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自分が事故物件に住んでいたことがわかったものの、タツコさんが祓ってくれたからいいか! と、結構楽観的に過ごして、翌出勤日を迎えた。そうでなければ、すぐに大家さんか不動産屋に駆け込んでいたと思う。
「できたら今後のために、壁におふだ貼れるといいんですけどねー」
昼飯を食いながら、厚かましくも「作ってくれないかなあ」というおねだりムーブをかました俺に、タツコさんはめずらしくうろんな顔をした。
「護摩札が欲しいなら、真言宗か天台宗の寺院を探せばいい」
「へえー。ちなみにタツコさんはどっち派なんですか?」
「どっち派……」
そんなもん作らないぞという言外の圧にもめげずに投げかけた質問に、タツコさんは眉間を揉んだ。
「真言宗の道場にいたことがある。それと、仏教の札は木製だ。壁には貼れないと思う」
あっ、これ、俺が知識不足すぎて、どこから説明すればいいのか困っていたのか。でも、お陰で、タツコさんの寺生まれエピソードが充実しそうだ。突っ込んで聞いてみたいことがこれまでもいくつかあった。
「真言宗ですかー。じゃあ、あの銃のポーズも真言宗なんですか?」
「…………銃?」
「ほら、こうやっていつも」
ッパァン! と、人差し指を立てて撃つフリをすると、タツコさんはようやく得心がいったという表情をした。
「それは銃じゃない。剣印だ。不動剣印」
そういって、ゆっくりと両手を組む。人差し指と中指を立て、指をくっつけたピースにして、左手を上、右手を下に合体させる。左手の残りの指で、右手の二本を包むかたちだ。そのまま手首を返し、指先を前に向けた。
「気合いを入れるのに、つい、指が前にむいたから銃に見えたんだな」
ちなみに、片手のときは刀印というヤツだったそうで。俺がやると、ただのチャラいピースみたいだが、タツコさんがやるとサマになるのはなんでなんだぜ?
午後からはまた予診票の管理に精を出すかと、ぼんやりと考えていたところへ、正規職員から依頼が舞い込んだ。
「鳥塚さん、午後、本庁に行ってきてもらえない? 管理課からトイレットペーパー受け取ってきて欲しいんだよね」
本庁舎から離れた場所にあるこの建物は、定期的に一括購入の消耗品を取りに行く必要がある。トイレットペーパーのみならず、印刷用紙や市章の印刷された封筒なんかも不足すると補充が面倒くさいことになる。
月に一度のトイレットペーパー運搬は、なかなかに大変だ。とりわけ重いわけではないのだが、しゃがめば成人が2、3人入れるような大きな段ボールは、台車を使っても、さすがにひとりでは運べない。タツコさんといっしょに行くことになるだろう。
昼休み明けすぐに出発し、管理課へ行って、保管場所の鍵を開けてもらい、一箱運び出す。軽貨物車の荷台にギリギリ収めて、運び込むのは分庁舎の地下だ。地下は普段使いしないものの倉庫と、清掃員の用具入れと休憩室、警備員の宿直室がある。つまり、俺たち事務員はほとんど利用しない場所だ。
用具入れの脇の所定の場所に持ってきた箱を積み、タツコさんと人心地つく。さて、戻ろうとしたときだ。向かいから、別の課の職員が歩いてきた。
「おつかれさまです」
「あら、健康増進課の……?」
明らかにタツコさんを見ている職員に、タツコさんは短く名乗った。
「派遣職員の桑原です」
「例のアルコールスプレーの、うちの課でも大流行りですよ。うちはほら、こういうのがあるから」
そう言って、手元に目を落とす。真っ白な筒形の陶器だ。つるりとしていて、蓋がある。どこかで見たことがある気がしたが、思い出せない。職員が両手で抱えているものを見て、タツコさんは自然に手を合わせる。それを見て、ハッとした。
──骨壺だ。
俺の視線を受けて、職員がくるりと器を回す。先程は裏にあった側面に、黒枠が印字されたシールが貼られている。枠のなかに大きく書かれた年度と番号、氏名と火葬年月日の欄もある。火葬は今日。氏名は空欄だった。
「行旅死亡人だからね、身元がわかるまで無縁仏として、第二倉庫に安置するのよ」
「──ついていっても?」
タツコさんにしてはめずらしく、自分から申し出たことばに意図がつかめなかったのは俺だけではなかったらしい。初対面の職員も束の間、困惑した様子だった。他のひとなら興味本位だろうと思えたが、タツコさんにそれはありえないだろう。職員は少し迷ったあと、俺たちを促した。
「見るだけね」
「できたら、5分いただけると」
「それくらいなら、お好きにどうぞ」
安置室の鍵が開く。タツコさんは職員に続いて一歩、中へ踏み込むと、骨壺の並んだ棚に合掌し、頭を下げた。そして、おもむろに懐から小さな冊子を取り出した。ぱらりと開かれた冊子には、漢字ばかりが並んでいる。漢文? 考えを、タツコさんの声が払いのける。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経──」
お経だ。知識のない俺には、それしかわからなかったが、職員は驚愕に目を見開き、部屋の奥で固まっていた。ハリのある低めの声が朗々と、歌うようにお経を唱え続ける。
職員がほろほろと泣いている。感動したのかと思ったら、お経が止むなり非難が飛んだ。
「ありがたいけど、ここでお経はさすがに勘弁して……!」
タツコさんが入り口に陣取っていて出られなかったらしい。
しかし、本職さながらに読経までできちゃうなんて、寺生まれってすごい。
しばらくして、「先日、分庁舎の地下一階から、般若心経と啜り泣きが聞こえた。骨壺安置室があるせいだ」という怪談が、福祉部署の職員のあいだで、まことしやかに語られるようになったのは、また別の話。
「できたら今後のために、壁におふだ貼れるといいんですけどねー」
昼飯を食いながら、厚かましくも「作ってくれないかなあ」というおねだりムーブをかました俺に、タツコさんはめずらしくうろんな顔をした。
「護摩札が欲しいなら、真言宗か天台宗の寺院を探せばいい」
「へえー。ちなみにタツコさんはどっち派なんですか?」
「どっち派……」
そんなもん作らないぞという言外の圧にもめげずに投げかけた質問に、タツコさんは眉間を揉んだ。
「真言宗の道場にいたことがある。それと、仏教の札は木製だ。壁には貼れないと思う」
あっ、これ、俺が知識不足すぎて、どこから説明すればいいのか困っていたのか。でも、お陰で、タツコさんの寺生まれエピソードが充実しそうだ。突っ込んで聞いてみたいことがこれまでもいくつかあった。
「真言宗ですかー。じゃあ、あの銃のポーズも真言宗なんですか?」
「…………銃?」
「ほら、こうやっていつも」
ッパァン! と、人差し指を立てて撃つフリをすると、タツコさんはようやく得心がいったという表情をした。
「それは銃じゃない。剣印だ。不動剣印」
そういって、ゆっくりと両手を組む。人差し指と中指を立て、指をくっつけたピースにして、左手を上、右手を下に合体させる。左手の残りの指で、右手の二本を包むかたちだ。そのまま手首を返し、指先を前に向けた。
「気合いを入れるのに、つい、指が前にむいたから銃に見えたんだな」
ちなみに、片手のときは刀印というヤツだったそうで。俺がやると、ただのチャラいピースみたいだが、タツコさんがやるとサマになるのはなんでなんだぜ?
午後からはまた予診票の管理に精を出すかと、ぼんやりと考えていたところへ、正規職員から依頼が舞い込んだ。
「鳥塚さん、午後、本庁に行ってきてもらえない? 管理課からトイレットペーパー受け取ってきて欲しいんだよね」
本庁舎から離れた場所にあるこの建物は、定期的に一括購入の消耗品を取りに行く必要がある。トイレットペーパーのみならず、印刷用紙や市章の印刷された封筒なんかも不足すると補充が面倒くさいことになる。
月に一度のトイレットペーパー運搬は、なかなかに大変だ。とりわけ重いわけではないのだが、しゃがめば成人が2、3人入れるような大きな段ボールは、台車を使っても、さすがにひとりでは運べない。タツコさんといっしょに行くことになるだろう。
昼休み明けすぐに出発し、管理課へ行って、保管場所の鍵を開けてもらい、一箱運び出す。軽貨物車の荷台にギリギリ収めて、運び込むのは分庁舎の地下だ。地下は普段使いしないものの倉庫と、清掃員の用具入れと休憩室、警備員の宿直室がある。つまり、俺たち事務員はほとんど利用しない場所だ。
用具入れの脇の所定の場所に持ってきた箱を積み、タツコさんと人心地つく。さて、戻ろうとしたときだ。向かいから、別の課の職員が歩いてきた。
「おつかれさまです」
「あら、健康増進課の……?」
明らかにタツコさんを見ている職員に、タツコさんは短く名乗った。
「派遣職員の桑原です」
「例のアルコールスプレーの、うちの課でも大流行りですよ。うちはほら、こういうのがあるから」
そう言って、手元に目を落とす。真っ白な筒形の陶器だ。つるりとしていて、蓋がある。どこかで見たことがある気がしたが、思い出せない。職員が両手で抱えているものを見て、タツコさんは自然に手を合わせる。それを見て、ハッとした。
──骨壺だ。
俺の視線を受けて、職員がくるりと器を回す。先程は裏にあった側面に、黒枠が印字されたシールが貼られている。枠のなかに大きく書かれた年度と番号、氏名と火葬年月日の欄もある。火葬は今日。氏名は空欄だった。
「行旅死亡人だからね、身元がわかるまで無縁仏として、第二倉庫に安置するのよ」
「──ついていっても?」
タツコさんにしてはめずらしく、自分から申し出たことばに意図がつかめなかったのは俺だけではなかったらしい。初対面の職員も束の間、困惑した様子だった。他のひとなら興味本位だろうと思えたが、タツコさんにそれはありえないだろう。職員は少し迷ったあと、俺たちを促した。
「見るだけね」
「できたら、5分いただけると」
「それくらいなら、お好きにどうぞ」
安置室の鍵が開く。タツコさんは職員に続いて一歩、中へ踏み込むと、骨壺の並んだ棚に合掌し、頭を下げた。そして、おもむろに懐から小さな冊子を取り出した。ぱらりと開かれた冊子には、漢字ばかりが並んでいる。漢文? 考えを、タツコさんの声が払いのける。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経──」
お経だ。知識のない俺には、それしかわからなかったが、職員は驚愕に目を見開き、部屋の奥で固まっていた。ハリのある低めの声が朗々と、歌うようにお経を唱え続ける。
職員がほろほろと泣いている。感動したのかと思ったら、お経が止むなり非難が飛んだ。
「ありがたいけど、ここでお経はさすがに勘弁して……!」
タツコさんが入り口に陣取っていて出られなかったらしい。
しかし、本職さながらに読経までできちゃうなんて、寺生まれってすごい。
しばらくして、「先日、分庁舎の地下一階から、般若心経と啜り泣きが聞こえた。骨壺安置室があるせいだ」という怪談が、福祉部署の職員のあいだで、まことしやかに語られるようになったのは、また別の話。
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