101 / 122
第一部ヴァルキュリャ編 第三章 ロンダーネ
足りないもの
しおりを挟む
コングスベルからローセンダールへ帰還した日の翌日は、空気の乾いた、とても良い天気だった。
「次の目的地ロンダーネまでは、魔山もある荒廃した地域なんだろ?」
「タクミさんやホフディの話だと、そんな感じだねー。ヤクモみたいな現地案内人もいないし、装備や食料は十分に用意して行こう」
「そうだよなぁー。オーネ家がカール一家みたいに頼りがいのある一族なら良いけど。ヨルダール家みたいなクソだったら、行き帰りの間全部手荷物で賄わなきゃなんねぇもんな」
居間のローテーブルを囲んで、俺とアセウスは共にストレッチに勤しんでいた。
アセウスが「カール一家ってっ、勝手に名前付けてんなよっ」と吹き出して笑う。
ソルベルグ一家って言いにくいんだもん。
意図せず笑わせたのが、ちょっと嬉しい。
「準備を万全にしていって間違いはないが、そんなに気負う必要はないぜー」
仕事に一区切りついたのか、転移の部屋からタクミさんが戻って来た。
壁際の棚の前で手を伸ばしている。
置いてあった黒い石板と細い棒を手に取ると、テーブルに加わった。
「いいか?」
タクミさんのその一言が合図みたいなもんだった。
俺もアセウスもストレッチを止め、テーブルへと向き直る。
「ここがローセンダールだとして、ロンダーネはここ」
ガリガリッと先の尖った細い棒で石板をひっかくと、黒い表面に白い跡が残った。
おおっ! 紙の代わりか。
「魔物の棲家があるといわれる《悪魔の谷》がここで、魔物の総本山、《喰らうものの家》がここ」
黒い石板の左下に小さい丸、右上に大きな円、そしてその二つを結ぶ直線を挟んで二つのバツ印が上下に書かれた。
小さい丸がローセンダール、円がロンダーネ、下のバツが悪魔の谷だ。
そして、上のバツが喰らうものの家、俗に言う「魔山」だ。
「それで、今回使う魔法陣はここにある」
タクミさんがグリグリッと二重丸を書いた場所は、大きな円の内側、下半分の部分だった。
「確かにロンダーネの周りは物騒な場所が多い。普通に行ったら危険極まりない旅路になるだろう。正直魔山の周りには俺は近づいて欲しくないね。でも、魔法陣がロンダーネの町の中にあるから、俺の転移魔法で町の中を訪ねる分には関係ないんだ」
「タクミさんさまさまだ」
満面の笑みで答えるアセウス。
タクミさんは満足そうに微笑んで、細い棒を手放した。
黒い石板の横に、コロコロと棒が転がった。
「町の中なら、どんな町でも宿屋や食堂、店があるだろう。本来なら何も心配は要らない、手ぶらで行っても良いくらいなんだが……。ロンダーネは町全体が山にあるんだ」
「「山?」」
「山の頂が町になってるって言ったらいいかな」
「それって、珍しい、よね?」
「普通に不便だからなー。しかも、町の中心部は、大きな木の生い茂った森の中らしい。だから、町の中とはいえ、何が起こるか分からない。他の町と同じには考えない方がいいな」
「林の中なら獣だって……いるよな、普通に」
「場所的に魔物もいるかもしれない。実際、特別な用のある人間以外、ロンダーネへの転移を依頼してきた奴は居ないよ。……だからといっては安直かもしれないが、町の人も余所者には冷たいかもしれない」
今回はヤクモみたいに案内してくれる人はいないし、オーネ家の屋敷を探すところから始まる。
いや、それ以前に安全な宿を探すところからか。
タクミさんの客達は大概がリピーターで、現地に知り合いとか拠点があるらしい。
宿の情報は貰えなかった。
客達の人脈に期待するには期間が短過ぎた、とタクミさんは詫びた。
こういう手探りの旅は初めてではないけど、久し振りだ。
やっぱり、ちょっと気が引き締まる。
「そーゆー意味で他の町に滞在するのとは違う。でも警戒さえ忘れなければ、旅慣れた《冷たい青布》の二人なら問題ないさ。タイミング良く有能な《冷たい青布》がもう一人加わったしな!」
良く分かった。
タクミさんがジトレフの側についた訳が。
そーは言ってるが、心配だったんだろ?
タクミさんの「天使ちゃん」に何か万一のことが起こるのが。
魔物に狙われた話はしたしな。
オッダと同じことがロンダーネで起こったら。
魔物の総本山のすぐ近くで起こったら。
「……正直心強いわ」
俺じゃあ足りねぇもん。
「エルドフィンはジトレフのこと買ってるもんなー。戦ってるとこ見たことないのに、わかる奴にはわかるってやつですかね! 強いって言われてるのは分かってても、俺はいまいち分かんねー」
「そーなんだ?」
見てんだよ。俺は。
しかもメタクソ助けられてるんだよ、危ねぇとこを。
言ってやりたいが、言えない。
知りたくて仕方がないって訴えてる、タクミさんの目が気まずい。
「お前だって見たことくらいあるだろ? ホフディんとこの中庭で」
「え、あんなの一瞬じゃ……」
「違うことに気を取られて見てなかったんだよ、お前が。あれで十分分かるわ」
「……そ……かな。……そーかも」
アセウスをやっと黙らせて、俺のイライラは少し軽くなった。
タクミさんはまだ「え? なんのこと? 知りたい教えて」って目で見てくる。
やれやれだょ。
「あいつはヤベーです。味方だったらほんとに、最強ですよ。絶対敵には回したくない奴です」
「……そーなんだ。で、そのジトレフは?」
あっさり相槌を打つと、タクミさんは探すように周囲を見回した。
その視線を余所に、俺とアセウスは、示し合わせたようにお互いの顔を見合わせていた。
「次の目的地ロンダーネまでは、魔山もある荒廃した地域なんだろ?」
「タクミさんやホフディの話だと、そんな感じだねー。ヤクモみたいな現地案内人もいないし、装備や食料は十分に用意して行こう」
「そうだよなぁー。オーネ家がカール一家みたいに頼りがいのある一族なら良いけど。ヨルダール家みたいなクソだったら、行き帰りの間全部手荷物で賄わなきゃなんねぇもんな」
居間のローテーブルを囲んで、俺とアセウスは共にストレッチに勤しんでいた。
アセウスが「カール一家ってっ、勝手に名前付けてんなよっ」と吹き出して笑う。
ソルベルグ一家って言いにくいんだもん。
意図せず笑わせたのが、ちょっと嬉しい。
「準備を万全にしていって間違いはないが、そんなに気負う必要はないぜー」
仕事に一区切りついたのか、転移の部屋からタクミさんが戻って来た。
壁際の棚の前で手を伸ばしている。
置いてあった黒い石板と細い棒を手に取ると、テーブルに加わった。
「いいか?」
タクミさんのその一言が合図みたいなもんだった。
俺もアセウスもストレッチを止め、テーブルへと向き直る。
「ここがローセンダールだとして、ロンダーネはここ」
ガリガリッと先の尖った細い棒で石板をひっかくと、黒い表面に白い跡が残った。
おおっ! 紙の代わりか。
「魔物の棲家があるといわれる《悪魔の谷》がここで、魔物の総本山、《喰らうものの家》がここ」
黒い石板の左下に小さい丸、右上に大きな円、そしてその二つを結ぶ直線を挟んで二つのバツ印が上下に書かれた。
小さい丸がローセンダール、円がロンダーネ、下のバツが悪魔の谷だ。
そして、上のバツが喰らうものの家、俗に言う「魔山」だ。
「それで、今回使う魔法陣はここにある」
タクミさんがグリグリッと二重丸を書いた場所は、大きな円の内側、下半分の部分だった。
「確かにロンダーネの周りは物騒な場所が多い。普通に行ったら危険極まりない旅路になるだろう。正直魔山の周りには俺は近づいて欲しくないね。でも、魔法陣がロンダーネの町の中にあるから、俺の転移魔法で町の中を訪ねる分には関係ないんだ」
「タクミさんさまさまだ」
満面の笑みで答えるアセウス。
タクミさんは満足そうに微笑んで、細い棒を手放した。
黒い石板の横に、コロコロと棒が転がった。
「町の中なら、どんな町でも宿屋や食堂、店があるだろう。本来なら何も心配は要らない、手ぶらで行っても良いくらいなんだが……。ロンダーネは町全体が山にあるんだ」
「「山?」」
「山の頂が町になってるって言ったらいいかな」
「それって、珍しい、よね?」
「普通に不便だからなー。しかも、町の中心部は、大きな木の生い茂った森の中らしい。だから、町の中とはいえ、何が起こるか分からない。他の町と同じには考えない方がいいな」
「林の中なら獣だって……いるよな、普通に」
「場所的に魔物もいるかもしれない。実際、特別な用のある人間以外、ロンダーネへの転移を依頼してきた奴は居ないよ。……だからといっては安直かもしれないが、町の人も余所者には冷たいかもしれない」
今回はヤクモみたいに案内してくれる人はいないし、オーネ家の屋敷を探すところから始まる。
いや、それ以前に安全な宿を探すところからか。
タクミさんの客達は大概がリピーターで、現地に知り合いとか拠点があるらしい。
宿の情報は貰えなかった。
客達の人脈に期待するには期間が短過ぎた、とタクミさんは詫びた。
こういう手探りの旅は初めてではないけど、久し振りだ。
やっぱり、ちょっと気が引き締まる。
「そーゆー意味で他の町に滞在するのとは違う。でも警戒さえ忘れなければ、旅慣れた《冷たい青布》の二人なら問題ないさ。タイミング良く有能な《冷たい青布》がもう一人加わったしな!」
良く分かった。
タクミさんがジトレフの側についた訳が。
そーは言ってるが、心配だったんだろ?
タクミさんの「天使ちゃん」に何か万一のことが起こるのが。
魔物に狙われた話はしたしな。
オッダと同じことがロンダーネで起こったら。
魔物の総本山のすぐ近くで起こったら。
「……正直心強いわ」
俺じゃあ足りねぇもん。
「エルドフィンはジトレフのこと買ってるもんなー。戦ってるとこ見たことないのに、わかる奴にはわかるってやつですかね! 強いって言われてるのは分かってても、俺はいまいち分かんねー」
「そーなんだ?」
見てんだよ。俺は。
しかもメタクソ助けられてるんだよ、危ねぇとこを。
言ってやりたいが、言えない。
知りたくて仕方がないって訴えてる、タクミさんの目が気まずい。
「お前だって見たことくらいあるだろ? ホフディんとこの中庭で」
「え、あんなの一瞬じゃ……」
「違うことに気を取られて見てなかったんだよ、お前が。あれで十分分かるわ」
「……そ……かな。……そーかも」
アセウスをやっと黙らせて、俺のイライラは少し軽くなった。
タクミさんはまだ「え? なんのこと? 知りたい教えて」って目で見てくる。
やれやれだょ。
「あいつはヤベーです。味方だったらほんとに、最強ですよ。絶対敵には回したくない奴です」
「……そーなんだ。で、そのジトレフは?」
あっさり相槌を打つと、タクミさんは探すように周囲を見回した。
その視線を余所に、俺とアセウスは、示し合わせたようにお互いの顔を見合わせていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
分析能力で旅をする ~転生した理由を探すためにレインは世界を回る
しき
ファンタジー
ある日、目を覚ましたレインは、別世界へ転生していた。
そこで出会った魔女:シェーラの元でこの世界のことを知る。
しかし、この世界へ転生した理由はレイン自身もシェーラもわからず、何故この世界に来てしまったのか、その理由を探す旅に出る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる