44 / 122
第一部ヴァルキュリャ編 第一章 ベルゲン
双子のお茶会
しおりを挟む
「あぁ、風が気持ちいいわ。気兼ね無くおしゃべりを楽しめる時間、なんて素敵なのかしら」
「ローサが来ていて良かったわ。一日遅れての到着では、さすがに嫁いだ私にまで連絡が来たか分からないもの」
風に吹かれていた褐色の髪が束ねられ、白い肩があらわになった。
何故か俺は二人の女性と、お茶をしている。(飲んでるのは水だけども。)
ベルゲンに来て四日目になっていた。
二日目からずっと食事を共にしているので、やる気のない俺でも、ホフディの家族は顔と名前が分かるようになっていた。
今、目の前に座って、果てしないおしゃべりを聞かせてくれるのが、ホフディの上の姉、双子のカルロヴナとカルナナだ。一卵性みたいで、同じ顔と同じ声をしている。二人は既に結婚していて、カルナナは近くの集落に、カルロヴナは少し離れた別の集落に住んでいるという。
アセウスが来るってことで、歓迎のために急遽帰省してくれたらしい。
「エルドフィンって物静かなのね」
「物静かな男も女は意外と好きよ。エルドフィンはどんな女が好みなのかしら?」
「ダメよ、ロヴナ。彼らは冒険の旅人なのだから、むやみに惑わしては酷だわ」
「分かってるわよ、ナナ。でも、惑わしたくもなるじゃない、せっかくの美丈夫よ。三人も! ベルゲンになら、いいえ、ソルベルグにすら、父親は旅で留守でも平気な女はいるわ」
「それは女の理屈だわ。男の理屈も考えてあげなくては、ねぇ?」
おんなじ顔が揃って微笑んでくる。
俺はひきつり笑いであしらった。
中庭に来て10分も経たないうちに、俺はリタイア宣言をした。
気を遣わないで良いので、二人でおしゃべりを楽しんでください、と。
翻訳すると、俺に話しかけるんじゃねぇ、となる。
俺に会話を楽しむ気がないと分かってんだか、ずれてるんだか、ずーーーっとこの調子だ。
二人で楽しそうなこって、大変結構。
しかし、こーやってちょいちょい巻き込まれるのは、非常に困る。
物静かなんかじゃねぇわ!
しゃべることがねぇんだよ! 何で人妻二体相手に接待トークしなきゃなんねぇんだ。
こちとら年季の入ったぼっちだぞ、DTだぞ。
無駄な労力は使わないのだ。省エネなのだ。サスティナビリティなのだ。
身体を通り抜ける爽やかな風が、それと、人妻が用意したミント水が、俺をこの場所に留めさせていた。
連日開かずの部屋に籠っての勉強会だったから、清涼感が心地好い。
じゃなきゃ早々にずらかってるわ。
今日の午前中で、開かずの部屋の書物は一通り読み終わっていた。
ソルベルグ家当主の年代記、ワルキューレ一族の年代記の他に、神話伝承にかかる覚え書きと開かずの部屋に秘蔵された物品についての覚え書きがあり、残すは、現物を確認しながら物品についての覚え書きを読むだけになっていた。
午後は久しぶりのフリータイムだったのに、何故か人妻二人に呼び出され、中庭が臨める東屋に来ている俺である。
双子テンプレな話し方しやがって、双子っつったらメイドじゃないのかよ!
マヂで、ナニコレ意味ワカンナイ!
「ふふ、話には聞いていたけど、エルドフィンって意外だったわ」
「ナナも? 本当にね、興味深いわ。きっと私達以上にそう思っているでしょうけど」
「……何ですか? 誰がですか? 話って何の話ですか?」
女性のおしゃべり術の罠だとは思う。
だが、さすがに自分の話題は捨て置けない。
俺は不本意ながらも、双子の誘導に従った。
「ふふふ! 話してもいいと思う? ロヴナ」
「話す気満々じゃない、ナナってば。ふふふ!」
「私達家族にアセウスが人気なのはご存知よね。下の子たちが特にぞっこんなのも」
「あぁ、はい」
下の子たち、というのはこの人妻双子の妹カールローサと、末弟のカルホフディだ。
タクミさんの思い出話は誇張されたものではなかったようで、幼少時のアセウスはソルベルグ家でも人たらしパワーを発揮していた。
スーパーガイタクミの「天使ちゃん」はソルベルグ家では「輝く光」と呼ばれ、前エイケン家当主リニと親交の厚かったカーラクセルとその妻を始め、長男カーヴェル、双子の娘カルロヴナとカルナナからたいそう可愛がられた。……と、双子がおしゃべりの中で教えてくれた。
アセウスより二つ下、三つ下に生まれたカールローサとカルホフディは、家族皆が特別扱いする「輝く光」にそれはもう懐いた。年が近いせいもあって、エイケン家が来る度に一緒に過ごしては、姉弟でアセウスを取り合ったという。
これも、今日色んなエピソードを双子が聞かせてくれたが、聞かなくても見れば分かるやつだ。
アセウスに対する時の赤巻き毛美人とホフディからは、「大好き」オーラがあふれ出ている。
ホフディは当主という立場上なのか、八年の空白があるせいか、隠そうとしているようで、俺は一時騙された。
すぐに露呈したけど。とんだツンデレだった。
赤巻き毛美人に至っては、隠す気もない。押せ押せだ。
ここまで露骨に他の男に色目を使われると、どんな美人だろうが賢者モードになるのだと知った。
晩餐会で記憶がないな、(俺のって意味じゃねぇわ、赤巻き毛美人のって意味だよ! )と不思議に思っていたら、カルロヴナの集落からの帰省で到着が一日遅れたらしい。そういや、双子もいたら目立っていたはずだもんな。
「アセウスと遊ぶ度にね、話に出るのよ、エルドフィンのことが」
「アセウスが話すらしいのよ、エルドフィンのことを、そりゃあもう何かにつけて」
「面白かったわねぇ、二人とも、お互い以上にエルドフィンにヤキモチを焼いたりして。ふふふ」
「ふふふ。純粋だったのよねぇ、二人して、アセウスだけじゃなくエルドフィンにも憧れを抱いたりして」
「二人から何か言われたり、聞かれたりしたかしら?」
「いや、全然。……です」
そうか、八年前、アセウスが《冷たい青布》になる前ならば、もう『エルドフィン』と仲良くなっているんだ。アセウスを《冷たい青布》に誘ったのは『エルドフィン』なのだから、そりゃあ、強い絆で友達してるはずだ。
「きっと、ドキドキしていたはずよ。噂のエルドフィンがどんな人なのかって」
「そりゃあもう! 期待で胸を膨らませていたでしょうね、かのエルドフィンと会えるのかって」
俺は言葉につまってしまった。
それは俺じゃない。
けど、なんて言えば、伝えられるだろう。
転生だとか、前世だとかを説明しないで出来ることだろうか。
分かりきっていることだけど、「意外だった」て言葉は結構刺さった。
「だからこうしてお茶に付き合って貰えて、ロヴナも私もとっても嬉しいのよ。エルドフィン」
「二人から何度も聞かされてきたんだもの。ナナや私だけじゃなく、父上も母上もヴェルだって、楽しみだったのよ。エルドフィンに会えることが」
二人の濁りのない笑顔に、俺はひきつった笑顔しか返せなかった。
だから、それは俺じゃない、またとりとめもなく幻想追って。
せめて助けてガムシャラバタフライ。
頭の中で無理矢理、歌を流す。
誤魔化すように、ミント水を手に取ると、中庭に身体を向けた。
中庭では、カールローサと黒戦士ジトレフが激しく剣を交わしている。
ジトレフの腕前を嗅ぎ付けたカールローサが稽古を頼んでから、毎日、午後に、中庭で行われているらしい。
「ロヴナ、ローサはまだ諦めていないの」
「えぇ、あの子はああ見えて臆病だから言葉にはしないけど。きっとあの剣稽古だって、自分なら一緒に行けるって証明したいのよ」
「どうかしら……逆に引導を渡されそうだけど。私の目から見ても届きようのない実力差だわ」
「そうね……。アセウスの出奔を聞いた三年前から、戦闘訓練に明け暮れてると言う話だけど、所詮あの子は庭の薔薇だわ」
「ロヴナは応援しているのかと思ってた」
「気持ちはね、でもそれはナナもでしょう?」
「二月前まではね。……あの子の夢見がちなところは好きなのよ。でも、ホフディも結婚して、当主になった。もう、時間切れなのよ」
さっきまでとは違う、抑え目の声のトーンだ。
頼むから聞こえる方が気まずくなる話はするなよ、と俺は心で念じる。
「居場所がないって言ってたわ。ずっと拒み続けて来たけど、これ以上縁談を断れないって。あの子も自分で分かっているのよ、だからナナには泣きつけないんだわ」
「姉の欲目と言われるかもしれないけれど、お似合いだと思えたのよ。何よりローサが嬉しそうだった。このタイミングで現れたことに、最後の望みを抱くのは当たり前だわ」
「私もよ! 父上も母上もヴェルも考えたことはあるはず、父上は大事に育てた薔薇を野に出してもいいとさえ思っているわ! でも、当のアセウスにまるでその気がないなんて! 可哀想なローサ」
「ロヴナ、言い過ぎよ。それではアセウスが悪いみたいに聞こえるわ。エルドフィンが困るでしょう」
「! やだ、私ったら、つい……ごめんなさいエルドフィン、今のは、聞かなかったことにしてくれるかしら。もちろん、アセウスにも。誰が悪い訳でもない、時が悪いのよ。回りから余計なことを耳に入れても、不幸が増えるだけだわ」
「……」
なんてゆーか、ますます言葉が見つからなかった。
面倒くさいから、双子二人で好きに話して貰えばいいと思ってた。
当然聞こえてはいるけど、聞いてるつもりはないと言うか、なんというか。
まさか、こー来るとは。
返事をしたら、聞いてたってことになるし、
返事をしなければ、余計な不安を残すんだろうし。
「大丈夫よ、ロヴナ。エルドフィンは誰にも話したりしないわ。聞いたことで自分が何かしようとか、余計な気を回したりもしないわよ。だって、自分は耳を閉じるから、私達に好きに話したら良いって言える男なんですもの。きっと今の話も聞こえてはいないんだわ」
今言ったのは、カルナナか。
二人を振り返ると、待ち受けた同じ顔が遠慮がちに笑った。
髪を編み上げている方が、迷いのない笑顔だった。
「すみません、何か言いました? あと、おかわり、頂きたいんですけど」
俺は空になったコップを差し出す。
グッバイ アディオス サヨナラ だ。
おかわりを飲み終えたら、部屋へ帰らせて貰おう、そう決めた。
エスケープ アミーゴ いちぬけた です。
髪を束ねた方が、わずかに見えた顔の曇りを晴らして、コップにミント水を注いでくれた。
「ミント水、お気に召したみたいで嬉しいわ」
「本当にね。嬉しいわ、エルドフィン」
もういいぜ。
あれやこれやどれやそれやなんやかんや
ゆわれたかてこれしかないよ。
俺は、ちょっと何言ってるかわかんない。
コップの中に、水と一緒にミントの葉がスルリと滑り込み、爽やかな香りと共に浮いた。
「ローサが来ていて良かったわ。一日遅れての到着では、さすがに嫁いだ私にまで連絡が来たか分からないもの」
風に吹かれていた褐色の髪が束ねられ、白い肩があらわになった。
何故か俺は二人の女性と、お茶をしている。(飲んでるのは水だけども。)
ベルゲンに来て四日目になっていた。
二日目からずっと食事を共にしているので、やる気のない俺でも、ホフディの家族は顔と名前が分かるようになっていた。
今、目の前に座って、果てしないおしゃべりを聞かせてくれるのが、ホフディの上の姉、双子のカルロヴナとカルナナだ。一卵性みたいで、同じ顔と同じ声をしている。二人は既に結婚していて、カルナナは近くの集落に、カルロヴナは少し離れた別の集落に住んでいるという。
アセウスが来るってことで、歓迎のために急遽帰省してくれたらしい。
「エルドフィンって物静かなのね」
「物静かな男も女は意外と好きよ。エルドフィンはどんな女が好みなのかしら?」
「ダメよ、ロヴナ。彼らは冒険の旅人なのだから、むやみに惑わしては酷だわ」
「分かってるわよ、ナナ。でも、惑わしたくもなるじゃない、せっかくの美丈夫よ。三人も! ベルゲンになら、いいえ、ソルベルグにすら、父親は旅で留守でも平気な女はいるわ」
「それは女の理屈だわ。男の理屈も考えてあげなくては、ねぇ?」
おんなじ顔が揃って微笑んでくる。
俺はひきつり笑いであしらった。
中庭に来て10分も経たないうちに、俺はリタイア宣言をした。
気を遣わないで良いので、二人でおしゃべりを楽しんでください、と。
翻訳すると、俺に話しかけるんじゃねぇ、となる。
俺に会話を楽しむ気がないと分かってんだか、ずれてるんだか、ずーーーっとこの調子だ。
二人で楽しそうなこって、大変結構。
しかし、こーやってちょいちょい巻き込まれるのは、非常に困る。
物静かなんかじゃねぇわ!
しゃべることがねぇんだよ! 何で人妻二体相手に接待トークしなきゃなんねぇんだ。
こちとら年季の入ったぼっちだぞ、DTだぞ。
無駄な労力は使わないのだ。省エネなのだ。サスティナビリティなのだ。
身体を通り抜ける爽やかな風が、それと、人妻が用意したミント水が、俺をこの場所に留めさせていた。
連日開かずの部屋に籠っての勉強会だったから、清涼感が心地好い。
じゃなきゃ早々にずらかってるわ。
今日の午前中で、開かずの部屋の書物は一通り読み終わっていた。
ソルベルグ家当主の年代記、ワルキューレ一族の年代記の他に、神話伝承にかかる覚え書きと開かずの部屋に秘蔵された物品についての覚え書きがあり、残すは、現物を確認しながら物品についての覚え書きを読むだけになっていた。
午後は久しぶりのフリータイムだったのに、何故か人妻二人に呼び出され、中庭が臨める東屋に来ている俺である。
双子テンプレな話し方しやがって、双子っつったらメイドじゃないのかよ!
マヂで、ナニコレ意味ワカンナイ!
「ふふ、話には聞いていたけど、エルドフィンって意外だったわ」
「ナナも? 本当にね、興味深いわ。きっと私達以上にそう思っているでしょうけど」
「……何ですか? 誰がですか? 話って何の話ですか?」
女性のおしゃべり術の罠だとは思う。
だが、さすがに自分の話題は捨て置けない。
俺は不本意ながらも、双子の誘導に従った。
「ふふふ! 話してもいいと思う? ロヴナ」
「話す気満々じゃない、ナナってば。ふふふ!」
「私達家族にアセウスが人気なのはご存知よね。下の子たちが特にぞっこんなのも」
「あぁ、はい」
下の子たち、というのはこの人妻双子の妹カールローサと、末弟のカルホフディだ。
タクミさんの思い出話は誇張されたものではなかったようで、幼少時のアセウスはソルベルグ家でも人たらしパワーを発揮していた。
スーパーガイタクミの「天使ちゃん」はソルベルグ家では「輝く光」と呼ばれ、前エイケン家当主リニと親交の厚かったカーラクセルとその妻を始め、長男カーヴェル、双子の娘カルロヴナとカルナナからたいそう可愛がられた。……と、双子がおしゃべりの中で教えてくれた。
アセウスより二つ下、三つ下に生まれたカールローサとカルホフディは、家族皆が特別扱いする「輝く光」にそれはもう懐いた。年が近いせいもあって、エイケン家が来る度に一緒に過ごしては、姉弟でアセウスを取り合ったという。
これも、今日色んなエピソードを双子が聞かせてくれたが、聞かなくても見れば分かるやつだ。
アセウスに対する時の赤巻き毛美人とホフディからは、「大好き」オーラがあふれ出ている。
ホフディは当主という立場上なのか、八年の空白があるせいか、隠そうとしているようで、俺は一時騙された。
すぐに露呈したけど。とんだツンデレだった。
赤巻き毛美人に至っては、隠す気もない。押せ押せだ。
ここまで露骨に他の男に色目を使われると、どんな美人だろうが賢者モードになるのだと知った。
晩餐会で記憶がないな、(俺のって意味じゃねぇわ、赤巻き毛美人のって意味だよ! )と不思議に思っていたら、カルロヴナの集落からの帰省で到着が一日遅れたらしい。そういや、双子もいたら目立っていたはずだもんな。
「アセウスと遊ぶ度にね、話に出るのよ、エルドフィンのことが」
「アセウスが話すらしいのよ、エルドフィンのことを、そりゃあもう何かにつけて」
「面白かったわねぇ、二人とも、お互い以上にエルドフィンにヤキモチを焼いたりして。ふふふ」
「ふふふ。純粋だったのよねぇ、二人して、アセウスだけじゃなくエルドフィンにも憧れを抱いたりして」
「二人から何か言われたり、聞かれたりしたかしら?」
「いや、全然。……です」
そうか、八年前、アセウスが《冷たい青布》になる前ならば、もう『エルドフィン』と仲良くなっているんだ。アセウスを《冷たい青布》に誘ったのは『エルドフィン』なのだから、そりゃあ、強い絆で友達してるはずだ。
「きっと、ドキドキしていたはずよ。噂のエルドフィンがどんな人なのかって」
「そりゃあもう! 期待で胸を膨らませていたでしょうね、かのエルドフィンと会えるのかって」
俺は言葉につまってしまった。
それは俺じゃない。
けど、なんて言えば、伝えられるだろう。
転生だとか、前世だとかを説明しないで出来ることだろうか。
分かりきっていることだけど、「意外だった」て言葉は結構刺さった。
「だからこうしてお茶に付き合って貰えて、ロヴナも私もとっても嬉しいのよ。エルドフィン」
「二人から何度も聞かされてきたんだもの。ナナや私だけじゃなく、父上も母上もヴェルだって、楽しみだったのよ。エルドフィンに会えることが」
二人の濁りのない笑顔に、俺はひきつった笑顔しか返せなかった。
だから、それは俺じゃない、またとりとめもなく幻想追って。
せめて助けてガムシャラバタフライ。
頭の中で無理矢理、歌を流す。
誤魔化すように、ミント水を手に取ると、中庭に身体を向けた。
中庭では、カールローサと黒戦士ジトレフが激しく剣を交わしている。
ジトレフの腕前を嗅ぎ付けたカールローサが稽古を頼んでから、毎日、午後に、中庭で行われているらしい。
「ロヴナ、ローサはまだ諦めていないの」
「えぇ、あの子はああ見えて臆病だから言葉にはしないけど。きっとあの剣稽古だって、自分なら一緒に行けるって証明したいのよ」
「どうかしら……逆に引導を渡されそうだけど。私の目から見ても届きようのない実力差だわ」
「そうね……。アセウスの出奔を聞いた三年前から、戦闘訓練に明け暮れてると言う話だけど、所詮あの子は庭の薔薇だわ」
「ロヴナは応援しているのかと思ってた」
「気持ちはね、でもそれはナナもでしょう?」
「二月前まではね。……あの子の夢見がちなところは好きなのよ。でも、ホフディも結婚して、当主になった。もう、時間切れなのよ」
さっきまでとは違う、抑え目の声のトーンだ。
頼むから聞こえる方が気まずくなる話はするなよ、と俺は心で念じる。
「居場所がないって言ってたわ。ずっと拒み続けて来たけど、これ以上縁談を断れないって。あの子も自分で分かっているのよ、だからナナには泣きつけないんだわ」
「姉の欲目と言われるかもしれないけれど、お似合いだと思えたのよ。何よりローサが嬉しそうだった。このタイミングで現れたことに、最後の望みを抱くのは当たり前だわ」
「私もよ! 父上も母上もヴェルも考えたことはあるはず、父上は大事に育てた薔薇を野に出してもいいとさえ思っているわ! でも、当のアセウスにまるでその気がないなんて! 可哀想なローサ」
「ロヴナ、言い過ぎよ。それではアセウスが悪いみたいに聞こえるわ。エルドフィンが困るでしょう」
「! やだ、私ったら、つい……ごめんなさいエルドフィン、今のは、聞かなかったことにしてくれるかしら。もちろん、アセウスにも。誰が悪い訳でもない、時が悪いのよ。回りから余計なことを耳に入れても、不幸が増えるだけだわ」
「……」
なんてゆーか、ますます言葉が見つからなかった。
面倒くさいから、双子二人で好きに話して貰えばいいと思ってた。
当然聞こえてはいるけど、聞いてるつもりはないと言うか、なんというか。
まさか、こー来るとは。
返事をしたら、聞いてたってことになるし、
返事をしなければ、余計な不安を残すんだろうし。
「大丈夫よ、ロヴナ。エルドフィンは誰にも話したりしないわ。聞いたことで自分が何かしようとか、余計な気を回したりもしないわよ。だって、自分は耳を閉じるから、私達に好きに話したら良いって言える男なんですもの。きっと今の話も聞こえてはいないんだわ」
今言ったのは、カルナナか。
二人を振り返ると、待ち受けた同じ顔が遠慮がちに笑った。
髪を編み上げている方が、迷いのない笑顔だった。
「すみません、何か言いました? あと、おかわり、頂きたいんですけど」
俺は空になったコップを差し出す。
グッバイ アディオス サヨナラ だ。
おかわりを飲み終えたら、部屋へ帰らせて貰おう、そう決めた。
エスケープ アミーゴ いちぬけた です。
髪を束ねた方が、わずかに見えた顔の曇りを晴らして、コップにミント水を注いでくれた。
「ミント水、お気に召したみたいで嬉しいわ」
「本当にね。嬉しいわ、エルドフィン」
もういいぜ。
あれやこれやどれやそれやなんやかんや
ゆわれたかてこれしかないよ。
俺は、ちょっと何言ってるかわかんない。
コップの中に、水と一緒にミントの葉がスルリと滑り込み、爽やかな香りと共に浮いた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔法最弱の世界で魔法少女に転生する〜魔法少女はチート魔導士?〜
東雲ノノメ
ファンタジー
オタクの女子高校生だった美水空は知らないうちに異世界に着いてしまった。
ふと自分の姿を見たら何やら可愛らしい魔法少女の姿!
謎の服に謎の場所、どうしようもなく異世界迷子の空。
紆余曲折あり、何とか立ち直り人間の街についた空は吹っ切れて異世界を満喫することにする。
だけどこの世界は魔法が最弱の世界だった!
魔法使い(魔法少女)だからという理由で周りからあまりよく思われない空。
魔法使い(魔法少女)が強くないと思ったの?私は魔法で生きていく!という精神でこの異世界で生きていく!
これは可愛い魔法少女が異世界で暴れたり暴れなかったりする話である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)
みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。
ヒロインの意地悪な姉役だったわ。
でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。
ヒロインの邪魔をせず、
とっとと舞台から退場……の筈だったのに……
なかなか家から離れられないし、
せっかくのチートを使いたいのに、
使う暇も無い。
これどうしたらいいのかしら?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる