命の記憶

桜庭 葉菜

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大切な記憶 2

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『琴音にとってこれ以上の辛いことってさ、きっと彼に気持ちを伝えられないことじゃないのかな』

 少しずつ私の中で忘れていたものが思い出されていく。

『会うべき……なんじゃないかな。
会って今まで言えなかった気持ちを伝えるべきなんじゃないかな』

 こうちゃんが私のことを覚えていなかったからと何もかも忘れてしまっていた。

 ずっと大好きだった人。

 別れの言葉も、自分の気持ちも伝えられずに会えなくなってしまった人。

 もう一度会いたいと願った人。

 再び同じ後悔をしないように。

「ありがとう」

 桃子に話してよかった。

「明日、行ってくるね」

 電話を切る時には私の迷いは消えていた。

 明日の14時──か。

 いつも不安や心配など、マイナスなことばかり考えている私だが、今はそんなこと全く考えていない。

 無論、楽しみにしているわけでもないけれど。

 ただ私がどうしたいのか、どうするべきなのか、それが分かったことでなんだか自信のようなものが湧いたのだ。

 こうちゃんに、私の気持ちを伝えたい。

 こうちゃんの、気持ちを聞きたい。

 こんな単純な事だった。

 元々想像していた再会とはかけ離れたものになってしまったせいで──いや、私がそのことから逃げ出したせいだ。 

 でも、今は桃子のおかげで最初の気持ちを全部思い出せた。

 だから明日はこの気持ちのまま、こうちゃんに会いに行こう。

 今度桃子に会った時に何かお礼をしなきゃ。

 不安が消えた分、明日のもっと先のことまで考える余裕が生まれた。

 今日は久々に落ち着いて眠りにつくことができた気がした。

「しちじ……か」

 起きてすぐに今の時間を確認する。

 正確には7時3分。

 目覚ましをかけなかったのに随分と早く起きた。

 ベッドから起き上がり伸びをする。

 今日はこうちゃんと話をする大事な日。

 なのに何故だろう、妙に心が落ち着いている気がする。

 まだ寝ぼけているからだろうか?

 そう思い、私は顔を洗いに行った。

 それから着替えをし、朝ごはんを食べる。

 そこまで終わってようやくこの心の落ち着きが寝ぼけているわけではないのだと気づいた。

 なんだろう、もっと緊張するものだと思っていたのに。

 いつもより穏やかな自分に少し困惑しそうになる。

 こうちゃんとの約束の時間まであと5時間。

 やることがなくなってしまった私はお母さんの手伝いをしたり、漫画を読んだりして過ごした。

 案外時間が過ぎるのは早いもので、気がつくとこうちゃんとの約束の時間まであと2時間となっていた。

 軽くお昼ご飯を食べてから出かける準備を始める。

 必要最低限のものを入れた小さなバックを持ち、姿見の前に立つ。

 長めのTシャツにスキニーパンツ。

 今日は話をするだけなのでいつもよりラフな格好。

 でも好きな人に会うのだからやっぱり身だしなみは普段より気にしてしまう。

 何度か自分の姿を確認して、待ち合わせの公園へ向かった。

 1週間ぶりの電車、公園までの道のり。

 ふと、最後にここを1人で帰ってきた時のことを思い出す。

 周りの景色が全く見えないくらいただひたすらに走り続け、息を切らした状態で急いで電車に乗り込んだっけ。

 でもその後、最寄駅についてからどうやって家に帰ったのか、思い出せない。

 ただ辛くて、場所も周りの目も気にせずに大声で泣きたいのを我慢して、家まで帰った。

 もう二度とあんな気持ちで帰ることはしたくない。

 公園に着くまでに私の意思はしっかりと固まった。
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