弱気な剣聖と強気な勇者

プーヤン

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第10話

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夜風が肩をさっと撫でていき、肌寒さを覚える。

勇者は壁際に来ると、私のためかそれとも自分が寒さを感じたからなのか静かにドアを閉めた。

しかし、その時発せられた小さな音は二人しかいないこの部屋に響いて、私は思わず彼を見た。

勇者はグラスをテーブルに置くと、こちらに居直り、微笑を讃えてこちらに問う。

「それで、シエラ。君はどうする?明日の計画に乗るか?」

私は毅然とした態度で言葉を返す。

「それよりも、勇者に対しても聞きたいことが有る。
何故、私にその判断を委ねた?勇者なら私に今まで通り下手に出て、頼み込むこともできたし、こんな世間知らずな小娘だ。
騙くらかして私を意のままに操ることも出来ただろう?」

私の言葉に勇者は乾いた笑いが部屋に響いたかと思えば、彼の呼気がそのまま室内の音を引き取った。

「おいおい。俺はシエラにどんな風に見えてるんだよ?
まぁ、魔王にもそれは言われたな。その方が計画も立てやすいと。でも俺はそれが良いとは思えなかった。なんでだろう。シエラの自由を束縛するべきではないって思ったのかもしれないな」

「何故?」

私はただ単純に知りたくなった。彼は何故に私にこんな形で選択肢を与えたのか。

沈黙が急に訪れて、私と勇者の間に静寂という壁が生まれ、得てしてそれは二人が必要としていたのかもしれない。

私は肩をさすりながら、彼が口を開くのを待った。

「………多分。似ていたからかな。
俺は前の世界では自分から何かを選んだことが少なかったから。
親の言う通り、名門校に進み、大企業に勤めた。そうして人の用意したレールに乗って生きてきたような気がする。
シエラもそうだろう?……… いや、聞いていたんだ。
王に君の情報を全部聞いていた。母のもとを離されて、ロード家の言うままに育てられ、今も王族の言うままに動いている。だから、俺は君に選択肢を用意した。」

「そうか。………それは、平たく言えばお前たちの味方をするのか、それとも王に仕えてお前たちの計画を阻止するのかとそういうことだろう?」

「ああ。そういうことだ。どちらを選んでもいい。君には選ぶ権利がある」

勇者は悠然と構えて、夜の窓に反射する月光に目を移した。すべて話し終えたという彼の意思表示のようにも捉えられた。

私はその時、なんとも言えぬ感情に支配される。

彼は今までの私の知っている彼ではない。優しく誠実な男ではない。

狡賢く、冷徹な部分も持ち合わせた男だ。

周りの国々への計らいも終わり、魔王とも手を組んで計画的犯行に移ろうとすると見せつけておきながら、どちらにつくのか選ばせる。

意図してこれを行っているなら狡猾な男である。

その男を前に選択肢を迫られて、私はこれからの自分の人生ではなく、自分の心に戸惑いが生まれていた。

自分は本当にこの男が好きだったのかどうかという疑問。

そして、彼は私の選択次第では直ちに私を切り捨てる算段であろうことに切なさが入り混じる。

彼にとって私はその程度の存在なのかと泣きそうになるのだ。

それが、先ほどの自分の中に渦巻く、豹変した彼に対する私の感情の答えであるのだが、今の私にはその点と点を繋げる論理的思考は皆無だった。

それよりも、揺れ動かさた心を必死に保つほうに神経は注がれていた。

「いや、勘違いしてほしくないのは、別に人に敷かれたレールに乗って生きることは悪いことではないということだ。
俺は別にそれが不幸せだとはこれっぽっちも思わない。
それはある意味でいかなる責任も放棄出来ということだしな。
でも、自由意志のもとに自分の生き方を選択するのもいい。だから、それを提示するべきだと思ったんだ」

「ああ。それはそうなのだろう」

それはそうなのだがこの話には何かが著しく欠落している。

それは酷く単純な構造であり、かと思えば酷く難解な心理的問題。
彼は私の反応も気にせず、話を続ける。

「しかし、その選択次第では色々な重荷を背負うことにもなる。
このまま王の下で生きる選択は君の生き方を維持するだけだ。
俺の味方になれば確かに生き方は自由に選べるが、その選ぶぬくストレス、そしてもしかしたら君が生きてきたことへの否定につながるかもしれない。君も知っての通りあの王は底なしの屑だしな。そんな人間の下で働いていたんだ。今までの仕事が黒いものかもしれない」

彼は最後に王は唾棄すべき男であると罵りを付け加えた。

「そうか………勇者はどう思う?私はどちらにつけばいいと思う?」

「それは俺の口から言うことではない。それはシエラが決めるべきことだ」

勇者は今度こそ言うべきことは言ったのか、少しの沈黙の後、私から一番遠い位置にある椅子に腰かけた。

それを私は目で追いつつも、もう答えは出ている気がした。

なぜだろう。無責任にも私は答えを決めたいのではなかった。

自分の人生など誰かに選択肢を出されて決めるものでもない。
しかし、その人生を決めてほしかった。

そう。答えを知りたかったのだ。

ここまできても彼の答えを期待していたのかもしれない。

「それは私の自由意志の尊重か?」

「ああ。その通りだ」

「私はお前らの仲間になってお前に与すればそれがお前にとっての最良か?」

「まぁ計画に幅が出るし、成功率も上がるな」

「そうか………もう止まらないんだな。この計画は」

「そうだ。先ほどはお茶らけて言っていてが、俺がここでこの国を壊しておかないと次にも俺と似たような被害者が出る。
これ以上、転移なんぞに巻き込まれる人間が出るのは馬鹿らしい。
まぁ、それに地下監獄も悲惨なもんだ。そうした非人道的な部分を払拭するのがある意味で、勇者としての真の慈善活動ではないかとも思う」

「そうか………それがお前の答えか?」

「ああ。それ以外にない」

私は一瞬、喉に出かかった言葉を飲み込み、彼の瞳を見る。
全くぶれず、意思の強さを感じる瞳だ。しかし、私はそこに妙な不安と恐怖を感じる。

それは自分の心の弱さを露呈させるようで、私は深く息を吸った。そして吐き出すと同時に彼に問う。

「自由意志とやらも分かった。何故、私にだけ内緒で事が進んでいたかもな。でも………それでは私の感情は二の次か?」

私は無意識に彼を睨みつけていた。それは無論、怒りなどではない。

「自由を与えている」

「ああ。その通りだ。その通りだろう。でも、私の感情は無視するのか!?
………そう聞いている」

私の急な感情の起伏に彼は面食らったように身構える。それは怒りというよりも悲しみに近い感情だ。

私は泣きそうな心を必死に守って、彼と対峙しているのだ。

「感情?………いや、シエラに内緒にしていたのは悪いとは思っていた。しかし他の勇者パーティーも知ったのは一昨日のことだ。少しの日のズレだろう?」

彼は私をあやすように、語気を押さえて、極めて冷静に話す。
しかし、その余裕のある顔に私は未だ湧き上がる感情をコントロールできない。

「少しな………勇者。お前は私に対して初めてお前がお前として言ったことを覚えているか?」

「初めて?………俺が俺として?
………いや。謁見の間で初めて会った時のことか?」

勇者は首をかしげて、こちらの意図を読もうと目を細める。

「………なんだ。そうか。………いや。これでは単なる私の思い込み。私が一人で喜んでいただけなのだろう………。」

「何を言って………」

私の答えは決まっていた。

なんだ。考えるまでもない。

初めから私は生き方なんてものを選択する自由なんて煩わしい考え方で動いていなかったではないか。
母を助けるべく動いていた。そこには確かな自分の意思があった。

今回もそうだ。

国のために魔王を討伐する旅に出る?自分の生活の確保のために王の下で生きて、その為に旅に出ている?そのためだけに戦っていたのか?

違う。それだけではない。

私は自分の矜持のために生きれるほど強かではない。

自分の生活のために時間と己の魂をすり減らしたいたわけではない。

それだけではない。

ただ貴方が前で戦うからそれを守りたかった。それだけだった。

それだけのためにここまで頑張っていた。それを自由意志のもとに捨てて、どちらか選べと言う。

これがなんと悲しいことか彼には理解できないのだ。

「勇者」

勇者は急に静かになった私に困惑しながらも、こちらに視線を合わせる。

「残念だが。答えは出ている。私はお前の味方にはならない。」

勇者は眉間に皺が寄り、顔を顰めた。

そうして、彼のその困った顔になんとも言えぬ優越感と、自分の悲しみが少しでも軽減するかと考えたがそんなことはなく、酷く冷めた感情に支配された。

「この腐った国に与するのか?それが答えか?」

彼の口から重々しく吐き出された最後の問い。私は無視し、彼の部屋から出ようと、そのままドアに向かって歩く。

確かに非人道的な行為やら圧政に耐える人々がいるのだろう。
しかし、それを明日にすべて破壊し解決するべきなのか私には分からない。慎重に事を進めるべきかもしれない。そして、それを救える一手が私にあるのかも疑わしきことだ。
なにより、今の私に勇者に与するという選択肢はない。

ならば、最後に従うのはこの心のみ。

自由意志と言うなら、私は自分の心に従って勇者に逆らおう。
それが私の心の。
いや、私の初恋に対する答えだ。

「お前の計画は私が阻止しよう。それでは」

私はそのまま、彼の部屋から出た。

なんとも愚かなことだ。好きな人間の邪魔をして、それが何の為になるのかなんて分からない。
敵だと認定されて、切り捨てられるかもしれない。

しかし、私にはこれ以外に道がないように思われた。それは結局、埋まらぬ恋の迷路の出口に続いていると思った。

私の揺れ動く心とは裏腹に何故か謎の高揚感に包まれた。
それは、今のが初恋の告白だったからかもしれない。


 

 

 
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