記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第18話

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ふいに一人になると、初めての感覚に戸惑ってしまう。

この何かから解放されたような感覚。

そうだ。

あの事を彼女に言わなくてはいけなかったのに、それを言いそびれてしまった。さっきまで一緒にいたのに。

彼女に俺の未来は明るくなったかもしれないと伝えないと。

本田と付き合うという未来を完全に回避したからかもしれないが、俺はこれであの暗い未来を変えることができたと今朝、分かった。

それが彼女の未来に関係があるかは分からないが、教えることで彼女も自分の未来を変えられるかもしれない。

本田の件が問題の解決に直結していたのかと問われれば、なんとも言えないが、何故かいつも訪れるあの妙な既視感は払拭されており、俺は晴れやかな気分でいたのだ。

やっと鬱陶しい謎の記憶からも解放され、二度目の人生を謳歌できるだろう。

昼になると、人の量は朝とは比べ物にならないほど、目に見えて増えており、人の群れをかき分け、なんとか教室に帰ってこられた。

先ほどまで模擬店にいたのだから、宮藤さんは一旦教室に帰るかと思っていたが、どうやら思い違いであったらしい。

教室には人っ子一人おらず、机と椅子が整然と並べられていた。こんな真昼間から静かな教室というのも不思議であり、何故か笑みが漏れて、自分の席に腰かける。

そうして一息つき、教室に濡れたシャツやら飲み物を置いて、出ようと思ったとき、誰かが教室内に入ってきた。

「あれ?美月?模擬店は?」

それは、小西であった。小西 正人は劇の小道具を担当しており、察するに、劇の道具を教室に取りに来たのだろう。

「ああ。もう終わった。小西はあれか?劇は順調か?」

「うん。順調だよ。一回目の講演も上手くいったしね」

小西は手前みそではありますがと照れながら後頭部を撫でつけ、少しはにかんで答えた。

「そうか。良かったな。俺も暇があれば観にいくよ」

「暇がなくても来てよ。自分のクラスの出し物なんだし………」

不貞腐れたようにため息ひとつ。彼は冗談だと微笑した。
彼の朗らかな表情は万人を安心させるだろう。俺とは正反対な彼の人間性を俺は気に入っている。

「違いないな………あ、そうだ。宮藤さん見なかったか?」

「え?………宮藤さん?………やっぱりそうなんだ」

「ん?」

「…………えっと見なかったけど」

小西は先ほどまでの雰囲気から一変、何故か宮藤さんの名前が出ると表情を曇らせた。

「ううん………美月は………いや、本田さんもそうか」

「なんだ?」

言いづらいことなのか、小西は自分の服の裾を握ると、こちらを苦い顔で見ていた。何か言いたいことがあるのか、それが喉元でつっかえているのか、彼はただ黙してこちらを見る。

「気持ち悪いな………言いたいことがあるなら言えよ」

俺が少し笑って促すと、彼も少し表情を綻ばせる。

「多分………前の美月になら僕は言えなかったかもしれないね」

「は?」

「ううん………なんでもない。美月も本田さんも普通だね」

「普通って?」

「いや。彰人から聞いたんだ………その、この間のこととかを」

彼は人のことを根ほり葉ほり聞いて、揶揄うような人間ではないだろう。こんなことをわざわざ口に出すということは彼にも何か事情があるのかもしれない。

しかし、他人にとやかく言われることではないと、俺も本田も思っているはずだ。
俺はその話題には触れるなと少し語気を強めて返す。

「そうか………それで?なんだ?」

「ううん………えっと、特に聞きたいことがあったわけではないんだけど………えっと」

「なんだ?」

「美月は宮藤さんが好きなの?」

「は?」

小西からこんなことを聞かれるとは思っておらず、俺の気の抜けた声だけが教室に響いた。
しかし、彼の表情から察するに、やはり冗談や、興味だけで聞いているのではないのだと分かる。

彼は俺が怒るかもしれないと理解した上で、地雷をわざと踏んでいるのだから。

「まぁ………そうだな」

「そっか………じゃあ。本田さんはフラれたんだね。美月は分かってたんでしょ?本田さんの気持ちを」

彼の顔は悲痛なものへと変わり、それは友達の本田を憂いているのかもしれない。しかし、友を心配しているだけでは片付けきれない、理由もありそうだ。
いつも他人に優しく、柔らかい表情をしている小西のこんなに切羽詰まった顔は初めて見た。

「いや、俺がフラれたようなもんだな。告ってもないのにな」

「え?」

「フラれたんだよ。今のお前に魅力はないって」

俺は場を和まそうと、少し笑って彼に答えた。

「そっか………本田さんはやっぱり本田さんだね」

彼もまた力ない笑みをこちらに返すと、「宮藤さんならさっき、中庭で見たよ」と言い残し、去っていった。

あの小西が俺に質問し、俺の行動にとやかく言ってくるとは思ってもみなかった。

俺は自分が鈍感だと思っていたが、初めて友の隠していた感情に触れた気がした。

 
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