旧校舎の闇子さん

プーヤン

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第2話 友達

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「おかしいわね……………………普通怖がるはずなのに。えっと私、闇子さん。一緒に遊びましょう。楽しいところに連れて行ってあげる。」

彼女は少し困ったように眉を下げると、再度僕に話しかけてくる。

「それは、さっき聞いたけど……………………。闇子さんね。」

「いやいやいや。おかしい。おかしいよ貴方。普通は急に現れた謎の女に恐怖して、絶叫。その後、離脱。常識でしょうよ。」

「謎の女って……。謎じゃないじゃん。七不思議の闇子さんなんでしょ?」

「それは、そうなんだけど。」

彼女は依然として困り顔のまま、考え込む。

「やっぱり登場の仕方が悪かったのかしら。でも、最後尾の窓際の席に急に現れる女。その正体はあの闇子さん!みたいなテンポの良い怖さがあったはずなのよ。うん。おかしいのはこの男子よ。私は悪くないはず。」

彼女はスカートの裾を摘みながら考えこみ、自己完結すると再度、僕に居直る。

「貴方を霊界に連れて行っちゃうぞ!どうだ!怖いかしら!……………………あれ?なによ。その憮然とした態度。むかつくわね。」

「だって怖くはないよね。綺麗だとは思ったけど。」

「……………………き、綺麗って。貴方さっきもそんなこと言ってたわね。そんなことないわ!怖がりなさい!」

「え?綺麗だと思うんだけど。」

「……………ッ!!追い打ちとは卑怯な。やっぱり、初手は大事だったわね。いつも通りの戦法で行けばよかった。」

「いつもは違うの?いつもはどうしてるの?」

「いつもはもっとヒュードロドロ!お化けだぞ!みたいな様式美を大切にしてるわよ。今回は久しぶりだったから変化球でいったのよ。」

「それで失敗したんだね。……………………ちょっともう一回、今の言ってみて。」

「え?ヒュードロドロ!お化けだぞ!」

「うん。可愛い。」

「呪い殺すわよ!」

何故か僕は夕日が差し込む旧校舎の教室で、美女と戯れていた。

 

 

 

「じゃあ、いつもやってるように驚かせてみてよ。」

「ふん。私もそろそろ本気をだすわ。やっぱり基本が大事なのよ。覚悟しなさい。」

そういうと、彼女は急に僕の前から忽然と姿を消した。

とすると、肩になにか寒気を感じる。

僕は振り返ると、彼女は僕の肩に手を置いており、こちらを見つめている。

「私、闇子さん。一緒に遊びましょう。……………………どうだ!ってなんで手を重ねるの?変態!セクハラ!」

「いやいや、先に手を置いてきたの闇子さんじゃないか。」

彼女は顔を熟したトマトのように真っ赤にさせて僕を睨んでくる。

「貴方ね。私を馬鹿にするのも大概にしときなさいよ。私が本気をだすとすごいわよ。」

とすると、彼女は急に黙りだす。

先ほどまで、賑やかだった教室に静寂が訪れる。

僕はその彼女の気迫につばを飲む。

今までと雰囲気が違う。

謎の黒いベールが彼女を覆う。

暗雲立ち込める中、彼女は口角を少し上げ、微笑を讃えている。

彼女から低い不適な笑い声が聞こえてくる。

日の光は完全に消え去り、闇が教室に現れる。

地響きのように机や椅子がカタカタと揺れ、ドアも立て付けが悪いのか同じく揺れている。

これは所謂、ポルターガイスト現象というやつではなかろうか。

彼女は僕が少し怯えている様を見て満足したのか、満面の笑みでいる。

そのご満悦といった顔がやけに可愛く思えて、僕も笑ってしまう。

「なんでよ!?怖がっていたじゃない?なに笑ってんのよ!?」

「ごめん。ごめん。つい笑っちゃった。」

今までこの高校に入ってから人と笑い合うことなどなかった。泣きそうなことしかなかったからなのか、ジワリと胸に何かが突き刺さって泣きそうになる。

それはひだまりの様な暖かい気持ちだった。

彼女は頬を膨らませて怒っているが、僕は楽しくてつい笑ってしまう。泣き笑いなんて久々だ。

その時、彼女の体が少し赤く光った。

それは内から漏れ出る光のようで、赤い光はその後、スッと消えていった。

彼女は驚きを隠せないといった表情で、僕を見る。

「なんで…………。怖がってないのに。……………………ああ、そういうことね。喜怒哀楽なんでもいいのね。感情が動けば。でも少ないわね。やっぱり恐怖の方が割が良いのかしら。」

「え?何の話?」

「私は人の感情を糧に存在してるのよ。その中でも恐怖が一番割の良い感情なのよ。今のは、貴方の喜びの感情を私が吸収していたの。」

彼女はどうやら、人の感情を栄養源としているようだ。確かに、幽霊ってなにを栄養に存在しているのかと疑問だった。それは、まあそのまま浮遊しているだけの霞(かすみ)のような存在なのかとも考えていたが。

「なるほど。だからあんなに必死に驚かそうとしてたのか。」

「必死って…………。いいえ。全然。必死なんかじゃありません!全然余裕でした!」

「ああ。ごめん。必死じゃないよね。ごめんね。」

「子供扱いするな!っていうより、せっかくポルターガイストまで起こしたのに………………。まあ、吸収できたからいいのかしら。」

彼女はため息をついて、明後日の方向を向いていた。

「どうしたの?やっぱりさっきのやつは体に負担がかかるの?しんどいの?大丈夫?」

「大丈夫よ!心配してくれなくても!ただ、旧校舎は脆いから心配になるのよ。」

「そうなんだ。大変だね。驚かすのも。」

「幽霊も経年劣化を考えるご時世なのよ。貴方も理解したなら怖がって逃げ出しなさいよ。」

「んーと嫌だって言ったら?」

「はぁ。」

彼女はまたもや、ため息を吐くと、不貞腐れたように虚空を眺めている。

僕はその時、外が暗くなっていることに気がついた。さっき教室が闇に包まれたのはただ単に夕日が沈んだだけだったのだ。

そうか…………。今日が終わるのか。

明日が来る。

来てほしくなくても明日は皆に平等に訪れる。

僕は何のためにこの高校に通っているのだろう。

彼らにいじめられるために毎日、せっせと電車を乗り継ぎ来ているのか?

恐喝されて、殴られるために?

実にバカバカしい。

僕は彼女を見た。

驚かす気も失せたのか、椅子に腰かけ、長く白い足を組んで外をみながら黄昏ている。

「ねえ。闇子さん。」

「なによ。」

彼女は目線だけこちらにくれて、顔は外を見ている。

「自己紹介まだだったね。僕の名前は橘 亮介(たちばな りょうすけ)。あのさ………………。もしよければ、僕と友達になってくれない?」

この高校に入って初めて言ったセリフだった。それは緊張で上擦った声だったけれど、ちゃんと相手に意思を伝えたいという気持ちの乗った声だった。

「えっと。本気?私、幽霊なんだけど。もう死んでるんだけど。」

彼女は驚いたのか、こちらに振り向く。

そして、申し訳なさそうに眉毛はお辞儀していた。

「そんなの関係ないよ。僕は君と話していて楽しかった。どう?」

「べ、別にいいけど。」

彼女は照れたのか、なにやらモジモジと言葉を紡いだ。

「じゃあ、友達だ。」

僕は彼女に向かって右手を前に突き出す。すると、彼女は恐る恐る手を出して、僕たちは握手する。

「え…………。なんで握手できるの。なんで、人に触れれるのはおかしい。」

「そうなの?」

「そうなの!おかしい!私は透けてるはずなのに。」

「え?普通の人と同じように見えてるけど。」

「え?」

「うん。ちゃんとそこにいるよ。」

「あ。…………そっか。そうなのね。」

彼女は不意に悲し気な表情を見せる。

僕はどうしたのかと心配そうに見ると、彼女は大丈夫と言い。僕の目を見据えた。

「私、本当は闇子さんじゃないの。本名は本田 冴子(ほんだ さえこ)っていうの。よろしく、亮介。」

僕は初めて、友達に名前を呼ばれて嬉しくなり、つい握り締める手に力が入ってしまう。

「ちょ…………痛いわよ。なに!?やっぱり変態なの?女の子を揶揄って遊ぶ変態なの?怖い。近寄らないで。」

「いやいや。なんで幽霊の冴子さんが怖がるんだよ。」

彼女は僕から距離を置きながらも、楽しそうにスカートを翻し、立ち上がる。

「そうだ!亮介。人間の驚かせ方、一緒に考えてよ。友達でしょ?」

「…………うん。分かった。」

こうして、僕と彼女の奇妙な関係が始まった。
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