命の記憶

桜庭 葉菜

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こうちゃんとの別れ 2

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「ことねちゃん?」

「あ、はいっ」

 名前を呼ばれ、初めて目を合わせた。

 メガネの奥の目はやっぱり優しそうだ。

 この人が、私のお父さん.......

「はじめまして。
僕のことで知りたいことがあったらなんでも聞いてください。
僕はことねちゃんのお父さんになりたいので、よろしくお願いします」

 礼儀の正しい人だと思った。

 なんでも聞いてと言われた通り、まず1番に思ったことを聞くことにした。

「お母さんと、結婚するんですか?」

 その人は、優しく微笑んだ。

「僕はそうしたいと思ってます。
でもそのためにはことねちゃんにもしっかり認めてもらわないといけないと思ったので。
結婚したら3人で暮らしたいと思っています」

 躊躇うことなく、とてもすんなりと答えてくれた。

 3人で、暮らす.......

 この人の一言一言が頭の中でリピートされ、重く感じる。

「はい、お茶どうぞ」

 お母さんがお茶を持ってきたことで、私たちの話は終わった。

 それからは3人で話をした。

 新しいお父さんのことを色々知ることができ、私のことも知ってもらうことが出来た。

 新しいお父さんは明るいお母さんに比べ、少し落ち着いた人だが、それはそれでお似合いに思えた。

 それに、なんとなく新しいお父さんとの新しい生活を思い浮かべると、悪くないような気さえしてきた。

 後半は3人とも笑顔が増え、なんだか家族を感じられた。

「じゃあ今日はこれで。
ことねちゃん、また会いに来てもいい?」

 私との会話に慣れてきたのか、敬語が抜けてきている。

「はい、今日はありがとうございました」

 私はまだ敬語が抜けなさそうだ。

 内心申し訳なさを感じながら、玄関で新しいお父さんを見送る。

 玄関のドアが閉まる音と共に緊張が消えた。

「ことね、今日は急にごめんね」

 お母さんが申し訳なさそうにしている。

 今まで誰かと付き合っているとか再婚するとか、そんな話は1度も聞いたことがなかった。

 だからきっとお母さんも困っていたんだろうな……

「大丈夫だよ。それに、私はあの人が新しいお父さんでもいいかもしれない」

 そう言うとお母さんは安心してくれた。

 私はお母さんの再婚のことばかりになっていて、いつの間にかこうちゃんのことをすっかり忘れてしまっていた。

 それからお母さんの再婚の話はトントン進んでいき、一緒に暮らすことも決まった。

 住む場所は私が転校することにならないよう、学校からそんなに遠くない場所。

 お母さんは今の家を解約し、仕事を辞めて近くでパートを探すことにした。

 そしてあの日以来こうちゃんに会うことなく引越しの日。

 別れの言葉も、自分の気持ちも、伝えることは出来なかった。
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