捨松──鹿鳴館に至る道──

渡波みずき

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 秋の名残の紅葉が、はらりと地に落ちた。
 目で追って、捨松すてまつは頭上を仰いだ。まだ育ちきらないもみじの木が、短くなった日を求めて、懸命に枝を張っている。
 もみじと桜が交互に植えられた広い並木道は、整備されて間もない。大山参道と呼ばれるこの道の先には、檜並木があり、その奥に愛するひとが──夫が眠る墓所がある。
 夫は、自分の手で開墾したこの農場が好きだった。西南の役よりこちら、二度とその地を踏めなかった故郷、薩摩から名をもらうくらいだ、ここに抱いていた思いは、いかばかりかわからない。自分で鍬を振るった日さえあった。遺骸は西那須野の丘に埋めてくれと言うのは、捨松にも理解できる。
 少し先を、一歳を過ぎたばかりの孫がたどたどしい歩みで行く。そののんびりとした道行きよりもなお、捨松はゆっくりと足を運ぶ。
 三十三年の結婚生活だった。二十才も年上の夫との結婚を決めた日を振りかえると、捨松はいつも、幼い日に見た秋空を思いだす。凧がいくつも揺れる会津の空は、アメリカと日本とを隔てていたあの深い深い海のように、濃い青をしていた。
 幼い捨松──そのころはさきという名だった──は、あの日、無心に凧を揚げた。会津が戦地となって四か月、鶴ヶ城に籠もって半月。食糧は徐々に乏しくなり、ひもじさとはどういうものかを身をもって知った。それでも、咲たちには守るべき魂があった。
 苦しみを乗り越えて揚げた凧の、自由に風に吹かれて飛ぶように、自分を活かす場も、覚悟の先にある。初めは、そう考えて選んだひとだった。そう、初めは。
 十二月も十日を迎えると、ぐっと寒気が身に堪えるようになった。式年祭のために墓所へむかう道すがら、捨松は苦笑する。
 神様でもあるまいし、国葬やら参道やらなんて、大げさな。あのひとはただ、お茶目で、賢くて、優しいひとだったのに。
 捨松は、師走の空を見上げ、目をさまよわせる。あのひとと一緒に揚げた『凧』は、きっと世のなかを変えた。その確信を胸に見上げた空は、高く澄んでうつくしかった。
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