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渡波みずき

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二枚目・三枚目

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 翌日、母と出かけなければ、清花はきっと、我が身に起きていることにしばらく気づかなかっただろう。
 ふだん乗らない路線を使って遊びに出かけたことで、ICカードのチャージが切れた。乗車料金の精算ついでにチャージをしてもらおうと、定期入れからカードを取り出して母に手渡す。何気なく手元をみて、清花はぎょっとした。
 定期入れのなかに、昨日のモノクロ写真があった。しかも、折れ目も傷みも無くなっているのだ。
 傷みの失せた写真は、しかし、あまり鮮明ではなかった。顔のあたりが白っぽく色が飛んでいて、胴体から足先近くまで黒ずんでいる。背景は灰色で、大きな花瓶が置かれている。活けられているのは、豪華な牡丹だった。
 違和感と微かな恐怖がちりりと背中を刺激する。清花は写真を取りだし、母に気づかれぬうちに小さくちぎった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
 言い残して、女子トイレに向かい、手のなかの破片を便器のなかに投げ入れ、洗浄ボタンを押した。
 わけがわからなかった。
 昨日と同じものだと直感的に思ったが、モノクロ写真の存在を知っているのは、拾ってくれた田辺と清花だけのはずだ。田辺のいたずら? いや、それはないだろう。彼女とは特別仲良くもないし、恨まれるようなこともない。ほとんど無関心、無関係な間柄だ。
 第一、いまの写真には、何が写っていたというのだろう。
 清花は洗面台でおざなりに手を洗いながら、鏡のなかの自分を、その背後を見つめた。何かこの世ならぬものでもいるのではないかと思ったが、そんなものは見当たらなかった。
 ほっと息をつき、母のもとに戻る。チャージ済みのカードを定期入れに収め、家路につきながらも、底知れぬ不安が胸をかすめていた。

 下校時の電車は、まだ帰宅ラッシュには早いせいか、さほど混雑していない。
 同じ方向に帰る友人と並んで座席に腰を下ろして会話をしつつも、清花はぼんやりと窓の外を見つめていた。バスケットボール部の女の先輩がカッコいいとか、その先輩が去年いくつのバレンタインチョコを受けとったかとか、今度の金曜日にテレビ放映される映画が楽しみだとか。友人の話題は尽きないが、清花は半分以上うわの空だった。
 正直、同じ路線を使う仲間に話が合う相手は居ない。清花は校内でも遠距離通学なほうだ。登下校時にいっしょにいる相手が欲しくても、選択肢は少なかった。午後四時ごろには暗くなってしまう冬の時期、ひとりで下校するのは心細かった。この友人だって、清花ほど遠くには帰らない。途中駅で降りてしまうのだ。
 清花だって、最寄り駅に着けば、母や兄に迎えに来てもらうことだってできる。ひとりきりの時間はなるべく少なくしたかった。
「あのね、別の学校の友達が教えてくれたんだけど、最近、この路線に変質者が出るんだって」
 そう切り出されたとき、清花は座席に座ってから初めて、友人のほうを振り返った。
「変質者?」
「うん。あたしたちと同じくらいの男の人がいきなり話しかけてくるらしいよ。このあたりの女子校の子に、手当たり次第に声かけてくるみたい」
 しかつめらしく言う友人に、清花は吹き出した。「おはよう」「こんにちは」の声かけ事案じゃないんだから。
「何それ。ただのナンパじゃないの」
「それがね、質問が変なんだって。写真を持ってないかとか、女を見たかとか言われるから、すごく気味悪いらしくって」
 今度は笑えなかった。
 写真って、まさか、あの写真だろうか。いや、でも、清花はもう持っていない。びりびりにして、トイレに流してしまったのだから。
 落とし物をして、捜しているのだろうか。それにしては、続く質問がおかしい。女を見たか、なんて、意味がわからない。女の人なんて、電車に乗っていればそこらじゅうにいるのだから。
 なんとか友人に気づかれないようにして話題を終え、彼女が降りるのを見送って、車内から手を振る。
 笑顔で手を振りかえしてくれる友人の背後に、ちらりと、白いものが見えた。人混みに見え隠れするそれに、つい意識をとられ、そのことを、清花はすぐに後悔した。
 白いつば広帽子だ。真っ赤なリボンが結ばれた帽子と、紺のノースリーブワンピース。目深にかぶった帽子の裾から覗く真っ赤なルージュのくちびるは、歯ぐきまでむきだして嗤っている。
 明らかに、清花にむかって。
 以前、通過駅で見かけた女性が、あのときと同じ姿でそこに居る。
 ドアが閉まり、電車が動きだす。プラットホームの端にたたずんだまま、女は動かない。清花もまた、動けなかった。
 次の駅になって、そのまた次の駅も通り過ぎて、やっと、からだのこわばりが解けた。おそるおそるカバンのなかを探る。ポケットというポケットに手を差し入れ、定期入れのなかも確かめる。そして最後に、コートのポケットに手を入れてみて、清花は泣きたくなった。
「嘘でしょ」
 思わずつぶやく。あるはずの無い感触を指先が伝えている。学校を出るときは確かに空っぽだったはずなのに。
 コートのポケットから名刺大の紙切れを摘まみだし、震える指で表に返す。牡丹の生けられた大きな花瓶と、その脇に立つ人影。人影がハイヒールのサンダルを履いていることだけははっきりとわかる。女性だ。だが、それ以外の部分は、まだ不鮮明なままだった。
 ──だんだん、くっきりと見えてきてる。
 清花はたぶん無駄なことだと知りながら、人目を盗んで、電車の座席の隙間に写真を押し込んだ。こんな不気味なものを持ったまま家に帰るのなんて、まっぴらだった。
 逃げるように電車を降りて、家に電話をかける。明るい改札口付近で兄が迎えに来るのを待って、ふたりで家路についても、指先の震えはなかなか収まらなかった。
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