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第一部ヴァルキュリャ編 第二章 コングスベル
昼下がりのご馳走
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「まーまーコングスベルのヴァルキュリャについては知れたかな」
「封印の手がかりは無さそうだったけどな」
宿泊先の宿屋に戻り、併設の食堂で俺らはくつろいでいた。
遅い昼食は軽くにしとこう、とメニューを眺めるものの、なかなか決まらない。
空腹のピークを過ぎてしまって、何を食べたいか決めあぐねるのだ。
「うん……。まぁ、俺のこと自体が一般には知られてない話だしな」
「? アセウスのこと?」
「あ、《Asseus》のことさ」
「……できちゃったベビーのことか。お前じゃねぇーだろっ。お前何年生きてるつもりだよ」
注文しなきゃなことはどっかに忘れて、雑談がはかどる、はかどる。
「っっても『アセウス』なんだっけ、名前」
「うん、だからなんとなく。俺が解きたい封印をかけられたのも、《罪の責務》の訳だし。一体感覚えるというか」
「……名前つけよう!」
「は?」
「紛らわしいからさ! 名前つければお前と区別出来んだろ? ヴァルキュリャの赤ちゃんだから……うぅ~んと、ヴァビーでどう?! うん、いいじゃん。ヴァルキュリャズ・ベビーでヴァビー!」
「訳わかんねーんだけど」
「訳分かんなくねぇよ、合理的だろ」
我ながら良いアイディアだぜ。
冴えてるわ俺。
アセウスの表情を窺うけど、真意は読めねぇ。
本気で訳分かんねぇなら、分かんねぇ方がいい。
「ヨルダール家でも調べてくれるって言ってたけど、昨日今日の話以上のことは聞けそうにないよなー」
そう言ったアセウスの面持ちは暗かった。
もう萎えてんのか? 早いぜ、相棒。
食欲がねぇのは、そのせいもあったりして。
俺の場合は完全に拗らせてしまった睡魔のせいだけどな。
「まー、端からそんなに期待はしてなかったろ? 二人目のヴァルキュリャについてのことは知れたし、ヨルダール家とも接触したんだし、当初の目的は達成出来たよ。スタートとしては順調じゃね?」
「そーだな。明日にはヨルダール邸に寄って、そのまま帰ろう」
言いながら、アセウスが改めて木の皮に記されたメニューに目を落とした時だった。
「にゃはわぁー! 来たもすね!!」
アセウスの隣に座っていたヤクモが奇声を発した。
聞いてくれ!
食堂に入ってからどこかへ消えたと思っていたのに、再び現れたヤクモはアセウスを押し退けて俺の対面に座りやがったのだ。
俺達の雑談を黙って聞いているから、しょーがねぇっ、ずっと見ないようにして無視してたのに、突然なんだ!
にらみつけた俺の視界に写ったのは、にこにこ顔のヤクモ。
それと、その前に運ばれてきた湯気の立つ器だった。
「お! うーまそぁ」
アセウスが横から覗き込む。
ヤクモはにこにこ顔を向けてアセウスに応えると、すぐにその顔を俺へと向け直した。
「これって……」
「マッシュポワンもすっ。エルドフィンのお気に召したおいものやつもすよ~っ。ほら、火を通すと美味しいって説明したら、絶対食べたいって言ってたじゃにゃいもすか~」
あ。
「料理は調理設備のある場所でないと上手くできないもすからね! どのタイミングでだったら出せるか、めちゃめちゃ考えちゃいましたのしょ~」
大きな器を小さな両手で包んで、ヤクモは俺の前に差し出す。
「絶好のタイミングが出来て良かったもすっ! あっつあつの出来立てホヤホヤを召し上がれなのもすぅ~っ!!」
ニョッキ・ボロネーゼ。クリーミーソース仕立て。
香り立つ一皿に胸が高鳴っていく。
ドク、ドク、ドク。
間違いない、きっと旨い。
ドク、ドク、ドク。
最初の一口は、どんな衝撃が、感動が……。
じっと目が離せなかった皿の向こう側。
二つの光に気がついてしまった。
大きな、まんまる、キラキラ、おめめっ。
ヤクモだぁっっ。
鼻をふんふん膨らませながら、嬉しそうにこちらを見ているぅっ。
「な、なんだよ」
「んなっ?」
「見過ぎだろっっ、お前っっ。そんなに見られてたら怖くて食えねぇっ」
「わぁっ、もっ、申す訳ないですっ」
「ぶふっ! エルドフィン、調理してないの食べた時ですら、めちゃめちゃ美味そうに食べてたからなー。念願の調理済みを食べてどんな反応をするのか、楽しみでしょうがないんだろ? ヤクモは」
金髪がニヤニヤと笑いながら口を挟んできた。
へへっと頭巾の両角を押さえながら、ヤクモは照れ臭そうに笑った。
思い出した。
あの時の約束。
俺が一方的にした。
完全に忘れてたけど。
ヤクモが吟遊詩人のところで再登場したのも、行動を把握するようにつきまとったのも、まさか、このためだったのか?
すくったニョッキもどきをそっと口に運ぶ。
ふわぁっと広がる、芋の風味、挽き肉の旨味。それを倍増させる、なんとも絶妙な噛み応え。
目の前を霞ます湯気に隠れながら、そっと視線を移す。
「美味いよ。すっげぇー美味い。……ヤクモの言った通りだ」
ボソッとこぼすと、ヤクモはまんまるおめめを糸のように細めた。
「エルドフィンの顔っ!」
だぁあーーっっ!! この金髪ーーっっ!!
せっかくヤクモが黙ってるのに、揶揄うように笑いやがったっ!
黙ってろよっっ! もぉーっっ!
この幼馴染みはっっ。
「ちっ、なんだよっっ! てめぇー人の顔見て笑ってんじゃねぇよっっ! あっっちょっ! 持ってくなっまだ食って、あ゛ーっっ! 全部食うなよっっ!!」
「おぉーっ、これはデレるな、納得。ほんと、めちゃくちゃ美味いよヤクモ。美味しすぎて身体中から力が抜けていく感じする。案内の仕事は終わっているのに、ありがとなー」
「いえいえ、これで心置きなくお二人を送り出せもすっ」
俺とアセウスの間を、器が行ったり来たりして、ヤクモは、ご機嫌の猫みたいな、ご満悦な笑顔だった。
ゴロゴロ喉を鳴らす音が聞こえたような気がしたから、俺は心の中で『お前は猫か』ってツッコんだんだ。
「封印の手がかりは無さそうだったけどな」
宿泊先の宿屋に戻り、併設の食堂で俺らはくつろいでいた。
遅い昼食は軽くにしとこう、とメニューを眺めるものの、なかなか決まらない。
空腹のピークを過ぎてしまって、何を食べたいか決めあぐねるのだ。
「うん……。まぁ、俺のこと自体が一般には知られてない話だしな」
「? アセウスのこと?」
「あ、《Asseus》のことさ」
「……できちゃったベビーのことか。お前じゃねぇーだろっ。お前何年生きてるつもりだよ」
注文しなきゃなことはどっかに忘れて、雑談がはかどる、はかどる。
「っっても『アセウス』なんだっけ、名前」
「うん、だからなんとなく。俺が解きたい封印をかけられたのも、《罪の責務》の訳だし。一体感覚えるというか」
「……名前つけよう!」
「は?」
「紛らわしいからさ! 名前つければお前と区別出来んだろ? ヴァルキュリャの赤ちゃんだから……うぅ~んと、ヴァビーでどう?! うん、いいじゃん。ヴァルキュリャズ・ベビーでヴァビー!」
「訳わかんねーんだけど」
「訳分かんなくねぇよ、合理的だろ」
我ながら良いアイディアだぜ。
冴えてるわ俺。
アセウスの表情を窺うけど、真意は読めねぇ。
本気で訳分かんねぇなら、分かんねぇ方がいい。
「ヨルダール家でも調べてくれるって言ってたけど、昨日今日の話以上のことは聞けそうにないよなー」
そう言ったアセウスの面持ちは暗かった。
もう萎えてんのか? 早いぜ、相棒。
食欲がねぇのは、そのせいもあったりして。
俺の場合は完全に拗らせてしまった睡魔のせいだけどな。
「まー、端からそんなに期待はしてなかったろ? 二人目のヴァルキュリャについてのことは知れたし、ヨルダール家とも接触したんだし、当初の目的は達成出来たよ。スタートとしては順調じゃね?」
「そーだな。明日にはヨルダール邸に寄って、そのまま帰ろう」
言いながら、アセウスが改めて木の皮に記されたメニューに目を落とした時だった。
「にゃはわぁー! 来たもすね!!」
アセウスの隣に座っていたヤクモが奇声を発した。
聞いてくれ!
食堂に入ってからどこかへ消えたと思っていたのに、再び現れたヤクモはアセウスを押し退けて俺の対面に座りやがったのだ。
俺達の雑談を黙って聞いているから、しょーがねぇっ、ずっと見ないようにして無視してたのに、突然なんだ!
にらみつけた俺の視界に写ったのは、にこにこ顔のヤクモ。
それと、その前に運ばれてきた湯気の立つ器だった。
「お! うーまそぁ」
アセウスが横から覗き込む。
ヤクモはにこにこ顔を向けてアセウスに応えると、すぐにその顔を俺へと向け直した。
「これって……」
「マッシュポワンもすっ。エルドフィンのお気に召したおいものやつもすよ~っ。ほら、火を通すと美味しいって説明したら、絶対食べたいって言ってたじゃにゃいもすか~」
あ。
「料理は調理設備のある場所でないと上手くできないもすからね! どのタイミングでだったら出せるか、めちゃめちゃ考えちゃいましたのしょ~」
大きな器を小さな両手で包んで、ヤクモは俺の前に差し出す。
「絶好のタイミングが出来て良かったもすっ! あっつあつの出来立てホヤホヤを召し上がれなのもすぅ~っ!!」
ニョッキ・ボロネーゼ。クリーミーソース仕立て。
香り立つ一皿に胸が高鳴っていく。
ドク、ドク、ドク。
間違いない、きっと旨い。
ドク、ドク、ドク。
最初の一口は、どんな衝撃が、感動が……。
じっと目が離せなかった皿の向こう側。
二つの光に気がついてしまった。
大きな、まんまる、キラキラ、おめめっ。
ヤクモだぁっっ。
鼻をふんふん膨らませながら、嬉しそうにこちらを見ているぅっ。
「な、なんだよ」
「んなっ?」
「見過ぎだろっっ、お前っっ。そんなに見られてたら怖くて食えねぇっ」
「わぁっ、もっ、申す訳ないですっ」
「ぶふっ! エルドフィン、調理してないの食べた時ですら、めちゃめちゃ美味そうに食べてたからなー。念願の調理済みを食べてどんな反応をするのか、楽しみでしょうがないんだろ? ヤクモは」
金髪がニヤニヤと笑いながら口を挟んできた。
へへっと頭巾の両角を押さえながら、ヤクモは照れ臭そうに笑った。
思い出した。
あの時の約束。
俺が一方的にした。
完全に忘れてたけど。
ヤクモが吟遊詩人のところで再登場したのも、行動を把握するようにつきまとったのも、まさか、このためだったのか?
すくったニョッキもどきをそっと口に運ぶ。
ふわぁっと広がる、芋の風味、挽き肉の旨味。それを倍増させる、なんとも絶妙な噛み応え。
目の前を霞ます湯気に隠れながら、そっと視線を移す。
「美味いよ。すっげぇー美味い。……ヤクモの言った通りだ」
ボソッとこぼすと、ヤクモはまんまるおめめを糸のように細めた。
「エルドフィンの顔っ!」
だぁあーーっっ!! この金髪ーーっっ!!
せっかくヤクモが黙ってるのに、揶揄うように笑いやがったっ!
黙ってろよっっ! もぉーっっ!
この幼馴染みはっっ。
「ちっ、なんだよっっ! てめぇー人の顔見て笑ってんじゃねぇよっっ! あっっちょっ! 持ってくなっまだ食って、あ゛ーっっ! 全部食うなよっっ!!」
「おぉーっ、これはデレるな、納得。ほんと、めちゃくちゃ美味いよヤクモ。美味しすぎて身体中から力が抜けていく感じする。案内の仕事は終わっているのに、ありがとなー」
「いえいえ、これで心置きなくお二人を送り出せもすっ」
俺とアセウスの間を、器が行ったり来たりして、ヤクモは、ご機嫌の猫みたいな、ご満悦な笑顔だった。
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