命の記憶

桜庭 葉菜

文字の大きさ
上 下
21 / 27

こうちゃんの選んだ道 1

しおりを挟む
 私は何日か、家に引き籠った。

 なんの機械にも繋がれなくなったこうちゃんは、ただ寝ているだけに見えた。

 すぐに起きるんじゃないかと思った。

 そう思ってこうちゃんに触れると、冷たくて。

 抱きしめた時のあの温かさを思い出して、涙がこぼれた。

 こうちゃんはもういない。

 そう思うだけでまた涙が溢れてくる。

 あとどれだけ泣けばいいんだろう。

 今日もまた、しばらく泣いた。

「こうちゃん……」

 その名を呼んでも応えてくれる人はもういない。

『この話が終わったらさ、俺の家に行って欲しいんだ』

 こうちゃんの名前を口に出したからだろうか?

 私の呼ぶ声に応えてくれたかのように、こうちゃんの言葉が頭の中で聞こえてきた。

「行かなきゃ──」

 こうちゃんの最後のお願い。

 私はそれを果たすため起き上がった。

 泣きはらした目、乱れた髪型と服装を軽く整え、こうちゃんの家に向かった。

 こうちゃんの家には昔行ったことがある。

 と言っても家の前までだけど。

 みんなで遊ぶ時にこうちゃんの家の前を集合場所にしたくらい。

 そんな昔の記憶を頼りに向かう。

 自分の家から駅まで。

 そこから電車に乗り、前に行った駅へ。

 公園を通り過ぎ。

 マンションを通り過ぎ。

 変わった風景と変わらぬ街並みを辿って。

「ここ、かな」

 表札にはこうちゃんの名字、佐々木と書いてあった。

 私は勇気を出してインターホンを押す。

「はーい」

 女の人の声が聞こえくる。

 こうちゃんママだろうか。

「あ、あの、鈴木琴音です」

 こうちゃんママには何度か会ったことがあるが、中学に上がってからは会っていない。

 私のこと、忘れてるんじゃないだろうか……

「あら、琴音ちゃん! 待ってたわ!」

 待っていた?

 どういうことだろう。

 こうちゃんママが玄関に来て、私を家に上げてくれる。

 待っていた、ということについて聞こうとしたが、先にこうちゃんママが話し始めた。

「一昨日くらいかしら?
幸介の部屋を掃除してたらね、机の上に『琴音が家に来る。その時は俺の部屋に連れて行って欲しい』なんて紙が机の上にあったのよ。
不思議よね、幸介が事故にあってから1年間、毎日掃除してるのに、急にこんなものが出てくるなんて」

「え、それってどういう──」

「さあ! こうちゃんの部屋に案内するわね」

 こうちゃんママに私の声は聞こえなかったらしい。

 1年前って?

 事故って?

 こうちゃんのことがますますわからなくなる。

 こうちゃんの部屋に行けば全てがわかるの……?

「私は下にいるから、帰る時に声をかけてね」

 こうちゃんママはそう言って、私はドアの前に取り残された。

 私は連れてこられた部屋のドアを恐る恐る開けた。

 しっかりと片付けられた綺麗な部屋。

 全体的に黒系の落ち着いた色で、物も私の部屋より少ない。

 中に入りドアを閉める。

 ふと壁にあるカレンダーが目に入った。

「去年の、8月……」

 引き出しに入ってる教科書や、塾のプリント、日付が書かれているもの全てが1年前のもの。

 この部屋の時間は1年前で止まっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪の日

凛子
恋愛
大切な人に別れを告げた日、大切な人から告白された。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

忘れられたら苦労しない

菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。 似ている、私たち…… でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。 別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語 「……まだいいよ──会えたら……」 「え?」 あなたには忘れらない人が、いますか?──

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...