命の対価

桜庭 葉菜

文字の大きさ
上 下
34 / 47

叶えたかったこと 3

しおりを挟む
「ずっと、好きだったの……」

 彼女は言う。

「こうちゃんのことが、昔も今も好きなの」

 でももう俺はあの男の子じゃない。

「たとえ私のことを忘れてしまっていても、それでも大好きなの……っ!」

 あんな風に手を差し伸べていた記憶はない。

 それでも彼女は、俺を好きだと言う。

 最後まで彼女の瞳を見続けることが出来なかった。

 悔しい。

「こうちゃ──」

 彼女の体を思い切りに抱きしめる。

「ごめ……ほんと、ごめん……」

 ゆっくりと力を込める。

 やっと愛しい人に触れられた喜び。

 こんなにも後回しにし続けてしまったもの。

 彼女はどんな想いでこんなものを抱えていたのだろうか。

 そして俺はまた、これからも背負わせてしまう。

 震えていたのは、俺の体だった。

「俺も、俺もことねのことが大好きだよ」

 もっとたくさん、言いたいことはあった。

 でも俺が1番言いたいこと。

 ことねが好きだということ。

 どんな事があってもことねが1番大事だということ。

 どうしてもそれだけは伝えたかった。

 分かって欲しかった。

 これが、死ぬ前の最後のわがまま。

「ありがとう、こうちゃん」

 ことねの腕が俺の背中に回される。

「ことね、ありがとう」

 俺は今世界で一番幸せだ。

 それを教えてくれてありがとう。

 ことね、好きだよ。

「さよなら」

 視界が霞む。

 声に出たかどうか、分からない。

 その瞬間に俺の背中から手が離された。

「本当にこれでよかった?」

「ああ、大丈夫、ありがとう」

 意識の中だけで死神と会話をする。

「こうちゃん!」

 ことねが俺を呼ぶ声。

 それによって消えかけた意識が再び戻される。

「こうちゃん……!」

 彼女が泣いているのがわかる。

 ごめん。

 もうぬぐえない涙を思いながら、俺は意識を手放した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】私の妹は『ずるいモンスター』です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:289

よくある風景、但しある特殊な国に限る

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:44

私の好きな人は異母妹が好き。だと思っていました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,739pt お気に入り:910

私は既にフラれましたので。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:369pt お気に入り:2,443

処理中です...