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序章
震える男②
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「ぃやだっっ止めてくれ……もぅ俺無理だっ……いやっっゆるして…………っっ」
身体中を震わせて、目の前の少年は潤んだ目で懇願した。
見下ろす黒い瞳はただただ黒く、夜の闇のように。
ジトレフ・ランドヴィーク、10歳。
ランドヴィーク家の至宝と呼び声高く『冷たい青布』を手にした彼は、入隊したその時点でオッダ部隊訓練生が誰一人として敵わない剣技を身につけていた。
「なんで……もぅ丸腰なのに……っっ」
地面に座り込んで半べそをかきながら訴える少年に、ジトレフは剣を振り上げた。
ジトレフの訓練相手は、ひっっ、と両腕を上げ身を庇う。
「ジトレフ、止め。実技訓練は終わりにする。ついてきなさい」
「分かりました」
即座に剣を納めたジトレフは声をかけた青年の後についていく。
認定審査の時に、オッダ部隊第二分隊長……と紹介された記憶がよみがえる。
10歳にしては長身のジトレフと、そう変わらない小柄な体躯。
頼りない外見とは裏腹に、認定審査で対戦した時は、時間いっぱいかけても倒せなかった。
「相手は剣を落として戦意を喪失していたのに、何故攻撃を続けた?」
責めるでもなく、淡々とした口調だった。
「武器を失ったらただ死を待つのですか? 剣がなくても戦意がなくても、戦いが終わるとは限りません。戦士たるものそのような状況こそ戦い続けなければなりません」
「……ジトレフ、残念だがオッダ部隊ではキミに提供できる実技訓練はない。キミに敵う者がオッダ部隊には居ないんだ」
分隊長の部屋へと続く、石造りの廊下を歩みながら話した。
思えばあれが、師と話した最初の時だったかもしれない。
「私はランドヴィーク家の後継者です。代々オッダ部隊の要職を務めてきた先代や一族に、幼少期から英才教育を受けています。実力差があって当然です。でも、分隊長には敵いませんでした」
「私はキミに倒されなかっただけで、キミを倒したわけじゃない。お陰でキミに恐れをなした奴らからキミの指導係を専任するように決められてね。これからは、私が必要と判断した内容以外は他の訓練生とは訓練過程を別にする。今後の実技訓練は全て教養に回す。キミは教えがいがありそうだから、こっちを教えようと思う」
分隊長の左手の指が二度ほど自分の頭を指し示し、小柄な身体に見合った小さな顔が笑った。
分隊長の執務室兼居室に足を踏み入れたのもあの日が初めてだった。
何もない殺風景な部屋を居心地良いと感じたのを今でも覚えている。
……懐かしいことを思い出したな、とジトレフは思った。
多分ジトレフの人生で初めての経験のせいか思う。
「何もしない」という時間。
目の前の湖を眺めてもなんだか落ち着かない、何もしないってどうすればいいんだ。
峠を越えた辺りで、脇の林へと入る道を示して、
「あとは下るだけでローセンダールだ。半日もかからないから、少しここで休憩して行こう」
そう、アセウス殿が言った。
深く林の中を進むと、湖の周囲に草地が開けたエリアにたどり着いた。
「うわっっここやっべーなぁ。じりじり来ますよ、アセウスさん。当然何度か来てるんですよね?」
「ふっふ~んっ。もう8年は来てないけど、その前は必ず来てたよ! テンション上がるなーっ!! ベストスポットも把握済みなんだよねーっ。どうしよっかなぁ~ヒント欲しい?」
「い・ら・ねぇーしっっ! じゃあ、集合場所はここな? 一刻くらい?」
「そんなもんかな。この辺で魔物が出たって話は聞いたことがないから、時間関係なく叫んでもいいし」
「了解!」
アセウス殿とエルドフィン殿が楽しそうに騒ぎ始めた。
事態が良く分からずにエルドフィン殿に聞くと
「ここ景色ヤバいだろ? 俺ら、旅先の景色が良い所では絶景スポットを探すことにしてるんだ。で、お互いに見せあって勝負してんの! 今回はアセウスが有利だからもたもたしてらんねぇーの!! ジトレフもやる? え、わかんねぇ?? なら、ここで時間潰してたら。俺ら遊んでるだけだから、お仕事解除してジトレフも好きなことしたらいいじゃん! え?? 特にない? めんどくせぇ奴だな、じゃあ何もしないで待ってれば?」
オッダから追行してきた理由を明かしても、お二人はまるで態度が変わらなかった。
むしろ、分かっていたことを明かした私を案じる素振りまであった。
何故話したのか。
彼らは不思議に思ったようだが、それは私自身もだった。
分からない……何もかもが。
一刻も、何もしない……いっそ寝てしまおうか、いや「寝る」は「何か」にならないか?
エルドフィン殿はよく難しいことを言う。
よく分からないことを言っては謎かけをしてくるあの人と少し似ている。
だから、思い出したのかもしれない……。
「ジトレフ、甲冑の常時装備はどういう狙い?」
遠征から戻ってきた分隊長は静かに私を見つめていた。
あれはどこでだったか。廊下か、分隊長の部屋か、それとも……。
「甲冑の重さを負担に感じる部隊員が増え、戦闘現場で十分な働きが出来ていません。そのための鍛練として考えました」
「……そう。面頬の着装は?」
「部隊員同士の馴れ合いを失くすために考えました。顔が見えるとどうしても個別の感情が生まれてしまいます」
「部隊員には人格も個性も要らない?」
「必要ないとは言いません。でも、障害になっている一面は確認しています。……分隊長が反対されるならばすぐに止めさせます。私は……」
「いや、私は賛同するよ……ねぇ、ジトレフ。私はジトレフにはもっと色を見て欲しい」
あれが一番訳が分からなかった。色なんてちゃんと見えている。
結局、最後まで分隊長を喜ばせることが出来なかった……
師に見合わない不肖の弟子。
辛くなるだけの回想から逃げるために目の前の光景に意識を戻した。
湖が広く、遠くまで続いている。
ジトレフが腰かけた、折れた大木の近くには僅かに樹木が残っていて、林へと繋がっている。
風がそよぐと、樹木の枝が揺れ、僅かな葉擦れが聞こえてくる。
意識を向けたせいか、鳥の声や虫の音などが調和した音楽のように耳に入ってきた。
なんだ?
視覚が捉えた不思議な感覚に目を凝らすと、強めの風が湖の方から流れてきた。
水面に起きたさざ波がキラキラと光を反射したかと思うと、
無数の輝きへと広がりながら、ジトレフの方へ走り抜けて来る。
ぶわぁっっ
光の洪水が風の音とともにジトレフの身体を襲った。
甲冑から露出している肌に、鳥肌が立つような、何かに目覚めるような感覚がする。
思わず立ち上がったジトレフには「色が見えた」。
湖を取り囲む様々な緑、水面に映り込む山と空の青、さざ波の白や金の縁取り、木々や岩の茶。
ジトレフの周りを360度、溢れる色彩が覆っていた。
思わず見回すジトレフの耳には微細な音が流れ込んでくる。
振動や情報ではない音の洪水は初めてだった。
身体全体が小さく震えた。
ジトレフはある衝動に駆られて、周囲を見回す。人の気配はない。
魔力を発動して辺り一帯に微細な振動をめぐらす。
二つの人間らしき反応を見つけた。好都合にも同じ場所にいるようだ。
ジトレフは、その場所へと駆け出した。
ハァッ ハァッ ハッ
道なき傾斜を登って、樹木の間を走り、息急き切ってそこへたどり着く。
「あれー? ジトレフさんも見つけちゃいました?」
「なんだよお前、興味無さそうなフリしてセンスあんなぁ。俺だってさっきやっとたどり着いたばっかだっつーのに。大正解らしぃからお前もその辺座れば」
アセウス殿と、少し離れたところにエルドフィン殿が座っている岩場の先には、
さっきの湖と繋がっているとおぼしき水面が見えた。
ここは少し高台になっている湖畔で、湖の色と水面に映る風景がより美しかった。
高さがあるせいで遠景もより際立っている。
二人の方へと少し進むと、岩肌のところに小さな滝のような流れが湖へと注ぎ混んでいるのが見えた。
神話の世界のように、すべてが印象深かった。
「しばらくここで堪能するので、ジトレフさんもその辺にでも座って、ゆっくりしてください」
アセウス殿が「その辺」と指し示した辺りの岩場に歩み寄り、腰を下ろす。
「知らなかった……こんなに、心を震わす景色があるんだな」
「旅の醍醐味の一つですね。でも、こういう感動って、誰かに伝えたいっていうか、一緒に体験できる人がいると倍増するっていうか……、一人じゃないから味わえる醍醐味とも思います。もう少ししたらジトレフさんも呼びに行こうって話してたんですよ」
プラチナブロンドのまつ毛の下の、ブルーグレーの瞳が嬉しそうに笑った。
昔読んだ書物の挿し絵のような端正な顔立ちをしていた。
「誰かに伝えたい」、衝動に襲われたジトレフには、彼の言葉がよく理解できた。
「色が……見えたんです」
ぼそり、とジトレフは呟いてみた。
アセウス殿は分隊長ではない。
でも、どんな反応を示すのか知りたかった。
「あぁ~っっなんか分かります! 初めの頃は特にだけど、いまだにその感覚はありますね、なんて説明すれば良いのか難しいけど。『色が見えた』かぁ……ジトレフさん、詩人ですね」
ぱあっと嬉しそうに破顔したその顔に、昔良く見た人の表情が重なった。
そう言えばあの人もこんな風に笑ったことがあった。
辛さから目を背けたいばかりに、大切な記憶も忘れていたのか。
「……ジトレフでいい。敬語もいらない。エルドフィン殿のように遠慮なく接して貰えるとありがたい」
予想外だったのか、アセウス殿の顔が真顔になって固まった。
それはそうだろう。相手の顔すらまともに見ていなかった奴が何を言う、だ。
「色」どころか、何も見えていなかった。
ただ、目に映していただけだ。
「それから……お二人が体験した旅の醍醐味を他にも教えて欲しい。理解の早い方ではないのだが、私ももっと学びたいんだ」
恥ずかしくても居たたまれなくても、過去にやってしまったことは変えられない。
だから、気づいた今この瞬間からは、後悔しないように伝えるだけだ。
これも分隊長が教えてくれたこと。
「……喜んで! ジトレフさんも……って、あ……。ジトレフもこれで俺らの旅仲間です……っだなっ。まだまだ道中長いし、一緒に楽しもう!!」
まつ毛と同じプラチナブロンドの髪が水面みたいに光を反射して眩しかった。
照れ臭そうに笑ったその顔からは、隠し事の出来なそうな、良い人柄が伝わってくる。
エルドフィン殿の言った通りだな。
そう思いながら、ジトレフは自分の顔がわずかにほころぶのを感じていた。
身体中を震わせて、目の前の少年は潤んだ目で懇願した。
見下ろす黒い瞳はただただ黒く、夜の闇のように。
ジトレフ・ランドヴィーク、10歳。
ランドヴィーク家の至宝と呼び声高く『冷たい青布』を手にした彼は、入隊したその時点でオッダ部隊訓練生が誰一人として敵わない剣技を身につけていた。
「なんで……もぅ丸腰なのに……っっ」
地面に座り込んで半べそをかきながら訴える少年に、ジトレフは剣を振り上げた。
ジトレフの訓練相手は、ひっっ、と両腕を上げ身を庇う。
「ジトレフ、止め。実技訓練は終わりにする。ついてきなさい」
「分かりました」
即座に剣を納めたジトレフは声をかけた青年の後についていく。
認定審査の時に、オッダ部隊第二分隊長……と紹介された記憶がよみがえる。
10歳にしては長身のジトレフと、そう変わらない小柄な体躯。
頼りない外見とは裏腹に、認定審査で対戦した時は、時間いっぱいかけても倒せなかった。
「相手は剣を落として戦意を喪失していたのに、何故攻撃を続けた?」
責めるでもなく、淡々とした口調だった。
「武器を失ったらただ死を待つのですか? 剣がなくても戦意がなくても、戦いが終わるとは限りません。戦士たるものそのような状況こそ戦い続けなければなりません」
「……ジトレフ、残念だがオッダ部隊ではキミに提供できる実技訓練はない。キミに敵う者がオッダ部隊には居ないんだ」
分隊長の部屋へと続く、石造りの廊下を歩みながら話した。
思えばあれが、師と話した最初の時だったかもしれない。
「私はランドヴィーク家の後継者です。代々オッダ部隊の要職を務めてきた先代や一族に、幼少期から英才教育を受けています。実力差があって当然です。でも、分隊長には敵いませんでした」
「私はキミに倒されなかっただけで、キミを倒したわけじゃない。お陰でキミに恐れをなした奴らからキミの指導係を専任するように決められてね。これからは、私が必要と判断した内容以外は他の訓練生とは訓練過程を別にする。今後の実技訓練は全て教養に回す。キミは教えがいがありそうだから、こっちを教えようと思う」
分隊長の左手の指が二度ほど自分の頭を指し示し、小柄な身体に見合った小さな顔が笑った。
分隊長の執務室兼居室に足を踏み入れたのもあの日が初めてだった。
何もない殺風景な部屋を居心地良いと感じたのを今でも覚えている。
……懐かしいことを思い出したな、とジトレフは思った。
多分ジトレフの人生で初めての経験のせいか思う。
「何もしない」という時間。
目の前の湖を眺めてもなんだか落ち着かない、何もしないってどうすればいいんだ。
峠を越えた辺りで、脇の林へと入る道を示して、
「あとは下るだけでローセンダールだ。半日もかからないから、少しここで休憩して行こう」
そう、アセウス殿が言った。
深く林の中を進むと、湖の周囲に草地が開けたエリアにたどり着いた。
「うわっっここやっべーなぁ。じりじり来ますよ、アセウスさん。当然何度か来てるんですよね?」
「ふっふ~んっ。もう8年は来てないけど、その前は必ず来てたよ! テンション上がるなーっ!! ベストスポットも把握済みなんだよねーっ。どうしよっかなぁ~ヒント欲しい?」
「い・ら・ねぇーしっっ! じゃあ、集合場所はここな? 一刻くらい?」
「そんなもんかな。この辺で魔物が出たって話は聞いたことがないから、時間関係なく叫んでもいいし」
「了解!」
アセウス殿とエルドフィン殿が楽しそうに騒ぎ始めた。
事態が良く分からずにエルドフィン殿に聞くと
「ここ景色ヤバいだろ? 俺ら、旅先の景色が良い所では絶景スポットを探すことにしてるんだ。で、お互いに見せあって勝負してんの! 今回はアセウスが有利だからもたもたしてらんねぇーの!! ジトレフもやる? え、わかんねぇ?? なら、ここで時間潰してたら。俺ら遊んでるだけだから、お仕事解除してジトレフも好きなことしたらいいじゃん! え?? 特にない? めんどくせぇ奴だな、じゃあ何もしないで待ってれば?」
オッダから追行してきた理由を明かしても、お二人はまるで態度が変わらなかった。
むしろ、分かっていたことを明かした私を案じる素振りまであった。
何故話したのか。
彼らは不思議に思ったようだが、それは私自身もだった。
分からない……何もかもが。
一刻も、何もしない……いっそ寝てしまおうか、いや「寝る」は「何か」にならないか?
エルドフィン殿はよく難しいことを言う。
よく分からないことを言っては謎かけをしてくるあの人と少し似ている。
だから、思い出したのかもしれない……。
「ジトレフ、甲冑の常時装備はどういう狙い?」
遠征から戻ってきた分隊長は静かに私を見つめていた。
あれはどこでだったか。廊下か、分隊長の部屋か、それとも……。
「甲冑の重さを負担に感じる部隊員が増え、戦闘現場で十分な働きが出来ていません。そのための鍛練として考えました」
「……そう。面頬の着装は?」
「部隊員同士の馴れ合いを失くすために考えました。顔が見えるとどうしても個別の感情が生まれてしまいます」
「部隊員には人格も個性も要らない?」
「必要ないとは言いません。でも、障害になっている一面は確認しています。……分隊長が反対されるならばすぐに止めさせます。私は……」
「いや、私は賛同するよ……ねぇ、ジトレフ。私はジトレフにはもっと色を見て欲しい」
あれが一番訳が分からなかった。色なんてちゃんと見えている。
結局、最後まで分隊長を喜ばせることが出来なかった……
師に見合わない不肖の弟子。
辛くなるだけの回想から逃げるために目の前の光景に意識を戻した。
湖が広く、遠くまで続いている。
ジトレフが腰かけた、折れた大木の近くには僅かに樹木が残っていて、林へと繋がっている。
風がそよぐと、樹木の枝が揺れ、僅かな葉擦れが聞こえてくる。
意識を向けたせいか、鳥の声や虫の音などが調和した音楽のように耳に入ってきた。
なんだ?
視覚が捉えた不思議な感覚に目を凝らすと、強めの風が湖の方から流れてきた。
水面に起きたさざ波がキラキラと光を反射したかと思うと、
無数の輝きへと広がりながら、ジトレフの方へ走り抜けて来る。
ぶわぁっっ
光の洪水が風の音とともにジトレフの身体を襲った。
甲冑から露出している肌に、鳥肌が立つような、何かに目覚めるような感覚がする。
思わず立ち上がったジトレフには「色が見えた」。
湖を取り囲む様々な緑、水面に映り込む山と空の青、さざ波の白や金の縁取り、木々や岩の茶。
ジトレフの周りを360度、溢れる色彩が覆っていた。
思わず見回すジトレフの耳には微細な音が流れ込んでくる。
振動や情報ではない音の洪水は初めてだった。
身体全体が小さく震えた。
ジトレフはある衝動に駆られて、周囲を見回す。人の気配はない。
魔力を発動して辺り一帯に微細な振動をめぐらす。
二つの人間らしき反応を見つけた。好都合にも同じ場所にいるようだ。
ジトレフは、その場所へと駆け出した。
ハァッ ハァッ ハッ
道なき傾斜を登って、樹木の間を走り、息急き切ってそこへたどり着く。
「あれー? ジトレフさんも見つけちゃいました?」
「なんだよお前、興味無さそうなフリしてセンスあんなぁ。俺だってさっきやっとたどり着いたばっかだっつーのに。大正解らしぃからお前もその辺座れば」
アセウス殿と、少し離れたところにエルドフィン殿が座っている岩場の先には、
さっきの湖と繋がっているとおぼしき水面が見えた。
ここは少し高台になっている湖畔で、湖の色と水面に映る風景がより美しかった。
高さがあるせいで遠景もより際立っている。
二人の方へと少し進むと、岩肌のところに小さな滝のような流れが湖へと注ぎ混んでいるのが見えた。
神話の世界のように、すべてが印象深かった。
「しばらくここで堪能するので、ジトレフさんもその辺にでも座って、ゆっくりしてください」
アセウス殿が「その辺」と指し示した辺りの岩場に歩み寄り、腰を下ろす。
「知らなかった……こんなに、心を震わす景色があるんだな」
「旅の醍醐味の一つですね。でも、こういう感動って、誰かに伝えたいっていうか、一緒に体験できる人がいると倍増するっていうか……、一人じゃないから味わえる醍醐味とも思います。もう少ししたらジトレフさんも呼びに行こうって話してたんですよ」
プラチナブロンドのまつ毛の下の、ブルーグレーの瞳が嬉しそうに笑った。
昔読んだ書物の挿し絵のような端正な顔立ちをしていた。
「誰かに伝えたい」、衝動に襲われたジトレフには、彼の言葉がよく理解できた。
「色が……見えたんです」
ぼそり、とジトレフは呟いてみた。
アセウス殿は分隊長ではない。
でも、どんな反応を示すのか知りたかった。
「あぁ~っっなんか分かります! 初めの頃は特にだけど、いまだにその感覚はありますね、なんて説明すれば良いのか難しいけど。『色が見えた』かぁ……ジトレフさん、詩人ですね」
ぱあっと嬉しそうに破顔したその顔に、昔良く見た人の表情が重なった。
そう言えばあの人もこんな風に笑ったことがあった。
辛さから目を背けたいばかりに、大切な記憶も忘れていたのか。
「……ジトレフでいい。敬語もいらない。エルドフィン殿のように遠慮なく接して貰えるとありがたい」
予想外だったのか、アセウス殿の顔が真顔になって固まった。
それはそうだろう。相手の顔すらまともに見ていなかった奴が何を言う、だ。
「色」どころか、何も見えていなかった。
ただ、目に映していただけだ。
「それから……お二人が体験した旅の醍醐味を他にも教えて欲しい。理解の早い方ではないのだが、私ももっと学びたいんだ」
恥ずかしくても居たたまれなくても、過去にやってしまったことは変えられない。
だから、気づいた今この瞬間からは、後悔しないように伝えるだけだ。
これも分隊長が教えてくれたこと。
「……喜んで! ジトレフさんも……って、あ……。ジトレフもこれで俺らの旅仲間です……っだなっ。まだまだ道中長いし、一緒に楽しもう!!」
まつ毛と同じプラチナブロンドの髪が水面みたいに光を反射して眩しかった。
照れ臭そうに笑ったその顔からは、隠し事の出来なそうな、良い人柄が伝わってくる。
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