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第一部ヴァルキュリャ編  第二章 コングスベル

迷案内人ヤクモ

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「次の峠を越えたら、少し下がって岩陰になる場所がありもすっ。そこでご飯にしましょ~っ」
 
「あぁ~っやっと休憩か。風が強くて、歩き続けるのほんとしんどいっ」
 
 
 びょんぴょん軽やかな足取りのヤクモを追い掛け、俺は岩陰へと早足で座り込んだ。
 両足を投げ出して岩壁にもたれ掛かる俺を見て、ヤクモは目をまんまるくする。
 
 
「直に座ると冷えもすよっ。ワイルドでもすなぁ~っ」
 
「風自体は暖かいのになー、こう強いと、肌から体温を奪われる気がするー」
 
 
 アセウスが俺の荷物袋から大きめの獣皮を取り出して、地面に敷いてくれる。
 俺はいそいそと尻の埃を払って獣皮の上に座り直した。
 ヤクモは自分の荷物袋から敷物を取り出して上に座ると、さらに荷物袋から何かの塊を取り出して、俺とアセウスに手渡してきた。
 
 
「ランチでもすっっ」
 
「おぉっ、サンキュ」
 
「ありがとうっ」 
 
 
 何かの大きな葉に包まれたそれは、パンのような白い塊だった。
 パンよりは若干柔らかさがあるな。なんだろ?
 噛むともちもちしていて美味い。この味、どっかで、えぇ~と、何だっけぇっ。
 
 
「パン、じゃないんだ?」
 
 
 アセウスも気になったみたいだ。
 この世界のパンはカチカチのボソボソだからな。悲しいが。
 え? そこはお前がふわふわパンを作るんじゃないのかって?
 いや、俺でもなんとなく、イースト菌とか発酵とかがふわふわにするんじゃないかとは思うよ。
 でも、だから? やれるかっ!
 転生前の文化を持ち込んで、転生後の世界でマウントとるんだろ?
 いやぁ~そんなつもりじゃなくて、自分が快適に過ごしたかっただけなんですよ~、とか言ってさ。
 俺が思うに、あーゆー奴らはもともと何か・・が出来る・・・・奴なんだよ。
 そーそー無理だって。
 え? 俺だって考えたよ!
 毎晩宿に泊まりたいもんっ、野宿嫌だもんっ!
 チート文明開化でがっぽがっぽ稼いでリッチな生活してぇさっ!
 イースト菌があってホームベーカリーがあるなら俺だってやるよ!
 かもすぞーっ
 
 
「マッシュポワンもすっ。おいもが入ってもすよっ。ほんとは火を通すともすっちょ美味しいんですけど、それはまた次の機会にでしょね~」
 
 
 あ!! そうか! 何かに似てると思ったけどっ。
 ニョッキだっっ!
 うわぁ~まじか~っ! 味付きミンチ肉も挟まってるっっ
 ニョッキ・ボロネーゼ原始風パンじゃん~っ
 笑顔になろうとする顔を止められねぇ! こまつたぁ~!
 
 
「ヤクモぉ~っこれ美味い~っっ。調理したバージョンも絶対食べさせてな! 忘れんなよ」
 
 
 膨らむ期待を抑えきれずヤクモに頼むと、ヤクモは上体をらせて驚いた顔をする。
 
 
「のわっ! エルドフィンは子どもっぽいのもすねぇ~。目がうるうるキティちゃんみたいもすよっ」
 
「あぁ?」
 
 
 はーい、わたしキティ。ボーイフレンドはダニエル・スターなの♥️
 って誰得雑学だっっ
 俺のどこがどー人気ナンバーワンサンリオキャラだ!
 あの黒いゴマみたいな目のどこがうるうるなんだよ!
 
 
「ヤクモもそう思う? 面白いよなぁ! エルドフィンこいつ、いろんなことにやる気を失って基本だるそうなのに、飲食については感受性振りきって強くなってんの!」
 
 
 う゛っ。
 そうやってさらりとを「認める」の、ヤメテ。
 基本だるそう……うぅっ。
 
 俺は照れ隠しに歯磨き用の枝を取り出して口に咥える。
 アセウスが楽しそうに笑いかけてくるから、荷物袋ふくろからもう一本出して口に突っ込んでやった。
 アセウスはもごもご噛みながら言葉を続ける。
 
 
「……コングスベルのヨルダール家はものものしいのか? 他に知ってることある?」
 
「おわあ、どうでしょね~。二年くらい前に代替わりがあったのもす。今の領主様になってからは、領地の拡大は止んだような話は聞きもすけど~。先代がやらかしちゃってもすからね~。代替わりの時ってのはどんな統治でも揺れるのしょ~。後処理で手一杯って感じなのでは」
 
 
 今おわあって言った?
 お前は萩原朔太郎の黒猫かよ。
 猫目や挙動のせいもあって、ヤクモの頭巾の角が猫耳に見えてくる。
 ヤクモが俺達に用意してくれたポンチョのフードは、布をたるませたような丸い形だ。
 被るとマチコ巻きみたいに頭が包まれて、布端を引っ張れば顔も埋められる、温かい。
 え? マチコ巻き知らない? お前転生前二十四歳は嘘だろって?
 ほんとだよっ! そこで嘘ついてなんになるよっ
 マチコ巻きはファッション用語だろ。(←違います)
 ヤクモは俺達のポンチョより上質そうな布地のマントを身に纏っていて、フードは別生地だ。
 黒い四角い布を縫い合わせたような形の角頭巾。
 角の部分が猫耳みたいにぷるぷると……
 
 
「おい、エルドフィン、聞いてる?」 
  
「あっ、何?」
  
「ダメもすよっっっ! 余計な考え事してちゃっ」
  
 
 む。
 突然の年下ガキからのダメ出しに、俺の中で何かがはずれた。
 なんでヤクモおめぇにそんな怒られなきゃなんねぇんだよっ。
 
 
「ヤクモがどうかした? ヤクモの方を見たまま、どっか行っちゃったみたいだけど」
 
「あー、いやさ」
 
「いくらヤクモがなでなでしたくなるほど可愛くてもっ、変な妄想はダメもすっっ!」
 
 
 はああっ?!?!
 
 ヤクモは両手で頭をおさえて俺を睨み付けている。
 いやいやいやいや、なんだそれはっ!
 
 
「え、エルドフィンはそーゆー趣味はないと思うよ、たぶん。な、なぁ、エルドフィン」
 
「ぁあったり前だぁっっ!」
 
 
 たぶんって言ったなっアセウスおまえっ! そこは断言しろよっ!
 アセウスは激昂する俺を苦笑いでなだめてくる。
 こんなかぼそい少年が一人で生きるって苦労したんだよ、なんて耳打ちしながら。
 苦労した奴の言動とはほど遠いだろっ!
 ぜってぇーお近づきになって来ないでくださいっっ!
 
 
「悪ぃ、アセウス、俺無理 (キッパリ)。ヤクモこいつの相手はお前にまかせた。俺一切関わらねぇから」
 
「またまたー。まー、エルドフィンの好きなようにしなよ。適当にフォローしとくから。それより、ヨルダール家の現当主、いきなり凸るのは危険かなぁ? 何日か情報収集に時間かけるか」
 
 
 アセウスは軽く微笑むと、さらっと話題を変えた。
 こういうとこ好き!
 
 
「そうだよな。いきなり捕らえられたり殺されたりしたら嫌だもんな。いくらこれ・・があるからって」
 
 
 俺はアセウスの腰に巻かれたベルトに触れた。
 《ヴァルキュリャ十一家を繋ぐベルト》。
 ヴァルキュリャ一族を巡る通行手形として、ホフディが貸してくれたのだ。
 
 
「ヤクモ、コングスベルに着いたら、安くて快適に過ごせる宿屋を紹介して欲しい。そこで現当主の評判を聞き集めて、準備をしてから訪問する」 
 
 
 まんまるく見開いた目でこっちを見てたヤクモに、アセウスが頼んだ。
 ローセンダールからコングスベルまでは、本来歩いて七日以上かかるらしい。
 時間も費用も結構かかる。
 それがタクミさんの転移魔法で二~三日に短縮されたし、タクミさんが手配してくれた(ヤクモの)お陰で食費や装備費も大分浮いてる。
 慎重になって時間(と金)をかけても悪くはねぇだろ。
 
 
「評判なら、ヤクモのツテ・・で集めとけもすよ……。宿ホテルでゆっくりしたいならそれはあれでどれですけど」
 
「まじ? それはすげーな、ヤクモ。なら、到着の時間で考えよう。問題ないなら訪問は早い方がいい、な?」 
  
 
 同意を確認するアセウスに、頷いて答える俺。
 その様子をヤクモは含みのある顔で見ていた。
 
  
 
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