記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第27話

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自室に戻ると、足の短いテーブルを前に橘が胡坐をかいて座って待っていた。

自分の部屋に他人がいるという違和感がありつつも、別にそれは思っていたよりも苦ではなく、窓を開けると冷風が頬をかすめた。

橘は携帯を見ながら、俺が入ってくると「適当にくつろいでる」と一声かけた。

特に友達を呼ぶ予定もなかったので、何も用意していない俺の部屋には友と時間を潰す遊び道具もない。

部屋の中央のテーブルに、ベッドに勉強机。テレビとゲームもあるが、配線がなく、地上波は映らない、いわゆるゲーム用のテレビである。

しかし、そのゲームも埃をかぶっており、今からわざわざ取り出そうと言う気にもならない。

「少し寒いな。すまん暖房でもいれる」

俺がリモコンのスイッチを押すと、二人しかいない静かな部屋に暖房の低い機械音が流れる。

「悪いな」

橘はそういうとまた携帯を眺めていた。

ぼんやり携帯を見ながら、暖房が入れば、少し身を震わせた。
暖かい空気を肌で感じ、逆に寒気を実感したのかもしれない。

「携帯ばっか見てんなぁ。現代病だよ」

俺は少し落ち着いてきたところで声をかけた。

「いや、ほら。あれだ。ウルシから連絡がきてな」

「ほぉ。漆原はどうしたって?」

「いやぁ。なんか顔は出せそうにないって。忙しいらしい」

「あいつが忙しいってのも変な話だけどな。女関係?」

「いや、違うみたいだ」

橘は軽く話をしているが、どこか心配そうに微かに吐息を漏らした。
イケメンの憂いに満ちた顔は女性相手ならば使い道もあるだろうが、俺相手にされても面倒なだけだ。
それに俺は特に漆原を心配しているわけでもない。
しかし、橘が話して気が楽になるならと付き合うことにした。
橘には文化祭の時、色々と世話になっていたことが一瞬、頭をよぎったからだ。

「橘はなんか色んな奴の心配をしてるな?ほら、本田の件の時もそうだろ?」

俺の言葉に橘は薄い笑みを浮かべた。

「そうでもない。俺は薄情だからな。だから薄情なりに心配してるふりをしたいんだ」

予想していなかった彼の言葉に、答えが見当たらなかったが半分は冗談であろう。
もう半分は分からないが、俺は話を続ける。

「ん?なんかわからんが、そうなのか?」

「そうなんだよ。グループっていうとなんか馬鹿みたいだけど、それでも俺はそんな奴らと馬鹿やってる時が一番楽しかったりするんだ。それを大事にしたいんだ。だからお節介かもしれないが、俺は本田の件も美月をせっついた。いや悪かったよ」

「いいさ。そのおかげで解決したからな」

「そっか。なら良かった」

橘はいつものように爽やかに笑った。
彼の言葉は何故か重く感じられた。

いつもの軽い冗談ではなく、彼の本音が漏れた瞬間だったのかもしれない。彼は俺が思っている以上に色々なことを考え、経験してきて、今、こうしたイケメン聖人へと変貌を遂げたのかもしれない。

俺は中学時代の彼を知らないが、一部で彼は荒んだ中学時代を過ごしていたと噂を聞いたことがあるが定かではないので耳を覆って、聞かないふりをしてきた。

俺がそこまで橘という人間に踏み込む気がなかっただけかもしれないが。

「それよりも、その後、どうなんだ?宮藤さんとは?」

「あ?」

急な話題に俺が驚いていると、橘は揶揄うような笑顔を見せる。

「いや文化祭を一緒に見てまわったんだろ?噂になってた」

「どこでだよ?本田たちか?」

「いや、普通にクラス内でもな。………本田は大丈夫だろ。もう踏ん切りがついてるよ」

「そうか。それはよかった」

「そうだな。まぁ俺は、お前は本田と付き合うと思っていたよ。なんだかんだでお似合いの二人だと思ってたんだがな」

「まぁそういう見方もあるわな」

俺が暑苦しくて、暖房の温度を下げると、橘は胡坐を崩して横になった。俺の部屋は彼にとって居心地がいいらしい。

そうならば、まあ悪い気はしない。

「今日、小西も誘えばよかったか?」

俺はふと文化祭の時の帰りを思い出し、小西の名をだす。

「いや、どうだろう。ショウも部活で忙しいしな。まぁヒマな俺と美月だけでよかったんじゃね」

「あ、そう………そういえば」

そこで急に自室のドアをノックされた。もちろん誰かは分かっている。俺が開けてやると、誠はちゃんとおぼんにお菓子とジュースを持って現れた。

そうして、顔を赤くしながら「えっと差し入れ」と小さく言った。

「お、誠ちゃん。ありがとう」

橘の声を聞くと、誠はパアッと顔に花のような笑顔を咲かせておぼんをテーブルに置いた。
お菓子とジュース。カップは三つ。
そうしてその場に根付いた。

俺の助言通りに橘とここで話す気らしい。

「あ、そういえば、それで菓子のストック最後だったな。ちょっくら買ってくるわ」

俺は誠と橘が会話を始めていたのを尻目に、自室を出た。

橘は一瞬、不思議そうな顔をしていたが、すぐに「ああ。わかった」と納得したような顔をして、俺を送り出した。

誠は「え、なんで?」と困ったような顔をしていたが、要はクッション役にいて欲しかったようだ。
本来、その客はお前が呼んだのだから責任をもってもてなせと、俺は無視して自室を後にした。

 

 

 

家からコンビニまでは徒歩10分。

近くもなく、さりとて遠いということもない。

駅に向かって歩いて行き、横断歩道を渡るとすぐにコンビニの看板が見える。俺はそこで軽く菓子類を買って外に出ると、冷たい風が服を通り越して、背中をさすっていき、悪寒が走る。

身を震わせ、空を見るとどんよりとした曇天模様。

俺はそんな灰色な空を見ながら、携帯を一度、確認する。特に連絡はない。

ずっと連絡を待っているが、彼女からの連絡はない。それでもこちらから連絡を取るべきではなく、待つことが大事だと自分に言い聞かせて、携帯を閉じた。

そうして、帰り道を悶々としながら帰っていると、遠くにある集団を見つけた。

ちょうど駅前のホームにたむろしている。

5.6人の集団は皆、制服を着崩しており、中にはピアスを空けている生徒もちらほらおり、うちの学校の制服を着ている者もいた。

ガラの悪い不良集団だと思われる。俺も前はあんな感じだったのかもしれない。

その集団のなかに見知った顔を見つけた。

それは前に教室前でぶつかった片岡という男と、その連れのようだ。確か俺とは何らかの因縁があるようだったが覚えはない。

そうして、その中に私服の男が見えた。

そいつの髪は伸びており、前髪で顔が隠れていたが、誰だかすぐに分かった。

漆原は他校の生徒とつるんで、駅前でタバコを吹かし、曇天の空に、煙を吹き付けると死んでいるような覇気のない落ち窪んだ瞳で笑っていた。

俺はその様子を目の当たりにし、何故か絵も知れぬ恐怖が背後から忍び寄ってきている気がした。

何か底知れぬ不安に心を押しつぶされそうになる。

何故か、今の伸びきった髪と隈の酷い瞳の漆原を俺は見ていられず、早々に立ち去った。
何故だろう。

それは恐怖と不安。いや、違う。明確に分かるほどの激しい感情が心に渦巻く。

ああ。これは悲しみとは違う。

前から感じていたものだ。

あいつを見ると、何故か心がささくれ立ったように、ふつふつと煮えたぎるものがある。宮藤さんとの一件の所為か。それとももっと違う原因があるのか。

嫉妬という名前では片付かない。もっと根底にある、記憶の海の底にある感情。

そうか。これは怒りだ。

俺は何かが掴めそうになるも、パッとそれを手放した。

そうだ。記憶なんてもううんざりだ。

俺はそれを放棄し、彼女や橘たちと上手く付き合っていこうと考えていたじゃないか。俺は深く息を吸い、ため息を漏らすと、もっと楽しいことを考えようと、橘と妹がどんな状況になっているのかを想像した。

空は荒れており、もうすぐ雨が降る。俺は小走りで家に向かった。

 
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