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第一部ヴァルキュリャ編  第一章 ベルゲン

双子のお茶会

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「あぁ、風が気持ちいいわ。気兼ね無くおしゃべりを楽しめる時間、なんて素敵なのかしら」
 
「ローサが来ていて良かったわ。一日遅れての到着では、さすがに嫁いだ私にまで連絡が来たか分からないもの」
 
 風に吹かれていた褐色の髪が束ねられ、白い肩があらわになった。
 何故か俺は二人の女性と、お茶をしている。(飲んでるのは水だけども。)
 
 ベルゲンに来て四日目になっていた。
 二日目からずっと食事を共にしているので、やる気のない俺でも、ホフディの家族は顔と名前が分かるようになっていた。
 今、目の前に座って、果てしないおしゃべりを聞かせてくれるのが、ホフディの上の姉、双子のカルロヴナとカルナナだ。一卵性みたいで、同じ顔と同じ声をしている。二人は既に結婚していて、カルナナは近くの集落に、カルロヴナは少し離れた別の集落に住んでいるという。
 アセウスが来るってことで、歓迎のために急遽帰省してくれたらしい。
 
 
「エルドフィンって物静かなのね」
 
「物静かな男も女は意外と好きよ。エルドフィンはどんな女が好みなのかしら?」
 
「ダメよ、ロヴナ。彼らは冒険の旅人なのだから、むやみに惑わしては酷だわ」
 
「分かってるわよ、ナナ。でも、惑わしたくもなるじゃない、せっかくの美丈夫よ。三人も! ベルゲンになら、いいえ、ソルベルグにすら、父親は旅で留守でも平気な女はいるわ」
 
「それは女の理屈だわ。男の理屈も考えてあげなくては、ねぇ?」
 
 
 おんなじ顔が揃って微笑んでくる。
 俺はひきつり笑いであしらった。
 中庭ここに来て10分も経たないうちに、俺はリタイア宣言をした。
 気を遣わないで良いので、二人でおしゃべりを楽しんでください、と。
 翻訳すると、俺に話しかけるんじゃねぇ、となる。
 俺に会話を楽しむ気がないと分かってんだか、ずれてるんだか、ずーーーっとこの調子だ。
 二人で楽しそうなこって、大変結構。
 しかし、こーやってちょいちょい巻き込まれるのは、非常に困る。
 
 物静かなんかじゃねぇわ!
 しゃべることがねぇんだよ! 何で人妻二体相手に接待トークしなきゃなんねぇんだ。
 こちとら年季の入ったぼっちだぞ、DTだぞ。
 無駄な労力は使わないのだ。省エネなのだ。サスティナビリティなのだ。
 
 身体を通り抜ける爽やかな風が、それと、人妻が用意したミント水が、俺をこの場所に留めさせていた。
 連日開かずの部屋にこもっての勉強会だったから、清涼感が心地好い。
 じゃなきゃ早々にずらかってるわ。
 
 今日の午前中で、開かずの部屋の書物は一通り読み終わっていた。
 ソルベルグ家当主の年代記、ワルキューレ一族の年代記の他に、神話伝承にかかる覚え書きと開かずの部屋に秘蔵された物品についての覚え書きがあり、残すは、現物を確認しながら物品についての覚え書きを読むだけになっていた。
 午後は久しぶりのフリータイムだったのに、何故か人妻二人に呼び出され、中庭が臨める東屋に来ている俺である。
 双子テンプレな話し方しやがって、双子っつったらメイドじゃないのかよ!
 マヂで、ナニコレ意味ワカンナイ!
 
 
「ふふ、話には聞いていたけど、エルドフィンって意外だったわ」
 
「ナナも? 本当にね、興味深いわ。きっと私達以上にそう思っているでしょうけど」
 
「……何ですか? 誰がですか? 話って何の話ですか?」
 
 
 女性のおしゃべり術の罠だとは思う。
 だが、さすがに自分の話題は捨て置けない。
 俺は不本意ながらも、双子の誘導に従った。
 
 
「ふふふ! 話してもいいと思う? ロヴナ」
 
「話す気満々じゃない、ナナってば。ふふふ!」
 
「私達家族にアセウスが人気なのはご存知よね。下の子たちが特にぞっこんなのも」
 
「あぁ、はい」
 
 
 下の子たち、というのはこの人妻双子の妹カールローサと、末弟のカルホフディだ。
 タクミさんの思い出話は誇張されたものではなかったようで、幼少時のアセウスはソルベルグ家でも人たらしパワーを発揮していた。
 スーパーガイタクミの「天使ちゃん」はソルベルグ家ここでは「輝く光ビョルドル」と呼ばれ、前エイケン家当主リニと親交の厚かったカーラクセルとその妻を始め、長男カーヴェル、双子の娘カルロヴナとカルナナからたいそう可愛がられた。……と、双子がおしゃべりの中で教えてくれた。
 アセウスより二つ下、三つ下に生まれたカールローサとカルホフディは、家族皆が特別扱いする「輝く光ビョルドル」にそれはもう懐いた。年が近いせいもあって、エイケン家が来る度に一緒に過ごしては、姉弟でアセウスを取り合ったという。
 これも、今日色んなエピソードを双子が聞かせてくれたが、聞かなくても見れば分かるやつだ。
 アセウスに対する時の赤巻き毛美人とホフディからは、「大好き」オーラがあふれ出ている。
 ホフディは当主という立場上なのか、八年の空白ブランクがあるせいか、隠そうとしているようで、俺は一時いっとき騙された。
 すぐに露呈したけど。とんだツンデレだった。
 赤巻き毛美人に至っては、隠す気もない。押せ押せだ。
 ここまで露骨に他の男に色目を使われると、どんな美人だろうが賢者モードになるのだと知った。
 晩餐会で記憶がないな、(俺のって意味じゃねぇわ、赤巻き毛美人のって意味だよ! )と不思議に思っていたら、カルロヴナの集落からの帰省で到着が一日遅れたらしい。そういや、双子もいたら目立っていたはずだもんな。
 
 
「アセウスと遊ぶ度にね、話に出るのよ、エルドフィンのことが」
 
「アセウスが話すらしいのよ、エルドフィンのことを、そりゃあもう何かにつけて」
 
「面白かったわねぇ、二人とも、お互い以上にエルドフィンにヤキモチを焼いたりして。ふふふ」
 
「ふふふ。純粋だったのよねぇ、二人して、アセウスだけじゃなくエルドフィンにも憧れを抱いたりして」
 
「二人から何か言われたり、聞かれたりしたかしら?」
 
「いや、全然。……です」
 
 
 そうか、八年前、アセウスが《冷たいグズル青布ブラール》になる前ならば、もう『エルドフィン』と仲良くなっているんだ。アセウスを《冷たいグズル青布ブラール》に誘ったのは『エルドフィン』なのだから、そりゃあ、強い絆で友達してるはずだ。
 
 
「きっと、ドキドキしていたはずよ。噂のエルドフィンがどんな人なのかって」
 
「そりゃあもう! 期待で胸を膨らませていたでしょうね、かの・・エルドフィンと会えるのかって」
 
 
 俺は言葉につまってしまった。
 それ・・は俺じゃない。
 けど、なんて言えば、伝えられるだろう。
 転生だとか、前世だとかを説明しないで出来ることだろうか。
 
 分かりきっていることだけど、「意外だった」て言葉は結構刺さった。
 
 
「だからこうしてお茶に付き合って貰えて、ロヴナも私もとっても嬉しいのよ。エルドフィン」
 
「二人から何度も聞かされてきたんだもの。ナナや私だけじゃなく、父上も母上もヴェルだって、楽しみだったのよ。エルドフィンに会えることが」
 
 
 二人の濁りのない笑顔に、俺はひきつった笑顔しか返せなかった。
 だから、それは俺じゃない、またとりとめもなく幻想追って。
 せめて助けてガムシャラバタフライ。
 頭の中で無理矢理、歌を流す。 
 誤魔化すように、ミント水を手に取ると、中庭に身体を向けた。
 中庭では、カールローサと黒戦士ブラックジトレフが激しく剣を交わしている。
 ジトレフの腕前を嗅ぎ付けたカールローサが稽古を頼んでから、毎日、午後に、中庭ここで行われているらしい。
 
 
「ロヴナ、ローサはまだ諦めていないの」
 
「えぇ、あの子はああ見えて臆病だから言葉にはしないけど。きっとあの剣稽古だって、自分なら一緒について行けるって証明したいのよ」
 
「どうかしら……逆に引導を渡されそうだけど。私の目から見ても届きようのない実力差だわ」
 
「そうね……。アセウスの出奔を聞いた三年前から、戦闘訓練に明け暮れてると言う話だけど、所詮あの子は庭の薔薇だわ」
 
「ロヴナは応援しているのかと思ってた」
 
「気持ちはね、でもそれはナナもでしょう?」
 
二月ふたつき前まではね。……あの子の夢見がちなところは好きなのよ。でも、ホフディも結婚して、当主になった。もう、時間切れなのよ」
 
 
 さっきまでとは違う、抑え目の声のトーンだ。
 頼むから聞こえる方が気まずくなる話はするなよ、と俺は心で念じる。
 
 
「居場所がないって言ってたわ。ずっと拒み続けて来たけど、これ以上縁談を断れないって。あの子も自分で分かっているのよ、だからナナには泣きつけないんだわ」
 
「姉の欲目と言われるかもしれないけれど、お似合いだと思えたのよ。何よりローサが嬉しそうだった。このタイミングで現れたことに、最後の望みを抱くのは当たり前だわ」
 
「私もよ! 父上も母上もヴェルも考えたことはあるはず、父上は大事に育てた薔薇を野に出してもいいとさえ思っているわ! でも、当のアセウスにまるでその気がないなんて! 可哀想なローサ」
 
「ロヴナ、言い過ぎよ。それではアセウスが悪いみたいに聞こえるわ。エルドフィンが困るでしょう」
 
「! やだ、私ったら、つい……ごめんなさいエルドフィン、今のは、聞かなかったことにしてくれるかしら。もちろん、アセウスにも。誰が悪い訳でもない、時が悪いのよ。回りから余計なことを耳に入れても、不幸が増えるだけだわ」
 
「……」
 
 
 なんてゆーか、ますます言葉が見つからなかった。
 面倒くさいから、双子二人で好きに話して貰えばいいと思ってた。
 当然聞こえてはいるけど、聞いてるつもりはないと言うか、なんというか。
 まさか、こー来るとは。
 返事をしたら、聞いてたってことになるし、
 返事をしなければ、余計な不安を残すんだろうし。
 
 
「大丈夫よ、ロヴナ。エルドフィンは誰にも話したりしないわ。聞いたことで自分が何かしようとか、余計な気を回したりもしないわよ。だって、自分は耳を閉じるから、私達に好きに話したら良いって言える男なんですもの。きっと今の話も聞こえてはいないんだわ」
 
 
 今言ったのは、カルナナか。
 二人を振り返ると、待ち受けた同じ顔が遠慮がちに笑った。
 髪を編み上げている方が、迷いのない笑顔だった。
 
 
「すみません、何か言いました? あと、おかわり、頂きたいんですけど」
 
 
 俺は空になったコップを差し出す。
 グッバイ アディオス サヨナラ だ。
 おかわりを飲み終えたら、部屋へ帰らせて貰おう、そう決めた。
 エスケープ アミーゴ いちぬけた です。
 髪を束ねた方が、わずかに見えた顔の曇りを晴らして、コップにミント水を注いでくれた。
 
 
「ミント水、お気に召したみたいで嬉しいわ」
 
「本当にね。嬉しいわ、エルドフィン」
 
 もういいぜ。
 あれやこれやどれやそれやなんやかんや
 ゆわれたかてこれしかないよ。
 俺は、ちょっと何言ってるかわかんない。
 コップの中に、水と一緒にミントの葉がスルリと滑り込み、爽やかな香りと共に浮いた。
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