記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第16話

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二人して歩いているとすぐに駅に着いた。

しかし、何か心残りがあるのか彼女はどこかで話でもしようと誘ってきた。
俺も未だ、件の話を出来ていなかったので、その誘いに乗ることにした。

駅前には他校の生徒や、サラリーマン、主婦やら、人で溢れかえっている。そんな中、逆行するように駅から出ていくと、何かに反発しているような、抗っているような気持ちになれた。
未熟な俺たちは世間の流れから逃げるように繁華街から遠ざかっていく。

駅から離れると、夜が一気に背中から俺たちを飲み込んでいく。
光が少なっていき、途絶えて、気が付けば、小さな光を見つけた。

公園の街灯には羽虫が群れており、そんなことが気になるほど二人の間には無音が続いた。

園内の隅にあるベンチに二人して腰かける。
そうして、寒さを覚えると、俺が缶コーヒーを買ってこようかと言い、近くの自販機へと足を運んだ。
適当に買った缶コーヒーを彼女に渡すと、「上原、めっちゃ珈琲好きじゃん?」と彼女に揶揄われる。

そうして、また沈黙の中で、缶コーヒーを飲み込んで、木々の隙間から、軽く月光が漏れているのを何も考えず見ていた。

そうして、沈黙に耐えきれずポツリポツリと彼女が他愛ない話を始めたので、俺もそれに付き合っていた。

あたりは静まり返り、俺と本田だけが公園にいて、徐々に音は聞こえなくなっていく。
都会の喧騒、秋の虫の声、木々の葉の鳴りでさえ遠くなる。
そうして、彼女の声すらも聞こえなくなっていることに気が付くと、ふと視線を彼女に移す。

彼女は缶コーヒーを飲まずに、ずっと握り締めていたままであった。

そうして、秋の虫の声にも負けるほどの小さな声で言った。

「上原さ………宮藤さんと付き合ってんの?」

そう言って、俺の顔を心配そうに見つめる本田を見て、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
そんな彼女の顔は俺の記憶には無かったのだ。

「………いや、なんでそう思うんだ?」

「この間、恵が上原と宮藤さんが二人でいるの見たっていってたから」

尻すぼみしていく彼女の声に、一音も逃すまいと耳を澄ませて聞いていた。そうして、彼女が話し終えると、息が微かに漏れて、掠れた声を出す。

「そうか………宮藤さんとは付き合ってはないが、俺は彼女のことが好きだと思う」

俺は震えながら、上擦った声がずっと耳元で反響しているのを感じながら、自分の言葉を吐いた。

それが最適とも思えないが、俺は彼女にちゃんと伝えなければならない。
そう後悔していたのだ。

いや見誤っていたのだ。

ただの気まぐれで俺を好きだと言い、雰囲気だとかその場のノリで付き合った結果、俺は過去に本田と別れていたのだと。
そう思っていた。

そんなことはなかった。

ちゃんと彼女は俺を見ていたし、彼女は俺を好きでいた。
そんな彼女の想いを踏みにじるような言動を繰り返し、自分の過去だとか、大人であったなどという上から目線で、勝手に他人を推し量っていた。

その結果、本田を苦しめていた。

「え?………えっと……そう。そっか」

彼女の息を飲む音が聞こえる。
そして、なんと言えばいいのか分からず、呼気が乱れている様が伺える。
それでも、俺に悟られまいと、何か返事をしなくてはと彼女は声を出す。

何が二度目だ。何が過去の記憶だ。俺は何も見えていないし、分かってもいない。

隣で泣きそうな友のことを何もわかってやれていないじゃないか。

そう強く思わされ、頭を地面に叩きつけたくなるほど、自分が恥ずかしく、恨めしい。慚愧の念が心を埋め尽くし、酷く痛む。

しかし反省よりも先に彼女に話をしなくてはならないと、強く意識して、話しかける。

「ああ。………だから、これからは少し遊びの誘いも断るかもしれない。本田にも迷惑をかけることもあるかもしれない」

「…………何?迷惑って」

「分からないが、何かお前の気分を害することもあるかもしれない」

「いいよ。そんな遠回しに言わなくても分かっているから………」

「え?」

彼女は息を深く吐いて、脱力し、ベンチに体を預けた。その際に彼女の長い髪が目元を覆って、彼女の表情が見えなくなった。

「ずっと………上原、ずっと気を遣ってたでしょ?」

「何が?」

「………私と二人きりになるの避けてたでしょ?」

「それは………」

そうだ。俺は既視感だとか、記憶に反発して、彼女と二人きりにならないように注意していた。
しかし、彼女には気付かれていないだろうと高をくくっていたのだ。
そんなことはない。
彼女は俺以上に俺を見ていたのだから。

「分かるよ………ずっと見ていたから。高校に入って、不良と喧嘩ばっかしてたけど、教室では橘とかと楽しそうに笑ってて、でもどこか冷めていて。そんな上原を見てたから」

彼女は俺に言っているのか、それともただ過去を思い浮かべているのか、独り言のように言う。

「本田…………俺は………」

俺は自分の口から息だけがスーッと抜けていくのを感じながら、彼女に何と言えばいいのか分からなくなっていた。

しかし、俺の言葉は彼女に遮られる。

「でも、最近の上原はなんか格好悪い………不良?っぽくもないし、変に友達を気にしているし、周りも気にしている。格好悪い。喧嘩もしないしね」

「は?」

「ほら。私にこれだけ言われても、そんな感じだし」

彼女は立ち上がると、自分の持っている缶コーヒーを俺に押し付けた。
彼女の顔は髪に隠れて、見えないが、きつく噛み締めている口元が一瞬、目に入ってきた。そうして、彼女の足音とともに俺と彼女の距離は開いていく。

「私、今の上原は好きになれない………だから宮藤さんでもなんでも、暗い女の方がお似合いかもね?」

そう言って、彼女はこちらを振り返ることなく去っていった。最後の言葉は少し震えていた。

彼女がなんであの時、佐竹を止めたのか分かった気がした。あれは彼女の矜持だったのかもしれない。

上擦って、揺れていた彼女の言葉は俺の耳元にずっと残っている。この記憶はもう忘れることはないだろう。

酷く澄んだ夜の空気を肌で感じながら、ため息ひとつ。

俺は缶コーヒーがへこむ音を、耳にしながら、ベンチに座りなおす。
そうして秋の夜空に、気高く、強い、あの少女へ言えない感謝の言葉を呟いた。

 

 

 
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