記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第21話

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どう話を切り出せばいいのかと考えあぐねいていた。
聞きたいことはいくらでもあるのに、言葉は舌の上で転がっている。

しかし秋の夜空の下、二人で道路を歩いていると少し安心する。一人なら肌寒い風に心を撫でられて、寂しさに押しつぶされていたところだ。

高校を取り囲む塀を抜け、交差点へと差し掛かると、車のライトが飛び交う交差点へと出る。眩しさに一度、目を覆って、彼女にちらりと目線を移した。

白い肌が車のライトに照らされ、彼女は目を微かに細めて、手で覆った。奥ゆかしい性格とは違い気丈にも見えるほど背筋はピンと伸びて、姿勢の良い歩行。

それを目にし、自分の猫背気味の背筋を気にして、俺は少し背筋を伸ばしてみた。

彼女はどういう思いで、今、俺と一緒に歩いてくれているのか。

同じ悩みを抱えてはいるが、相手はこの俺で、そんな奴と一緒に歩くことにどこか不快感はないだろうか?

一度、家には入れて貰えたが、それも件の問題解決のために仕方なかったことだと言われれば、納得してしまうのも悲しいものだ。

そう思えば、言葉はポロリと舌の上から転げ落ちる。

「なぁ。宮藤さんは俺と店番が被って嫌じゃやなかったか?」

「え?………どうして?」

「それはほら、俺は素行も悪いだろ?クラスの奴らからも嫌煙されているみたいだしな。それに、変な噂も立っていたし」

「ああ………ええ。そうですけど、噂は勝手なもので信用に足りえませんから。それに私は上原くんと話して少なくともクラスの人達より上原くんの人となりは知っています」

彼女は少し微笑むと、意志の籠った目でこちらを見ながら言う。少し濡れた彼女の瞳は、俺の瞳を映し出す。

それは咄嗟に出た嘘や、今の状況下で俺に気を遣って言った出まかせなどではない。俺は彼女を見ていられなくなり、目線を外すと、「そっか」と小さく呟いた。

そうして、一つ間をおいて、本題へと切り込む。

「そういえば、今日。………今日の昼頃か?漆原と一緒にいなかったか?」

俺の言葉は少し震えていて、尻すぼみしていく。しかし、彼女は表情を変えずに俺の言葉に耳を澄まして聞いていた。
そして目を伏して、言葉を紡ぐ。

「ええ………りゅう。いえ。漆原くんに声をかけられて。………いえ、すいません。彼は幼馴染なんです。小学校、中学校からずっと同じで」

「幼馴染?」

終わった。はい。終わり。

突けばそれはパンドラの箱だったのか?

幼馴染とか勝てねぇよ。

昔の俺なら、漆原ぐらいなら殴り倒せばいいと思ったかもしれないが、今の俺にはそんなことは到底考えられない。そんなことをしても、宮藤さんに嫌われておしまいだ。

アニメでも幼馴染キャラの強さはよく理解している。
過去からの結びつき。お互いをよく知る関係。
家も近く、親同士も仲が良ければ最高だな。

それに俺はアニメやら小説でも幼馴染キャラが個人的にすごく好きだ。

無論。今日で嫌いになったがな。

「はい。昔は家も近くて、よく遊んでいたんですけど、小学校に入ってからはめっきり遊ばなくなって。漆原くんは活発な方ですし、私はその反対ともいえる性格ですから合わなくなっていったのかもしれません」

「そうなのか………それでそこからは疎遠になったと」

あれ、活路見えてきたか?

俺は少しの活路に追いすがって、彼女に聞く。

「そうですね。私がたまに声をかけても嫌そうにしていましたし、明るい子たちとよく一緒にいるのを見かけるようになって………私は社交的な性格でもないのでそこからは小説と、アニメを観たりする時間が増えていって………」

宮藤さんは恥ずかしいのか声が少し小さくなっていく。しかし、それでは何故、急に今日になってあいつと話すことがあったのかと疑問が生まれる。

「そっか………ならなんで今日、あいつは宮藤さんに声をかけてきたんだ?」

「聞きたいことがあったのでしょう………か?」

何故か疑問に疑問で返されたが、どこか彼女は恥ずかしそうに返事をする。

「なにを聞かれたの?」

「それは………………言えません!」

彼女は急に顔が赤くなり、何故か強くそう言い切った。俺は語気の荒さに少し驚いたが、そう言われると、意地でも聞きたくなる。

「えっと………なんで?」

「それは………いえ。とにかくこの話は終わりです」

「いや、俺は何も聞けてないんだけど?」

「わ………いえ、言いません。これは内緒です」

もう少しで陥落させることも出来たが、少し涙目になってきているのでここで手を引こう。
俺は何か勘違いをしている気がしてきたからだ。

多分、彼女は漆原とそういう関係ではないなと思えてきた。先ほどの話からも、彼女からそういった空気感は一切ない。

ならば、なぜに会話の内容を教えてくれないのだろうと思うが、それはまた今度、彼女が答えてくれる気になったら聞けばいい話だ。

緊張が解されて、濾した息が漏れ出た。

「そういえば、上原くんは私に何か話があったのではないですか?」

彼女は話題を変えようと躍起になっているのか、いつもより語気を強めて聞いてくる。

「ああ。そうだ。………あの記憶や既視感のことだ。俺はどうやらそれが収まって、悪夢のような未来を回避したみたいだ」

「え?………本当ですか?」

彼女は驚いたように目を丸くしている。

「ああ。今朝、目が覚めてから感覚的にだが分かった」

「どうやって?私はまだ………」

彼女はそう言うと、少し苦い顔をして言葉を切り上げた。そうか。彼女はまだあの変な記憶を見るようだ。

「えっと………あくまでこれは俺の記憶の話だ。前の俺は……死ぬ前の俺は、同じクラスの本田と付き合っていたんだ」

「本田さんと?………そうですか………やっぱり」

一瞬、彼女の声がスッと消えていく。最後の言葉は聞き取れなかったが、俺は話を続ける。

「ん?………いや、その未来を回避したら、すべてが収まった」

「回避ですか?」

「俺は本田と付き合わなかったんだ。あいつとは友達同士としてこれからも付き合っていくつもりだ」

「そうだったんですね………」

彼女は何故か苦笑いをし、ため息を一つ。

「いえ、すいません。それが、記憶とこの既視感をおさめる方法だと言うわけですね」

「正確なことは分からないが、俺はそれで収まった。だから宮藤さんにもそれを伝えないとって思ったんだ。俺と宮藤さんに起こっている現象が全く同じものかは分からないが、宮藤さんも起こりうる未来を回避するという方法で、その悪夢から覚めることが出来るかもしれない」

「そうです………ね。そうかもしれません。少し考えてみます」

救いの方法が分かれば、彼女は喜んでくれると思っていたが、彼女は極めて冷静な受け答えをした。

俺は少し不審に思いながらも、彼女と歩調を合わせて、駅までの道を歩く。

車の排気音、繁華街の喧騒、信号の音。
件の問題の話が終われば、俺たちの間に沈黙が訪れる。
俺は話題を探そうと、そこらを見渡す。しかし、何も話題になりそうなものは落ちていない。

その時、彼女がこちらを見て、ふと疑問に思ったのか俺に聞いてくる。

「そういえば、上原くんは昔は観ていたとおっしゃっていましたが、今もアニメを観ているんですか?」

「ああ。暇な時、観てるよ。部活もしてないしな。そうなると学生ってのは存外、暇なもんだ」

「そうですか………あの今やっている学園もの観てますか?ほら三人の女の子と目つきの悪い男の子の話です」

「ああ。観てるよ。シナリオもクライマックスも知っているんだけど、やっぱり何度見ても面白いな」

「そうですよね!あれ、私も好きで、このあいだ文庫ももう一度、一から読んじゃいました」

今日、初めて彼女の笑顔を見た気がした。やはり、学内では彼女も気を張っているのかもしれない。

そして、彼女と親し気に話せていることに少し気分が高まってくる。

「そっか。俺も買って読んでみようかな」

「え?貸しましょうか?」

「あ、本当に?それなら助かる」

そこから、俺と彼女はアニメ談義に花を咲かせる。駅までの道のりをずっと自分の好きなキャラだったり、物語についての話は尽きなかった。

駅に着き、彼女と改札に入ると、彼女は俺とは反対のホームに行く。

俺は彼女と会話が弾んだことで、高揚する自身の感情が心臓をいつも以上に弾ませていることに気が付かない。

そうして、感情は高まって、まだこの時間を共有していたいという欲求に変わる。

「あの、宮藤さん」

「はい?」

「明日って店番はないの?」

「はい。今日だけです。上原くんもですか?」

「ああ。その………なんだ。もしよければ、明日、俺と文化祭まわらないか?ほら、どこも行くとこないって言っていたから」

彼女は一瞬、目を泳がせた。そうして、指が微かに震えて、俺に視点を合わせる。

そうして、小さな口を開いた。

「えっと………はい。………一緒にまわりましょう」

少し、赤く上気した彼女の顔が目に入り、俺の方が視線を逸らしてしまう。

そうして電車が来ると、彼女は別れを告げ去っていった。

俺は彼女と別れた後も、自分の心臓の鼓動が聞こえるほど、高揚感に包まれていた。ホームに轟くアナウンスも聞こえない。

俺は電車を一本見送って、次の電車に乗って帰ることにした。
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