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第一部ヴァルキュリャ編 第二章 コングスベル
what he hates
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「……槍を持つ神はそのヨルダール家の娘に自分と似た姿をご覧になった。
美しい容姿、聡明な分別、気高い振る舞い。槍を持つ神はその娘を試す者にと選ばれた。
その娘がそれにふさわしく、それを使いこなすことを望まれ、神の尊い力をお与えになった。
槍を持ち力を溜める者・ヨルダールの誕生だ。
父である、時の当主トルムンド・ヨルダールの勇敢さを受け継いでいて、誰よりも折れぬ心を持っていた。
弟であるソラリンは、トルムンドの後を継ぎ、ヨルダール家の当主となった。
思慮深さで人々から敬愛されたソラリンは、常にこう答えたという。姉のように思慮深くありたいと思っている、けれど遠く及ばないと」
中年の吟遊詩人は手を差し出した。
その掌にアセウスが通貨を乗せる。
何度目だよ、このやりとり。
吟遊詩人のくたびれた顔ににんまりと微笑みが漏れる。
「思い出せるものはこれで全てだ。御力になれたかな」
「はい、いろいろと御存知なので助かりました。ありがとうございます!」
「私は定期的にコングスベルに留まることにしている。近くへ来ることがあれば、また寄ってみるといい。新しい話を伝えられるやも知れぬ」
「はい!」
アセウスと中年吟遊詩人が連絡先交換? を始めたようなので、俺はしれっとテントから抜け出した。
解放感たまらんっ! 空気うまっ!
ん~~~っっと深く伸びをしながら周囲を見回すと、静かな昼下がりの松林だった。
人口が少ないのか? 少ないんだろうな。
この世界は大概がこんな感じだ。
気がつけば俺達だけ、貸し切り世界。
俺にはすごく居心地が良い。
人っ子一人姿がないとかな、と確かめるように眺めていると、ふと違和感が生まれる。
あれ、なんだろ、この感じ。
前にも……
「おーいー、エルドフィンっ。お前、挨拶くらいちゃんとしろよー」
とげとげしい声に振り向くと、アセウスが荷物袋を突き付けてきた。
俺のだ。そういや、テントに入った時、隅にまとめて置いたんだっけ。
「あ、すまん。忘れてた。いや、挨拶はしようとは思ったんだけどさ、お前達取り込んでたから」
「礼節を欠かさなかったのも、昔のお前?」
うわっっ!
今、結構キツいこと言ってきてねぇか? この相棒。
そ、そりゃぁ、礼節を知らねぇ奴はクソだけどさっ、クソ……
「……いや。礼節は大事だと思ってるよ。……ちょっと、前より、うっかりが多いだけで」
俺を見てるアセウスの顔が真顔でツラい。
中年吟遊詩人に非はない。
なのに、俺の態度は、総じて「失礼」な部類だった。
アセウスが嫌うのも当然だ。でも、嫌わないで欲しいっ。
「い、言い訳になるけど、疲れてて余裕なかった。でもそんなの、相手には関係ないもんな。今後は気を付ける。もっと気を付けるよ、ほんと、悪かった。ご……」
「疲れてたんじゃーしょーがねーよなっ」
パッと笑顔になって、アセウスが俺の言葉を遮った。
お、怒ってないのか? それとも……
「責めるつもりで言ったんじゃねーよ。昨日寝れてねーんだろ? 目の下くま!! 出来てるぞ!」
アセウスは俺の背を押し歩き出した。
触れてる腕が温かい。
ヤクモが俺達の前にぴょんと飛び出す。まだいたのか。
時折振り向いて俺達を窺いつつ、歩いて行く。
「お腹が空きもすたねぇ~! 宿屋に戻って遅い昼食のしょ~」
こいつ、いつまでつきまとう気だ?
今の俺にヤクモは要らねぇ、まじ無理、さっさと失せてくれ。
それより、それよりだな。
「飯食ったら寝ろよ。後はもう、やることもねーし。……先に言ってくれれば良かったんだよ。一人目が早く終わったんだし、午前中は宿で休んでても良かったんだ、だろ?」
アセウスが前を向いたまま言う。
寝不足を気遣ってくれてるのか。
俺、ダメダメだったのに。
俺みたいなダメクソと一緒にいて、嫌だったろうに。
優しい。
「……すまんかった」
「うん。こっちは気を付けてくれよ。別にさ、エルドフィンが礼節に欠ける奴だっていいんだ、俺は。ダメなところがあるエルドフィンってのも、まぁ、面白いよ、逆に」
視線を合わせないまま言う。
嘘だ。優しさからの気休めなんだろ。
本心では、何を考えてるんだろう、アセウスは。
「……面白くはねぇだろ。人としてダメなのは」
「そーゆーところは変わらないよなぁ。俺に対してと同じで変わらない。だからさ、俺以外にどーだろーと構わないんだよ。周りが引くぐらいエグ酷いエルドフィンでも、多分俺は平気。言っちゃうとさ。俺、自分本位だから。でもっつーか、だからっつーか、俺が嫌なことは責めるし、エルドフィンを落ち込ませるとしても言うけど。……無理してんのに俺に隠そうとするな」
「……それは」
「俺に気を遣わせたくねーんだろーけど、止めて欲しい。嫌なんだよ」
ヤバい……。
寝不足だからかな。
涙出そう。
「……悪かった」
深呼吸してた。
無理矢理自分を落ち着かせて、かろうじてその一言だけを絞り出していた。
アセウス、今も、前、見てろよ。
こっち見んなよ。
俺、ぜってぇー変な表情してるから。
隠そうとするなって言われても、無理だよ。
隠すよ、これからも。そこは譲れねぇもん。
無理しなきゃいいんだろ。
無理しても、お前に隠しきったまま、やりきればいいんだろ。
俺はタフガイになるよ。
なるしかないんだ。
お前に嫌がられたくないからさ。
美しい容姿、聡明な分別、気高い振る舞い。槍を持つ神はその娘を試す者にと選ばれた。
その娘がそれにふさわしく、それを使いこなすことを望まれ、神の尊い力をお与えになった。
槍を持ち力を溜める者・ヨルダールの誕生だ。
父である、時の当主トルムンド・ヨルダールの勇敢さを受け継いでいて、誰よりも折れぬ心を持っていた。
弟であるソラリンは、トルムンドの後を継ぎ、ヨルダール家の当主となった。
思慮深さで人々から敬愛されたソラリンは、常にこう答えたという。姉のように思慮深くありたいと思っている、けれど遠く及ばないと」
中年の吟遊詩人は手を差し出した。
その掌にアセウスが通貨を乗せる。
何度目だよ、このやりとり。
吟遊詩人のくたびれた顔ににんまりと微笑みが漏れる。
「思い出せるものはこれで全てだ。御力になれたかな」
「はい、いろいろと御存知なので助かりました。ありがとうございます!」
「私は定期的にコングスベルに留まることにしている。近くへ来ることがあれば、また寄ってみるといい。新しい話を伝えられるやも知れぬ」
「はい!」
アセウスと中年吟遊詩人が連絡先交換? を始めたようなので、俺はしれっとテントから抜け出した。
解放感たまらんっ! 空気うまっ!
ん~~~っっと深く伸びをしながら周囲を見回すと、静かな昼下がりの松林だった。
人口が少ないのか? 少ないんだろうな。
この世界は大概がこんな感じだ。
気がつけば俺達だけ、貸し切り世界。
俺にはすごく居心地が良い。
人っ子一人姿がないとかな、と確かめるように眺めていると、ふと違和感が生まれる。
あれ、なんだろ、この感じ。
前にも……
「おーいー、エルドフィンっ。お前、挨拶くらいちゃんとしろよー」
とげとげしい声に振り向くと、アセウスが荷物袋を突き付けてきた。
俺のだ。そういや、テントに入った時、隅にまとめて置いたんだっけ。
「あ、すまん。忘れてた。いや、挨拶はしようとは思ったんだけどさ、お前達取り込んでたから」
「礼節を欠かさなかったのも、昔のお前?」
うわっっ!
今、結構キツいこと言ってきてねぇか? この相棒。
そ、そりゃぁ、礼節を知らねぇ奴はクソだけどさっ、クソ……
「……いや。礼節は大事だと思ってるよ。……ちょっと、前より、うっかりが多いだけで」
俺を見てるアセウスの顔が真顔でツラい。
中年吟遊詩人に非はない。
なのに、俺の態度は、総じて「失礼」な部類だった。
アセウスが嫌うのも当然だ。でも、嫌わないで欲しいっ。
「い、言い訳になるけど、疲れてて余裕なかった。でもそんなの、相手には関係ないもんな。今後は気を付ける。もっと気を付けるよ、ほんと、悪かった。ご……」
「疲れてたんじゃーしょーがねーよなっ」
パッと笑顔になって、アセウスが俺の言葉を遮った。
お、怒ってないのか? それとも……
「責めるつもりで言ったんじゃねーよ。昨日寝れてねーんだろ? 目の下くま!! 出来てるぞ!」
アセウスは俺の背を押し歩き出した。
触れてる腕が温かい。
ヤクモが俺達の前にぴょんと飛び出す。まだいたのか。
時折振り向いて俺達を窺いつつ、歩いて行く。
「お腹が空きもすたねぇ~! 宿屋に戻って遅い昼食のしょ~」
こいつ、いつまでつきまとう気だ?
今の俺にヤクモは要らねぇ、まじ無理、さっさと失せてくれ。
それより、それよりだな。
「飯食ったら寝ろよ。後はもう、やることもねーし。……先に言ってくれれば良かったんだよ。一人目が早く終わったんだし、午前中は宿で休んでても良かったんだ、だろ?」
アセウスが前を向いたまま言う。
寝不足を気遣ってくれてるのか。
俺、ダメダメだったのに。
俺みたいなダメクソと一緒にいて、嫌だったろうに。
優しい。
「……すまんかった」
「うん。こっちは気を付けてくれよ。別にさ、エルドフィンが礼節に欠ける奴だっていいんだ、俺は。ダメなところがあるエルドフィンってのも、まぁ、面白いよ、逆に」
視線を合わせないまま言う。
嘘だ。優しさからの気休めなんだろ。
本心では、何を考えてるんだろう、アセウスは。
「……面白くはねぇだろ。人としてダメなのは」
「そーゆーところは変わらないよなぁ。俺に対してと同じで変わらない。だからさ、俺以外にどーだろーと構わないんだよ。周りが引くぐらいエグ酷いエルドフィンでも、多分俺は平気。言っちゃうとさ。俺、自分本位だから。でもっつーか、だからっつーか、俺が嫌なことは責めるし、エルドフィンを落ち込ませるとしても言うけど。……無理してんのに俺に隠そうとするな」
「……それは」
「俺に気を遣わせたくねーんだろーけど、止めて欲しい。嫌なんだよ」
ヤバい……。
寝不足だからかな。
涙出そう。
「……悪かった」
深呼吸してた。
無理矢理自分を落ち着かせて、かろうじてその一言だけを絞り出していた。
アセウス、今も、前、見てろよ。
こっち見んなよ。
俺、ぜってぇー変な表情してるから。
隠そうとするなって言われても、無理だよ。
隠すよ、これからも。そこは譲れねぇもん。
無理しなきゃいいんだろ。
無理しても、お前に隠しきったまま、やりきればいいんだろ。
俺はタフガイになるよ。
なるしかないんだ。
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