となりに美少女が引っ越してきた

プーヤン

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第9話

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 会社への行きの電車に揺られ、同じように揺れるサラリーマンを胡乱げな瞳で見ていた。

 僕も彼らと一緒であるわけだが、どうにも落ち着かない。
 このまま、この電車が最後に停まる駅まで行ってみようと思った。
 どこまでも続く長い線路の先に何があるのか気になったのだ。

 そうして、馬鹿な顔で、スーツを着込み、最後の駅で降りた。
 結論。何もなかった。
 ただ、何もない街が続いているだけであった。
 僕はその町を歩いて、何かを探していた。
 確か、前にもこんなことをしていた。

 大学時代、愛美とのデートの日に、飛び乗った電車で目的地を通り過ぎ、終点まで行ってみた。そして、当てもなくぶらついた。
 煙草を吸って、知らない町の知らない空を見ていた。
 結論。何もなかった。

 僕は何をしているのだろうと振り返ってみて、ああ。違う。
 僕は何もしていないんだと悟ってみれば、結局、探し物はすぐに分かった。
  
 知らない土地で聞こえてきた音色はある曲であった。それは別れの曲であった。
  
 何年も経っているのにも関わらず、未だに僕は彼女に依存しているのかもしれない。
  
 彼女のCDを聴き、感傷に浸る僕を愛美は責め立てることもせず、ただじっと見守っていた。昔の僕のように。
  
  
  
 ある時、母からの電話で彼女が地元のコンサート会場に出演する旨とそのチケットが彼女から送られてきた旨を聞かされた。
 無論、僕はその会場に足を運ぶことはないだろう。そう思っていた。
  
 しかし、父の持病の悪化による入院をきっかけに地元に一度戻らなくてはいけなくなった。
  
 これほど、どこかに行くのが億劫になったのは初めてだ。愛美に変わりに行ってもらおうかと人間としては最低の考えに至るまでであった。
  
 コンサートを控える彼女も地元に帰省しているに違いない。
 今の自分が彼女と再会して良いことなど何もないのだ。
  
 僕は、とりあえず切符を握りしめると、地元行きの電車に乗り込んだ。
  
 移動の間、彼女のことを考えてしまう。心とは裏腹に、彼女の姿や声、ピアノの音が脳を駆け巡るのだ。
  
 もう、彼女の居場所はおろか、連絡先すら知らないのに。
  
 電車のホームで、時間つぶしに煙草を吸っていれば、煙を目で追いかけているうちに夜になってしまった。

 しょうがないので今日は行くのをやめて、家に帰ろう。
 となれば、全て無かった事になり、僕は明日も
 馬鹿な顔でタバコを吸える。
  
 しかし、そこまで馬鹿になるには僕の体は大きくなり過ぎた。
 あの頃のように小さな影はもう見えない。
  
 実家に戻ると、そのまま病院に直行した。
 病院の道のりまで、バスで向かうと、町は少しだが姿を変えていた。
 あったはずの商店や、ファミリーレストラン、家の裏山はなくなり、新興住宅地やコンビニに変わっていた。
 それを見て、ふと悲しくなった。

 地元に対して何の感慨も抱いていなかったのに戻ってくると、彼女と出会った実家の前、登校した道、学校のことなどを思いだす。そして、だれにも会いたくない感情に支配される。
 さして、知り合いと呼べる人間もいないのだが。
  
 病院に着くと、父の病室に向かった。
  
 病院に満ちている薬品のにおいなのか、独特のにおいに忌避感を覚えるのはだれしもがそうだと思う。僕もその一人だ。
  
 父親の病状も安心できるレベルまで戻ったと、今朝、母からの連絡で知っていた。なので、ここに来たことは徒労に終わるわけだ。
  
 しかし、何かが僕をここに連れてきた。
  
 それは、地元に来る口実としては都合のいいものだったからかもしれない。
 彼女に会えるかもしれないという考えと会いたくないという、相反する気持ちに揺れ動かされて、今ここに立っているのかもしれない。
  
 病室のドアを開くと、母が父の隣に寄り添い、缶ジュースを飲んでいた。
  
 病室の父は割かし元気に見えた。
 しかし、今まで、見てきた父の姿とはどこか違う。たった二、三年離れただけでここまで印象が変わるものかと驚愕した。
  
 父は小さくなっていた。
  
 それは、見た目もそうだが、昔のように畏怖すべき大人の男という印象を持てなかった。
  
 僕だけは馬鹿な精神を持ち続けているが、時間は着実に進んでいる。僕を置き去りにして。
  
 父は今までのような横柄な態度、無駄に大きな声ではなく、どこか切なさのこもる小さな声になっていた。

 僕が高校の時に、発破をかけ、大学に行かずは人あらずと怒鳴っていた男だとは到底思えない。
 優しい声色に、穏やかな表情なのは、持病のためだけではないのだろう。
 時が人を、町を変えていく。
  
 皆、それぞれ変わっていくのだ。
  
 僕だけが変わっていない。
  
 父の病室を去る際に、母に彼女のコンサートのチケットを無理やり渡された。久しぶりに会ってきなさいと。
 僕はチケットをズボンのポケットに入れると、病院を後にした。
  
 急いでここを離れようと思ったのだ。この地元を離れて、また意味のない生活を続けよう。

 ここから死ぬまで。いつまでだって逃げ続けてやると。
  
  

  
 病院の自動ドアを待つのも我慢ならないほど、急いで最寄りの駅に向かう。
  
 空気は澄んでいて、彼女の演奏を初めて聞いた朝のように風は少し冷たく、駅の周りは静寂に包まれていた。
  
 ホームに立つと人影はなく、閑散としていた。
  
 あたりを見渡し、ベンチを見つけると、そこに人が座っているのに気が付く。

 後ろ姿で誰だかすぐに分かった。
  
 彼女であった。
  

  
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