旧校舎の闇子さん

プーヤン

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第15話 透明な答え

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「……………………なんで?なんでそんな事を言うの?」

深い沈黙の中でやっと吐き出せたのはそんな疑問の言葉のみだった。

冴子さんの睫毛は礼をすると、その顔は儚げに揺れている。透明に揺れて、漂う彼女の生活に僕は必要ないと言われたようなものだ。

僕はどうにか考え直してほしいと懇願するしかないのだ。

すると冴子さんはその小さな口を開いた。

「ずっと。……………………ずっと考えていたの。私は貴方の大事な時間を奪っているんじゃないかって。貴方の時間を何もこんな終わってしまった人間に捧げなくてもいいのではないかって。そう思っていたの。」

そう滔々と語る彼女の傍らで僕は苛立ちを隠せない。

なぜみんな、僕になにも聞かずに勝手に決めるのか。一言でも相談してくれたらよかったのに。

一言でも言ってくれれば、こんなことにはなっていないかもしれないじゃないか。

「千歳ちゃんは良い子よ。あんな子と仲良くなれることはこの先ないかもしれないわ。ちゃんと謝って彼女と友達になって、それから友達も増やして。とにかく貴方に真っ当に生きてほしいと思ったのよ。だってそうでしょ?私との人生に未来はないのよ?」

それは彼女の自分に対する悲鳴ともとれる言葉であった。

分かっていることだった。

彼女といても未来はないかもしれない。

でも、僕は貴方が好きなのだ。

今は貴方以外とはいたくない。

それを否定されれば、何のために生きているのかまた分からなくなる。

僕がどういう答えを提示すれば、彼女を説得できるのだろう。

彼女の言うことに間違いは一つもないのに。

なら、彼女の言う通りに彼女との関係を断って、谷さんに謝りに行ってこの先、生きていくか?

いや、それは嫌だ。

なんだ。いろんなことを考えて最後には、感情を優先させる。

思うところはあれど、僕は彼女と一緒にいたい。

「それは確かに冴子さんの言う通りだ。言う通りだけど、僕の思いはどうなるの?それは無視して勝手に決めるの?冴子さんも僕の感情など関係ないって言うのか?」

「それは……………………。」

あまりに酷な問いかけをしていることは分かっている。

僕は冴子さんの覚悟に泥を塗る行為であることも重々承知している。

けれども、彼女に分かってほしい。まやかしでも、勘違いでもなく彼女を愛しているという僕の気持ちに。

「僕は今の時間を本当に大切に思っているんだ。それは冴子さんと一緒にいるからだよ。冴子さんといるから楽しいし、寂しいし、切ないんだ。この想いは冴子さんにも否定させない。僕にしか許されない想いなんだ。」

「うん。でも…………。」

僕は冴子さんにキスをする。

それは僕の薄い唇を冴子さんの熟れた果実のようなその唇に押し当てて、彼女に気持ちを押し付ける行為だ。

僕の自分の欲を彼女に押し付ける行為そのものだ。

冴子さんは固まってこちらを見ている。

しかし、僕は後悔などしていない。

これがおかしな事だって客観的視点からなら言えるが、そんなものは関係ない。

「わ…………私、初めてなのに。なんでだろう。」

それは空を切るだけなのに。彼女と重ねた唇は熱を帯びていて、彼女の目を見る。

彼女の瞳は濡れていて、頬は透けていても分かるほど赤らんでいた。

濡れた瞳に僕が映る。

「どうして?」

「冴子さんが分からず屋だから。」

「そう。」

冴子さんは透けた小さな手を自分の唇に当てて、神妙な面持ちでこちらを見る。

僕は彼女の目から視線を外さない。

「そうだよ。」

「これで私がほだされて、また続けるつもり?」

「そのつもりだよ。」

「でも、この関係にも終わりはくるわ。」

「それは分かっている。でも、僕は冴子さんに何も返せてない。」

「私は返してほしいなんて言ってないわ。」

「それでも、ちゃんと冴子さんの願いを叶えるよ。それが貴方に返せる事だと思うから。」

「え?」

それは、口に出せば消えるかもしれない夢だった。

でも、好きな人の望みを叶えたい。

それが、意図して出来たものでも。貴方には笑っていてほしい。

「ねえ、冴子さんはなんでいつも外を見てるの?」

「亮介、もしかして憑依したとき、私のことが見えてたの?」

「うん。」

「だから、私といろんなところに出かけて、いつも遊んでたの?」

「そうだよ。でも、冴子さんと遊んでいるのは僕がそうしたいからだ。好きな人と一緒にいたいと願うのは当たり前のことでしょ?」

「それは…………でも。」

また口を塞ぐ。それが、透明で意味のない行為だとしても、僕にはそれしか出来ない。

「また、勝手に…………」

彼女は恥ずかしそうに僕の視線から逃げる。

「僕は好きでもない人にこんな事はしないよ。冴子さんが好きだからこうやって貴方が辛くなったら慰めるし、寂しかったらそばにいる。それは迷惑?」

「迷惑ではないけど。私はあなたには…………」

「僕の幸せは僕が決めるよ。それはさっきも言ったよ。もう一度、確かめる?」

「……………………そうよね。亮介は結構、頑固なところがあるものね。」

「それは冴子さんにだけだよ。」

「…………ふう、もうしょうがないわね。」

冴子さんはそう言うと脱力したように肩を下げ、ため息をこぼす。

それは、今までの言い争いが終わった合図にも思えた。

先ほどまでの嫌な静けさは、和やかな沈黙へと変わる。

彼女はしょうがないと苦笑し、また外の月を見上げる。

僕も安心し、ため息を漏らし、つい下を向いてしまう。

「ねえ。亮介。本当はもう私のことちゃんと見えてないんでしょ?」

やはり気づいていたんだ。

それはそうか。

僕にはもう死ぬ動機がない。
だから彼女をとらえる事が出来ない。

「うん。そうだね。だから初キスも感触が分からなかった。」

「そう?それはご愁傷様………ねえ。」

「ん?」

僕がその声に反応して顔を上げると、冴子さんにキスされる。

「え?」

僕は放心状態で彼女を見る。

「だって感触ないんでしょ?じゃあ、ちゃんと感じられるまでしてあげる。…………ってそれほど赤かったらもう大丈夫ね。」

そう言うと冴子さんは少し照れたように笑い、また月に目を逃がした。

僕は恥ずかしくて影に逃げた。

どうにも今日は冬なのに体が火照ってしょうがない。

頬が赤く熱を持ち、自分の冷たい手で火照りを少しでも鎮める。彼女も同じように軽く自分の頬を手で触れていた。

それがかわいらしく、僕は彼女にずっと見惚れて、また熱が上がるのを感じた。

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