鐘が鳴るときに

プーヤン

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第8話 すべては遅く。過ぎるは早く。

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所謂、税の再見積もり計画は僕が兄に勧めていたものだった。

しかし、父の後継ぎである彼はそう易々と首を縦には振らない。分かっていたことであったが、このままでは領民は困窮を極めて、死に絶えるのみである。まあ、このままこの状況が続けばの話だ。

いまならまだ間に合う。
しかし叶わぬ願いなのかもしれない。

そう打診して一カ月が経とうというとき、兄は税の再見積もりを決行した。

これはおかしい。

彼は領民思いな人間でも、人権派の一派が彼に近づいた形跡もない。かといって領民の一部が暴徒化し、役所を襲ったときも笑って帰したわけではない。皆殺しにしてその事件自体を隠蔽した。

ならばなぜ彼はこの計画を決行したのか。

分かったことは他の者が彼に近づいていた。それは、他国の貴族と、王政反対派の一派だ。

彼らはこの国を中から崩そうとしていた。

時はちょうど王が姿を見せなくなった頃からだ。

そうして、彼らは隻眼の魔女を奉りたてて結束を強めていった。

何故に領民を肥やすのか?

それは、他国貴族が人のいない枯渇した土地に用はないからだろう。騒動が終われば兄は用済みだが、それなりの地位と名誉が与えられ娯楽を極めた生活を送れるとでも唆されたのだろう。まあ、嘘だろうが。

そこで僕が動くことは出来ない。

彼の後ろには王族側近の侯爵やらがおり、下手に動けば僕は首を取られて終わりだ。動くのが遅かった。かといって彼の愚行を王国に知らせたところで後ろの人間に揉み消されて終わりだ。

ああ、もう終わりだ。

僕に出来ることはない。

もう分かり切ったことだ。

無論、彼らの計画も上手くはいかないだろう。僕だって寝ていたわけではない。

彼らの計画は次の王が知っているだろう。もう伝令が王都に着いた頃だ。そこには謀反を行っている貴族、商人の名が刻まれている。王の側近はこの報せをどう扱うかは分からない。しかし、揉み消されはしない。そうはさせない。そのためにいろんなルートをたどって百通以上の伝令が彼らに届くように仕向けた。

その伝令を受け取った何人が動くか分からないが、どのみち動かざる得ない事態になる。もし隻眼の魔女が動くなら今だ。

なら、もう王政は終わる。次の王の誕生だ。

この第三区の悪人もほとんど目に見えて悪事を働いていた人間はいない。下の人間が次々に消されていることから彼らも焦っているだろう。日夜、掃除に何人も派遣し、僕自身もこの手を悪に染めていた。

しかし、すべては外から見れば酷く愚かに見えるだろう。
自分の首を絞めるために動く男は酷く滑稽に見える。
これは、言わば第3区の貴族を自ら売っているようなものだ。

 

こうして、悪人を断罪することが必ずしも正義だとは思わない。しかし、幼少期に思ったのだ。

少年が泣く姿をみて思ったのだ。

どこかで泣く人間がいる以上、僕は動かなくてはならないと。

しかし現実は非情にすべてを救うことは無理だと気づいた。それならば、目に見える範囲だけでも僕は自分の思う正義に従い良い方向に正すべきだと。それが良いことかは分からない。

しかし、やると決めた。

それは、兄と父の所業を見てきた僕の責任である。

第3区の貴族もその他のすべてに関係のある物は消えるかもしれない。次の王は売国奴を許しはしないだろう。それも中核の人間には重い罪が下されるはずだ。
ああ、しかしそれを教えたのは自分だ。
すべて遅過ぎた。
もう一旦終わるしかない。
僕は父も兄も変えれなかった。
もう終わりだ。
この第3区も一新されるだろう。しかし、あの鐘は残したいな。
あの鐘が昔の貴族の他国の軍を呼び寄せる奇襲の合図の為に建てられたものであり、税金逃れの建物であろうと。
それを今回も使うつもりであるだろうがもう遅い。
事は静かに起こっている。
 しかし、あの鐘は彼が好きだと言った。
あれは民に一日を終わりを報せる鐘であり、明日を報せる鐘だ。

 

 

「支度が整いました。今までありがとうございました。」

「ああ。シェリルが今からいくフォール家は良い人たちだよ。安心していい。」

今日は、シェリルが家を発つ日であった。彼女はこれから起こる出来事に巻き込むべきではない。兄の家の人間にも勧めていたが、すべて断られた。彼の家の人間は彼のもとで甘い汁を吸いすぎた。もう元には戻れまい。

「ロイド様、最後にお願いがあります。」

「ん?」

「…………てください。」

確かに聞こえた。

しかし、それは受けられないお願いだ。

「それは多分、無理だ。でもシェリルの幸せは僕が一番望んでいる。だから、元気で。」

「はい。お元気で。‥‥‥‥‥そういえば、最後にキスして頂けませんか?」

「え?」

「思えば私は今までずっとこの家にいたので恋を知らないのです。このまま出てはすぐに男性に誑かされてしまいます。」

「それが理由でも、僕には出来ない。君にそういう事をするのは僕のポリシーにはんす‥‥‥」


その瞬間、彼女の唇が僕の唇に触れていた。
僕は少しハニカムと彼女の頬がじわじわと赤く色づく様を見た。

「知ってました。ロンド様がお父様から私を遠ざけるために呼んでくれた事。だから私にそういった事を何一つなされないことも。でも私は良かったんです。この何十年もの間、いつでも。」

「大丈夫。ちゃんと気持ちは知っていた。僕も。だからこそシェリルには幸せになってほしい。」

「では、最後にロイド様から。初めての想いもなにもかもこの家に置いて行くので。」

僕は初めて好きな女性にキスをした。
そうして、彼女が去っていく背中を見て何かを無くした気がして悲しくなった。
それは初めてで最後の恋だった。
僕はきっと彼女を思い出して泣くだろう。
しかし、涙も乾かぬうちに僕は歴史に消える。



僕は家に届いた一通の手紙を見る。
HITOMIという変わった文字の差出人の手紙だが、封を開け読み終えるとその手紙は燃え上がり消えた。
いわゆる魔法便というものだ。
僕はすぐに気付いた。
これは隻眼の魔女からの手紙だ。


 

 
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