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第4話 本田 冴子について
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その日は朝から雨だった。
曇天の下、止みそうにない雨がしとしとと降り注いで、気が滅入ってきた。
また、今日も放課後、彼らに呼ばれると思っていたからだ。
しかし、今日は彼らからの呼び出しはなかった。
そのため、放課後になると旧校舎に直行した。
最近はいつもそうしている。
それが、本来ならばおかしいことであることも分からぬまま。
「今日は一日中、雨だったわね。昨日から降ってるのよ。気が滅入るわ。」
「昨日から降ってたんだね。知らなかった。まあ、確かに湿度も増すし、嫌になるね。」
彼女は今日も僕を教室に迎える。
彼女と出会ってから一カ月が過ぎようとしていた。
旧校舎は湿気ており、またその湿気を取る器具もないため、べたつく肌を少しさすって彼女を見た。
僕の髪は湿気で少し毛先が曲がっているが、彼女の髪はさらさらと宙を遊び、毛先まで艶やかに伸びている。
彼女は本来ならばここにはいない存在であるのだから当たり前のことなのであろう。
「私、雨嫌いなのよ。ジメジメするし、それに…………。まあ、嫌いなのよね。」
「そうなんだ。」
何かを言い淀んで、また飲み込んだ。
二人とも黙り込んでしまった。
雨の音だけが聞こえる。
彼女は何をいうでもなく、外を見ていた。
僕はもう一つの疑問を彼女にぶつける。
「冴子さんに一つ聞いてみたいことがあったんだ。」
「何?エッチな質問じゃなければ答えるわよ。」
「いやいや。そんな空気を読まない質問しないよ。」
「冗談よ。何?」
手をひらひらとさせて、笑いながら冴子さんは僕の質問を待つ。
「あのさ。冴子さんは夜どうしてるの?」
「やっぱりエッチな質問じゃない!」
「違うよ!冴子さんて夜は眠ってるの?」
「ああ。そういうこと。そうね、幽霊になって眠ることはなくなったわね。だから、旧校舎をパトロールしたり、新校舎のピアノ弾いたりしてるわ。」
「え…………。一人で?」
嘘だろ。
こんな明かりのない旧校舎で一人、何をするというのだ。
ここには何もないのだ。
ただ朽ち果てるのを待つのみのこの校舎には何もない。
冴子さんの時間は止まっているのだ。
彼女は毎晩、ここに一人でいて、何を思うのだろう。
「そら、そうよ。…………まあ、一人も楽しいものよ。」
それは嘘だ。
何故かそう思った。
彼女は寂しいと思っている。
寂しくないわけがない。
僕には分かる。
この学校にいつも一人でいる僕には。
何故、幽霊の彼女に心惹かれるのか。それは、彼女と僕が同じだからだ。
だから、友達になろうなんて言ってしまったのだ。
「それより、また新校舎のトイレにいったのよ。ちゃんと成功したわ。やっぱり目を下に寄せてからの肩たたきというコンボで驚かせない人間はいないわね。」
「いや、それは本当にトラウマになるからやめなよ。」
「まあ、確かに。あの男の子も半泣きだったし、もうちょっと軽めのやつも考えましょう。亮介、何か案ない?」
「そうだね。んーと。…………姿は見せずに声だけで怖がらすのはどう?それで、マイナスのことを言うんだ。寂しいよぉとか、痛いよぉとかね。」
「なるほど。今度やってみるわ。まあ、痛いこととかないけどね。」
「というか、これは聞いてもいいのか迷ってたんだけど、分からないと案も出せないから出来れば教えてほしい。冴子さんって本当に死んでるんだよね?」
「ええ。それはもう何十年も前にね。」
「なるほど。それで、死因って何だったの?答えたくなければ、答えなくていいよ。」
「ああ、それが聞きたかったのね。交通事故よ。確か雨の日だったような気がする。ちょうど今日みたいな…………。」
「そっか。ごめん、辛いこと思い出させたね。」
「まあ、別にそれについて思い悩んでいることもないし、いいんだけどね。生前の記憶は登校中に車に撥ねられる瞬間までね。そこから気が付けばここにいたわ。」
「なるほどね。」
冴子さんは本当になんでもないことのように話す。
聞いたこちらが心配になるほどに。
野暮なことを聞いていることは理解していた。
しかし、怒るでも悲しむでもなく、世間話のように言われれば、考えてしまう。
それは何十年も前のことのようだけど、仮にも自分の死因である。僕がもし同じ立場ならこんなフウに他人に話せはしないだろう。
しかし、彼女は特別、気にした様子はない。
ならば、なぜ彼女は未だここにいるのだろう。
死因以外の未練でもあるのだろうか。
はたまた、嘘をついているのか。
確かに、僕は彼女がいた方が嬉しいが、彼女は本来ならばいてはいけないものだろう。
彼女も成仏する日が来るかもしれない。
それは、もしかしたらこんな雨の中、ひとりでに消えていくものかもしれない。
それはあまりにも寂しいではないか。
僕は初めて出来た友達が僕が去った後、こんな雨の日に消えるかもしれないことを考え胸が痛んだ。
そんなのおかしい。
僕は彼女を見た。
本当は明るくて、華やかな彼女。
もし生前なら、僕と彼女は友達になどなっていないだろう。
交わらない二人だ。
しかし、なんの因果か今、友達となっている。
僕は、彼女をちゃんと成仏させてあげたいと考えた。
それが、僕が友達として彼女にしてあげられることのような気がしたからだ。
まだ外は雨が降っている。
グランドに出来た水たまりや、一定の距離を置いた様々な色の傘。
新校舎から雨の音に紛れて聞こえる吹奏楽部の音がひどく寂しく聞こえた。
ある日の放課後、僕は旧校舎に行く前に図書室に寄った。
それは、彼女のことが少しでも分かるかもしれないと思ったからだ。
何年も前の卒業アルバムを探しに来たのだが、普通に貸し出しはしていないみたいだ。
やはり、図書委員に聞くしかない。
僕は初めての人と話すのが苦手だ。
緊張するし、理由もなく嫌がられるのではないかという不安が頭に浮かぶのだ。
大丈夫。本の在り処を聞くだけだ。
事務的なことだ。大丈夫。
受付には、女の子が一人座っていた。
黒縁の細い眼鏡に、後ろに髪を一つ縛りにしている。
端正な顔立ちであるが、冷たい印象を受けるのも確かである。
鋭い瞳に、凛とした姿勢。
しかし、どこか懐かしさを覚える。
なぜだろう。
深呼吸すると、僕は思い切って声をかける。
「あの…………すいません。古い、50年ほど前の卒業アルバムを見たいのですが、どこにあるのか教えてもらえませんか?」
「…………はい。そちらは貸し出し不可の図書です。倉庫にあるのですが、私の権限では倉庫は開けられないのです。今日は司書の方もお休みなのでまた明日来ていただけるならお見せすることは出来ますが。」
「そうですか。でしたら、また明日来ます。ありがとうございます。」
彼女ははじめ、少し嫌そうな顔を一瞬のぞかせたが、すぐにまた冷たい表情に戻り懇切丁寧に説明してくれた。
何故にあそこまで嫌悪感をあらわした顔をしたのか分からず、引っかかっていたが、特に考えても仕方がないことなので、僕は考えることを放棄した。
「ああ。昨日の。卒業アルバムですね。すいません。司書の先生は今日も休みなんです。」
「そうなんですか。いつ来られますか?」
「え…………。」
次の日、僕はまた図書室に来ていた。
昨日の放課後、また旧校舎で冴子さんと雑談していたが、彼女は未だ人を怖がらせて刹那の時を生きようとしている。
それが正しいのかは分からない。
今、僕が行っていることも正しいかは疑問ではあるが。
「いえ、司書の先生はいつ頃来られますか?」
今日、図書室にきて早々、図書委員に尋ねるも、この調子である。
何が彼女の中で引っかかるのか、僕に卒業アルバムを見せようとしないのである。
それとも、本当に司書の方がお休みなのか。いや、ありえない。二日も放課後を空ける司書はそうそういないし、なにより彼女の顔はひどくこわばっている。
嘘をついているのだろうと推察できる。
「えっと。なんで卒業アルバムを見たいのですか?」
「それは、貴方に言わないといけないんですか?」
「えっと。……………………分かりました。お持ちしたします。」
「え?」
「本田 冴子さんが載っている卒業アルバムですよね?見たいのは。」
「なんで…………」
言葉出なかった。なぜ彼女は僕がそれを調べに来たことを知っているのか?
「やはりそうですか。昨日も四人ほどの粗野な連中がきて、その卒業アルバムを出せと言ってきたんです。まあ、断りましたが。貴方は彼らの友達ですか?それならばお引き取りください。」
彼女はその連中に脅されでもしたのか、なぜかすこし震えていた。
嫌な顔の理由はこれか。
とりあえず、誤解は解いておこう。
「いや、違う。そんな人たちは本当に知らない。その人たちと友達なら一人では来ないでしょ?」
僕のほかに冴子さんとつながりのある人間がいるとは考えれない。
何故、彼らは冴子さんの卒業アルバムを見に来たのだろう。
「その人達はなんで、その本田さんの卒業アルバムを見に来たのかわかりますか?」
「なんでも、クラスの女子がトイレで怖い女の声を聞いたらしいのです。その声の主が自分で本田 冴子と名乗ったそうなんですよ。それで調べにきたとか。」
ん…………?
意味が分からない。
あの人、自分で名乗っちゃったのか。
闇子さんっていえばいいのに、なんで名乗ったのか。
僕は先ほどから、図書委員の話に困惑していたが、気を落ち着かせると、彼女に居直った。
「とりあえず、その本見せてもらえませんか?本当は貴方でも倉庫のカギ開けられますよね?」
「あ……………………はい。いいですよ。」
もっとごねられると思っていたが、彼女は思いのほかすんなり承諾してくれた。
本はすぐに出てきた。
倉庫ではなく彼女が持っていたのだ。
それは、50年ほど前の卒業アルバムであった。
写っている人物の制服や髪形で時の流れを感じる。白黒で、カラページが一枚もないところもだ。
僕はその中で本田 冴子を見つける。
全く変わっていなかった。
毎日会っている彼女であった。
その目も、鼻も、口も、髪形さえも変わっていない。もちろん、集合写真には写っていなかった。集合写真の上端に丸く貼り付けられていたのだ。
僕は不思議なことにその写真を見たとき、初めて彼女が死んだことを意識した。
その後は、部活の写真。文化祭。体育大会などの写真を見たが、部活に彼女の写真はなかった。帰宅部だったようだ。
僕はまた、再度はじめから探すことにする。彼女の痕跡を。
「……………………あの。もう図書室閉めますよ。」
「ああ、すいません。」
気が付けば、あたりは夕暮れ時。
隣に図書委員がいた。
「すいません。あの、後もう十分だけもらえますか?」
「え…………。えっとはい。わかりました。終わったら声かけてください。」
僕はもう一度、探す。
文化祭の写真。冴子さんは笑顔で友達と笑っている。
本当に明るくて性格の良い人だったんだろう。人望もあって、美人で。
彼女と一緒に写っている人達も良い人そうだ。
雰囲気の良い写真が続く。
しかし、僕はあるページで手が止まる。
彼女がいつもとは違う顔で写っている写真を見つけたのだ。
これは……………………。
「あの…………。すいません。終わりました。」
「……………………あ、はい。」
図書委員は眠っていたが、僕の声で目を覚ました。
彼女は目をこすりながら、眼鏡をつけ、本を受け取った。
僕が十分といいながら、一時間も読んでいたため眠ってしまったようだ。
「本当にすいません。こんなに長い時間待たせてしまって。」
「いえいえ。すごく集中されていたので、邪魔しては悪いかと思いました。」
「そうですか。すいません。」
「いえいえ。この間、来た方々とは違って本当に調べたかったんだなと思いまして。」
「ええ、幽霊とかなんとか噂はありますけど、本田 冴子さんという人は本当はどんな人なのか純粋に知りたかったんです。それが、今この学校で起きている問題の解決にもつながると思いますから。本当かどうかは分かりませんがね。その幽霊とかは。」
「そうだったんですね。幽霊とかは単なる噂ですよ。冴子さんはそういう方ではなかったと聞き及んでおりますから。」
「え?どういう…………」
「いえ、本田 冴子は私の祖母の妹。つまり大叔母に当たるんですよ。」
曇天の下、止みそうにない雨がしとしとと降り注いで、気が滅入ってきた。
また、今日も放課後、彼らに呼ばれると思っていたからだ。
しかし、今日は彼らからの呼び出しはなかった。
そのため、放課後になると旧校舎に直行した。
最近はいつもそうしている。
それが、本来ならばおかしいことであることも分からぬまま。
「今日は一日中、雨だったわね。昨日から降ってるのよ。気が滅入るわ。」
「昨日から降ってたんだね。知らなかった。まあ、確かに湿度も増すし、嫌になるね。」
彼女は今日も僕を教室に迎える。
彼女と出会ってから一カ月が過ぎようとしていた。
旧校舎は湿気ており、またその湿気を取る器具もないため、べたつく肌を少しさすって彼女を見た。
僕の髪は湿気で少し毛先が曲がっているが、彼女の髪はさらさらと宙を遊び、毛先まで艶やかに伸びている。
彼女は本来ならばここにはいない存在であるのだから当たり前のことなのであろう。
「私、雨嫌いなのよ。ジメジメするし、それに…………。まあ、嫌いなのよね。」
「そうなんだ。」
何かを言い淀んで、また飲み込んだ。
二人とも黙り込んでしまった。
雨の音だけが聞こえる。
彼女は何をいうでもなく、外を見ていた。
僕はもう一つの疑問を彼女にぶつける。
「冴子さんに一つ聞いてみたいことがあったんだ。」
「何?エッチな質問じゃなければ答えるわよ。」
「いやいや。そんな空気を読まない質問しないよ。」
「冗談よ。何?」
手をひらひらとさせて、笑いながら冴子さんは僕の質問を待つ。
「あのさ。冴子さんは夜どうしてるの?」
「やっぱりエッチな質問じゃない!」
「違うよ!冴子さんて夜は眠ってるの?」
「ああ。そういうこと。そうね、幽霊になって眠ることはなくなったわね。だから、旧校舎をパトロールしたり、新校舎のピアノ弾いたりしてるわ。」
「え…………。一人で?」
嘘だろ。
こんな明かりのない旧校舎で一人、何をするというのだ。
ここには何もないのだ。
ただ朽ち果てるのを待つのみのこの校舎には何もない。
冴子さんの時間は止まっているのだ。
彼女は毎晩、ここに一人でいて、何を思うのだろう。
「そら、そうよ。…………まあ、一人も楽しいものよ。」
それは嘘だ。
何故かそう思った。
彼女は寂しいと思っている。
寂しくないわけがない。
僕には分かる。
この学校にいつも一人でいる僕には。
何故、幽霊の彼女に心惹かれるのか。それは、彼女と僕が同じだからだ。
だから、友達になろうなんて言ってしまったのだ。
「それより、また新校舎のトイレにいったのよ。ちゃんと成功したわ。やっぱり目を下に寄せてからの肩たたきというコンボで驚かせない人間はいないわね。」
「いや、それは本当にトラウマになるからやめなよ。」
「まあ、確かに。あの男の子も半泣きだったし、もうちょっと軽めのやつも考えましょう。亮介、何か案ない?」
「そうだね。んーと。…………姿は見せずに声だけで怖がらすのはどう?それで、マイナスのことを言うんだ。寂しいよぉとか、痛いよぉとかね。」
「なるほど。今度やってみるわ。まあ、痛いこととかないけどね。」
「というか、これは聞いてもいいのか迷ってたんだけど、分からないと案も出せないから出来れば教えてほしい。冴子さんって本当に死んでるんだよね?」
「ええ。それはもう何十年も前にね。」
「なるほど。それで、死因って何だったの?答えたくなければ、答えなくていいよ。」
「ああ、それが聞きたかったのね。交通事故よ。確か雨の日だったような気がする。ちょうど今日みたいな…………。」
「そっか。ごめん、辛いこと思い出させたね。」
「まあ、別にそれについて思い悩んでいることもないし、いいんだけどね。生前の記憶は登校中に車に撥ねられる瞬間までね。そこから気が付けばここにいたわ。」
「なるほどね。」
冴子さんは本当になんでもないことのように話す。
聞いたこちらが心配になるほどに。
野暮なことを聞いていることは理解していた。
しかし、怒るでも悲しむでもなく、世間話のように言われれば、考えてしまう。
それは何十年も前のことのようだけど、仮にも自分の死因である。僕がもし同じ立場ならこんなフウに他人に話せはしないだろう。
しかし、彼女は特別、気にした様子はない。
ならば、なぜ彼女は未だここにいるのだろう。
死因以外の未練でもあるのだろうか。
はたまた、嘘をついているのか。
確かに、僕は彼女がいた方が嬉しいが、彼女は本来ならばいてはいけないものだろう。
彼女も成仏する日が来るかもしれない。
それは、もしかしたらこんな雨の中、ひとりでに消えていくものかもしれない。
それはあまりにも寂しいではないか。
僕は初めて出来た友達が僕が去った後、こんな雨の日に消えるかもしれないことを考え胸が痛んだ。
そんなのおかしい。
僕は彼女を見た。
本当は明るくて、華やかな彼女。
もし生前なら、僕と彼女は友達になどなっていないだろう。
交わらない二人だ。
しかし、なんの因果か今、友達となっている。
僕は、彼女をちゃんと成仏させてあげたいと考えた。
それが、僕が友達として彼女にしてあげられることのような気がしたからだ。
まだ外は雨が降っている。
グランドに出来た水たまりや、一定の距離を置いた様々な色の傘。
新校舎から雨の音に紛れて聞こえる吹奏楽部の音がひどく寂しく聞こえた。
ある日の放課後、僕は旧校舎に行く前に図書室に寄った。
それは、彼女のことが少しでも分かるかもしれないと思ったからだ。
何年も前の卒業アルバムを探しに来たのだが、普通に貸し出しはしていないみたいだ。
やはり、図書委員に聞くしかない。
僕は初めての人と話すのが苦手だ。
緊張するし、理由もなく嫌がられるのではないかという不安が頭に浮かぶのだ。
大丈夫。本の在り処を聞くだけだ。
事務的なことだ。大丈夫。
受付には、女の子が一人座っていた。
黒縁の細い眼鏡に、後ろに髪を一つ縛りにしている。
端正な顔立ちであるが、冷たい印象を受けるのも確かである。
鋭い瞳に、凛とした姿勢。
しかし、どこか懐かしさを覚える。
なぜだろう。
深呼吸すると、僕は思い切って声をかける。
「あの…………すいません。古い、50年ほど前の卒業アルバムを見たいのですが、どこにあるのか教えてもらえませんか?」
「…………はい。そちらは貸し出し不可の図書です。倉庫にあるのですが、私の権限では倉庫は開けられないのです。今日は司書の方もお休みなのでまた明日来ていただけるならお見せすることは出来ますが。」
「そうですか。でしたら、また明日来ます。ありがとうございます。」
彼女ははじめ、少し嫌そうな顔を一瞬のぞかせたが、すぐにまた冷たい表情に戻り懇切丁寧に説明してくれた。
何故にあそこまで嫌悪感をあらわした顔をしたのか分からず、引っかかっていたが、特に考えても仕方がないことなので、僕は考えることを放棄した。
「ああ。昨日の。卒業アルバムですね。すいません。司書の先生は今日も休みなんです。」
「そうなんですか。いつ来られますか?」
「え…………。」
次の日、僕はまた図書室に来ていた。
昨日の放課後、また旧校舎で冴子さんと雑談していたが、彼女は未だ人を怖がらせて刹那の時を生きようとしている。
それが正しいのかは分からない。
今、僕が行っていることも正しいかは疑問ではあるが。
「いえ、司書の先生はいつ頃来られますか?」
今日、図書室にきて早々、図書委員に尋ねるも、この調子である。
何が彼女の中で引っかかるのか、僕に卒業アルバムを見せようとしないのである。
それとも、本当に司書の方がお休みなのか。いや、ありえない。二日も放課後を空ける司書はそうそういないし、なにより彼女の顔はひどくこわばっている。
嘘をついているのだろうと推察できる。
「えっと。なんで卒業アルバムを見たいのですか?」
「それは、貴方に言わないといけないんですか?」
「えっと。……………………分かりました。お持ちしたします。」
「え?」
「本田 冴子さんが載っている卒業アルバムですよね?見たいのは。」
「なんで…………」
言葉出なかった。なぜ彼女は僕がそれを調べに来たことを知っているのか?
「やはりそうですか。昨日も四人ほどの粗野な連中がきて、その卒業アルバムを出せと言ってきたんです。まあ、断りましたが。貴方は彼らの友達ですか?それならばお引き取りください。」
彼女はその連中に脅されでもしたのか、なぜかすこし震えていた。
嫌な顔の理由はこれか。
とりあえず、誤解は解いておこう。
「いや、違う。そんな人たちは本当に知らない。その人たちと友達なら一人では来ないでしょ?」
僕のほかに冴子さんとつながりのある人間がいるとは考えれない。
何故、彼らは冴子さんの卒業アルバムを見に来たのだろう。
「その人達はなんで、その本田さんの卒業アルバムを見に来たのかわかりますか?」
「なんでも、クラスの女子がトイレで怖い女の声を聞いたらしいのです。その声の主が自分で本田 冴子と名乗ったそうなんですよ。それで調べにきたとか。」
ん…………?
意味が分からない。
あの人、自分で名乗っちゃったのか。
闇子さんっていえばいいのに、なんで名乗ったのか。
僕は先ほどから、図書委員の話に困惑していたが、気を落ち着かせると、彼女に居直った。
「とりあえず、その本見せてもらえませんか?本当は貴方でも倉庫のカギ開けられますよね?」
「あ……………………はい。いいですよ。」
もっとごねられると思っていたが、彼女は思いのほかすんなり承諾してくれた。
本はすぐに出てきた。
倉庫ではなく彼女が持っていたのだ。
それは、50年ほど前の卒業アルバムであった。
写っている人物の制服や髪形で時の流れを感じる。白黒で、カラページが一枚もないところもだ。
僕はその中で本田 冴子を見つける。
全く変わっていなかった。
毎日会っている彼女であった。
その目も、鼻も、口も、髪形さえも変わっていない。もちろん、集合写真には写っていなかった。集合写真の上端に丸く貼り付けられていたのだ。
僕は不思議なことにその写真を見たとき、初めて彼女が死んだことを意識した。
その後は、部活の写真。文化祭。体育大会などの写真を見たが、部活に彼女の写真はなかった。帰宅部だったようだ。
僕はまた、再度はじめから探すことにする。彼女の痕跡を。
「……………………あの。もう図書室閉めますよ。」
「ああ、すいません。」
気が付けば、あたりは夕暮れ時。
隣に図書委員がいた。
「すいません。あの、後もう十分だけもらえますか?」
「え…………。えっとはい。わかりました。終わったら声かけてください。」
僕はもう一度、探す。
文化祭の写真。冴子さんは笑顔で友達と笑っている。
本当に明るくて性格の良い人だったんだろう。人望もあって、美人で。
彼女と一緒に写っている人達も良い人そうだ。
雰囲気の良い写真が続く。
しかし、僕はあるページで手が止まる。
彼女がいつもとは違う顔で写っている写真を見つけたのだ。
これは……………………。
「あの…………。すいません。終わりました。」
「……………………あ、はい。」
図書委員は眠っていたが、僕の声で目を覚ました。
彼女は目をこすりながら、眼鏡をつけ、本を受け取った。
僕が十分といいながら、一時間も読んでいたため眠ってしまったようだ。
「本当にすいません。こんなに長い時間待たせてしまって。」
「いえいえ。すごく集中されていたので、邪魔しては悪いかと思いました。」
「そうですか。すいません。」
「いえいえ。この間、来た方々とは違って本当に調べたかったんだなと思いまして。」
「ええ、幽霊とかなんとか噂はありますけど、本田 冴子さんという人は本当はどんな人なのか純粋に知りたかったんです。それが、今この学校で起きている問題の解決にもつながると思いますから。本当かどうかは分かりませんがね。その幽霊とかは。」
「そうだったんですね。幽霊とかは単なる噂ですよ。冴子さんはそういう方ではなかったと聞き及んでおりますから。」
「え?どういう…………」
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