記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第1話

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高校二年生になった、四月終わりのことである。

その日、俺は激しい頭痛と共に目を覚ました。

ベッドから落ちた際に、頭を強打したのかと思ったが、俺の体は未だベッドの上にある。

しかしながら、強い衝撃があり、一瞬、身体が張り裂けるような感覚と激痛に襲われ、死んだとすら思ったほどだ。

未だ、痛みの残滓が身体にあり、麻痺したように動けない。

なんとか右手で後頭部をさすると、そこには瘤が出来ており、やはり強く頭をぶつけたのだろうと無理やり自分を納得させる。

そうしてボーッと天井を眺めていると、記憶が妙にぼんやりしていることに気が付いた。

自室のハンガーラックに吊るされた高校の制服を見るまで、自分が高校生であることも分かっていなかったほどだ。スーツではないことに何故か妙な違和感を覚えたが、すぐに違和感は消え去った。

部屋の内装も、目に付けば疑問に思う。

こんな部屋に果たして俺は住んでいただろうか?と。
こんな俳優のポスターの貼ってある、趣味に溢れた部屋ではなく、もっと殺風景な、質素な部屋に住んでいた記憶がある。

しかし、それも数秒経てばすぐに疑問は当たり前に変わっていった。

上原 美月(うえはら みづき)という自分の名前や、出生は思い出せる。しかし、身近な記憶が曖昧模糊となっている。

そして、次に自分の人間関係もよく思い出せない。

いやいや、おかしい。
まだ寝起きだからだ。
そう。少し混乱しているだけだと、一旦、冷静になって考えてみる。

そして思い出そうとすると、やはり靄(もや)がかかったように見えない。

小学校から高校まで、はたまた物心つくまで特になんの問題もなく生きてきた気がする。

確か、高校に入学して以来、朝が弱い俺はこんな家から遠い高校を選ぶべきではなかったと後悔していたような気がする。

高校の授業も特にむつかしいと感じることもなく、親しい友人も何人か出来た。大体、その仲の良い友人とつるんでいた気がする。


 


仲の良い友人が何人かいたはずである。

イケメンの橘(たちばな)に、チャラい漆原(うるしばら)、背の小さい小西(こにし)の顔が浮かんでくる。

朧気だが、思い返せば、皆の顔やら、性格、話し方が少しずつ蘇ってくる。

しかし、昨日話したはずの友人たちの顔を意識しないと思い出せないとは………

自分の過去が見えにくいことに依然として、焦燥感を覚える。
記憶というのは当たり前だが、昔に遡れば、遡るほど薄く曖昧になっていくものだ。

小学校、中学校の記憶が薄れているのは仕方がない。小学時代の担任の名前が出てこないなんてことは当たり前のことで、俺だけではないだろう。

しかしながら、今、通っている高校の記憶が薄れているとなれば、これは問題である。

未だ冴えない頭の中で、自分の高校とはどんなところだったか考える。毎日、通っていた気がするのに、場所が思い出せない。

人間関係だけではなく、自分の高校もどこか曖昧になっているとは重症である。

市立谷岡第三高校だと名前は思い浮かぶのに、自分が通っていたという自覚が持てない。

教室や校内の雰囲気、グラウンドの風景は思い出されるのに、場所が出てこない。確か電車通学であったはずである。定かではないが。

俺は手元にあった携帯で場所を検索する。

あれ………?

俺は何故か携帯を手に取ると、すぐにボタンを探した。そうして画面をタッチすればいいと当然のように考えていた。

枕元に置いてあった携帯を確認する。何かが違う………のか?

………ああ。違う。違う。

………そうだ。そうだ。

俺は折り畳み式携帯を開くと、電源ボタンを押し、そうして検索をかけた。

高校の位置は、古臭いフォーマットの学校サイトに載っており、小さい字に四苦八苦しながらどうにか分かった。

なんだろうこのボヤっとした頭痛はと頭を押さえて、この妙な記憶喪失について考えていると、急に自室のドアが開いた。

「お兄ちゃん!!もう八時!遅刻するよ!!」

妹が怒鳴っている。

やけに小さい妹は高校の制服を着ており、こちらを睨んでいる。コスプレか?と一瞬思ったが、どうにも違うようだ。

肩まで伸びた黒髪が揺れて、タヌキ顔の彼女は言葉の勢いの良さとは裏腹に、ドアから半身だけをそろりと覗かせる。
兄を前に何かに怯えている様子を疑問に思う。

彼女が着ている制服は俺の高校と同じ制服だ。

対する俺は寝間着で、ボーッとした眠気眼で妹を見ていた。

「おい!!遅刻だっての!!ボケ兄貴!!」

ああ。なんかカチリと記憶の中の妹像と一致した。
俺が「すまん。すぐ起きる」と言うと、妹は脱兎のごとく去っていった。

彼女が去った無音の部屋で俺はボーッと考えていた。

妹のあんな元気そうな顔は久しぶりに見た気がしたのだ。いつも迷惑をかけていて、いつも気を遣わせていた気がする。

そして彼女はいつも泣きそうな顔で俺を見ていた。

何故か分からないがそんな気がした。

今後はもっと妹に感謝して生きねばなと謎の誓いをして、俺はベッドから這い上がり、高校へと向かった。

 

 

桜並木が続く道を歩き、学校に辿り着くと、古めかしい校門をくぐる。

桜を見るのも久しぶりな気がして春の陽気に晒されながら、しばし眺めていると、ふと笑みが零れた。

春の訪れを想うのも久しぶりに感ぜられたのだ。

教室に着いたのは朝のホームルームが終わった直後であった。

いつも通っているはずの教室が何故か新鮮だった。

チョークの粉が舞って、またその粉が床に溜まって、滲んだ教壇があり、三十人ほどの人間が椅子に座って、同じ方向を見ている現状もやけに新鮮に思えた。

引き戸を開くのさえ、緊張したほどだ。

教壇にある机に寄りかかりながら、担任教諭の岩井が俺をねめつける。

岩井は俺に「はい。遅刻。上原。お前、何回目だよ?あ?」と俺の頭をパシリと名簿帳で叩いて、教室を出ていった。

岩井はこの間、30歳の誕生日を迎えた男性教諭で、その人柄の良さから生徒にも慕われているそうだ。

女子生徒に優しく、その反面、男子生徒に対しては厳しく、すぐに手を上げることで有名でもあった。

しかし、彼は別に悪い男ではない。

むしろ、生徒想いの良い人間であると思い出した。

俺は自分の頭を撫でながら、体罰と世間で騒がれている中、よくやりよるな。がんばれ教師と謎のエールを送りながら自席に着いた。

このご時世、教師というのもむつかしい職種だな。時間外業務やら、生徒の親との折衝やら、大変だ。

あのくらいの年齢が一番大変だな。

社会的立場もより明確になってきて、上下に人がいて、上司に新米教師にと挟まれて生活するのはストレスも溜まるだろう。

そんなフウに斜め上の考えに浸っていると、一人の男子生徒が俺に声をかけてきた。

 

「珍しいな。美月が遅刻なんて」

 

顔を上げると、えらく顔の整った男がこちらを見下ろしていた。

鼻梁が高く、くっきりとした二重の目に、綺麗に整えられた眉毛、黒髪短髪の美男子。

ああ。こいつだ。そうだ。こいつが橘 彰人(たちばな あきと)だ。顔を見て、確かにこいつが橘 彰人その人であると確信する。しかし、本人に聞かねば、どこか不安が頭を過ぎるのだ。

「久しいな。橘 彰人。どうだ調子は?」

「は?どうした?なんのボケだ?………で、なんで遅刻したんだ?」

橘は困ったように眉尻を下げる。そんな仕草も絵になる男である。表情のすべてがキマッているドラマの主人公みたいな男だなと感心してしまう。

「いや。なんでもない。………ちょっと頭をどこかにぶつけたみたいで。それで遅れた」

「もっとましな嘘つけよ。寝坊だろ?」

橘は快活に笑いながら、空いている俺の隣の席に座った。

そうして橘と話していると、背の低い、愛くるしい顔の少年がこちらに寄ってきた。

小好物のようにくりくりとした大きな双眸を動かしている。そうして、俺の顔を見るとニコリと笑いかけてきた。

「美月。なんか眠そうな顔してるね?」

「ああ。お前は小西 正人だな。知ってるぞ。卓球部のエース」

「なにそれ?………卓球部を揶揄うのやめてよ」

小西は嫌そうに顔を背けて、橘の隣に立った。橘は苦笑しながら、こちらを見る。

「美月。正(ショウ)の卓球部ネタはもうやめてやれよ。ショウは本当に卓球上手いんだから」

橘は窘めるように俺に言う。俺はなんだか糾弾されているように思えて、それに対し何かボタンの掛け違いのような違和感を覚える。

「いや。普通に卓球部の練習はきついし、視覚的にも面白いスポーツだし、上手いのはすごい事だろ?」

俺が不思議そうに言うと、小西は「え?」と少し素っ頓狂な声を出し、橘は眉間に皺を寄せた。

「いやいや。昨日まであれだけ卓球部を馬鹿にしていたのに、それは嘘臭いぞ」

「あーそうなのか。それはすまんな小西」

俺は昨日、小西に対し失言していたようだ。

覚えのないことなので、分からないが、とにかく謝罪する。

すぐに謝ると、小西はこれまた素っ頓狂な声を出し、「えっと………ううん。いいよ」とすぐに許してくれた。

昨日のことまで忘れているのか?とうーんと唸りながら、自問自答を繰り返していると、金髪のいかにもチャラそうな不良がこちらに歩いてくる。

橘が彼に声をかける。

「なあ。ウルシ。聞いてくれよ。美月がおかしいんだ。なんか素直っていうか、余裕があるっていうか………とにかく変なんだ」

「美月が変?………意味が分からねぇ」

不良はケケケと笑いながら、橘のもとへと歩いてくる。

多分、こいつが漆原だ。そして、どうやら奴は仲間内からはウルシと呼ばれているらしい。変なあだ名だなと思いながら奴を見る。

「美月?どうした?」

漆原はこちらを見て、揶揄っているような、しゃがれた声を出す。

「いや。この高校は金髪はいいのか?」

俺はとりあえず、頭に思い浮かんだ疑問をそのまま彼にぶつけてみる。

「は?何を今更言ってんだ?前にそれは教師と言い合いになってたろ?………でも、俺はこの髪色は気に入ってるし、変える気はないけどな」

漆原はこちらを訝しむように見て、とがった口を開いた。

いかにも不良っぽい彼の言動に、少し戸惑いながらも「あ、そう」と軽く返事をする。

それを見た彼は首をひねって、橘に「確かに………なんか、美月が変だ」と言い合っていた。

小西はこちらを気にしながら、「何かあった?体調悪いとか?」と心配そうに聞いてくるので、「いや、大丈夫」と手で制す。

それにしても、彼らは奇怪なものでも見るような顔でいた。

いや、待て。

じゃあ、俺ってどんな奴だったんだ?と疑問は深まり、それは今朝の問題にも連なる問題であり、これはひょっとすると何かヤバイ病気なんじゃないかとより一層、不安は募った。

 

 

 
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