「え? なんのこと? 知りたい教えて」って目で見てくる。
やれやれだょ。
「あいつはヤベーです。味方だったらほんとに、最強ですよ。絶対敵には回したくない奴です」
「……そーなんだ。で、そのジトレフは?」
あっさり相槌を打つと、タクミさんは探すように周囲を見回した。
その視線を余所に、俺とアセウスは、示し合わせたようにお互いの顔を見合わせていた。
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