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第一部ヴァルキュリャ編 第二章 コングスベル
夢現(ゆめうつつ)
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エルドフィン……、エルドフィン……
エルドフィーーン…………
「エルドフィ~ン。聞こえもすかぁ~」
「完全に落ちたな。いいよ、ヤクモ。寝かせてあげよう」
食堂のテーブルに突っ伏して静かな寝息を立てているエルドフィンから、ヤクモは顔を離した。
マッシュポワンを食べ終え、いくらもしない頃だった。
談笑を交えながらエルドフィンの頭は徐々に垂れていき、安住の台地にたどり着くとついに動かなくなった。
「本当はちゃんとベッドで横になって貰いたかったんだけど、今起こすのも可哀想だ」
会話を続けたらエルドフィンの眠りの妨げになると思ったのか、アセウスはそれきり口をつぐんだ。
目の前の寝顔をしばらく眺めていたが、ふと、自分に合わせて口をつぐんでいるヤクモに気づいて、静かに微笑んだ。
エルドフィンが寝ている間は、ここでこうして時間を潰すつもりなのか。
アセウスの微笑みをそう読み取ったヤクモは、テーブルの上で腕を組むと、頭をのせてくつろぎ姿勢をとった。
静かな昼下がりだった。
食堂の利用客は次第に捌け、交わす言葉もなくくつろぐアセウス達だけが残されていた。
時間が止まるかと思うくらい、ゆっくり、ゆったりと流れていく。
エルドフィンは熟睡しているように動かない。
夕食時までこのまま時間が過ぎてゆくように思えた。
どのくらい時間が経っただろうか。
そう長くは経たずしてだったろう。
ピクリとヤクモの頭巾の角が揺れた。
アセウスが顔を向けた先では、食堂の入り口の扉が開けられていた。
人影が一つ、中に入ってきて、目的があるように真っ直ぐに進んで行く。
顔を上げたヤクモとアセウスが見る中で、その影はピタリと足を止めた。
アセウス達の座るテーブルの前だった。
心当たりのなさそうなヤクモは振り返りアセウスを見る。
ちょうどゆっくりとアセウスの口が開いたところだった。
「あなたは……」
*
*
*
エルドフィン……
エルドフィン……
誰かが俺の名前を呼んでるのは聞こえていた。
俺は振り返らなかったけど。
だって、気持ち良いんだもん、この先に広がる真っ暗な闇が。
深く、黒く、「無」のような深淵が、
俺の全部を受け入れて溶かしてくれるようで、とてつもなく心地よい。
そういえば、あの時もこんな風に真っ暗だったっけ。
昨日の夜だ。
あの時は、緊張と不安で闇に溶けるようだった。
俺はついにゲイロルル・ヨルダールに会えたんだ。
オージンが二人目に選んだヴァルキュリャに。
『聞こう』
ゲイロルルは言った。
俺はほっとして、腰の力が抜けながら、シグルの盾をアセウスの荷物袋にしまったっけ。
身振り手振りでゲイロルルを招いて、自分の部屋へ連れて行ったんだ。
用心深いソラリンの姉って言われてたな。
俺がふかふかのベッドに腰掛けて、水差しの水をあおって、緊張を落ち着けようとする間、彼女は黙って俺を観察してた。
「えぇと……、改めまして、……私はエルドフィン・ヤールと申します。エイケン家のヴァルキュリャの子の血を受け継ぐ、アセウス・エイケンの友人で、一緒に旅をしています」
ゲイロルルの周りの空気が変わった。
でも彼女は何も言葉を発しない。
向こうから聞いてくれた方が楽なのに、噂通りの手強さに俺はがっくりした。
俺の方こそ用心深く言葉を選べっ。
失敗は許されねぇぞ。
「あれから何年も経っていて、ヴァルキュリャのことも、アセウス……《罪の責務》の力のことも失われていて、……私達はただのしがない人間として旅をしていました。それが、見ることすらないような恐ろしい魔物に襲われて……」
ゲイロルルは少しも表情を変えない。
くっそっ。
「真実を知ろうと、ヴァルキュリャ一族を調べ、訪ねて回ることにしました。まず最初に、ソルベルグ家を訪ね、ヨルダール家が二つ目です。……尊き神に関わることですし、半神のあなたには話せないこともあると理解しています。出来る範囲で構いません! 私達に真実を、あなたの知っていることを教えてくれませんか?」
『お前は何者だ?』
即座に返答が来た。
低い音が頭に響いてくる。
厳しいっ。
何者だって、人間で友人だって言ったじゃんっっ。
「……何者、とは」
俺は我慢比べを覚悟した。
ところが相手は表情一つ変えずに予想を裏切ってきたんだ。
『一つ、普通は人間にヴァルキュリャの姿は見えない。二つ、お前はアセウス・エイケンに隠れて一人で動いている。三つ、普通の人間とは違い、お前の中には複数混ざっている。説明のつく何者かを聞いた』
てっっっ、手強いなんてもんじゃねぇじゃねぇかよっっ!
さっきヴァルホルから人間界に来たんじゃねぇの?!
なんでそんないろいろ知ってんの?!
あのソグンが「一番賢く、最も思慮深い」といった理由が垣間見えたよっ。
ヴァルキュリャってなんなん?!
どいつもこいつも超絶美形なだけでなく、どーやったらそうなるか分からねぇくらい頭もいいとかさっ!!
え? 俺、この人に会って、何しなきゃいけなかったんだっけ?
えっと、えっとっ、この質問、どう答えたらいいんだぁっ???
エルドフィーーン…………
「エルドフィ~ン。聞こえもすかぁ~」
「完全に落ちたな。いいよ、ヤクモ。寝かせてあげよう」
食堂のテーブルに突っ伏して静かな寝息を立てているエルドフィンから、ヤクモは顔を離した。
マッシュポワンを食べ終え、いくらもしない頃だった。
談笑を交えながらエルドフィンの頭は徐々に垂れていき、安住の台地にたどり着くとついに動かなくなった。
「本当はちゃんとベッドで横になって貰いたかったんだけど、今起こすのも可哀想だ」
会話を続けたらエルドフィンの眠りの妨げになると思ったのか、アセウスはそれきり口をつぐんだ。
目の前の寝顔をしばらく眺めていたが、ふと、自分に合わせて口をつぐんでいるヤクモに気づいて、静かに微笑んだ。
エルドフィンが寝ている間は、ここでこうして時間を潰すつもりなのか。
アセウスの微笑みをそう読み取ったヤクモは、テーブルの上で腕を組むと、頭をのせてくつろぎ姿勢をとった。
静かな昼下がりだった。
食堂の利用客は次第に捌け、交わす言葉もなくくつろぐアセウス達だけが残されていた。
時間が止まるかと思うくらい、ゆっくり、ゆったりと流れていく。
エルドフィンは熟睡しているように動かない。
夕食時までこのまま時間が過ぎてゆくように思えた。
どのくらい時間が経っただろうか。
そう長くは経たずしてだったろう。
ピクリとヤクモの頭巾の角が揺れた。
アセウスが顔を向けた先では、食堂の入り口の扉が開けられていた。
人影が一つ、中に入ってきて、目的があるように真っ直ぐに進んで行く。
顔を上げたヤクモとアセウスが見る中で、その影はピタリと足を止めた。
アセウス達の座るテーブルの前だった。
心当たりのなさそうなヤクモは振り返りアセウスを見る。
ちょうどゆっくりとアセウスの口が開いたところだった。
「あなたは……」
*
*
*
エルドフィン……
エルドフィン……
誰かが俺の名前を呼んでるのは聞こえていた。
俺は振り返らなかったけど。
だって、気持ち良いんだもん、この先に広がる真っ暗な闇が。
深く、黒く、「無」のような深淵が、
俺の全部を受け入れて溶かしてくれるようで、とてつもなく心地よい。
そういえば、あの時もこんな風に真っ暗だったっけ。
昨日の夜だ。
あの時は、緊張と不安で闇に溶けるようだった。
俺はついにゲイロルル・ヨルダールに会えたんだ。
オージンが二人目に選んだヴァルキュリャに。
『聞こう』
ゲイロルルは言った。
俺はほっとして、腰の力が抜けながら、シグルの盾をアセウスの荷物袋にしまったっけ。
身振り手振りでゲイロルルを招いて、自分の部屋へ連れて行ったんだ。
用心深いソラリンの姉って言われてたな。
俺がふかふかのベッドに腰掛けて、水差しの水をあおって、緊張を落ち着けようとする間、彼女は黙って俺を観察してた。
「えぇと……、改めまして、……私はエルドフィン・ヤールと申します。エイケン家のヴァルキュリャの子の血を受け継ぐ、アセウス・エイケンの友人で、一緒に旅をしています」
ゲイロルルの周りの空気が変わった。
でも彼女は何も言葉を発しない。
向こうから聞いてくれた方が楽なのに、噂通りの手強さに俺はがっくりした。
俺の方こそ用心深く言葉を選べっ。
失敗は許されねぇぞ。
「あれから何年も経っていて、ヴァルキュリャのことも、アセウス……《罪の責務》の力のことも失われていて、……私達はただのしがない人間として旅をしていました。それが、見ることすらないような恐ろしい魔物に襲われて……」
ゲイロルルは少しも表情を変えない。
くっそっ。
「真実を知ろうと、ヴァルキュリャ一族を調べ、訪ねて回ることにしました。まず最初に、ソルベルグ家を訪ね、ヨルダール家が二つ目です。……尊き神に関わることですし、半神のあなたには話せないこともあると理解しています。出来る範囲で構いません! 私達に真実を、あなたの知っていることを教えてくれませんか?」
『お前は何者だ?』
即座に返答が来た。
低い音が頭に響いてくる。
厳しいっ。
何者だって、人間で友人だって言ったじゃんっっ。
「……何者、とは」
俺は我慢比べを覚悟した。
ところが相手は表情一つ変えずに予想を裏切ってきたんだ。
『一つ、普通は人間にヴァルキュリャの姿は見えない。二つ、お前はアセウス・エイケンに隠れて一人で動いている。三つ、普通の人間とは違い、お前の中には複数混ざっている。説明のつく何者かを聞いた』
てっっっ、手強いなんてもんじゃねぇじゃねぇかよっっ!
さっきヴァルホルから人間界に来たんじゃねぇの?!
なんでそんないろいろ知ってんの?!
あのソグンが「一番賢く、最も思慮深い」といった理由が垣間見えたよっ。
ヴァルキュリャってなんなん?!
どいつもこいつも超絶美形なだけでなく、どーやったらそうなるか分からねぇくらい頭もいいとかさっ!!
え? 俺、この人に会って、何しなきゃいけなかったんだっけ?
えっと、えっとっ、この質問、どう答えたらいいんだぁっ???
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