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第1話 旧校舎の闇子さん
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こうして地面に寝そべっていると自分はその程度の人間なんだと思い知る。
人の下につく事でしか生きていけない人間であり、僕は一生こうして這いつくばって生きていくんだと。
彼は僕の頭につばをかけるとその場を去っていった。
口の端が痛み、右手で拭うと血が付いている。
血の味がじんわりと広がる。
いつものことだ。
いつも、自分の非力さに苛立ち、悔しさがその血と一緒ににじみ出る。
どうして彼らはこんなことをするのか。
謝っても、泣いても許してくれず、暴力は止まらない。
財布からはなけなしのお金を奪われ。
僕のノートや筆箱はひどく汚され。
果ては殴られ、蹴られる。
なにより、辛いのはそんな僕を見る他人の目だ。
こんな、醜態を衆目にさらされた時、僕の尊厳は酷く傷つけられる。
これは、耐え難い苦痛だ。
僕はこんな人間じゃない。
僕は弱くも、いじめられる人間でもないと初めはそこにあった矜持も、今では消え去ってしまった。
いつしか現状を受け入れている。
どうすれば、お金を取られないか。
どうすれば、殴られないか。
どうすれば、自分をこれ以上踏みにじられないか。
保身に走る僕を彼らはまた馬鹿にし、ぐちゃぐちゃにする。
ああ、心が壊れていく。
いつしか、彼らに恐れを抱き、自分が媚びへつらうことに慣れてくる。
これではいけないと思いながらも、僕は彼らの顔色を伺い生きている。
それでも嗜虐的な彼らは僕を殴りつける。僕にはもう、彼らに反旗を翻す力など残っていない。そんな考えにすら至らない。
そうして、薄っぺらくひしゃげた僕の心はもう元には戻らないだろう。
僕は高校生にして、すべてを諦めていた。
そんなある日の放課後、僕は彼らに校舎裏に呼び出された。
それは、いつも通りの毎日。
僕の変わらない日常だ。
彼らのグループの中でも発言権のある金城 洋治(かなしろ ようじ)は僕に財布を出すように脅す。
それを回りの人間は笑いながら見ている。
そんな嘲笑の中、僕は言われた通り財布を出す。
洋治は僕から財布をひったくると、中身を確認し、紙幣だけを抜き取った。
「おいおい。こんだけかよ。三千円じゃ何も買えないぜ。おら!」
洋治の拳が僕の頬にめり込む。僕は耐え切れず、そのまま地面に倒れてしまう。
「ああ、洋ちゃん。それはやりすぎだわ。ほら、また泣いちまったじゃねえか。」
洋治以外の三人もはじめは少し躊躇する一面があった。
無抵抗の人間を殴ることに抵抗があったのかもしれない。しかし今では止めているようで、その実、彼らは悦楽を初めて知った子供のようにケラケラと笑い合う。
それに、満足し、助長された洋治の暴力は再度、僕を襲う。
腹に何発か蹴りを食らう。ミゾオチに入って苦しさのあまりせき込むと、また彼らは猿のように手をたたいて笑い合う。
ああ、ここは地獄なのかもしれない。
彼らの顔を見てもなんの感情も抱かない自分はもう人として壊れているのかもしれない。
そうしていると、急に洋治は何かを思いついたようにニヤリとその口を三日月のように歪ませた。
「そうだ!いいこと思いついた。こいつさ。旧校舎に入れようぜ。ほら、みんな旧校舎怖がってるじゃん?俺らもたまには良いことしないとなあ?」
洋治の提案に周りの人間も呼応する。
「ああ。いいな。それ。ほら、立てよ。お前、旧校舎を調査してこい。慈善事業を手伝えてお前も嬉しいだろが。おら!」
また、腹に蹴りが飛んでくる。
「こいつ最近、殴っても反応が薄くなってきて飽きてきたしな。サンドバッグ失格だわ。なあ、おい?」
「おいおい。大事な調査員を傷つけるなよ。じゃあ、連れていくか。」
腹を抱えて悶絶している僕を彼らは旧校舎に連れていき、押し込めた。
この学校にも例に漏れず、七不思議というものが存在する。
それはトイレの花子さんだったり、校庭の動く像だったり、音楽室の怪奇現象だったり様々である。
その中に旧校舎の闇子さんというものがある。
放課後、旧校舎の近くにいると誰かに呼ばれるそうだ。
そのまま、旧校舎に行くといつもは閉まっているはずのドアが開いており、入ってしまうと闇子さんに霊界に連れていかれるというものだそうだ。
僕は彼らに旧校舎に放り込まれると、外からドアを閉められる。
「本当に開いてたな。旧校舎のドア。」
「な。マジだったらめちゃくちゃ面白れぇな。でも、闇子さんもこんな愚図の相手は嫌だろうな。」
「なんだよ?お前信じてるのかよ?」
「ちょっと言ってみただけだろうが。おい!お前、出てきたら殺すからな?ちゃんと調査しろよ?」
ドア越しに彼らの声が聞こえる。
彼らの気が収まるまでここにいなければならない。
僕はしょうがなく、旧校舎の中に入っていき、一番手前の教室に入る。
ここまでくれば、ドア越しに僕の姿は見えないだろう。
僕は教室のドア付近で、へたり込むと時間が経つのを待つことにする。
薄暗い旧校舎の中で、未だ机や椅子は普通の教室のように綺麗に並んである。
微々たるものだが入り込む日の光に反射する埃が舞っているのが見える。
僕は教室の様子を眺めながら、明日のことを考えていた。
また、殴られるのだろうか?
また、お金を取られるのか?
いや、持っていかなければ取られることもないのだが、お金を持っていないことに激高した彼らに殴られる様を想像すると身震いしてしまう。
僕はいつのまにこんなに憶病な性格になったのだろう。
こんな自分が嫌になる。
こんな自分が死ぬほど嫌いだ。
そう思いながらも変わる努力をしない自分に苛立ちを覚える。
しかし、また現実的な思考に変わり、明日どうしようという短絡的な考えに戻ってくる。
いつもこの繰り返しだ。
僕はどうしようもない人間なのかもしれない。
そうしてなんの解決にもつながらない考えを巡らせていると、額にオレンジの光が当たっていた。
首をかしげて教室の窓の方により、外を見ると、もう夕方になっていた。
夕日が旧校舎に降り注いでいる。
教壇に照らされた光は影を作り、それが何かの模様に見える。
旧校舎にいるからなのかも知れないがその影に恐怖を覚えて、思わずのけぞってしまう。
これからこの学校は闇に包まれる。
それは、すべてを飲み込む闇。
すべての光を飲み込んで、僕を明日へと誘う闇なのだ。
僕は旧校舎を出たくなり、教室のドアを開けようとする。
開かない。
先ほどまで、普通に開いていたのに。
というより、僕は教室の中におり、ドアのロックは内側についている。もちろんロックは解除されている。
開かないわけがない。
その時、背中に悪寒を感じた。
先程までなにも感じなかったのに。
僕は恐る恐る振り返る。
すると、教室の一番後ろの窓際の席に一人の女子が座っていた。
……………………さっきまでいなかったのに。
夕日に照らされて輝く黒い髪は艶かしくも美しい。光が乱反射し眩しくも見てしまう。
その髪の間から見える顔はえらく白く、その美貌に驚く。
白磁の磁器のような、白魚のような、はたまたそれは雪をも騙す白い肌。それは誇張表現ではなく想像するに、僕はこんな綺麗な人間に会ったことがない。
また、大きく開かれた漆黒の瞳は見る者をすべて吸い込むような魅力があり、整った鼻梁に上品な口元を忘れさせる。
その目に吸い込まれるように僕は彼女に見惚れしまう。
昔の本校の制服なのか、彼女はそのセーラー服を揺らしながら、座席から立ち上がる。
そして、ゆっくりとこちらを向くと声をかけてきた。
その声は確かにその細い喉から発せられているのだろう、線の細い声であった。
鈴の音のようなその声に反応できずにいると再度、彼女は僕に言った。
「私、闇子さん。一緒に遊びましょうか?」
普通は急に女子が現れたら、驚き、恐れ、逃げ出すのだろう。
しかし、僕は彼女の姿に見惚れて一言つぶやいてしまった。
「綺麗だ。」
……………………。
……………………。
……………………。
……………………。
「………………………………え?」
人の下につく事でしか生きていけない人間であり、僕は一生こうして這いつくばって生きていくんだと。
彼は僕の頭につばをかけるとその場を去っていった。
口の端が痛み、右手で拭うと血が付いている。
血の味がじんわりと広がる。
いつものことだ。
いつも、自分の非力さに苛立ち、悔しさがその血と一緒ににじみ出る。
どうして彼らはこんなことをするのか。
謝っても、泣いても許してくれず、暴力は止まらない。
財布からはなけなしのお金を奪われ。
僕のノートや筆箱はひどく汚され。
果ては殴られ、蹴られる。
なにより、辛いのはそんな僕を見る他人の目だ。
こんな、醜態を衆目にさらされた時、僕の尊厳は酷く傷つけられる。
これは、耐え難い苦痛だ。
僕はこんな人間じゃない。
僕は弱くも、いじめられる人間でもないと初めはそこにあった矜持も、今では消え去ってしまった。
いつしか現状を受け入れている。
どうすれば、お金を取られないか。
どうすれば、殴られないか。
どうすれば、自分をこれ以上踏みにじられないか。
保身に走る僕を彼らはまた馬鹿にし、ぐちゃぐちゃにする。
ああ、心が壊れていく。
いつしか、彼らに恐れを抱き、自分が媚びへつらうことに慣れてくる。
これではいけないと思いながらも、僕は彼らの顔色を伺い生きている。
それでも嗜虐的な彼らは僕を殴りつける。僕にはもう、彼らに反旗を翻す力など残っていない。そんな考えにすら至らない。
そうして、薄っぺらくひしゃげた僕の心はもう元には戻らないだろう。
僕は高校生にして、すべてを諦めていた。
そんなある日の放課後、僕は彼らに校舎裏に呼び出された。
それは、いつも通りの毎日。
僕の変わらない日常だ。
彼らのグループの中でも発言権のある金城 洋治(かなしろ ようじ)は僕に財布を出すように脅す。
それを回りの人間は笑いながら見ている。
そんな嘲笑の中、僕は言われた通り財布を出す。
洋治は僕から財布をひったくると、中身を確認し、紙幣だけを抜き取った。
「おいおい。こんだけかよ。三千円じゃ何も買えないぜ。おら!」
洋治の拳が僕の頬にめり込む。僕は耐え切れず、そのまま地面に倒れてしまう。
「ああ、洋ちゃん。それはやりすぎだわ。ほら、また泣いちまったじゃねえか。」
洋治以外の三人もはじめは少し躊躇する一面があった。
無抵抗の人間を殴ることに抵抗があったのかもしれない。しかし今では止めているようで、その実、彼らは悦楽を初めて知った子供のようにケラケラと笑い合う。
それに、満足し、助長された洋治の暴力は再度、僕を襲う。
腹に何発か蹴りを食らう。ミゾオチに入って苦しさのあまりせき込むと、また彼らは猿のように手をたたいて笑い合う。
ああ、ここは地獄なのかもしれない。
彼らの顔を見てもなんの感情も抱かない自分はもう人として壊れているのかもしれない。
そうしていると、急に洋治は何かを思いついたようにニヤリとその口を三日月のように歪ませた。
「そうだ!いいこと思いついた。こいつさ。旧校舎に入れようぜ。ほら、みんな旧校舎怖がってるじゃん?俺らもたまには良いことしないとなあ?」
洋治の提案に周りの人間も呼応する。
「ああ。いいな。それ。ほら、立てよ。お前、旧校舎を調査してこい。慈善事業を手伝えてお前も嬉しいだろが。おら!」
また、腹に蹴りが飛んでくる。
「こいつ最近、殴っても反応が薄くなってきて飽きてきたしな。サンドバッグ失格だわ。なあ、おい?」
「おいおい。大事な調査員を傷つけるなよ。じゃあ、連れていくか。」
腹を抱えて悶絶している僕を彼らは旧校舎に連れていき、押し込めた。
この学校にも例に漏れず、七不思議というものが存在する。
それはトイレの花子さんだったり、校庭の動く像だったり、音楽室の怪奇現象だったり様々である。
その中に旧校舎の闇子さんというものがある。
放課後、旧校舎の近くにいると誰かに呼ばれるそうだ。
そのまま、旧校舎に行くといつもは閉まっているはずのドアが開いており、入ってしまうと闇子さんに霊界に連れていかれるというものだそうだ。
僕は彼らに旧校舎に放り込まれると、外からドアを閉められる。
「本当に開いてたな。旧校舎のドア。」
「な。マジだったらめちゃくちゃ面白れぇな。でも、闇子さんもこんな愚図の相手は嫌だろうな。」
「なんだよ?お前信じてるのかよ?」
「ちょっと言ってみただけだろうが。おい!お前、出てきたら殺すからな?ちゃんと調査しろよ?」
ドア越しに彼らの声が聞こえる。
彼らの気が収まるまでここにいなければならない。
僕はしょうがなく、旧校舎の中に入っていき、一番手前の教室に入る。
ここまでくれば、ドア越しに僕の姿は見えないだろう。
僕は教室のドア付近で、へたり込むと時間が経つのを待つことにする。
薄暗い旧校舎の中で、未だ机や椅子は普通の教室のように綺麗に並んである。
微々たるものだが入り込む日の光に反射する埃が舞っているのが見える。
僕は教室の様子を眺めながら、明日のことを考えていた。
また、殴られるのだろうか?
また、お金を取られるのか?
いや、持っていかなければ取られることもないのだが、お金を持っていないことに激高した彼らに殴られる様を想像すると身震いしてしまう。
僕はいつのまにこんなに憶病な性格になったのだろう。
こんな自分が嫌になる。
こんな自分が死ぬほど嫌いだ。
そう思いながらも変わる努力をしない自分に苛立ちを覚える。
しかし、また現実的な思考に変わり、明日どうしようという短絡的な考えに戻ってくる。
いつもこの繰り返しだ。
僕はどうしようもない人間なのかもしれない。
そうしてなんの解決にもつながらない考えを巡らせていると、額にオレンジの光が当たっていた。
首をかしげて教室の窓の方により、外を見ると、もう夕方になっていた。
夕日が旧校舎に降り注いでいる。
教壇に照らされた光は影を作り、それが何かの模様に見える。
旧校舎にいるからなのかも知れないがその影に恐怖を覚えて、思わずのけぞってしまう。
これからこの学校は闇に包まれる。
それは、すべてを飲み込む闇。
すべての光を飲み込んで、僕を明日へと誘う闇なのだ。
僕は旧校舎を出たくなり、教室のドアを開けようとする。
開かない。
先ほどまで、普通に開いていたのに。
というより、僕は教室の中におり、ドアのロックは内側についている。もちろんロックは解除されている。
開かないわけがない。
その時、背中に悪寒を感じた。
先程までなにも感じなかったのに。
僕は恐る恐る振り返る。
すると、教室の一番後ろの窓際の席に一人の女子が座っていた。
……………………さっきまでいなかったのに。
夕日に照らされて輝く黒い髪は艶かしくも美しい。光が乱反射し眩しくも見てしまう。
その髪の間から見える顔はえらく白く、その美貌に驚く。
白磁の磁器のような、白魚のような、はたまたそれは雪をも騙す白い肌。それは誇張表現ではなく想像するに、僕はこんな綺麗な人間に会ったことがない。
また、大きく開かれた漆黒の瞳は見る者をすべて吸い込むような魅力があり、整った鼻梁に上品な口元を忘れさせる。
その目に吸い込まれるように僕は彼女に見惚れしまう。
昔の本校の制服なのか、彼女はそのセーラー服を揺らしながら、座席から立ち上がる。
そして、ゆっくりとこちらを向くと声をかけてきた。
その声は確かにその細い喉から発せられているのだろう、線の細い声であった。
鈴の音のようなその声に反応できずにいると再度、彼女は僕に言った。
「私、闇子さん。一緒に遊びましょうか?」
普通は急に女子が現れたら、驚き、恐れ、逃げ出すのだろう。
しかし、僕は彼女の姿に見惚れて一言つぶやいてしまった。
「綺麗だ。」
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「………………………………え?」
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