旧校舎の闇子さん

プーヤン

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第12話 家

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「憑依の術を体得したわけだし、私はこれまでの私とは違う存在である。いわば、進化した私ということよ。」

「はあ。それはあと何回進化を残しているの?」

彼女の言う憑依とはあの放送事件の僕の体に入り込んだ時のことを言っている。
あれが、本当に憑依だったのかは、僕は未だ猜疑心を持って見ていたが、幽霊本人がそう言うならそうなのだろう。

「さあ。それは分からないけれど、これで亮介の体は私のものも同じ。これからは使わせてもらうわ!さあ、その体を明け渡しなさい。」

「うん。いいよ。」

「へ?」

やけにすんなり承諾する僕に、冴子さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを見ている。

「だからいいよ。僕の体を使っても。それで、何ができるわけでもなし。」

「いいえ。もしかしたら、限界突破できるかもしれないのよ。」

最近、覚えたてのマンガ用語を使うのは僕の所為なのかもしれない。

「ああ。学校の外に行けるかもしれないってこと?」

「そうよ。あの透明の壁は霊体に反応してるんじゃないかと私は推察しているわけよ。」

「そうか。なら、あそこを通り抜けられたら冴子さんとどこでもデートできるね。」

「デートって…………まあ、そういうことよ。」

冴子さんは一瞬ドギマギしていたが、立ち直すとまた同じ口調に戻った。

季節は冬。

彼女と出会ってだいぶ時は経っていた。

マフラーを巻いた僕はそれでも少し足元が冷えて身震いするが、対する冴子さんはいつもと変わらぬ制服を着ている。

今ならば、多分僕の方が手は冷たいかもしれない。

冴子さんに告白して一日経ったが、僕らの立ち位置は変わらない。

彼女から何か告白に対する答えを貰うこともない。僕から何か言及することもない。

日常を日常として楽しむ。

それが、僕らが望んだ学生生活だったのかもしれない。

しかし、僕は彼女に想いを伝え続ける。

それが、良いことか悪いことか分からないが、僕自身の気持ちを彼女に伝えることが今の僕等には必要に思えたのだ。

そうこうしているうちに冴子さんは僕の中に入ってきた。

「ほんげー!」

(よし、成功!さあ、行ってみましょう。)

急に入ってこられて変な声が出てしまった恥ずかしさから僕は俯いているが冴子さんは僕の内側から陽気に話しかけてくる。

今回の憑依は体の占有権は僕にあり、冴子さんは本当に僕の中に入っているだけのようだ。

僕は冴子さんに促されるがままに、校門に移動する。

(よし。三、二、一で行くわよ。はい、三)

(はい、行けたよ。)

(えっとまだ三なんだけど。なに?何なの?バカにしてるの?)

(お約束かなと思って。まあ、行けたし良いじゃないか?)

(もう、この人嫌だ。)

(僕は好きだよ。)

(はあ。もう帰りたい。)

と僕の中で混合する思念は、出来なかったことが出来た感動なんてものはなく、言い合いをして、ため息をつく。

まあ、それはいいとしてもこの後、彼女はどこへ行きたいのだろう。

それは、やはり自分の家だろうか。

それは、昔の思い出の残る地だろうか。

どうしたいのだろう。

(どうする?冴子さんの思い出の地でもめぐる?)

(うん。そうね。私の家に行きましょう。もうないとは思うけど。)

(分かった。)

僕は知っていた。

谷さんに聞いて知っていたのだ。

彼女の家はもう…………。

けれども彼女が望むなら、たとえ彼女が悲しんでも止めることはしない。それが彼女にとって意味のあることだと思うから。

 

 

 

(ここ?本当にここであってる?)

(うん。ここだよ。場所は合ってる。)

(そう。)

そこは新築の家が立ち並ぶ、小山になっている住宅地。

商店街からも程よい近さにあり、もうすぐ隣に老人ホームが建つ予定だ。

谷さんの話だと、この小山はすべて本田家のものであったが、冴子さんの死後、この土地は売りに出され、本田家は場所を移し、都会に引っ越したそうだ。

だから、彼女の家はもうない。

どのような家だったか僕は知らない。

その家の様相、どんな雰囲気であったのか。

何も知らない僕とは違い冴子さんは意識を家のあった土地に向けていた。

(うん。なんか何もかも変わっているのに、何か懐かしい気持ち。なんでだろう。)

その時、郷愁が胸をつく。それは彼女の気持ち。

混ざるのは彼女の想いを勝手に想像したからなのだろうか。

すると、片目から涙が流れる。

それは暖かい涙。

やけにゆっくりと流れていく涙は、彼女の想いを流していくのか。

いつか彼女が今まで幾度も流した涙が報われる日は来るのだろうか。

その時、僕はどんな顔をしているのだろう。

笑っていられるのだろうか。

(人の体を使って泣かないでよ。後で涙の痕が冷たくなるでしょ。)

(好きな女の子が泣いてたら、男の子は慰めたり、黙って泣き止むのを待ってあげるものよ。)

(ちょっと揶揄っただけだよ。ごめんね。大丈夫?)

(大丈夫?ってそれは一番聞いたらダメな質問よ。…………でも。そうね。別に悲しくて泣いたわけじゃないの。嬉しくて。ちゃんと懐かしく思えることが。)

(そっか。)

 

 

 

その後、僕らは彼女がよく言っていた商店街に向かった。

勿論、彼女が当時行っていたことを覚えている人はどこにもいない。皆、人を変え、店を変え、品を変えてこの町にいるのかもしれないし、もういないのかもしれない。

それは当たり前のことで、それでも彼女が変化を楽しんでいることに僕も嬉しくなり二人でいろんな店をまわった。

そこに寂しいといった感情が一切なかったのかと問われれば、嘘になる。しかし彼女は自分が知っている店が残っていたときは同じくらい喜んで、はしゃいでいた。

彼女をここに連れてきてよかったと安心する。

心まで冷え込みそうな冬の真っ白な空のもと、暖かい心の躍動が僕を安心させるのだ。

彼女の声が、好きな人の声が頭の中で反響する。

それは、普通ならあり得ないことだ。

でも、それは普通の学生が放課後にする寄り道のようで、僕はこの日常の終わりを知っていながら、それに怯える自分を自覚する。

分かっていたと納得していたことが、嫌になってくる。

(亮介、手が冷たくなってる。この状態だとつなぐことも出来ないね。まあ、私と手をつないでも暖かくなるわけでもないけど。)

ほら、また嫌になった。

それが僕の我儘でもずっとこうして、貴方といたいという気持ちは膨らむばかりだ。

 

 

 

(そろそろ、お開きにしましょうか。)

(そうだね。じゃあ。)

僕は別れの言葉をつぶやくと、帰路に就く。

寒いから早く帰って炬燵にでも入ろう。

いや、それにしても寒い。

これは外的要因ではない。

彼女と離れて、寂しさが心に生まれる。一人だと心が寒いのだ。

僕は自販機の前で立ち止まると、缶コーヒーを買い、手を温める。

(うわ。自販機にも色々種類があるのね。)

「は?」

(なんで、まだいるの?)

つい、驚いで素っ頓狂な声を出してしまった。

何故か彼女は僕の中にまだいた。

(別に、いつでも帰れるからちょっと残ってただけよ。)

(いや、そんな教室に残ってる生徒みたいな。どうしたの?)

(ううん。別に。)

ああ、これは僕も一緒か。離れると寂しくなる。一人はつらい。

何故か心細くなる。

電車で仲良く話している女子高生の片割れが帰ると、もう一人はしょんぼりとした顔で残っているようなものだ。

僕は、そういった場面をみたとき静かになってよかったと穿(うが)った思いを持っていたが、こんな気持ちだったのか。

これは、確かに堪える。

冴子さんももし、そうなら…………。

(冴子さん。)

(なに?)

(好きだから、明日も会いに行くよ。これからも。)

(馬鹿じゃないの。もう寒いから帰るわ。付き合ってくれてありがとう。)

そういうと、冴子さんは今度こそ帰っていった。

すこし、胸中がざわめくのは冴子さんが暖かい忘れものをしていったせいだ。

僕はこれなら家までもつだろうなと、その心を冷まさぬように気を付けて帰った。

 
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