記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第2話

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午前最後の授業が終わると、教室は慌ただしくなり、人の出入りも激しくなる。

そんなフウに人が大勢動く様を久しぶりに見た気がして、興味深く眺める。

食堂やら、購買部に走っていく生徒や、クラスで他クラスの人間と弁当をつついている人間もいる。

どうやら俺は、昼休憩はいつもこの凸凹フレンズ三人と時を共にしていたらしい。

それは橘が購買に走って行きながら、「席取っとくな!」と言い残し、走り去っていったことから、あいつは何を急に走ってんだ?と小西に問うと、「いつも通り、食堂だね」と彼に言われる。

なるほど。

橘だけ購買のパンをいつも購入しており、小西と漆原は弁当か。じゃあ、俺も弁当を食うかとカバンを漁るも、弁当はなかった。

「あれ?弁当がない?」

俺の焦った声に、彼らはこちらに振り向く。

「え?美月(みづき)、お弁当忘れたの?」

「はっ馬鹿だな美月。お前も早く彰人の後を追えよ」

漆原は心底、馬鹿にした様子でこちらに苦言を呈す。

俺はそれもそうだと、橘の小さくなっていく背中を追おうとして立ち止まる。いや、待て、俺の財布には今、何円入っているのか?と。

ブレザーのポケットから財布を取り出し、中身を確認する。そこには、1000円ほどしかし入っていなかった。

しけてんなぁ。千円だと定食食べたら、底を尽きる。何故にこんな貧乏になっているのか?
確か、いつも1万は必ず持ち歩くことにしていた。いや、カードがあったか?

しかしながら、財布の中のカード類は、ゲームセンターやカラオケなど、ポイントカードなどの使い物にならないものばかりであった。

「ちょっと、先に行ってるわ」

げんなりしながら俺がそう言って、橘を追うと、小西のか細い返事だけが聞こえてきた。

俺はそれに手を上げて、答え、廊下を走った。

 

その時、前から歩いてくる男子生徒三人ほどのグループの一人とすれ違いざま、肩がぶつかった。

その男子はやんちゃそうな顔つきで、頭に刈り込みが入っており、不機嫌な顔をこちらに向ける。

他の二人もどこか尖っているというか、髪も茶色く染めてあり、眉毛のない者までいる。
うちの学校の風紀は漆原を筆頭に乱れているのだろうか?先行き不安だと嘆いてしまう。

俺は咄嗟のことに驚き、そのぶつかった男子に「おっとすまん」と声をかけた。

しかし、その男子生徒を見ると、俺よりも驚いた顔でこちらを見ていた。
瞠目して見る彼に俺は違和感を覚え、「ん?どうした?」と問うも、彼は慌てて謝罪し去っていった。

俺が奇妙な顔で彼を見ていると、先ほどの出来事を見ていた漆原がこちらを嫌らしい顔で眺めていた。

「お前、また片岡くんと喧嘩してんの?」

「喧嘩?………いや肩が当たったから謝ったら変な顔されたんだ」

「は?………こりゃ重症だな」

漆原の話では、俺は入学して早々、先ほどの片岡くんと喧嘩し、殴り倒したそうだ。理由は定かではないが、些細なことで片岡くんに因縁を付けられ、それが発端で喧嘩したらしい。

なるほど………て、あれ?俺、不良じゃんか。

俺って人間はいともたやすく人を殴る男だったか?と混乱する頭の中で、そんなことないよ!俺って人間は良識ってもんは持ち合わせていたはず!と茶化してみる。
いや、本当に覚えてない事柄に頭を抱えてしまう。

「あれ………漆原。お前は不良だよな?」

「は?喧嘩売ってんのか?」

「ほら。そうだ。お前は不良だ。俺は違うだろ?」

「いや。どっちかというとお前のほうが喧嘩してるし、窓は割ったことがあるしで不良の筆頭だろ?」

「あ?………あー。オッケーでーす」

どうも齟齬がある。

俺は懊悩としながら、当初の予定を思い出し、パンを買わねばと走って売店に向かった。

 

 

 

購買部は食堂の隣に位置する。

総菜パンやらおにぎり、飲料水、文房具も売っている。確か、学校指定の体操服もここで買ったなと、どうでもいい記憶を思い出す。

「お、珍しいな。今日は美月も購買か?」

先に着いていた橘がこちらに快活に手を振っている。身長180ほどのイケメンさんが笑顔で手を振っていたからすぐに分かった。

雑誌の表紙みたいだなと思いながら、ガイヤが俺になんとやらと呟きながら購買の待ち列の最後尾を探す。

購買に買いに来た生徒の列は、向いの階段まで続いており、俺は最後尾に並んだ。

そうして、待っていると、隣に橘が来る。

「もう買い終わった。ヒレカツサンドは多分、売り切れてるぞ」

「あ、そう。昼からそんな脂っこいもの食べねぇよ。レタスサンドとかでいい」

「なんだそれ?おやじ臭いな………ん?あれって誠ちゃんじゃないか?」

そう言うと、橘は食堂の近くにいる女子に手を振る。

「誠ちゃん?」

「いや、お前の妹さん」

「おお」と俺は橘に言われて、振り返れば、至近距離まで来ていた我が妹が俺の顔を思い切り睨んでいた。

そして、右手に持っていた、弁当袋を手渡してくる。こうして、見るとうちの妹は学生に紛れていても若く感じる。

そして、それはそのまま口をついて出る。

「お前、若いな」

「は?何、馬鹿なこと言ってんの?それより、はい。弁当。今朝、アホな顔して出ていったから忘れてると思ってたの。案の定、忘れてたね」

俺の言葉を聞いた妹は眉を下げて、こちらをなお睨む。

「おお。ありがとう」

 俺は素直に受け取ると、彼女は少し、目を細めて、「別に」と小さく零した。そして、視線を橘に向ける。

というよりも、俺の視線から逃れようとして、彼に視線を合わせた感じだ。

「こんにちは。誠ちゃん」

「こんにちは。橘先輩」

橘の挨拶に朗らかに答えるうちの妹。妹の橘に対する、視線はどこか甘く、彼女が健気な後輩に見えてくる。あれ?誠ちゃん、橘のこと好きなのか?

イケメンは確かにいいかもしれないが、お兄ちゃんなんだが寂しいなと、誠の結婚式でのドレス姿を想像し、これまた何故か身長の伸びた、出来るОL風の美女のドレス姿を見た。

目の前にいるチビっ子高校生とは似ても似つかない女性であった。

俺が謎の妄想に頭を悩ませていると、二人は楽しそうに談笑している。

「なぁ。誠ちゃん。なんだか君のお兄さん、朝から変じゃない?」

「兄が変なのはいつもですけど………確かに。朝も部屋に行ったとき、怒鳴らなかったし、前は私がこうして学校で話しかけると、すごい嫌そうに舌打ちとか平気でしてきましたもんね」

「そうそう。悪態は付くし、女には厳しいし、ショウにも厳しかった奴が、何故か朝から素直というか変なんだ。だから、誠ちゃんに聞こうと思ったんだけど」

どうやら俺をはみ出し者にして、二人の世界で会話が始まっている。駄目だぞ。お兄ちゃんは誠の保護者みたいなもんだからな。

「おい!何の話だ!場合によっては」

「お前の話だよ。お前どうした?なんか変じゃないか?」

橘はそう言うと、俺の顔をジト目で見てくる。そして、その後ろの我が妹も同じ顔をしている。チベットスナギツネみたいな顔だ。

俺は二人の変顔に対し笑いをこらえながら、自分が変だと言われたことを考える。
しかし、自分が前はどういった人間であったかなど思い出せない。

橘の話では、人の話を聞かず、我儘で、妹に冷たい。先ほど漆原に言われた通り、よく不良と喧嘩もしていた。
いわば、悪童のような男であったそうだ。

全然、理解できない。

「変って言われてもな………そうだ。とりあえず、飯食おうぜ」

俺は考えるよりも腹が減ったと彼を促す。

「そうだな」

俺の言葉に橘は従い、誠は「変なの」と残して、帰っていった。

俺と橘は席について、小西、漆原を待つ。

俺はその間に、兄としての責務を果たす。父に代わって、娘の操が脅かされているのだ、俺が守らなくて、誰が守るのか。

「橘、お前、内の妹とどういう関係だ?」

「なんだお前?藪から棒に………誠ちゃんとは仲いいよ。お前の妹だしな」

「それだけか?」

「ん?……だからなんなんだ?」

「いや。いいんだ」

俺の問いに、なんだこいつ?みたいな肩眉を吊り上げた顔で見てくるイケメンを俺は勝手に許した。

今朝から昼までの付き合いだが、こいつは多分、イケメンでも良いイケメンだろうと感じたからだ。
いや、悪いイケメンとか知らないが。

そして、今までこのイケメンと仲が良かったことにはそれなりの理由があるのだろう。

そういや、なんで俺は妹の男関係にこんなに真剣になって考えているのだろう?

橘は俺を見ながら「やっぱり変だよなぁ」と呟いていた。

 

そうして橘と話しながら昼食を取っていると、小西と漆原が来た。

俺は橘の言う、いつも食べている食堂の席に座っているらしい。
彼らも当たり前のようにそこに来た。俺はその席のことも忘れているとは彼らに言えず、結局、会話を合わせようと努める。

「それで………美月。昨日の帰りにまた喧嘩したんだろ?」

漆原はにやけ顔でそう聞いてくる。

「え?……美月、また喧嘩?」

と小西の驚いた声が漆原の言葉に続いた。

俺は身に覚えのない話に首をかしげていたが、橘も苦笑いでこちらを見ながら、「あーその件か」と小さく呟いた。

その橘の反応からして、俺はやはり喧嘩っ早い性格の人間だったと推察できるが、どうにも納得できない。

「なんのことだよ?」

「は?………いやいや。昨日、西高大附属の奴と喧嘩したんだろ?橘のダチから噂が流れてきたらしいぜ?」

その漆原の言葉に橘が口を開く。

「ああ。俺が昔の空手道場の時に一緒に習ってたやつだ。そいつがお前と西高の奴との喧嘩を目撃したらしい……にしても喧嘩するなとは言わないが、人に恨みを買うと生きづらいだろ?」

これだけ、言われれば俺は本当に喧嘩していたのだろう。ここは身に覚えのない疑いをかけられたことに対しての苛立ちは引っ込めて、彼らの助言に従おう。

俺には記憶がなく、前の自分の性格すら、とうに忘れてしまったみたいだしな。

「なんか分からんが、分かった。喧嘩はしないようにしよう」

「はは。お前、適当言ってんなぁ」

 漆原は俺の言葉に笑っていたが、俺の言葉に橘は笑って「おう」と快活に答えた。

そうして、橘はカツサンドにがっつき、俺たちは弁当をつついた。

弁当のおかずは冷凍食品も入っていながら、昨日の晩ご飯と思しきコロッケやサラダも入っており、所帯染みたその味に舌つづみを打つ。

それは、久しぶりに家庭の味に触れたからかもしれない。

別に滋味深い味わいというわけでもないが、思い出補正でやけに美味しく感じられた。
そういったどうでもいいことは覚えているのになと、今朝から些細なことにつまづいてしまう。

いや、それはおかしなことであるが、感覚的な部分に頼るよりほかない。

記憶がなく、自分で自分が分からないということは、もう直感で生きていくしかないのだ。それが今の上原 美月という人間を形成していくだろうから。

「なんか美月は雰囲気も変わったけど………でも、僕は今日の美月の方が良いな」

「そうだな。なんか丸くなったというか分からないが、今日の美月の方が心配しなくていいしな」

食堂の帰り際、俺は漆原と世間話をしている中、小西と橘の会話が聞こえてきた。

どうやら、俺は良い友達にも恵まれたらしい。

それに感謝しながら、自分という人間についてもっと深く知りたくなった。

 

 

 

 

 
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