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四枚目 (前)
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「突然ごめんね。君、変な写真持ってない?」
話しかけられたのは清花ではない。同じ車両のひとつ先のドア脇に立っていた女子高生だ。聞こえてきたセリフに反射的に顔を上げ、じっと彼らのやりとりに聞き耳を立てる。
話しかけたのは、眼鏡をかけた男子学生だった。コートの下から、チェック柄のスラックスが見える。あれはどこの制服だったか。考えてすぐにわかるほど、学校名には詳しくない。清花のように遠距離通学をしているのであれば、沿線の学校ですらないだろう。
女子高生はスマホから視線だけ上げ、眼鏡の彼を睨むようにした。
「どういう意味?」
「あ、持ってないんならいいや。邪魔してごめん」
あっさりと引き下がり、彼は周囲を見回す。女子高生は他にもいるのに、その子のほかはどんどんとスルーして、こちらにやってくる。目をそらさなければと思ったのに、一瞬遅かった。ばちりと目が合う。にこっと人懐っこく笑みかけられて、清花は引きつった愛想笑いを返してしまった。
「ねえ、君。変な写真、持ってる?」
「変な写真って、心霊写真ってことですか? ……それとも、何度捨てても手元に戻ってくる写真ですか」
後半は周囲を憚り、ささやくように尋ねる。眼鏡の彼の顔つきがにわかに変わった。清花は座席に座ったまま、挑むように彼を見上げたが、彼は怯む様子もなかった。
「女は見た?」
端的に問われて、告げようかどうしようか迷う。このひとがどうにかしてくれるとは思えない。でも、いまの清花の状況をわかってくれそうなひとだとは思った。
「白い帽子の?」
「そう。つばが広くて、赤いリボンがついた」
返ってきたことばに確信を持った。相手も同様だったのだろう。彼は少し険しいくらいの表情になって、誘いをかけてきた。
「次の駅で降りて話せる?」
「もともと、次が降りる駅」
「ちょうどいいや。俺もなんだ」
砕けた調子で言って、彼はドアに近寄った。清花も席を立ち、彼に並んだ。
「マヤマイタル。『間』に『山』に至急の『至』。O高二年」
短いセリフが自己紹介だと気づいたのは、駅のプラットフォームに降りてからだった。
「テラジマサヤカ。『寺』に簡単なほうの『島』で、『清』い『花』。F女。学年はおんなじ」
真似すると、間山はスマホを取り出した。
「LITEやってる? 交換しておこう」
「うん」
ナンパにしては、ほんとうに事務的なやりとりだった。互いのスマホを近づけてID交換しながら、間山は周囲を見回した。
「どこか座って話せたらいいんだけど、ホームの椅子は寒いよなあ。F女って厳しい? 寄り道したら、バレるかな」
「学校からずいぶん離れてるし、コート着てるから制服も見えないよ。平気だと思う」
「よし、じゃあ、駅前のマックに移動!」
言うなり、改札口にむかう階段へ歩いて行く。清花はお小遣いがどのくらい財布に入っていたか不安になった。口には出さなかったのに、間山は背中ごしに軽い口調で言う。
「おごるから。俺、バイトしてるし、女の子に払わせるのは主義に反する」
「でも」
反論しようとすると、彼は階段の途中で足を止めた。清花を振りかえる。
「っていうのは、ほとんど嘘か。寺島さんが写真や女を見たのは、俺のせいなんだよね。だから、おごらせて。全然、償いになんかならないだろうけどさ」
「ちょっと! それって、どういう……」
「あとは店でゆっくりと話す」
話を切り上げ、間山は足早に階段をおりていく。追いかけて、清花も小走りになった。
LITEの交換をしているあいだに、駅舎のなかはひとが捌け、静かになっている。米軍基地や海上自衛隊の基地を擁すこの町のまんなかにある横須賀中央駅は、年間を通して観光客の多く降りる駅ではある。人通りが多いのも、日中だけのことだ。帰宅ラッシュも始まらない冬の夕方は、一瞬、乗降客がまばらになる時間帯だった。
間山は駅前のファストフード店に入るや、清花の希望を聞きながら手際よく注文と支払いを済ませてしまった。手慣れぬ清花が割って入る隙などありはしない。ドリンクやフライドポテトの載ったトレイを手に二階にあがり、奥まった二人席に腰掛け、ようやく彼も人心地ついたようだった。
ドリンクをひとくち含み、眼鏡を指先で直してから、間山はむかいに座った清花に目をむけた。
「話す前に、寺島さんのいまの状況を聞いてもいい?」
清花はあたたかな店内でコートを脱ぐべきか逡巡していたところだったが、うなずいて、自分もくちびるを濡らす程度にドリンクに口をつけた。
「何日か前に、はじめてあの女の人を見たの。同じ日に、写真がカバンから出てきて。そのときすぐ捨てたんだけど、次は定期入れに入ってた。それもちぎって流したのに、コートのポケットで見つけたのが一昨日だと思う」
「女を最後に見たのはいつ、どこで?」
「一昨日。上大岡駅で」
駅名を聞いて、間山は少し安心したふうだった。笑みがこぼれた。
「よかった。まだ余裕がありそうだ」
ポテトをつまんで口に運び、清花にも食べるようにうながす。だが、まだ手をつける気にはなれなかった。
「どうして、そんなことがわかるの?」
「かんたんだよ。あいつの動きには法則がある。はじめに見た駅から、一日一駅ずつ最寄り駅に近づいてくる」
上大岡駅と横須賀中央駅は十駅以上離れている。横須賀中央駅にたどり着くまではまだ、十日程度あるということだ。
「なんでわかるのって、聞きたそうだね」
間山は苦い笑みを浮かべる。一呼吸おいて、手元に目を落とす。
「俺ね、その写真、二回見つけたことがあるんだ。一回目のとき、ひとつ前の駅まで毎日写真を見つけたし、毎日あの女が違う駅で嗤うのを見た。毎日、この駅に近づいてくるのがすげえ怖かった」
二回目ということは、一回目はどうにかして終わらせることができたということだ。清花はその方法をこそ聞きたかった。
「あのひとがここまで来ちゃったら、……どうなるの?」
彼は首を振った。わからない。発されなかったことばが、余計に恐ろしかった。
話しかけられたのは清花ではない。同じ車両のひとつ先のドア脇に立っていた女子高生だ。聞こえてきたセリフに反射的に顔を上げ、じっと彼らのやりとりに聞き耳を立てる。
話しかけたのは、眼鏡をかけた男子学生だった。コートの下から、チェック柄のスラックスが見える。あれはどこの制服だったか。考えてすぐにわかるほど、学校名には詳しくない。清花のように遠距離通学をしているのであれば、沿線の学校ですらないだろう。
女子高生はスマホから視線だけ上げ、眼鏡の彼を睨むようにした。
「どういう意味?」
「あ、持ってないんならいいや。邪魔してごめん」
あっさりと引き下がり、彼は周囲を見回す。女子高生は他にもいるのに、その子のほかはどんどんとスルーして、こちらにやってくる。目をそらさなければと思ったのに、一瞬遅かった。ばちりと目が合う。にこっと人懐っこく笑みかけられて、清花は引きつった愛想笑いを返してしまった。
「ねえ、君。変な写真、持ってる?」
「変な写真って、心霊写真ってことですか? ……それとも、何度捨てても手元に戻ってくる写真ですか」
後半は周囲を憚り、ささやくように尋ねる。眼鏡の彼の顔つきがにわかに変わった。清花は座席に座ったまま、挑むように彼を見上げたが、彼は怯む様子もなかった。
「女は見た?」
端的に問われて、告げようかどうしようか迷う。このひとがどうにかしてくれるとは思えない。でも、いまの清花の状況をわかってくれそうなひとだとは思った。
「白い帽子の?」
「そう。つばが広くて、赤いリボンがついた」
返ってきたことばに確信を持った。相手も同様だったのだろう。彼は少し険しいくらいの表情になって、誘いをかけてきた。
「次の駅で降りて話せる?」
「もともと、次が降りる駅」
「ちょうどいいや。俺もなんだ」
砕けた調子で言って、彼はドアに近寄った。清花も席を立ち、彼に並んだ。
「マヤマイタル。『間』に『山』に至急の『至』。O高二年」
短いセリフが自己紹介だと気づいたのは、駅のプラットフォームに降りてからだった。
「テラジマサヤカ。『寺』に簡単なほうの『島』で、『清』い『花』。F女。学年はおんなじ」
真似すると、間山はスマホを取り出した。
「LITEやってる? 交換しておこう」
「うん」
ナンパにしては、ほんとうに事務的なやりとりだった。互いのスマホを近づけてID交換しながら、間山は周囲を見回した。
「どこか座って話せたらいいんだけど、ホームの椅子は寒いよなあ。F女って厳しい? 寄り道したら、バレるかな」
「学校からずいぶん離れてるし、コート着てるから制服も見えないよ。平気だと思う」
「よし、じゃあ、駅前のマックに移動!」
言うなり、改札口にむかう階段へ歩いて行く。清花はお小遣いがどのくらい財布に入っていたか不安になった。口には出さなかったのに、間山は背中ごしに軽い口調で言う。
「おごるから。俺、バイトしてるし、女の子に払わせるのは主義に反する」
「でも」
反論しようとすると、彼は階段の途中で足を止めた。清花を振りかえる。
「っていうのは、ほとんど嘘か。寺島さんが写真や女を見たのは、俺のせいなんだよね。だから、おごらせて。全然、償いになんかならないだろうけどさ」
「ちょっと! それって、どういう……」
「あとは店でゆっくりと話す」
話を切り上げ、間山は足早に階段をおりていく。追いかけて、清花も小走りになった。
LITEの交換をしているあいだに、駅舎のなかはひとが捌け、静かになっている。米軍基地や海上自衛隊の基地を擁すこの町のまんなかにある横須賀中央駅は、年間を通して観光客の多く降りる駅ではある。人通りが多いのも、日中だけのことだ。帰宅ラッシュも始まらない冬の夕方は、一瞬、乗降客がまばらになる時間帯だった。
間山は駅前のファストフード店に入るや、清花の希望を聞きながら手際よく注文と支払いを済ませてしまった。手慣れぬ清花が割って入る隙などありはしない。ドリンクやフライドポテトの載ったトレイを手に二階にあがり、奥まった二人席に腰掛け、ようやく彼も人心地ついたようだった。
ドリンクをひとくち含み、眼鏡を指先で直してから、間山はむかいに座った清花に目をむけた。
「話す前に、寺島さんのいまの状況を聞いてもいい?」
清花はあたたかな店内でコートを脱ぐべきか逡巡していたところだったが、うなずいて、自分もくちびるを濡らす程度にドリンクに口をつけた。
「何日か前に、はじめてあの女の人を見たの。同じ日に、写真がカバンから出てきて。そのときすぐ捨てたんだけど、次は定期入れに入ってた。それもちぎって流したのに、コートのポケットで見つけたのが一昨日だと思う」
「女を最後に見たのはいつ、どこで?」
「一昨日。上大岡駅で」
駅名を聞いて、間山は少し安心したふうだった。笑みがこぼれた。
「よかった。まだ余裕がありそうだ」
ポテトをつまんで口に運び、清花にも食べるようにうながす。だが、まだ手をつける気にはなれなかった。
「どうして、そんなことがわかるの?」
「かんたんだよ。あいつの動きには法則がある。はじめに見た駅から、一日一駅ずつ最寄り駅に近づいてくる」
上大岡駅と横須賀中央駅は十駅以上離れている。横須賀中央駅にたどり着くまではまだ、十日程度あるということだ。
「なんでわかるのって、聞きたそうだね」
間山は苦い笑みを浮かべる。一呼吸おいて、手元に目を落とす。
「俺ね、その写真、二回見つけたことがあるんだ。一回目のとき、ひとつ前の駅まで毎日写真を見つけたし、毎日あの女が違う駅で嗤うのを見た。毎日、この駅に近づいてくるのがすげえ怖かった」
二回目ということは、一回目はどうにかして終わらせることができたということだ。清花はその方法をこそ聞きたかった。
「あのひとがここまで来ちゃったら、……どうなるの?」
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