記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第9話

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鐘の音に似たチャイムの音が聞こえてきた。

俺はそのまま緊張した面持ちで待っている。

そうして、「は~い」という間の抜けた声が聞こえてきたかと思えば、一人の女性が顔を出した。

その女性を二十代後半くらいかと推測するが、それはおかしいと考えを改める。

いや、姉だという線も無きにしも非ず。

俺は少しの緊張から上擦った声を自覚しながら、一度咳払いをし、彼女に挨拶をする。

「えっとこんにちは。僕は桔梗さんと同じクラスの上原と言います。桔梗さんは御在宅でしょうか?」

少し、余所余所しいというか、何かお堅い自分の言い回しに、変な印象を相手に与えてしまったのではと彼女の顔色を伺ってしまう。

「………えっと、桔梗は今、少し家を出ていて……ごめんなさいね。わざわざプリント持ってきてくれたんでしょう?」

今の応対でなんとなく、彼女が宮藤の母であるということが分かる。話し方、表情の変化は少し宮藤と似ているが、落ち着きがある声音に、その所作はこちらの緊張感を緩和させる。そして、不審に思われていないことに安堵して彼女と相対する。

「いえ。そう遠くはなかったので」

「そう?………あら。もしかして桔梗の彼氏くんとか?」

「いえいえ。違いますよ」

俺は慌てて訂正する。急な変化球に不意を突かれた。俺が困った顔で彼女を見ると、彼女は心底楽しそうな表情でこちらを見ていた。

しかし、不意に彼女の目に翳りが出来て、ため息をつかれる。

「ねぇ。上原くん。桔梗は学校でどうだったの?」

「どうとは?」

「友達とか………なんていうの。その……あの子はクラスに溶け込めていた?……いえね。担任の岩井先生にも聞いていたのだけれど、やっぱり同年代の子にしか分からない空気感みたなものもあるでしょ?」

言いたいことは分かる。

普通に通学していた娘が何故、急に不登校になったのか、またその原因を知りたいのだろう。それは急な出来事だったので親も不審に思うのも頷ける。

しかし、ここで俺の記憶のことや、この間の公園での出来事を話しても意味はないだろう。余計、混乱するだけである。

「どうでしょう。あまり親しくはないので。しかし、クラスに溶け込めていないという印象もないですよ。普通に教室にも毎日来ていましたし」

「そう………そうね。ごめんなさい。変なこと聞いたわね」

俺はそうして、宮藤母にプリントを渡し、彼女の家を後にした。

彼女がドアを開けて入っていく、後ろ姿を見ていると、玄関の様子が見えた。そこにはピンク色の花が花瓶に挿してあった。花弁は内側が白で、淵は綺麗なピンク色であった。

アルストロメリア。

俺は花になんぞ全く興味がないのに、その花の名前はすぐに思い出せた。

 

 

 

引きこもりの不登校児は夕方に外に出ているという。

不登校児はどこに行くのだろう。彼女のことだから本屋だろうか?それとも、夕焼けの空を見るために見晴らしの良い場所だろうか?

少なくとも真冬の夜の海を見に行く馬鹿ではないだろう。

俺はそうして考えているうちに、一つの場所が思い浮かんだ。

多分、俺が同じ状況に陥れば、その謎を探るだろう。ならば行く場所は一つだ。

聡明な彼女のことである、自分を悩ます種、つまりは原因の究明に当たるだろう。

俺は電車を乗り継ぎ、繁華街の最寄りの駅で降りた。

そうして、空が完全に夜に変わる前のなんとも言えぬ、赤と黒が入り混じった気持ちの悪い空を見ながら、歩いて行く。

俺の頭上は黒に覆われ、遠くの山に目を移すと、そこには燃え上がるような赤い空があり、徐々に黒に侵食されていく中、赤い光線が薄っすら漏れていた。

俺は目的地に着くと、ブランコに座っている女性を見つける。

長い黒髪は闇に溶け込み、薄っすら赤い光がその白い肌を照らしている。

風が吹けば消えてしまいそうな儚げな表情の彼女は地面を見ながら、ブランコを微かに揺らしていた。寂し気に、虚ろな目で彼女は何を見ているのだろう。

宮藤 桔梗はやはり公園にいた。

俺は声をかけるかどうか逡巡しつつも、言葉が先に口をついて出た。

「………宮藤さん?」

俺の声に驚いて顔を上げる彼女は、小動物のような動きで少し可愛い。しかし、彼女は俺の顔を見ると、浮かない顔はより沈んでいき、ついには俺から視線を外した。

「…………上原くん。どうしてここに?」

「宮藤さんは学校休んで、どうしてここにいるの?」

「………」

彼女は俺の嫌らしい質問に口を閉ざし、目を閉じて、また少しブランコを揺らした。

「宮藤さん。どうして学校休んでるの?」

「な………なんでそんなことを上原くんに言わないといけないんですか?」

俺の言葉に彼女は反射的に顔を上げ、こちらに抗議の声を上げる。夕陽に照らされた、その目は少し泣いていたのか赤く腫れているのが見て取れて、声も力なく掠れていた。

「じゃあ質問を変える。前にここで何を見た?」

「え?」

「何かを見ただろ?」

俺の言葉に彼女はこちらの真意を探るように、目を細めてこちらを見る。何かを警戒しているのか、それは小動物が敵対している様子に見えた。

「何か?」

「そう。うーん。ぼやけた記憶のようなもの。他人の記憶にも見える。でも、夢とも違う。実感を持った夢のようなものだ」

「………あの時………あの時、上原くんは私と別れる前に涙を流していました。上原君も同じものを見たんですか?」

彼女は震える声でこちらに問う。

その顔はどこか恐怖心を孕んでいるのか固まっており、震える体をどうにか抑えて、言葉を吐きだしているようであった。

その恐怖は得体のしれない記憶からくるものかもしれない。

「貴方と会ったとき………変な映像が頭に流れて………それからずっとなんです。脳裏に焼き付いて離れない。嫌な映像がずっと流れていて………上原くんもなんですか?」

彼女は学校を休んでしまうほど、嫌なものを見たという。
彼女も俺と同じく、自分の死を見たのだろうか?
それとも、俺が影響して、何かを見せたのだろうか?
どちらにしても、俺は彼女から全てを聞き出さなくてはならない。
それは俺のためでもあり、彼女のためでもある。

それには、こちらも腹を割って話さなければ何も始まらない。

「ああ。俺も見た………なぁ。宮藤さん。俺が二度目の人生を歩んでいるって言ったら信じるか?」

多分、これは俺の所為だ。

彼女は俺と関わったから、こんな目に遭っている。ならば、俺の責任だ。

俺は茫然とする彼女の元へと歩いて行った。

 

 

 
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