9 / 43
第9話
しおりを挟む
鐘の音に似たチャイムの音が聞こえてきた。
俺はそのまま緊張した面持ちで待っている。
そうして、「は~い」という間の抜けた声が聞こえてきたかと思えば、一人の女性が顔を出した。
その女性を二十代後半くらいかと推測するが、それはおかしいと考えを改める。
いや、姉だという線も無きにしも非ず。
俺は少しの緊張から上擦った声を自覚しながら、一度咳払いをし、彼女に挨拶をする。
「えっとこんにちは。僕は桔梗さんと同じクラスの上原と言います。桔梗さんは御在宅でしょうか?」
少し、余所余所しいというか、何かお堅い自分の言い回しに、変な印象を相手に与えてしまったのではと彼女の顔色を伺ってしまう。
「………えっと、桔梗は今、少し家を出ていて……ごめんなさいね。わざわざプリント持ってきてくれたんでしょう?」
今の応対でなんとなく、彼女が宮藤の母であるということが分かる。話し方、表情の変化は少し宮藤と似ているが、落ち着きがある声音に、その所作はこちらの緊張感を緩和させる。そして、不審に思われていないことに安堵して彼女と相対する。
「いえ。そう遠くはなかったので」
「そう?………あら。もしかして桔梗の彼氏くんとか?」
「いえいえ。違いますよ」
俺は慌てて訂正する。急な変化球に不意を突かれた。俺が困った顔で彼女を見ると、彼女は心底楽しそうな表情でこちらを見ていた。
しかし、不意に彼女の目に翳りが出来て、ため息をつかれる。
「ねぇ。上原くん。桔梗は学校でどうだったの?」
「どうとは?」
「友達とか………なんていうの。その……あの子はクラスに溶け込めていた?……いえね。担任の岩井先生にも聞いていたのだけれど、やっぱり同年代の子にしか分からない空気感みたなものもあるでしょ?」
言いたいことは分かる。
普通に通学していた娘が何故、急に不登校になったのか、またその原因を知りたいのだろう。それは急な出来事だったので親も不審に思うのも頷ける。
しかし、ここで俺の記憶のことや、この間の公園での出来事を話しても意味はないだろう。余計、混乱するだけである。
「どうでしょう。あまり親しくはないので。しかし、クラスに溶け込めていないという印象もないですよ。普通に教室にも毎日来ていましたし」
「そう………そうね。ごめんなさい。変なこと聞いたわね」
俺はそうして、宮藤母にプリントを渡し、彼女の家を後にした。
彼女がドアを開けて入っていく、後ろ姿を見ていると、玄関の様子が見えた。そこにはピンク色の花が花瓶に挿してあった。花弁は内側が白で、淵は綺麗なピンク色であった。
アルストロメリア。
俺は花になんぞ全く興味がないのに、その花の名前はすぐに思い出せた。
引きこもりの不登校児は夕方に外に出ているという。
不登校児はどこに行くのだろう。彼女のことだから本屋だろうか?それとも、夕焼けの空を見るために見晴らしの良い場所だろうか?
少なくとも真冬の夜の海を見に行く馬鹿ではないだろう。
俺はそうして考えているうちに、一つの場所が思い浮かんだ。
多分、俺が同じ状況に陥れば、その謎を探るだろう。ならば行く場所は一つだ。
聡明な彼女のことである、自分を悩ます種、つまりは原因の究明に当たるだろう。
俺は電車を乗り継ぎ、繁華街の最寄りの駅で降りた。
そうして、空が完全に夜に変わる前のなんとも言えぬ、赤と黒が入り混じった気持ちの悪い空を見ながら、歩いて行く。
俺の頭上は黒に覆われ、遠くの山に目を移すと、そこには燃え上がるような赤い空があり、徐々に黒に侵食されていく中、赤い光線が薄っすら漏れていた。
俺は目的地に着くと、ブランコに座っている女性を見つける。
長い黒髪は闇に溶け込み、薄っすら赤い光がその白い肌を照らしている。
風が吹けば消えてしまいそうな儚げな表情の彼女は地面を見ながら、ブランコを微かに揺らしていた。寂し気に、虚ろな目で彼女は何を見ているのだろう。
宮藤 桔梗はやはり公園にいた。
俺は声をかけるかどうか逡巡しつつも、言葉が先に口をついて出た。
「………宮藤さん?」
俺の声に驚いて顔を上げる彼女は、小動物のような動きで少し可愛い。しかし、彼女は俺の顔を見ると、浮かない顔はより沈んでいき、ついには俺から視線を外した。
「…………上原くん。どうしてここに?」
「宮藤さんは学校休んで、どうしてここにいるの?」
「………」
彼女は俺の嫌らしい質問に口を閉ざし、目を閉じて、また少しブランコを揺らした。
「宮藤さん。どうして学校休んでるの?」
「な………なんでそんなことを上原くんに言わないといけないんですか?」
俺の言葉に彼女は反射的に顔を上げ、こちらに抗議の声を上げる。夕陽に照らされた、その目は少し泣いていたのか赤く腫れているのが見て取れて、声も力なく掠れていた。
「じゃあ質問を変える。前にここで何を見た?」
「え?」
「何かを見ただろ?」
俺の言葉に彼女はこちらの真意を探るように、目を細めてこちらを見る。何かを警戒しているのか、それは小動物が敵対している様子に見えた。
「何か?」
「そう。うーん。ぼやけた記憶のようなもの。他人の記憶にも見える。でも、夢とも違う。実感を持った夢のようなものだ」
「………あの時………あの時、上原くんは私と別れる前に涙を流していました。上原君も同じものを見たんですか?」
彼女は震える声でこちらに問う。
その顔はどこか恐怖心を孕んでいるのか固まっており、震える体をどうにか抑えて、言葉を吐きだしているようであった。
その恐怖は得体のしれない記憶からくるものかもしれない。
「貴方と会ったとき………変な映像が頭に流れて………それからずっとなんです。脳裏に焼き付いて離れない。嫌な映像がずっと流れていて………上原くんもなんですか?」
彼女は学校を休んでしまうほど、嫌なものを見たという。
彼女も俺と同じく、自分の死を見たのだろうか?
それとも、俺が影響して、何かを見せたのだろうか?
どちらにしても、俺は彼女から全てを聞き出さなくてはならない。
それは俺のためでもあり、彼女のためでもある。
それには、こちらも腹を割って話さなければ何も始まらない。
「ああ。俺も見た………なぁ。宮藤さん。俺が二度目の人生を歩んでいるって言ったら信じるか?」
多分、これは俺の所為だ。
彼女は俺と関わったから、こんな目に遭っている。ならば、俺の責任だ。
俺は茫然とする彼女の元へと歩いて行った。
俺はそのまま緊張した面持ちで待っている。
そうして、「は~い」という間の抜けた声が聞こえてきたかと思えば、一人の女性が顔を出した。
その女性を二十代後半くらいかと推測するが、それはおかしいと考えを改める。
いや、姉だという線も無きにしも非ず。
俺は少しの緊張から上擦った声を自覚しながら、一度咳払いをし、彼女に挨拶をする。
「えっとこんにちは。僕は桔梗さんと同じクラスの上原と言います。桔梗さんは御在宅でしょうか?」
少し、余所余所しいというか、何かお堅い自分の言い回しに、変な印象を相手に与えてしまったのではと彼女の顔色を伺ってしまう。
「………えっと、桔梗は今、少し家を出ていて……ごめんなさいね。わざわざプリント持ってきてくれたんでしょう?」
今の応対でなんとなく、彼女が宮藤の母であるということが分かる。話し方、表情の変化は少し宮藤と似ているが、落ち着きがある声音に、その所作はこちらの緊張感を緩和させる。そして、不審に思われていないことに安堵して彼女と相対する。
「いえ。そう遠くはなかったので」
「そう?………あら。もしかして桔梗の彼氏くんとか?」
「いえいえ。違いますよ」
俺は慌てて訂正する。急な変化球に不意を突かれた。俺が困った顔で彼女を見ると、彼女は心底楽しそうな表情でこちらを見ていた。
しかし、不意に彼女の目に翳りが出来て、ため息をつかれる。
「ねぇ。上原くん。桔梗は学校でどうだったの?」
「どうとは?」
「友達とか………なんていうの。その……あの子はクラスに溶け込めていた?……いえね。担任の岩井先生にも聞いていたのだけれど、やっぱり同年代の子にしか分からない空気感みたなものもあるでしょ?」
言いたいことは分かる。
普通に通学していた娘が何故、急に不登校になったのか、またその原因を知りたいのだろう。それは急な出来事だったので親も不審に思うのも頷ける。
しかし、ここで俺の記憶のことや、この間の公園での出来事を話しても意味はないだろう。余計、混乱するだけである。
「どうでしょう。あまり親しくはないので。しかし、クラスに溶け込めていないという印象もないですよ。普通に教室にも毎日来ていましたし」
「そう………そうね。ごめんなさい。変なこと聞いたわね」
俺はそうして、宮藤母にプリントを渡し、彼女の家を後にした。
彼女がドアを開けて入っていく、後ろ姿を見ていると、玄関の様子が見えた。そこにはピンク色の花が花瓶に挿してあった。花弁は内側が白で、淵は綺麗なピンク色であった。
アルストロメリア。
俺は花になんぞ全く興味がないのに、その花の名前はすぐに思い出せた。
引きこもりの不登校児は夕方に外に出ているという。
不登校児はどこに行くのだろう。彼女のことだから本屋だろうか?それとも、夕焼けの空を見るために見晴らしの良い場所だろうか?
少なくとも真冬の夜の海を見に行く馬鹿ではないだろう。
俺はそうして考えているうちに、一つの場所が思い浮かんだ。
多分、俺が同じ状況に陥れば、その謎を探るだろう。ならば行く場所は一つだ。
聡明な彼女のことである、自分を悩ます種、つまりは原因の究明に当たるだろう。
俺は電車を乗り継ぎ、繁華街の最寄りの駅で降りた。
そうして、空が完全に夜に変わる前のなんとも言えぬ、赤と黒が入り混じった気持ちの悪い空を見ながら、歩いて行く。
俺の頭上は黒に覆われ、遠くの山に目を移すと、そこには燃え上がるような赤い空があり、徐々に黒に侵食されていく中、赤い光線が薄っすら漏れていた。
俺は目的地に着くと、ブランコに座っている女性を見つける。
長い黒髪は闇に溶け込み、薄っすら赤い光がその白い肌を照らしている。
風が吹けば消えてしまいそうな儚げな表情の彼女は地面を見ながら、ブランコを微かに揺らしていた。寂し気に、虚ろな目で彼女は何を見ているのだろう。
宮藤 桔梗はやはり公園にいた。
俺は声をかけるかどうか逡巡しつつも、言葉が先に口をついて出た。
「………宮藤さん?」
俺の声に驚いて顔を上げる彼女は、小動物のような動きで少し可愛い。しかし、彼女は俺の顔を見ると、浮かない顔はより沈んでいき、ついには俺から視線を外した。
「…………上原くん。どうしてここに?」
「宮藤さんは学校休んで、どうしてここにいるの?」
「………」
彼女は俺の嫌らしい質問に口を閉ざし、目を閉じて、また少しブランコを揺らした。
「宮藤さん。どうして学校休んでるの?」
「な………なんでそんなことを上原くんに言わないといけないんですか?」
俺の言葉に彼女は反射的に顔を上げ、こちらに抗議の声を上げる。夕陽に照らされた、その目は少し泣いていたのか赤く腫れているのが見て取れて、声も力なく掠れていた。
「じゃあ質問を変える。前にここで何を見た?」
「え?」
「何かを見ただろ?」
俺の言葉に彼女はこちらの真意を探るように、目を細めてこちらを見る。何かを警戒しているのか、それは小動物が敵対している様子に見えた。
「何か?」
「そう。うーん。ぼやけた記憶のようなもの。他人の記憶にも見える。でも、夢とも違う。実感を持った夢のようなものだ」
「………あの時………あの時、上原くんは私と別れる前に涙を流していました。上原君も同じものを見たんですか?」
彼女は震える声でこちらに問う。
その顔はどこか恐怖心を孕んでいるのか固まっており、震える体をどうにか抑えて、言葉を吐きだしているようであった。
その恐怖は得体のしれない記憶からくるものかもしれない。
「貴方と会ったとき………変な映像が頭に流れて………それからずっとなんです。脳裏に焼き付いて離れない。嫌な映像がずっと流れていて………上原くんもなんですか?」
彼女は学校を休んでしまうほど、嫌なものを見たという。
彼女も俺と同じく、自分の死を見たのだろうか?
それとも、俺が影響して、何かを見せたのだろうか?
どちらにしても、俺は彼女から全てを聞き出さなくてはならない。
それは俺のためでもあり、彼女のためでもある。
それには、こちらも腹を割って話さなければ何も始まらない。
「ああ。俺も見た………なぁ。宮藤さん。俺が二度目の人生を歩んでいるって言ったら信じるか?」
多分、これは俺の所為だ。
彼女は俺と関わったから、こんな目に遭っている。ならば、俺の責任だ。
俺は茫然とする彼女の元へと歩いて行った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


告白をしていないのにふられた俺はイケメン女子とハーレムを目指す
山田空
恋愛
部長に恋をした俺は部長に恋愛相談をされる。
全てがいやになった俺は男友達に部長のことが好きだったことと部長に恋愛相談をされたことの2つを口にする。
そしたら「それなら僕と付き合ってみないかい?」
そんなことをいってくるのでもちろん俺は断ろうとするのだが
「俺たちは男だ……別にその気持ちを否定するつもりはないがその」
「……うんああ僕は女だよ」
「は?」
「それじゃあ付き合えるよね」
「いやまあそうだけどうん……でもえ?」
まさかの男友達(女)と付き合うことになった。
でも実は俺のことを好きな人は男友達(女)だけではなかったみたいで
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる