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序章

ローセンダールの魔術師②

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「「おおおおぉぉぉーーーーーーっっっすっげぇーーーーーーっっっ」」

 大豪邸の西側にテラスみたいな部分がある。
 タープみたいな布が屋根がわりに張られていて、真昼でも陽射しは柔らかい。
 その下に、大きなテーブルと、テーブルとは揃いではないイスが人数分、用意されていた。
 タクミさんの家のある山の北西は海、
 というか峡湾(フィヨルドっつー氷河が作る入り江みたいなやつ)になっていて、
 海の色と海岸線と対岸の山々とその稜線と、
 住居の庭からとは思えない絶景がパノラマっていた。

 俺らが叫んだのはそれだけじゃない。
 一人暮らしのテラス用にしてはデカすぎるテーブルの上に、
 ところ狭しと並べられた食事がまた、絶景・・だった。
 彩りへの配慮が感じられる色彩豊かな料理、見たことない料理や食材も多くあった。
 香りも豊かで、この世界では感じたことの無いものが含まれていた。


「ええぇっっ??!! タクミさんっこれどーしたの?!?!」

「……料理するンすか?」

「こんな色鮮やかで豪華な饗膳は初めてだ……」


 さすがのジトレフまで頬を紅潮させて感激の声を漏らしている。
 こんな山奥で食材だって無いだろうに、一体いつの間に??


「いやぁ! これは美味そうだよなぁ!! まだ温かいものもあるからまずは食べよう! 俺も見たことない料理があって、まずは味わいたいね。さぁさぁ、座って。遠慮なく好きなだけ食べてくれ」


 タクミさんは俺たちをイスに座らせると、ささっと席から遠い位置の料理を俺たちに取り分けた後、自分もイスに腰掛けて食事に興じ始めた。
 アセウスもジトレフもすぐそれに続く。
 俺も三人の様子を見つつ、料理に手を伸ばした。


「うぅっっま!」「やっべコレ」「うわぁぁ~っっ何この味!?」「イケるねぇコレ」「奇跡か……」


 各々好き勝手に感嘆の声を発し続ける。
 気付けば、相互に食べた料理を説明しながら薦め合っていた。
 遠くの皿を交換したり、取り分けたり、共に一つの食卓を囲むうちに、
 よそよそしさや変な遠慮は消えて、打ち解けた雰囲気が満ちていた。


「ローセンダールの町にさ、親しくしている料理人がいるんだ」


 タクミさんが唐突に話を始めた。


「その料理人さんがこれを?」

「そう、いい腕してるだろー? 発想が違うんだよな。見ただけですぐ分かると思うけど、創造性が豊かなんだ。料理が外観から美味いとか、匂いだけで複雑な味わいを楽しめるとか。味は多彩で深みがあって、食感まで一様じゃない。一度食べたら忘れられなくてさぁ」

「町で宿や食堂のこと尋ねたけど、誰も言ってなかったなぁ」

「少し変わってて、流浪人なんだ。宿にも食堂にも雇われてはいない。ローセンダールに滞在している時に気まぐれに選んだ厨房で働かせて貰うらしい。勿論評判はすっごく良くて、皆雇わせてくれって頼み込むんだが、評判になるが早いか居なくなっちゃうんだよなぁ、だから噂にも残らないんだ」

「決まった厨房を持たない料理人とは変わってるね。タクミさんが言うとまた、ちょっと笑えるけど」

「なんだぁ? アセウス。変わり者は人のこと変わってるって言っちゃいけないとかないだろ」

「タクミさん、自認してるンすね。決まった厨房を持たないからこそ、この多彩な料理が作れるんだと思うぞ、アセウス。料理を探究する結果あちこち旅してるって考えたら、少しも変わってないよ。変わってるっていうのは噂も残らないくらいの早さで居なくなることじゃないかな」

「エルドフィンなかなか分かってるねぇ。その通り、あいつは色んな地域へ行っては、そこの料理を学んで来てるらしい。ただ、学んだ料理を再現したくても食材の問題があるだろ?」

「あ! それでタクミさんの協力ちからが必要なんだ!」

「アセウス正解! 俺の魔力ちからのことを上手く売り込んでさ、代わりにこうやって依頼を受けて貰えるようになったんだ。今回も事前に連絡して作って貰ったら、俺が奴のところに取りに行って、テーブルごと持ってきたってこと」

「転移魔法便利ですねー。そっか、連絡さえ取れれば、タクミさんならさすらいの料理人も専属契約出来るんだ」


 さすらいの料理人……っ、これはまさにがけっぷちイベント?!


「アセウス、お前シレンやったことあんのか?」

「シレン?」

「あ、いや、あるわけねぇよな。だいじょぶ、忘れて」


 …………コソッ
(「俺もエルドフィンとならどんな試練もだいじょぶだぜっ」)


「…………」


 俺にスゲー完全勘違いAnswerを耳打ちしたアセウスは
 (GOT NOTHING TO SAY!!)
 絶句して開いた口を閉じられず固まってる俺にニッと決め顔をしてみせた。

 ……ソーユーノ、モーイイデスゥ……。
 (IT'S MORE THAN ENOUGH)


「タクミ殿は上級魔法戦士なのか?」


 タクミ邸に着いてからずっと寡黙だったジトレフが、珍しく自分から口を開いた。
 最初の言葉がコレって、本当価値観一色の奴。

「そう呼ばれてた時もあったかな。でも、魔法戦士は辞めたんだ。俺は戦わない」

「「魔法戦士を辞めた??」」


 思わず食べる手を止めてジトレフとハモってしまった。
 ぬぬっ低音ハモり気持ち良いな……
 今度カラオケ仕込んでみるか……
 って、それは置ーいーとーいーて。


「あぁ。ほら、『冷たいグズル青布ブラール』巻いてないだろ?」

「タクミさん、返したんだって」

「「返し……た???」」

「そう。戦わなくたって、部隊に所属しなくたって、俺は魔法が使えたからね。ひねくれ者だったから、独りでいる方が楽だったし、戦うことに辟易としてたしぃ? で、ただの魔法使いになーりまーしたっ。だから……言うなら、規格外魔法使い?」


 にっこりと笑うと、小さな木の実の料理をポンッと口に放り込んだ。
 ジトレフの言葉を待つように、舌で転がして味わいながら
 うん、美味い、とまた至福の笑みを見せる。


「ジトレフはオッダ部隊の分隊長なんだっけ? 若いのに優秀だ。きっと仕事熱心で能力も高いんだろう」

「実は、ここにも任務で来ている。本隊に報告をしなければならないのだが、タクミ殿のことをどこまで報告して良いか教えていただけないか。本人に確認してからが良いと、アセウス殿から助言を受けている」


 俺もアセウスも苦笑いで黙々と口を動かす。
 ジトレフらしいっちゃジトレフらしいんだけどw
 タクミさん、どんな反応するかな? と横目で見たら
 意外にも笑顔のままジトレフに頷くと、アセウスに話しかけた。


「天使ちゃん……こんなゴッツい大人になっても健在なんだねぇ」

「え゛? なになに?」

「良い友に囲まれて、嬉しい一方、悔しいよ。とはいえ、心憎い気遣いをありがとう。ジトレフ、アセウスの助言通り、俺は《冷たいグズル青布ブラール》を辞めたりしてるから、町の部隊とはあまり関わりたくないんだ。可能であるなら、報告は必要最低限のことだけにして貰えると嬉しいかな」

「……ローセンダールの山頂の一つに転移魔法での移動を請け負っている魔法使いがいる、エイケン家との昔からの付き合いでベルゲンまで転移させて貰った、という報告はタクミ殿にとって問題ないだろうか」

「ありがとう、ジトレフ。助かるよ。他のことは聞かれても分からない、で濁しておいて。あ、転移請け負いの標準相場は報告しておいて貰った方がいいかな。ジトレフの分はアセウスが割引価格で支払ってることにして。一人転移で町の宿一人部屋十泊分だ」

「「十泊分?!?!」」

「そんなに驚く相場なのか?」

「いや、だって、ジトレフ、俺たち三十泊分払わなきゃなんだぜ? 往復したら六十泊分だ……。お前、払えるのかよ」

「……往復すると、資金不足でオッダに戻らないとならないな」

「タクミさん、エイケン家うちからもそんなに取ってるの? 確か昔は三泊分くらいじゃなかった?」

「あくまでも標準相場だから。団体割引とか、長期継続割引とかは設定してるし、俺はアセウスの親父さんが好きだから、そこまでの請求はしてないよ。ただ、魔法しごとの質も上がってるから値上がりはしてる。俺は別にエイケン家が好きなわけじゃないから、このまま代替わりしたら標準相場で請求すると思うよ」


 あ……。
 また微妙な空気。
 「このまま・・・・代替わりしたら・・・・・・・
 アセウスはどう考えてるんだろう……。


「そんなに高くても客に困らないとは、資金のあるところにはあるのだな」

「そうだねぇ、どちらかと言えば逆の考え方かな。資金のあるところに客がいるんだ。転移の目的次第では、決して法外に高い相場ではなくて、むしろ、安いんだよ。この辺は話すと長くなるけど……ジトレフって、なんか良いね。情報の証明欲求をくすぐられる。部隊辞めて、ここうちで転移魔法勉強してみない? 全部教えてやるよ」

「ちょっとっ! タクミさんっっ?!」

「あっははーーっっ! 冗談だよ、冗談!!」

「あの、勉強したら使えるようになるもんなんですか?」

「おっ? エルドフィン、弟子入りする? 勉強したからって使えるようにはならないと思うけど!」

「ならないンすか?!」

「だから冗談だってぇーっ」


 楽しそうに笑うイケメン(イケオジなのか?)は無敵だった。
 あの・・ジトレフですら、からかわれたというのに柔らかい表情をしていた。


「前はさぁ、転移対象者の誰かが行った記憶のある場所にしか行けなかったし、俺が一緒に転移しないと行けなかったろ? 研鑽を積んで今はもっと融通が利くようになったんだ」

「例えば?」

「俺がイメージ出来る範囲ならどこへでも、転移対象者が行ったことのない場所でも転移できる」

「え?! それってかなり凄くない?」

「だろー? それと、俺が必ずしも一緒に転移する必要がなくなった」

「まぢで?! それもかなり凄いんだけど!」

「片道で良ければどんどん送れる。だから、昨日みたいに一日に十件こなすことも出来る」

「ひぇ~~っ! どうやってそんなレベルアップ獲得したんですかーっ」

「……聞いちゃう? アセウスロスw」

オーレーっっ??」

「まさに天使の福音だねぇ。だからアセウスは永久無料使い放題! 復路はさすがに俺なしで呼び寄せるのは難しかったんだが、魔法陣を使えば出来ることが分かったんで、リピーターとか利用者の多い場所には魔法陣を設定してある」

「魔法陣っっ!!??」

「ベルゲンのソルベルグ家にも魔法陣は設定済みなんで、帰りもパッと呼び寄せてやるよ」


 すげーっすげーっっすげーーーっっっ
 この人、本物のスーパーガイじゃねぇか。
 今まで俺が見聞きしてきた魔法とレベルが違う。

 俺は二人の会話を聞いていて、ワクワクしてる自分に気がついた。
 持ってる奴は皆嫌いだと思ってたのに、
 タクミさんはかなりふざけた人なのに、
 なんでだろ? 俺、カッコいいって憧れてないか?

 仕事が出来て、有能で、
 だけどそれを鼻にかけない気さくさがあって。
 ユーモアがあって、飾らず偽らず正直で、
 揺るがない一本の芯が通ってて。
 そんな男に憧れるんだ……俺みたいに屈折しまくったやつでも。

 会社で誰一人尊敬できなかったけど、
 みんなクソな上に嫌な奴でキライだったけど、
 俺が向いてない・・・・・からじゃなくて、
 そーゆー・・・・人が居なかったからなんだろうか。
 だったら俺、あんなに思い詰める必要なかったのかも。


「へぇーっ、それはまた、使い途の多そうな魔法ちからだな」

「タクミ殿が了承してくれていれば、ベルゲンからでも普通に会話が出来ると思う。帰りの予定もアセウス殿に代わり知らせることが出来るから、是非使って欲しい」


 思わず考え耽っていたらしい俺は、慌てて会話を追いかける。
 離れていても会話が出来る魔力ちからのことをジトレフが話していた。


「サンキュー、ジトレフ。使わせて貰うよー。俺は何をしたらいいのかな?」

「私の声が聞こえたら、そこに私が居ると思って普通に話してくれればいい。それだけだ」

こっちから話したい時は?」

「それには対応出来ない」

「なるほどねー。てことはジトレフ、部隊への報告ってその都度してるんだろ?」

「……ある程度まとめてにはなるが、一応一~二日に一回は」

「てっきり帰ってからの報告だと思って答えてたぜ、俺。それだと、分かりません、じゃ済まないこともあるだろー。お前が気まずくならないように考えたいから、何か突っ込んで聞かれたら、そのまままた俺に聞いてくれなー」

「……分かった」


 いくつかの肉料理を食べ比べるようにつついていたタクミさんは、
 おもむろに立ち上がると、絶景を背にするように少しテーブルを離れる。
 俺たちはみんな、何が始まるのかと、タクミさんを目で追っていた。


「きっと、なんて奴か、名前は聞いてくるだろうなぁ。客には名前を教えてないから、付き合いの長い親しい者しか俺の名前は知らない。うっかり喋らないように気をつけてくれよ、ジトレフ。今や勝手につけられた通り名が名前のようなもんなんだ」


 絶景を背に優雅な動きで広げられた手の中には、いつの間にか細い樽を二本乗せたトレーがあった。
 それを持って戻りテーブルに置くと、二本の樽をそれぞれ開けて、空のカップに一緒に注ぎ入れる。

 水……? と赤黒い液体。
 漂う甘い発酵臭。
 これって……葡萄酒?!

 タクミさんはカップの中身をゴクッと喉を鳴らして飲む。
 ハァ……と至福の吐息が漏れた。


「俺は『ローセンダールの魔術師』って呼ばれてる」


『ローセンダールの魔術師』はご満悦な笑顔を俺たちに向けた。





―――――――――――――――――――
【冒険を共にするイケメン】
 戦乙女ゴンドゥルの形代 アセウス
 戦乙女ゴンドゥルの虜 ジトレフ
【冒険の協力者イケメン】
 ローセンダールの魔術師 タクミ
【冒険のアイテム】
 アセウスの魔剣
 青い塊
 黒い石の腕鎖ブレスレット
【冒険の目的地】
 ベルゲン
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