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第一部ヴァルキュリャ編  第三章 ロンダーネ

「弟」

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 タクミ邸は見た目以上に結構な豪邸だ。
 ちゃんとダイニングルームもあって、先日外で食べた時のような大きなテーブルと俺達が入っても、まだ余裕がある広さだった。
 こんなパトロン手放せねぇよな。
 
 
「一応、コングスベルから無事帰還したお祝いなー」


 豪華な御馳走が並んだテーブルに、タクミさんは飲み物や皿を用意している。

 
「うっわぁーーっっこれまた結構な晩餐じゃねー?! なぁ、エルドフィン」

「……こないだの料理人コック?」

「あぁ! また頼んだ。今回はお互いを紹介したくてね。一緒に食べるよう誘ったんだが、次の仕事が入ってて無理だとさ。あんまり愛想は良い奴じゃないんだよなぁー。でも、年は近そうだし、知り合っておいた方がこれからなにかと良いんじゃないかと思ってさぁー」

「俺達と年が近いの? すげー腕だから、年配の渋い料理人コックを想像してた」


 わかるぜ、高倉健とか小林稔侍みたいな男だろ。
 包丁の扱いが上手くてさ、それもそのはず元ヤクザなんだよな。
 って冗談だけどさ! 何だよこの設定、ウケ狙いかよ。
 人間の身体を斬った張ったしてた極道が、食材を切った張ったして他人ひとを喜ばす料理を作るってさ。
 どんな世の中なんだよ、昭和ってゆーのは。
 アマプラでうっかり見た時、なんのSFかとビビったぜ!
 現実の料理人っつーのはさ、あれだよ。
 自分の感覚基準で難しい顔してうんちく述べてるおじさん。
 鎧◯さんとかさ、……。………。
 は、速水もこ◯ちとかさ、志麻◯んとかさ……。
 え? それ違うだろって?
 お前料理人ってジョ◯チューンくらいでしか見たことないだろって?
 そ、そんなことねぇよっっ!


「誘った感じはそう悪い反応じゃあなかったから、近いうちに紹介するよ」

「会うのが楽しみだなーっ! ありがとうタクミさん!!」

「ふふっ、喜んでー」


 わかるわ、こんなパトロン手放せねぇもんな。
 俺には見えるぜ、俺達に愛想のない若造料理人の面倒臭そうな顔が。
 顔を合わせずに、美味しい料理をどうぞ&ありがとうしてるのが、お互いに華だ。
 それがわからねぇかねぇー。


「タクミ殿、いつもこのような素晴らしい饗膳をかたじけない」

「ジトレフにも喜んで貰えて嬉しいよー。さぁさぁ、早い者勝ちだ! 食べた食べたぁっ」


 おいっ! 待てっ!
 人が黙っていればこいつら、どんどん話進めやがって! 
 こないだの料理人コック? とは口を挟んだけどさ、それは名指しで振られたから仕方なく答えただけであってだなっ!
 それだけっておとなしいじゃんっ!
 あれ、エルドフィン喋んないなぁー、昼間のまだ凹んでんのかなって、気を遣わんのか!!
 ジトレフ、お前にはそういう期待はしとらん! 微塵も毛頭しとらんっっ!
 なにせ、アセウス得意の弄り傷が出来た直後に、とどめを刺して傷口をえぐり出すような奴だからなぁあっ。
 だが食い気くらいは遠慮しろ! するだろ普通はさぁっ!!

 え!? 待って待ってっ、まぢで俺放置で皆食べ始めるの?!
 がたいの良い男が四人もいて、早い者勝ちはいかんだろっっ!
 ヘソ曲げてたらご飯なくなったなんて、大昔のテンプレ悲劇だろっ。
 そんなんされたら俺立ち直れないぜっ?! え? 皆も立ち直れないよな?
 俺はぜってぇー立ち直れないっっっ!
 ダメだっっ、とりあえず食うっっ! あ゛ーっっ! その皿のやつ、俺の分もちゃんと残せーーーっっ!


 *
 *
 *

 大方を四人でたいらげ、談笑がメインのまったりタイムになった。
 アセウスがヤクモの話をしている。
 差し支えのない程度にコングスベルでの出来事をタクミさんに報告しているようだ。
 ……こんなパトロン手放せねぇよな。
 俺の脳裏に、ヨルダール邸の軟禁部屋で見たアセウスの表情が浮かんでいた。
 今の俺じゃあ足りないんだ。
 タクミさんが居てくれて、俺も、アセウスあいつも助かってる。
 
 最近しんみりしがちな俺。
 これがあれか、守りてぇもんができると、人間変わるってやつか。
 ちょっとは俺も、カッコ良くなれてるんかな。
 容姿はイケメンみたいだしな。
 フッと一人の世界から舞い戻って周囲に注意を戻すと、俺をじっと見つめる顔があった。
 
 
「ぅ゛わぉおああっっっ」

「わぁっ!」

「なんだなんだ?!」


 俺の叫び声につられて、アセウスとタクミさんが驚きの声を上げる。
 当の本人は相変わらずの無表情でこっちを見ている。
 いや、お前が驚けよっっ。


「なんだよお前っっ人のことジロジロ見やがって!! ビックリするって言っただろっっ用があるなら声かけろよっ」


 ねぇ! 何回やれば良い訳? このやりとり!
 俺、タイムリープの世界ぜってぇー無理だわっっ。
 三回も繰り返したらもうお腹いっぱいなんだけどっ。
 え? 初めてだって? 嘘っ。今まで言わずに飲み込んでたって?
 いや、言えよ俺。言わなきゃ繰り返されるに決まってんだろ!
 ジトレフだぞっっ!
 ドンマイだ俺。
 今言ったからな。
 これで負のループから脱出だ。
 

「いや、特に用はない」

「ないんかいっっ!!」

「エルドフィン殿は見られるのが苦手なのだな。すまない、以後気を付ける」


 ぐはっっ!! ド直球っっ!
 見られるのが苦手ってっ。(陰キャ宣言じゃねぇか)
 そんなんじゃねぇーよっ。
 いや、そーなんだけどさっっ。
 あ゛ぁーーっっ、もぉ゛ーーっっ


「じゃれあっちゃって、仲良いんだねぇ。意外にも」

「そーなんだよ、あっという間に仲良くなっちゃってさ。子どもの頃はいつものことだったけど、ジトレフがエルドフィンに懐いた感じ」

「皆が慕い憧れる『お兄ちゃん』だっけ」

「そ!」


 誰がお兄ちゃんだっ、俺は一人っ子だっつーのっっ。
 二人して、勝手に副音声会話してんじゃねぇわっ。
 じゃれてねぇわっっ。


「大人になったら懐かれるのが気恥ずかしいって感じかな」

「いや、そーゆー訳でもなかったんだけど、ジトレフは真っ直ぐだからなぁー。さすがにあーやってガッツリ見られると……なぁ、エルドフィン?」


 俺はしっかりアセウスの投げ掛けを拾って、これ以上ないってゆー苦笑いで頷いてやった。
 アセウスっ! ナイスっ!!
 お前もガン見されてたもんなっ。
 お前の場合はもっと恐ぇ視線だったけどさっ。
 そういや、俺が言いくるめて助けてやってたんだっけ。
 ジトレフこいつ、バカみてぇに俺の言うこと素直に従って……。

 俺の目線に気づいて、ジトレフが皿の料理から俺へと顔を向けた。
 バチッと目が合って、俺は慌てて顔を逸らす。
 ……ふぅん。
 少し時間をおいて、ちらっと視線だけを戻す。
 ジトレフは黙々と料理を頬張っている。
 弟、ねぇ。


 
 
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